Jack in the Box.
ジャックは人生最悪の寝起きで目を覚ました。
体中で痛くない場所を探す方が難しいくらいだ。
「どうなってる、ここはなんなんだ。」
そこは無機質な灯りが両側からうっすら入る鉄の箱の中だった。
全身が痛いのもうなずける。
ジャックはあまりに現実離れした状況と、寝起きということで少しの間何も考えることが出来なかった。
5分ほど経ち脳ようやくが動き出すと大声で助けを求める。
その叫びは人の声と言うより獣の雄叫びに近かった。
どれだけ叫んでも何も起こらないことがわかりさらに彼の絶望は深くなった。
ジャックは少しでも落ち着こうと自分が入っている箱観察を始めた。
まずは持ち物を確認してみた。
期待などしていなかったがケータイはやはり無くいつも持っているたばことライターも無くなっていた。
着ている服を除きベルトすら取り上げられている。
今度は箱を調べていく。
箱は1辺おおよそ1メートル10か20センチほどある正方形。
180を越えるジャックからするとだいぶ窮屈な作りだ。
次に箱の側面を調べてみる。
両側と呼ぶべきなのか前後と呼ぶべきなのかわからないが、両面には直径20センチほどの丸い縁にわざと少し隙間をつくって蓋をされていた。
箱の中に何か無いかと思い探してみたがこれといって何かあるわけでも無く、この薄明かりの中探すには限界が有りこれ以上の情報を得ることが出来なかった。
細い隙間から外を覗くと工場なのか廃屋なのか、色々と工具などが見える。
外壁を見るとコンクリートの壁で窓は一切見えないから地下室なのかもしれない。
音で何かわからないかと耳を澄ませてみると、うっすらと人の呼吸音のようなものが聞こえる。
もう一度叫んでみようかと思ったが、この状況にいる人間が自分の味方では無いと思いやめた。
そのあとしばらくの間何もなく、ジャックはひたすらこうなった理由を探すために人生を振り返っていた。
正直言って何も思いつかない。
彼の49年の人生には特別なことなどこれといってなかった。
学生のころは体育が好きで歴史が苦手だった。
友人とも仲が良く月に1、2回は飲みに行く。
仕事だって小さい雑貨屋の店長でバイトが数人いる程度の小さい店だ。
割と早い方に結婚しその後離婚。
けれどお互いの生活が合わなくなったからで円満離婚だったし、親権もお互い納得した上で娘を引き取った。
娘とは離婚した当初こそ気まずかったが、それも昔の話になる。
再婚もありがたいことに自分の年からするとだいぶ若い子とすることになった。
雑貨屋でバイトをしていた子だが、向こうからの熱烈なアプローチを受けて何度か断ったが押しに負けた。
その話も前妻には話したしむしろ向こうも笑いながら応援してくれている。
娘と上手くいくのは難しいと思っていたが、二人とも思っているよりだいぶ早く仲良くなってくれた。
それもこれも5年前の話で、今はばたばたした時期も過ぎ去り全てが日常になった。
元々波風立たせる様な性格でもなく、人生で大きな喧嘩をしたことも無かった。
そう、どれだけ思い返してもこうなった原因がわからない。
だからこそジャックはこのホラー映画のような状況に疑問しか浮かばなかった。
人生を2周ほど振り返っていた時、突然片方の穴が開いた。
ジャックは身構えた。もちろんこの狭い空間では身構えるなど出来ないが、少しでも穴から離れ次に起こることに対して行動できるようにした。
結果としてその行動は無駄になる。
その穴から入ってきたのは女の右手だった。
正直もっと恐ろしいものを考えていたジャックからすると不意を突れる結果になった。
女の手は何かを探すように穴の周りをぺたぺたと触れて回っている。
ジャックはどうしていいかわからなかった。
この手に触れるべきなのかそれとも何か攻撃を仕掛けるべきなのか考えを巡らせる。
ただその手をまじまじ見ると攻撃すると言う選択肢はとれなかった。
その爪には綺麗にマニキュアが塗られ指も細く、この空間の中であまりに異質に浮かんだからだ。
ジャックは意を決してその手に触れることにした。
恐る恐る触れてみると向こうの手が驚いたようにびくついた。
むしろ掴んでくるかと思っていたので面食らったが、よりこの手が悪いものだと思えなくなってきた。
手をもう一度さわりに行くと、今度は向こうもこちらの手をさわりに来た。
手の向こうに何か見えないかと穴の外を見たが、穴の後ろから伸ばしているのか縁のとこで腕が曲がっていて肘のあたりで見えなかった。
まるでこの状況、誰かに遊ばれているように思えてくる。
そうこの感じ何かに似ているんだ…
なんだったかな…
What's in the box.
箱の中身を手探りで当てるゲームだ!
そうかこれはきっとそういうゲームなんだ!
きっとこの手の人も俺と同じように連れてこられたんだ。
いやもっと言えば俺の知っている人かもしれない。
そう言われればどこかで見たことがある手に見える。
「ジャックだ!わかるか!俺だよジャックだ!!」
そう言うが向こうからは何も消えてこない。
いや、うめき声は聞こえる。
箱の中が誰か当てればいいのではないのか。
いや、少し考えてみればおかしい。
答えである俺が声が出せるならこうやって自分が誰か言ってしまえばすぐにゲームは終わってしまう。
そう考えたときに理解した。
そうか、俺が回答者なのだ。
この手から俺はこの人を当てるそういうゲームなんだ。
そう思えばこの手も俺の手を触ると言うより、自分の手を触らせている様に動いている。
手をよく見てみるが綺麗に塗られたマニキュア、若いと言うことしか分からない。
真っ先に妻が浮かんだがこの手だけではわからないし、何よりマニキュアをする人では無いはずだ。
そんな風に考えている内に後ろの穴も開いた。
向こうの穴からは左手が入ってきた。
ジャックは左手に飛びつき触ってみる。
この瞬間さっきの考えが覆された。
薬指に指輪がある。
しかもこの指輪を間違えるはずが無い。
ジャックの店でこの指輪を取り寄せ妻のジュディに送ったのだ。
マニキュアもそういえばこの前したいと言っていた気がする。
この手は妻に間違いない!
「ジュディ!ジュディだ!答えはジュディ!!」
その瞬間手に強く握られた。
うめき声が大きく聞こえる。
後ろからはさっきまでは無かったばたつく音が聞こえた。
すると上の面の穴が開きそこから娘の頭が入ってきた。
妻と娘はほとんど年が変わらない。
だからこそ仲良くなれるか心配していんだ。
指輪なんて安いヒントに引っかかってしまった。
開いた穴がゆっくりとしまっていく。
指を挟んで止めようにもそんな隙は無い。
口元に猿ぐつわがされている娘の叫びが箱の中で反響した。
蓋は皮膚を押し切り始め箱の中に血がしたたってくる。
半分ほど蓋が閉まり、叫び声は止まったはずなのに耳に獣の雄叫びのような音がこだまする。
薄明かりの中でも娘の目がこちらを睨んでいるのが分かる。
それでも蓋は機械的に閉まり、肉片や血がジャックの全身に落ちてくる。
気管から空気が出ているのかズズズズっという鈍い音がする。
蓋は骨のところで少し止まったが、それでも進みきり蓋が閉まった。
ジャックの足下に娘のボトッと首が落ちてきた。
ジャックは自分の人生を振り返り始める。
こうなった理由を探す。
何度振り返っても誰にも恨まれていないジャックは、自分の娘の首を抱えたまま暗闇に意識を溶かしていった。
箱が開くことは無かった