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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぽっちゃり王女、天下無双~でも恋する乙女なの~

作者: 緋色

恋に一途過ぎて、どこかずれまくっている王女が書きたくなりました。


ドタバタしております。


「はぁ~!今日も素敵ね。見て、見て。マリー!」


望遠鏡片手に侍女のマリーに本日10回目の素敵アピールをする主に死んだ魚のような眼差しを向ける侍女が「そうですね。」と、やはり10回目の返答をする。


しかし、そのおざなりな返答に気分を害した様子もなく、ニコニコとまん丸な顔に笑みを浮かべ、これでもかと顔に望遠鏡を押し当てながら、白昼堂々ストーカーしている人物。




ルナ・オルコット。15歳。


オルコット王国の「ぽっちゃり王女」といえば色々な意味で有名である。


ふんわりとしたハニーブロンドにアメジストの瞳。よくよく見ればというより愛嬌しか感じさせない全てが丸いフォルムで構成されたボディ。


ショッキング・ピンクのフリルが大量についたドレスが非常に目に痛い肉饅頭・・・もとい、ぽっちゃりした王女が、オルコット王国魔法騎士団の訓練場の真横に観客スペースを作ってピョンピョン飛び跳ねながら大喜びしていた。





きっと痩せていたなら美男美女で名高い国王夫妻のに似て美少女だろうに、何もかもが残念な主に侍女のマリーはお茶を渡しつつ、「ソル様、顔が引きつってますよ。」と訓練場で魔法剣を操り、次々新人騎士をまとめて相手にしているオルコット王国魔法騎士団の団長ソルへと、いつも通り声をかける。



「そ、そうか・・・。すまない。鍛練が足りんようだ。」



サラサラの銀髪にサファイアの瞳の美丈夫は、長身に鍛え上げられたしなやかな身体を駆使しては襲い掛かってくる新人騎士をいなしつつ、キリがないとばかりに魔法剣を軽く振るって得意技の「氷の矢」を発動させる。




「うわぁぁぁ~!」




とっさにシールドを張って身を守ったのは、わずか数人。他の者達は天から降り注いだ無数の魔法の氷の矢に身体を貫かれて、ゴロゴロ地面を転がっている。




「あぁ・・・。ソル様、素敵。今日も無敵に格好いいわ!」


マリーもそう思うでしょう?とお茶と望遠鏡を手に取りながらルナが合意を求めてくる。




まだ入隊間もない新人騎士相手に容赦なさすぎなスパルタ訓練を施している男のどこが格好いいのか?


ちなみに眼前はスプラッタである。急遽医療班が駆けつけ、応急処置を施していたりする。




死んだ魚のような目をした侍女マリーは、訓練場の真横の観客スペースにて嬉々として、堂々と本人の前で国王公認のストーキング行為を「応援」と称してしている主人に「そうですね。」と本日11回目の同じ返答をしたのだった。




ソル・バルディード。23歳。


オルコット王国魔法騎士団の若き団長である彼はルナ・オルコット王女の哀れな生贄・・・もとい想い人であった。




「ふふふ・・・、なんて憂いに満ちた顔。今すぐ食べてしまいたいわ。マリー、お茶のおかわり!クッキー大盛で!」


「・・・」


食べたいのはクッキーなのか、それとも・・・?ゾクッと悪寒が背筋に走ったソルであった。


「ルナ王女様は本日もご機嫌麗しく・・・。」


「あら、私はいつでもソル様が居れば、ご機嫌よ?」


ニコニコ笑みを絶やさず、至近距離から望遠鏡で覗き込むルナ。




思い返せば数年前、たまたまソルがルナ王女の護衛を勤めて以来というもの、既に何度となく繰り返されたパターン化した会話が続く。



そう、完全にルナの一目惚れであった。



その日のうちに、国王夫妻の元へとストーキング許可を取りに行ったとの説もある。


娘に弱い国王夫妻は「もう、お嫁にいくのか!?」と当初うろたえたが、ルナの片思いと知り、しかも即振られたと聞いて娘を哀れに思い「頑張って!」と涙を流して許可したそうな。これが一国の主達でよいのであろうか?


