王立騎士団と銀の犬 7
何となく気になる、屋敷の使用人達の刺すような視線。決して、不躾とまではいかないし、侮蔑が込められてもいない。それでも、エレナの一挙一動を見逃さないとでもいうような視線だ。
(私みたいな一般庶民が訪れるのが、珍しいのかな?)
エレナは、そう結論付けたし、それが貴族と平民の関係における常識でもあった。
しかし、この視線の意味が、それだけではないことを理解しているレイ本人だけは、エレナに気が付かれないようため息をつく。
「そんなに、俺がここに人を連れてきたのがもの珍しいか。それとも、美しくしすぎたか」
「え?」
「何でもない」
モゴモゴと口の中だけで言葉を消化し、少しだけ不機嫌な様子に、エレナは何か粗相をしたかと、不安になった。
「えっと、あの……。やっぱり私なんかが、こんなお屋敷に招待されるなんて」
「私なんかと言うな。エレナ嬢は、十八人もの騎士を救った。それに、俺の命の恩人だ。その功績に報いたい」
真摯な姿に、エレナは胸を打たれた。
貴族のほとんどは、庶民がしたことなど当然のように受け取るというのに。
「あれ? でも、結局人間に使われたのは十七個だけですよね?」
だから、十八人の騎士を救ったというのは、数が合わない。それに、エレナは、他の騎士を救ったけれど、その中に騎士団長はいなかったという。だから、レイを直接救ったわけではない。
「本当に、命の恩人なのだと言ったら?」
「レイ様……?」
そのまま、エレナはレイに手を掴まれて強引な仕草で引き寄せられる。
「ついて来てくれ」
屋敷の廊下は、どこまでも長く続いている。
奥に行くほど、窓が少なく薄暗くなっていく。
「……エレナ嬢は、人が姿を変えるなんて信じるか? それとも、それはすでに人ではないと思うか?」
「実際に、姿を変える人間は存在します。私は、魔術師ギルドの人間ですよ?」
「そっ、そうか……」
なぜか、レイの口元が緩んだ気がした。
気のせいだと思いながらも、なぜかほんの少しのレイの変化にすら、エレナは目を離すことができなかった。
(でも、実際に夜になると、姿を変える人、知り合いにいるから)
思いをはせるのは、兄のように思っている人だった。
その人は確かに人間なのだと、エレナは認識している。
たとえ、周りの人間がどんなふうにその人のことを呼ぼうとも、エレナにとっては、その人が向けてくれるやさしさや親愛がすべてだ。
だって、エレナだって、人目を引いてしまい、ほとんどの場合奇異の目で見られる外見を、隠して生きている。
「エレナ嬢のように、美しい外観であれば、隠す必要ない」
それなのに、そんなエレナの心の内を見透かしてしまったみたいに、レイがそんなことを言った。
子どもの頃、隠すことができなった外見のせいで、石を投げつけられた、そんな記憶を知りもしないのに。
それでもうれしい。褒めてもらえたことが、淡いあこがれを向けていたレイに。
夢見るように瞳を潤ませて、エレナはレイのことを見つめる。
だが、その視線に気が付くこともなく、レイは表情を歪めた。
見つめる視線の前には、重厚な木材でできた扉が見える。
高まる既視感。そう、この扉はまるで、騎士団の詰所に会ったあの扉によく似ている……。エレナの視線は、その扉にくぎ付けになった。
「この先に、何があったとしても、受け入れられないのだとしても、乙女に真実を見られたからには、俺は説明するしかない」
「レイ様……。どうしたのですか?」
確かに、エレナは乙女に違いない。
誰ともお付き合いしたことはない。だって、付き合ってしまったら、この髪と瞳をその人の前にさらけ出さなければいけないから。
そんな勇気、エレナはまだ持つことができなかった。
「……だますように、ここに連れてきたことを謝罪する」
「……レイ様?」
その瞬間、エレナよりはるかに高い背丈だったはずのレイは、小さく縮んだ。
息をのむエレナから、その黄金の瞳は、目を離すことがない。
「あ……」
「命を助けてくれて、ありがとう。エレナ」
エレナの目の前には、あの時助けた、銀色の犬がいた。
「あ……銀色の犬」
室内に、言いようもない沈黙の時間が流れた。
誰が見てもわかってしまうほどに、体を震わせた銀色の犬が叫ぶ。
「は? 君の眼は節穴か?! 俺は狼だ、犬じゃない!!」
(狼? 犬? どちらにしても、最高のモフモフに違いないですけど?!)
エレナは、自分の欲求に抗うこともできないまま、そのモフモフの首筋に思わず抱き着いていた。
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