第八話
連投します。
子供が笑いながら空紀の脇を走って行った。
この街の傍には〝たまり場〟と呼ばれる魔力密度が高い森がある。当初はこんな場所に街を作るのは正気の沙汰ではないと、批判の声が上がるほど危険な森だ。
もちろんそれは現在進行中なのだが、見ての通り街中は平和そのものである。平和すぎて闘技場がはやってしまうくらいに。
〝魔窟の森〟には国で三カ所しか確認されていない、超過魔力密集地帯通称〝星穴〟が存在し、その力にひかれ多くの魔物が巣を作る。魔力が多いほど魔法使いは有利だが、それは魔物も同じこと。魔力を糧に生きる強い魔物が森に集う。だからこそここに『勇者』の街ができた。
穏やかな喧騒の風が吹いている。平日休日の常識がないこの世界の街では、仕事をする人と私服で買い物する人が混在していた。まさに活気あふれる街の一角へ、空紀は歩いている。
紹介状の示す建物が見えてきた。周囲より横に長い家、あれが今回の依頼者の住宅兼仕事場だ。
会社名〝お供え物とお星様〟と書かれた看板の下扉近く、右往左往する落ち着かない男がいた。薄桃の花束を持っている不審者が万に一つで依頼者の可能性を考慮し、声をかけてみる。
「すいません、この会社の人ですか?」
「うおおぉぉ!!?すみませんすみません!!調子乗ってすみません!!」
「いやあの」
「失礼しましたーーー!!」
顔色を青くした男は、人混みの中へ走り去った。誰にもぶつからず帰れるだろうか。気にはなるが、初依頼の遅刻と引き換えにする程ではない。乱れた髪を撫で扉へ向き直る。
「すいません、配達依頼を受けた冒険者です!依頼主はいらっしゃいますか!」
扉が開く、ガタイの良いヒゲの男が現れた。恐らく『勇者』ではないだろう。あまり多くの『勇者』と会った訳ではないが、やはり原住民とは空気が違う。空紀を見下す男は、妙に力の入った目をしていた。
「どういったご用で?」
「ギルド〝双剣〟から派遣された冒険者です。手紙配達の依頼を受けて来ました、これが紹介状です」
「……ちょっと待ってな」
紹介状に目を通し、扉を閉めた。依頼主ではないらしいが、あの隠し切れない警戒心はおかしい。不審者の件といい、嫌な様子だ。
扉越しに慌ただしい足音。一歩退がると、大きな音を立てて扉が開いた。
「ごめんなさい!!依頼は違うんです!」
「はい?」
依頼主は橘美希子、『勇者』でまたも日本人。出身地の偏りは後日考察するとして、彼女は会社〝お供え物とお星様〟の社長兼占い師で、あのヒゲ男は社員。男―ガウドを背後に控えさせながら、橘は依頼の経緯と弁明をする。
一年前、橘は〝読売広報社〟という広告専門の新聞会社に入社。召喚されて間も無く難しい仕事を任せることは出来ず、広告紙の配達に忙しく走り回っていた。慣れてくると配達先で橘は占いをするようになった。
「占い?手相とかタロットとか?」
「いえ、私の魔法です。お一人に対し一日一回運命を読み解く魔法で、ちょっとした助言程度の気持ちでした。皆様が喜んでくれたら良いと思って」
ある客が玉砕覚悟で玉の輿に告白しようとして、藁ではなく占いに縋った結果見事勝利。有名商家に嫁ぎ隠された商いの才覚を発揮。あっという間にトップ商人へと上り詰め、今も順風満帆の人生の真っ只中。
大成功した商家は懐に余裕が出来たのか、スポンサーを申し出てきた。しかし長年やってきた〝読売広報社〟には信頼するスポンサーがすでにおり、あまり手広くするつもりではなかった社長は困った。
その姿に責任を感じた橘が思い切って独立、それが〝お供え物とお星様〟である。一応広報紙配達がメインだが、客側としては占い欲しさが本音だろう。
「もちろん初めは上手くいかず、スポンサーの方やお客様にも多大なご迷惑を掛けてしまいました。別会社となった〝読売広報社〟の方々に助けてもらいなんとか落ち着いた頃、配達員を補充しようとギルドに依頼を出しました」