そんなソルの意志をお構いなしに今日も元気に国王夫妻公認で自分をストーキングしに来た王女をウンザリした表情で見つめると、


「きゃあ!ソル様にみつめられちゃったわ。ルナ嬉しい~!」


と当人の心知らずではしゃぐルナ王女なのであった。




しかし、その普段と一見すると変わらない日常に突如としてトラブルは巻き起こるものである。




出されたお茶とクッキーを美味しそうに食べていたかと思えば、その異変にいち早く気づいたのはルナであった。


「あら、何だか騒がしいわね?」


パクパクとクッキーを口に放り込みつつ、「そうですね。」を繰り返す侍女の後ろを望遠鏡で覗いて、


「まあ!こっちへドラゴンが沢山飛んできてるわ!」


と爆弾発言をしたのも、やはりルナであった。





一気に緊迫感が訓練場に走った。





ドラゴンは魔法と剣と竜の国では決して珍しい存在ではない。特にオルコット王国には神竜の棲む聖山があるので、王都の近くを飛行する姿が度々見られたりした。


ただし、その場合かなりの被害が王都に出たりするのが常だった。


竜は好奇心旺盛で気になったものは、人であれ物であれオモチャにするのである。また食べ物を興味津々で食べて回ったりもする。


非常に厄介な珍客であった。





「全員退避!手の空いている者は新人を奥に運びこめ!」


ほぼ同時に訓練場目掛けて飛んでくるドラゴンの群れを感知したソルが、緊迫した声で部下に指示を出す。




「ルナ王女様、ここは私めが食い止めます。どうぞマリー殿と王宮へお逃げ下さい!」




侍女マリーに目配せしながら避難を促すが、ここに来て、何故か俄然やる気を出してルナが放った次の言葉に、その場にいた全員が固まった。




「ソル様の為ならドラゴン百匹、倒して見せるわ、私!」


「「「・・・・・・」」」


丸腰でどうやって、ドラゴン百匹倒すのか?いや、それ以前に百匹もいるのか?




ツッコミどころ満載の王女の言葉に、「そうですね。」と本日13回目の返答をするマリー。




「は・・・?マリー殿、今すぐ私は王女と逃げて欲しいのだが。」


「たかが野良ドラゴン百匹ごときで大袈裟な。」


「いや、百匹はいない・・・。」




何かのコントなのか?と一同が唖然と2人のやり取りを聞いている横で、「2人で話をするなんてズルい~!」とルナ王女はキャンキャン騒いでいる。




「王女様、今はそれどころではないのです。至急避難を!」


「あら、ドラゴンなんて私の魔法で倒せるから大丈夫よ?」


「は・・・?魔法が使えたので?」


「王族はみんな魔力持ちよ?」


知らないの?と言わんばかりに、こてりと首を傾げるルナ王女である。ぽっちゃりしていても仕草は可愛いが緊迫感には大きく欠如していた。




「ソル団長!ドラゴンが視認できるところまで接近しています。血の臭いに惹かれて、こちらへ直接向かってきている模様!」


緑色の立派な鱗を持つドラゴンの姿が確かに急接近していた。





「さぁ!私の出番ね!」



全く慌てた様子もなくブンブン望遠鏡を振り回しつつ、簡単な召喚呪文を唱えるルナ。




「光の神獣ラグーンよ。降臨せよ!」




ルナが天に向かって叫んだ直後、それはやってきた。




光の洪水。そうとしか呼べない瞬間が広がったかと思いきや、



『呼んだか?愛し子よ』



まるでこの世のものとは思えない澄んだ声が響きわたったのだった。




そして、訓練場の上空には信じられない光景が広がっていた。


金色に輝く背中に大きな3対の翼を持つ獅子。


神々しいとしか呼べない後光を放つ光の神獣ラグーンが突然出現していたのだ。




「「・・・」」





最早、突然やってきた神獣相手に何を言えばよいのか分からなくなった一同。



しかし、ルナはお構いなしである。いつものマイペースをくずさずに、


「血の臭いで王都の近くにいたドラゴンの群れがやってきたみたいなの。力を貸して頂戴!



