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恋の予言と魔法薬 1



 あとから思えば、それは、ちょっとした出来心だった。


 予言師の予言は、外れることがない。望まない未来に悩みたくないのなら、予言なんて絶対聞いてはいけない。そんなの常識だ。


 追い詰められた人間が、ほんのひと握りの希望を求めて聞くものだ。予言なんて。


 ――――それなのに。


「お嬢さん。あなた、もうすぐ恋が訪れますよ。恋の予言は、いかがですか?」

「えっ?」


 ほんのちょっぴりのお酒と、淡い恋心が破れたせいで、エレナは少しばかり正常な判断が出来ていなかった。


 エレナの仕事は、受付嬢だ。ただのではない。魔術師ギルドの受付嬢。いわゆる女の子の憧れの職業だ。


 残念ながら、魔術師たちには、「エレナちゃんは、真面目だけが取り柄だからなあ」なんて、揶揄われることが多いエレナだから、魔がさしたとしか言いようがない。


 チラリと、銀髪と金の瞳をした凛々しい姿が脳裏に浮かぶ。

 密かに好きだったお方と王女との婚約が決まったという噂に、エレナはヤケになっていた。


「……お願いしようかな?」

「やっ、やめなよ?!」

「銀貨五枚で良いですよ」


 銀貨五枚と言えば、高級なレストランでそれなりに贅沢な食事ができるくらいの金額だ。

 ただ、魔術師ギルドで、世間一般では高給に入る部類のエレナにとって、懐が痛むほどの額ではない。


 そう、ちょっと特別感を感じる、絶妙な値段設定。あとから考えれば、それすらも巧妙だったと思わされる。


 丸いメガネの中に隠されたグレーの瞳。髪紐できっちりとまとめられた、くすんだ水色の髪のエレナに対し、淡いブラウンの髪に、ぱっちりとした緑の瞳が美しい同僚フィル。


「やめなよ……」


 どこか、心細げに、もう一度フィルが止めてきた。でも、その時にはすでに、対価は支払われてしまっていた。


 スタイルも良く、知識も豊富な一年先輩の彼女は、魔術師ギルドの人気ナンバーワン受付嬢で、なぜかエレナと仲良くしてくれている。


 魔術師ギルドの職員になるには、王国が定める難関試験に合格する必要がある。

 内容は、魔術に関することであれば多岐にわたる。そして、予言は魔術に分類される。


 つまり、予言師のことだって、一般人が知らないことまで、知っているのだ。


(まぁ、予言師なんて、ほとんどはニセモノで、本物に当たるなんて、砂漠でダイアモンドを拾うくらいの確率かもね?)


 魔術師ギルドに勤めているエレナですら、本物の予言師には、たった一回しか会ったことがない。


 それでも、その時は恋が訪れるという言葉に、好奇心が上回ってしまった。


 手の中の銀貨を、チャリンと鳴らし、フードの奥から、予言師は、その赤銅色の瞳で、エレナの目の奥のさらに奥を覗き込んでくる。


「ふーん。あなたの隠された色は、美しいですね」


(あ、ホンモノだ。この人)


 心の奥底まで覗き込まれたように錯覚した直後、強烈な魔力の流れと、何かが引き摺り出されるような錯覚に、冷や汗が流れる。


 長い時間が、過ぎたように思えたが、実際にはほんの刹那だったのかもしれない。予言師は、人の不幸を悪気もなく外野から楽しんでいるように、屈託ない笑顔を見せる。


「これは、珍しい。運がいいですね。間もなく出会う男性は、あなたと最高相性です」

「えっ、本当に?」


 意外にも良さそうな予言に、エレナは、期待に胸を膨らませる。


「ええ、確かに最高相性です」

「……わぁ」


 それと同時に、さっきのは、気のせいで、やっぱり偽予言師に違いないと、エレナは結論づけた。


(だって、ごく平凡な私に最高の相性の人なんて、現れるわけがない)


 愛とか恋には、興味あるけれど、あくまで素敵な人に憧れによく似た恋心を抱くのがやっとだ。


 途端に冷静になったエレナは、細い少しウェーブのかかったくすんだ水色の髪を耳にかけ、丸いメガネに隠されたグレーがかった瞳を細めた。


 途端に胡散臭く見えてきた笑顔。そんなこと、どこ吹く風といった様子の偽予言師は、予言を続ける。


「お相手の身長は高く、剣の達人です。あなたと彼の職場は相性が最悪で、いろいろ苦労するかもしれません。いや、確実に、苦労します。まあ、それでも、趣味趣向から性癖まで、相性は最高ですから、きっと、荒波ばかりの運命も乗り越えられますよ」

