プロローグ
数学教師のソプラノが響く中、初秋の教室では一人の女子高生が温暖化警報を発していた。
(えーと、まずはコンビニね。それから秋冬の新作アウターをチェックして、カフェでだべる。最後は話題のアニメーション映画ね。全集中の呼吸で見なくちゃ)
そう心の中で呟きながら、有村メイは恋の方程式を練る。
「はい、ここ! わかる人いるかな?」
感染症が収まり、通常授業へと移行した高等学校では、数学担当の橋本有酥が文部科学省の学習指導要領を見ながら、生徒に問いかける。
・・・・・誰も挙手するものがいない。
呆れた女教師がクラス全体を見渡すと皆が下を向き始めた。それもそのはず、このクラスは大学受験で全員が文系を志望しているのだ。
と、偶然デートプランを書き終えたメイは令状を見て逃亡した犯人を捜しているような眼差しの教師と目があった。
「メイさん、わかりますか?」
「えっ? ななな、何ページですか?」
メイはバチャ彼とデート中だったので、机一つ挟んだ先に橋本が迫っていることさえ気付かず、ドキッとした。
「では・・・隣の浜辺さん」
「はい! ・・ルート5です」
「式は?」
「あっと・・・」
あたふたしながらも浜辺三緒はひさびさに発動し、正確に答えを導き出したところで、魔の数学はゲームセットとなった。
「ちょっとメイ! さっき何書いてたの? 代わりに答えたんだから見せてよね」
先生が教室から出るのを待ってから、三緒がのぞき込む。
「・・・・・・これはちょっとぉ、トップシークレットで・・・・お願い」
大抵のことは即答するメイが両手で大事そうに数学のノートを抱えるのを見て、三緒はワシントンD.C.からやって来たFBI捜査官のような疑惑のまなざしを向けた。
「そうなんだぁ、じゃあ、メイの中学での黒歴史言っちゃおっかなあ〜」
「ホント、それは堪忍な! 帰りにフラペチーノ奢るからさ、お願い神様、仏様、三緒様!」
メイは千手観音に祈祷するかのように目の前で白い双手を合わせた。
その願いが真言宗豊山派の寺院にまで届いたかどうかは定かではないが、数学IAのマル秘ノートは無事に帰宅を果たした。