愛しのソル様の為に!と神様に向かってビシッと指差し決めポーズするルナ。




『ほう?血の臭いとな?どれ・・・血だまりが出来とるの?また暗殺者でも出たか?』


「違うわ!ソル様の素晴らしい鍛練の賜物よ。きっと怪我したことさえ光栄だと新人騎士たちは思っているわ!」




「・・・」





いや、これっぽっちも思っていませんが。新人騎士達の声である。




どうにも言うにいえず、また神獣が眩し過ぎて直視する事すら出来ずに沈黙する新人騎士達。


それ以前に暗殺者って何?と聞きたくなる古参の騎士達。





「対価は体重マイナス20キロで!」


「「「はい~!?」」」




今度こそソルを含めて騎士団の言葉が唱和した。





『よかろう。ドラゴンは別の場所に移動させよう。それでよいか?』


「あら、ダメよ?他に移動しても村を襲うかもしれないじゃないの。ソル様が討伐隊率いて王都を離れてしまうわ。だから最悪は倒すけど、出来れば生け捕りにして聖山に帰すのよ。」


どんどんと話を進めるルナ王女と光の神ラグーン。


『生け捕りか?倒す方が早いぞ?』


「それだと仲間が王都まで報復にやってきて大混乱になるじゃないの!ソル様が危ないわ。」


それに何よりと言葉を付け足す。


「ストーキング出来ない場所にソル様を行かせるなんて、私、死んでしまうわ~!」


『それは困る。愛し子よ。40キロでどうだ?』


「うぅっ!日課のソル様のストーキングの為ならば・・・。」


『では、取引完了だの。』





次の瞬間、天から光の柱が立ち上がったかと思えば、




《ピシャーン!!!》




という盛大な爆音と共に、既に王都の訓練場の上空まで飛来していたドラゴンの群れが次々と落ちてきていた。


落雷がドラゴンの群れを襲ったのである。




「ぎゃあぁ~!!」




ドッカン、ドッカンと轟音を立てて落下してきたドラゴンの群れを間一髪避ける新人騎士達。


はたまたシールドを張って衝撃から身を守る強者の魔法騎士達。




そして、「あぁ・・・私のお肉ちゃ~ん!」と砂煙の中聞こえる謎の奇声。


もうもうと立ち上る砂煙がおさまった後に、その場にたつ少女を見た瞬間、周りの目は点になった。



目の毒とでも言えばよいのかという見覚えのあるショッキング・ピンクのドレス。


腰まで伸びたハニーブロンドの髪はふわふわ風に波打ち、肉に埋もれていたつぶらなアメジストの瞳が・・・。


そして何より、陰からヒソヒソと「まるで肉饅頭のよう」と囁かれていた丸いフォルムのお肉が目立つぽっちゃり王女の姿が劇的に変貌を遂げていた。




スラリとした華奢な印象を与える細く長い手足。髪と瞳の色は変わらないものの、まるで美の女神が作りあげたかのような芸術品を思わせる小さな顔にくっきりとした目鼻立ち。


些かあどけなさを残す天使か妖精をイメージさせる絶世の美少女が何故か涙ぐんで立っていた。




『うーむ、相変わらず我が愛し子の魔力と生命エネルギーは美味いのう。』




そして上空では依然として出現したままの神獣ラグーンが謎の言葉を発していた。




「あぁ!今日からご飯山盛り5合と揚げ物オンパレードにしなければ!」


ウワーンと泣き出して、こちらも謎の言葉を発している・・・王女らしき絶世の美少女。



「何がどうなっているんだ?」



ソルがポツリと呟いたセリフは、その場にいた全員の思いそのものであった。




因みにドラゴンは派手な攻撃を受けた割には、持ち前の回復力でその後暫くして復活を遂げたが、神獣ラグーンの前では自分達の無力さを感じたのか、大人しくお座りをしていた。


そして、ルナといえば・・・まるで猛獣使いのようにドラゴンに説教をしていた。


次々とドラゴン達をお座りさせながら、


「ドラゴン達!いくら鼻がよいからって、血の匂いくらいで人の縄張りに勝手に入って来ないで頂戴!」


その妖精を思わせる薔薇色の頬を膨らませて、コンコンと説教をしている。



何ともシュールな光景であった。




「姫様、もうすぐ夕食のお時間です。」



しばらくして、何事もないかのようにティーセットを片付けて帰り支度を整えたマリーが声をかけるまで、説教は続いていた。



「あぁ、それから国王様と王妃様も心配なさって来ております。」



美男美女を絵に描いたような国王夫妻2人が、何やら微笑まそうに娘を見ているが、既に王女に至っては外見が違いすぎて展開についていけない騎士達であった。




「お利口そうなドラゴンねぇ。お座りしているわ。大人しそうだから触ってよいかしら、あなた?」


とんでもないことを言い出すのは王妃様である。


「あれはルナだから大人しくしているんであって、君が近づいたら炎を吐くから止めなさい。私の心臓がもたない。」


国王様の方は至極冷静に近づくなと言っているが、あの娘にしてこの親ありと言うべきか、とても15歳の子供が居るとは思えない無邪気さで絶世の美女である王妃様は話を続けている。