「……なんだか、あまり良いところないですね」


 荒波ばかりとか不安しかない。そして、お相手の選択肢が、どんどん狭まっている気がするのは、気のせいだろうか。


「えっ、そうですか? 体だって、心だって、何にしても相性は大事ですよ。あ、因みにお相手は、銀髪に金の瞳です。それから、好みのタイプはあなたみたいな、美しい髪と瞳を持つ人です」


 相性だけ良くても仕方がない。しかも、これで予言が偽物なのは、確定したとエレナは思う。


 この王都に、希少な銀髪と金の瞳をした剣の達人なんて、数えるほどしかいない。しかも、職場の相性が最悪だと言うなら、たった一人しか当てはまる人間がいない。


 エレナの職場である、魔術師ギルドと相性最悪と言えば、十中八九騎士団だ。そして、騎士団には金目銀髪の騎士は、たった一人。


 背が高く、空に輝く太陽のような双眸。艶やかな銀髪。王都に彼のことを知らない者などいない。


「王国騎士団長……レイ・ハルト卿」

「あなたは、この恋から逃げられない。受け入れてあげないと、お相手死んじゃうんで。……ああ、そうそう。帰りに例のクジを引いてみると良いですよ。あれだけ欲しかった特賞のぬいぐるみ。あっさり一枚で当たりますから。だって、あなた本当に、モフモフ好きですものねぇ? 当たったら、ちゃんとこの予言、信じてくださいね」


 当たり前のように、偽予言師は、ハルト騎士団長が死ぬと言う。嘘だと思っても、エレナは焦りが隠せない。


「最強の騎士団長が死ぬなんて、王国の危機じゃないですかっ。どうしてそんなこと」

「愛のためとでも、言っておきましょうか?」

「ふっ、ふざけないで」


 王都の防衛は、魔法師だけでは叶わない。魔法が効かない魔獣も沢山いるのだから。そこで、騎士団の出番だ。魔法師では倒せない敵は、主に騎士たちが倒す。


 その逆も然り。


 そうして、表向きは魔法師ギルドと王立騎士団が助け合いながら、王都の平和は守られているのだ。


 ただし、魔法師ギルドと王立騎士団は、犬猿の仲だ。なぜかはわからないが、無茶苦茶仲が悪い。


「それはもう……絶望的に仲が悪いのに」


 騎士団と魔術師ギルドの間に起こるトラブルの仲裁は、いつもエレナの仕事だ。そもそも、エレナが恋の予言とやらを出来心で聞いてしまったのだって……。


「ハルト騎士団長には、婚約の噂が」

「それは、あとのお楽しみと言うやつですよ」


 魔法の気配を感じた直後、周囲の景色が歪む。

 反論さえ許されないのか。会おうと思って、予言師には、会えるわけではない。


 運命の分かれ目に、ふらりと彼らは現れる。


「まさか、本物。だから、やめときなって、言ったのに……。ところでどんな内容だったの? こんな近くにいたのに、全く二人の会話が聞き取れなかった」

「うん、もうすぐ会える人と、全てにおいて最高相性なんだって」

「え? 意外にも良い予言だったの?」

「どうかな。そこに潜むのは、王国の危機だよ」


 別れ際の、フィルのため息と「いつでも力になるから」というありがたいお言葉。明日、職場で話す約束をして、私たちは別れた。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 気がつけば、エレナはいつもの店に入り、導かれるように例のくじを引いてしまっていた。

 たった一枚引いたくじは、あんなに欲しかった特賞だった。


「あれだけ引いても、かすりもしなかった特賞っ……嬉しいのに、嬉しくない。……まさかの、本物の予言だった。あの日から、絶対に予言には関わらないって、決めていたのに」


 予言は、外れることはない。

 エレナは誰よりも、そのことをよく知っている。

 聞いてしまったら最後だ。そこから逃れる術はない。


 それでも、聞いてしまったのは、あるいは運命の強制力か。


「……騎士団長の命がかかっている?」


 騎士の中の騎士である、騎士団長が、命の危険に陥るというイメージは全く沸かない。

 それほど、彼は強く、完璧で……。王国中の認める歴戦の英雄だ。


 心臓が縮み上がるような気がした。

 命が……かかっている?


 恋とは、甘くて酸っぱいものだと思っていた。

 でも、これでは王国の平和がかかった、強大なミッションだ。


 …………それはさておき、特賞の巨大なフェンリルのぬいぐるみは、予想以上に肌触りが良くモフモフだった。


 その日、エレナは、自分の背丈ほどもあるフェンリルのぬいぐるみを抱きしめて、ベッドに潜り込んだ。不安で眠れないと思ったのもつかの間、極上の肌触りが、容易にエレナのことを夢の世界へといざなった。


最後までご覧いただきありがとうございました。

誤字報告、ありがとうございます。


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