「さすが、私たちの娘ね!これでドラゴンを手懐けたのは何匹目かしら?」


「聖山にいるドラゴン殆どだろう。最近よく王都周辺をドラゴン達が群れで移動しているからな。」





それでだ、と国王はソルの方へ向き直り声をかける。 


「ソル騎士団長、何故今回はドラゴンが一直線に訓練場目掛けてやってきた?答えよ。」


国王の前に膝をつきながら、説明を試みるが内心後ろの神獣ラグーンが気になって仕方がない。


「恐れながら両陛下にご報告申し上げます。先程まで新人の訓練を見ていたのですが、思ったよりも血が出てしまい、その血の臭いに誘われてきたかと・・・。」


「要するに、また騎士団長の貴様が手加減せずに氷の矢でも放ったわけか。それなら、今回の事件は貴様の責任だな?ソル・バルディード」


さすが若くして王となった身である。威厳と存在感の大きさが圧倒的に違う。


百戦錬磨の強者であるソルも一気に血が引く思いで国王であるバルトの前に一層頭を低くする。





そこへ緊迫感の欠片もないルナの声が響き渡った。





「あぁ!お父様、ソル様と何を話しているんですの!?跪いたら、折角の麗しいお顔が見えないじゃないですか。望遠鏡まで用意しましたのに~!」



痩せてもストーカー気質はそのままのルナであった。



「おぉ!ルナか。相変わらず可愛いなぁ。天使か妖精のようだ。また大活躍したのか?今回は対価に何キロ支払ったのだ?」


「40キロ!こんなに痩せたら、しばらく元に戻るまで魔法が使えませんわ。」


残念と顔に出しつつ、さして困った様子もないルナ。


「いざとなったら髪でも対価に渡そうかしら。また大竜巻でも発生したら、お父様が困るでしょ?」


「何て優しいんだ。うちの子はやはり天使だな!そう思うだろう、アリエル!」


「えぇ、だって私たちの娘ですもの。」


先程までの威厳はどこへやら2人で親馬鹿ぶりを発揮している国王夫妻であった。





「お父様、そんな話の前にソル様の頭を上げさせて下さいな。顔が見れません、顔が!」


そんな2人の会話に話って入ってソル様の顔を見せろと駄々をこねるルナである。





「ルナ、これは大人の話だ。何よりも国王たる私が臣下に礼も取らせず放置すれば王家の威信に関わる。」


「だって、お父様。ソル様に責任とらせるつもりでしょう。魔法騎士団長だから毎日ストーキング出来るのに辞めさせたら、大好きなお顔が見れませんわ!」


「誰も辞めさせるとは言っていない。単に罰として書類業務の量を倍に増やすだけだ。ルナは騎士団長の執務室でお茶でも飲みながら、ソルの顔を好きなだけ眺めていなさい。」




ソルの意向は完全に無視され、やはり国王一家の中で話が進んでいた。




「何で被害も出ていないのに、ソル様が罰を受けなければいけないのですの?ほら、ドラゴン達も無事ですわよ。大怪我でもさせたら、仲間が援軍に来るから上空から雷で落としただけですわ。」


サラッと物騒な言葉が出てくるが事実である。ドラゴン達は仲間意識が強く念話とよばれるテレパシーのようなもので仲間を呼ぶのだ。



「ルナよ。そなたは確かに強い魔力をもっている。だが精霊達でなく神獣ラグーン様を召喚したということは、それだけ危機的状況だったということだろう?」


「そうよ。精霊達なら髪の毛一房くらいで対価はすんだでしょう?彼等はルナのことが大好きだもの。」




『我も愛し子を愛しているぞ。』




そこへ声をかけてきたのは上空から降りてきた神獣ラグーンである。変わらず神々しさを放っているが、ただ少々放置しておいたためか、不機嫌そうであった。



「私もラグーン大好き!モフモフなのよ。モフモフ!」


見てみて!と言わんばかりに、神獣に抱きつくのは世界広しといえどルナだけだろう。



「キラキラしてて、モフモフなの!今日はスーパー・モフモフ・パラダイスの日ね!」



すでに何を言っているのか理解不能だが、神獣ラグーンはまんざらでもない様子で、好きに触らせている。




「今日はねぇ。野良ドラゴンに混ざって青竜の子供がいたから、ラグーンを呼んだのよ。」


「何!?青竜がいるのか?」


国王の顔色がサッと変わった。



それもそうだろう。通称ドラゴンとよばれる竜の中には神竜と呼ばれる存在がいるのだ。



彼等は野良ドラゴンの緑色の鱗とは異なる赤・青・白・黒・黄・紫などの色の鱗を持っていることが知られている。そして神竜といわしめるだけの強大な神通力を備えもっているのだ。



その神竜がこの場にいると伝えられ、とっさにドラゴンの群れを見てみると、群れの真ん中を守るようにドラゴン達がお座りしているのが見えた。


チラッとしか見えないが、確かに空の青を連想させる小さな仔竜が、やはり大人しく座っていた。





「何でも青竜が人を見てみたいと言ったから、聖山から王都まできたんですって。ただ王都に来たら血の臭いがしたものだから、弱っているようなら騎士達を青竜の餌にするつもりだったみたい。」




「ひぃ!」



騎士達の間でアチコチから悲鳴があがる。それだけ神竜とは強大な力をもっているのだ。


当然ながら鍛え上げられたオルコット王国の魔法騎士団が総力をあげても勝ち目はない。




「まだ赤ちゃんから幼竜になったばかりだから、栄養が足りてないのですって。お父様、料理長に頼んで美味しいもの作ってもらえるかしら?」


「具体的には?さすがの料理長も神竜の食事は作ったことはないぞ?」


「うーん、お肉料理と新鮮なお魚に仔竜だから甘いスイーツかしら?」


アバウトである。作る方の料理長はたまったものではない。




『我も食べたいぞ。我にもスイーツを持って来させよ』




神獣ラグーンもこれ幸いとばかりに注文を出してくる。


「ラグーンはイチゴのタルトとチーズケーキ好きだものね~!私も大好き!」


どうしたものか思案する国王の前で、唯一マイペースを崩さぬルナであった。




「ついでに落ちた分の体重を補うのに、カロリー満点の食事お願いするわ。お父様、良いでしょう?」


「だな・・・。王都から少し離れているが、最近ドナドナ河が氾濫したと聞く。ルナの力が必要になるだろう。早く体重を元に戻せ。」


「ラグーンに力を貸してもらって大地を乾かし整えるのはよいとして、水の精霊達には何を対価に差し出そうかしら?」


髪の毛を摘みながら思案するルナ。ダボダボのショッキング・ピンクのドレスが違和感ありまくりだが、皆して国王と王女のやり取りに耳を傾けている。




『青竜がいるだろう?あれは水の精霊を従える神竜だ。幼いとはいえ話せば分かる。』



ヒョイと軽い動作でドラゴンの群れの方へと向かって歩きだすラグーンに後ろからルナが付いていく。


それから、暫くして青竜が群れの中からルナに抱っこされて出てきた。



「お父様、この仔ね。とってもよい子なの!」



ニコニコしながら上機嫌で青竜の頭を撫でている。



「自分のせいで迷惑かけたから、美味しいご飯くれれば、河の氾濫を元通りになおしてくれるって言ってるわ!」


「でかした!ルナ、とうとう神竜まで手懐けたか!」


国王が喜ぶ傍で心配そうに王妃が声をかける。


「対価は?いつも髪の毛や体重分の脂肪や魔力を対価に払っているでしょう?それは大丈夫なの?」


「大丈夫よ。ラグーンもツケにしてくれるって!」


母親である王妃を安心させるように微笑むルナ。




その笑顔をみると、まさしく天使か!?とツッコミをいれたくなるが、国王一家の会話に入れず、ただ耳を傾けて情報収集に徹する騎士達。





そして、恐る恐る口を開いたのは、やはり魔法騎士団長ソルであった。





「恐れながら、陛下におかれましては、もう少し分かりやすくご説明頂きたく・・・。」




「きゃあ!ソル様~!望遠鏡、望遠鏡はどこ?私、ソル様を直視なんて出来ないわ!」



器用に青竜を抱っこしながら望遠鏡で至近距離からソルを見ようとするルナを無視して、



「何故、ルナ王女様が神獣や神竜を手懐けておいでなのか、その理由が知りたく御座います。」



神妙な顔で疑問を口にするソルに過剰に反応したのは、国王ではなくルナだった。





「マ、マリー大変よ!とうとうソル様が私に興味を持って下さったわ。ルナ感激!」



侍女のマリーに向かって、青竜を抱っこして神獣ラグーンを引き連れたまま突進するルナ。


それをヒラリとかわしつつ、いつの間にか手にしたイチゴのタルトの皿を差し出すマリー。



「今、お茶をいれているところなので少々お待ちを。」



先程片付けたティーセットを再びセットし直して主の為に紅茶をいれているところだったらしい。



「何て気が利くの、マリー。私の侍女は貴方しか他にいないわ。」


「新しい侍女は命が幾つあっても足りないと、先日も初日で辞めましたから。」



淡々と冷静に事実のみを語るマリー。



「私は魔獣に襲われた村を近隣の街まで視察に来ていた姫様ご一行に救われましたから、お仕えするのは当然のことで御座います。」



「あら、そう言って私の傍にあがった者は初日でもってリタイアするのよ?」



「そうですね。」


本日何度目か忘れた言葉を繰り返す侍女マリー。


ただ何故か今回は微かに無表情な顔に微妙な変化として、自嘲めいた笑みが浮かんでいたが。




「姫様は高位の神獣や精霊達を召喚出来る神子なのに、何でも自力でなさろうとする方ですから。」


だから、本当は侍女なんて要らないんですよ。


寂しそうにポツリと零した呟きに、目を見開くルナ。




「そんなわけ、ないでしょう!」


思いがけず大きな声が出ていた。顔を真っ赤にして、反論してくる。


「私は生まれつき魔力や神通力が人並み以上あって、制御出来ずによく周囲の者や建物を壊してまわっていたのよ。」


だから、周囲から恐れられていたの。

そう言って俯くルナ。



「昔、長雨が続いて何ヶ月もの間、日が差さずに洪水が頻繁に起きた年があったのを覚えている?」


「私が姫様にお仕えして間もない頃ですね。」


「そんな時、不意にマリーが言ったのよ?私みたいに神通力があったら精霊王や神獣を呼べたかもしれないのにって!」



そんな事言ったかもしれないが、すでに遠い昔のことである。マリー自身は忘れかけていた記憶であった。だがルナにとっては違ったらしい。



「私、魔力や神通力を抑える努力はしてきたけど、それを解放して何かに役立てるなんて考えた事もなかったわ。」


「でも・・・。見事に姫様は神獣ラグーン様を召喚したじゃありませんか。」


「マリーに言われてね。やるだけやってみたのよ。」



自分じゃ思いつかなかったわ。そう反論する。



「それに風の精霊達を召喚したのはよいけど、雨雲を全部取り除けなかったし、魔力は精霊達に持って行かれるし、もう駄目かと思ったら、とんでもない名案をマリーが言い出したのよね。」




「あぁ・・・。魔力の代わりになる対価を払えばって話ですか。」




「そうよ!神子の魔力は精霊達の好物だけど神獣達も同じように魔力や身体の一部を好むって!」


「お伽話の中に神獣達はキラキラしたものが好きで、髪の毛を対価に神獣から力を借りた神子の話があったんですよ。」


神子は大抵金髪や銀髪ですからね。そう付け足してルナの質問に答える。




「早速、お父様に相談したわ。かなり危険な賭けだっていわれたけど、初めて私の力が役に立つならって説得したの。」




「髪の毛だけならいざ知らず寿命を奪われることもあるから反対するのは親として当然だ。」


横で会話する2人を黙ってみていた国王が口をはさむ。


「対価とは通常魔力のことだ。それ以外のものを対価にすれば、確かに魔力プラスアルファのものが手に入るが極めて危険だ。」


「でも王族の命を犠牲にしてでも、あの長雨は止めなければいけなかったのでしょう?」


その言葉に苦悶の表情を浮かべる国王。




「私が精霊王と契約さえ出来ていれば、ルナに危険な目などさせなかったものを・・・。」


国王を始め、王侯貴族は強い魔力を持って生まれることが多い。国王もまた人並み外れた強大な魔力を持っていたが、さすがに精霊王との契約は上手くいかなかったのである。



「でも、だからこそ私の贅肉が役にたったのでしょう?」





「「「贅肉!?」」」





それまで沈黙していた騎士達及び騒ぎに駆けつけた臣下達の言葉が重なった。




「あら、人がいっぱい・・・。」


他人事のように呟いているが、疑問符を投げたのはルナであった。



「私は確かに姫様の金髪は神獣様も喜んで対価として受け取るのではと話しましたが、贅肉まで対価にすればよいとは言っておりません。」


マリーはマリーで戸惑った様子である。


「でも髪の毛より贅肉の方が余っていたのよ。ほら、私ぽっちゃり王女だから。」


自分の世間での呼び名を、きちんと知っていたらしい。そんな娘を複雑そうに見ながら、


「発想としては間違っておらぬ。神獣や精霊達は神子となった者の生命エネルギーや魔力の質を好むのだ。だから魔力のこもった髪の毛や、或いは血肉を対価にしてもおかしくはない。」


ただ・・・と前置きして、そもそも対価に支払える贅肉自体が神子は持っていないのだ、と国王は答えるのだった。





「本来、神子と認められた者は例外なく神殿に入って正式に神子として御披露目されるまで修業に明け暮れる。だがルナは王女として生まれて、他に世継ぎとなるものがいなかったために、神殿には入らなかったのだ。」


神殿での修業は質素倹約を絵に描いたような生活な為、無駄な贅肉などつくはずもない。だから、誰も試す機会がなかったのだと国王は事情を話す。


「私は昔からストレス発散の為に、よく食べていたから余計なお肉だけは沢山あったのよ。」


何しろ昔からぽっちゃり王女として有名なくらいである。


「駄目で元々だから、神獣ラグーンを召喚したとき、お肉じゃ駄目かしらん?って言ったら、面白がって構わないと言ってくれたのよ。」


ねっ!とラグーンに笑いかけるルナだった。


腕一本とか本当は考えていたのだけどと、とんでもないことを言い出した王女に唖然とする臣下達。




「腕一本差し出すつもりだったので?」



唸るようにソルがルナ王女と声をかける。




「だって、私、これでも王女ですもの。腕一本ごときで民の命が助かるなら安いものでしょう?」



あっけらかんとした返事を聞いた瞬間、臣下達は反射的に下げていた頭を一層深く下げた。






「でもラグーンは生肉はいらないからって、贅肉をきっちり20キロ分全身からそぎ落として、髪の毛も肩の高さくらいまでの長さでそろえて、丸坊主にしないでくれたのよ。優しいでしょう?」



お陰で人生初のダイエットに成功したわ!と何故かドヤ顔のルナ王女を前に、「それはダイエットとはいいません。」と冷静にツッコミを入れるマリー。



「痛みはないけど急に体が軽くなるから違和感バリバリなのよね。だけど、あの事件以来、魔力を定期的に放出しているから暴走させることはなくなったのよ。スゴイと思わない?」


「そうですね。」


いつの間にか口癖となった言葉を繰り返すマリー。


「マリーが魔力の代わりに対価を払うことを提案してくれたから、安心して私は美味しいご飯をたくさん食べられるのだわ。」


だから、マリーは私にとって初めての友達で侍女で必要不可欠な大事な人なのよ?


「・・・・・」


思わず言葉を失い、主であるルナ王女を見つめるマリーは、すでに死んだ魚のような眼はしていなかった。





「では5年前に国中を襲った天変地異を一夜にして元の姿に残したのはルナ王女様だったのですか?」


ソルが言葉を発したのは、ルナとマリーの話が一区切りしてからだった。その顔には感嘆の表情が表れていたがルナは気づかない。


「きゃぁ!ソル様。近くで見るとますますス・テ・キ~!!!」


いきなりのハイテンションな黄色い奇声に、普段、若干引き気味で相手をしているソルも最早邪険にする気が起きなかった。それだけ先ほどのやり取りに衝撃を受けたという方が正しい。



「陛下。ルナ王女様は神子だったのですね。何故、今まで隠しておられたのですか?」



「ルナが神子と分かったのは10歳の時だ。例の天変地異が起きるまで、やや魔力過多の状態にしか誰も認識していなかった。」


「特に精霊王や神獣を召喚できるような神子は数百年に一人しか現れないから、普通に聖女や賢者として認定されるより、はるかに希少なのよ。だから大きくなるまで隠していたの。知っているのは宰相や一部の者だけよ。」



国王夫妻の言葉にさらに衝撃を受ける自分がいる。ただの変わり者の王女だと思っていたのだ。我儘な王女のイメージが今や音を立ててガラガラ崩れ去っていた。



「私は・・・その一部になれなかった時点で信用に足りなかったのですね。」


がっくり項垂れるソルに間髪入れず反論したのはルナであった。


「ソル様、それは違いますわ!お父様には私が口止めしていましたの。私は本当の自分を見ていただきたかったのですわ。」


「その通りだ。我がオルコット王国魔法騎士団を任せる貴公を信用しなったわけではない。」


国王が助け舟を出すが、腑に落ちない様子で2人を交互に見るソルである。




「そなたが騎士団長になって間もなくルナの護衛をしただろう?その時、急に夕立が降ってきて水たまりができたからと、ルナをお姫様抱っこして水たまりを渡ったそうだな?ルナは生まれて初めてお姫様抱っこされたと喜んでな。自分が太ってることも馬鹿にしないし、王女としてまた貴婦人としてきちんと礼を尽くしてくれる忠臣であり紳士だとべた褒めだったのだ。」


「そうよ。それで自分が神子だと知ったら、真面目な人だから貴方の態度が変わってしまうのではないかと思ったらしいの。当然、堅苦しい意味でね。お姫様抱っこが余程お気に召したみたいね。」



クスクス笑う国王夫妻を前に、それがストーキングの原因か!と何も言えなくなったソルである。



「その日のうちに私たちにソル様の傍にいたいから、あなたのスケジュールを教えてほしいって言ってきてね。訓練場と寮の出入りを許可して欲しいって、どこからか望遠鏡を調達してきて今の状態になったの。」


王妃は心底可笑しそうにソルに説明する。


「信じられないでしょうけど、ルナは貴方に会うまで我儘なんて言わなかったのよ。」


「ただ一人の跡取りだからな。厳しく育てたのだが、気づけばストレスで太ってしまったのだ。」


久しぶりに笑う娘の姿を見たのだと国王夫妻は言う。



「貴方にとっては迷惑だったでしょうけど、あの子は貴方に会ってから国や国に暮らす民の事を一層考えるようになったのよ。」


感謝してるわ。そう告げる王妃を前に「私は何もしておりません。ルナ王女を誤解していた愚か者です。」としか言えなかった。



「ソル様は愚か者なんかじゃないわ!私の素敵なダーリンですのよ。」


「ダーリン・・・」


「だって、私はソル様に恋する乙女ですもの。ハッキリ、きっぱり断られるまでは何度だってアタックしますわ!」



きゃっ!言っちゃった~!と頬を染めるルナである。絶世の美少女から熱烈な告白を受けたソルはというと固まっている。さすがにストレートに真正面から告白されるとは思ってもみなかった。




しかも国王夫妻という両親の真ん前で。





「ソル様はモテるけれど特定のお付き合いをしている方はいないから、私にだってチャンスはありますわ。そう思うでしょう、マリー!」



「そうですね。」


本日何十回かになる言葉を今度は笑顔で返すマリーであった。



そして、そのマリーだが・・・主の話に相槌を打ちつつ神獣ラグーンにお茶と茶菓子を提供し、青竜の仔竜にはミルクを与えてる時点で、すでにルナの侍女に身も心も染まっていることに気づいていなかったりした。




「私にもお茶頂戴!イチゴのタルトは全部ラグーンにあげてね。私はクッキー・・・あぁ!青竜ちゃん、食べちゃったの~!?」



クスンと涙ぐみながら、「誰かお茶菓子持ってきて~!」と叫ぶ姿はいつもの変わりない光景であった。




ちなみにドラゴンたちは無事に聖山に戻され、ルナを(正確には人間の食べ物を)気に入った青竜は河川の氾濫を元通りの状態に戻し、城に居つくことになった。



時折、親竜が様子を見に来るが元気に丸々太った姿を満足そうに確認しては、何だかんだと土産を置いていくため国王夫妻は狂喜乱舞して大歓迎したという。


ドラゴンはキラキラしたものが好きなので希少な鉱石が土産に混ざっていたのである。


滅多に手にはいらない聖石や魔法石の数々と聖山にしか生えない薬草である竜神花のおかげで王都に発生した疫病にも対処することができ、青竜様様になったことは言うまでもない。



神獣ラグーンは呼ばれてもいないのに、ルナのお茶の席に混ざっては青竜と一緒にスイーツを堪能して帰る日が多くなったという。



そして、今日もぽっちゃり王女に戻ったルナはというと・・・。



「きゃぁ~!見て、見て。今日もソル様カッコイイ~!!!」




望遠鏡片手に至近距離でソルを日課のストーキングするのであった。


ソルの苦悩の日々は続く。





果たして、ルナの初恋が叶ったかは謎である。







詰め込み過ぎました。


これは短編より前編・後編に分けた方が良かったかも???な物語でした。


果たして2人の恋の行方はいかに!?

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