この街には『勇者』を支援するギルドしかない。その為冒険者は多くなく、パッとしない依頼は放置されがちだ。この依頼を受ける者もなかなか現れず、客が増えるにつれ配達の手は更に不足していった。
半ば諦め自力でなんとかしなくてはと、その場しのぎのお詫びの品で配達の遅れを誤魔化そうとする。それが事態をより苦しいものにするとは知らず。
「遅れた配達先の方が日本人だったので、趣味で作った梅干しを差し上げたら、その、想像以上に喜ばれまして」
「他の日本人にも催促された?」
「えっと、買いたいと仰る方が何人か……。急遽商品化し、広報紙と一緒に配達しました。それが好評でお客様は以前の倍近くに」
横目に見る。視線の向こうには二十人は囲える机と、そこに配達物の山を作っていくガタイの良い男達。山は話が始まる前からあり、説明が終わりかけている今もまだ増え続けていた。梅干しの入った瓶は特に積まれていて、人手を欲したのも納得である。
「広報紙と占いと梅干しで、気づけば郵便というより運搬と呼べる配達量になっていました。その時思い出したのがギルドにお願いした依頼内容です」
確か手紙配達と依頼書にはあったが、オマケの存在が大き過ぎる。ここでようやく冒頭の「依頼は違う」に戻った。
「資金の関係で魔法の鞄は重量軽減の付加がされていません。とても初心者向けとは言い難い重労働なんです」
「それで依頼の修正か削除を考えていたら、私が来てしまったと」
「申し訳ありません!」
意図せぬ成功劇に翻弄される依頼主。第三者が見れば羨ましいが、本人にその気が無いのが報われない。差し出された緑茶(のような飲み物)を頂く。
「大丈夫です社長!!冒険者の手なんか借りなくても、立派に業務をこなしてみせます!なぁお前ら!」
「「「「おおぉ!!」」」」
なんか沢山居た。ガウドと似た筋肉量の男共が、頭や手を作業場から出し賛同の雄叫びを上げる。みんな社員らしい、全身から社長への尊敬と好意が溢れている。もはやファンクラブだ。
橘は謙遜しているが、社員の社長天使トークに塗り消されていく。目の前でそのやりとりを見せられ、空紀は残り少ない緑茶(のような飲み物)を取った。
橘を観察する事で、社員の社長推しの理由を察する。何故なら、可愛いのだ。
「み、みなさん落ち着いて!作業に戻って下さい!」
天使の輪が浮かぶ濡れ羽色のセミロング、ハーフアップの髪型が上品さを二乗にしている。紫外線を知らない白い肌に、丸い二重の瞳と薄桃の唇。大人しめの紫の着物は仕事着なのか袖が短く、腰には前掛けを着けている。大和撫子は外交官様と国境でタイプが別れる、和風美少女なのだ。
潤んだ目でこの美少女にせがまれれば、懐と相談する前に商品を買い占めるだろう。
「それで、あの。依頼なんですが」
会社の前に居た不審者もファンかな、と考えながらここに来た目的を思い出す。
「荷物は鞄に入るだけ詰めてひたすら往復?」
「はい。五個セットで一割引なんて売り文句に惑わされず良い魔法の鞄を買っていれば、皆さんに苦労を掛けることもなかったのに……」
大きい机を挟んだ壁に掛けられたショルダーバッグ、あれがそうだろう。
魔法道具には発掘と人工が存在する。発掘は古代文明の遺物や自然に出来る天然物を解析した物、人工は発掘品を改造又は一から新しく創った物。
空間に作用し物を収納する魔法道具、総称道具箱は発掘でその仕組みを知り、応用する事で人工に転用した物で、今では高価な物からそこそこまで多くの市民が重用している。
魔法鞄は道具箱を鞄型にした魔法道具で、冒険者の愛用品である。もちろん魔法が重要なので、鞄の形は何でもいい。買い手の好みが反映されているだけだ。
女社長が嘆く理由は、入れた物の重さに対し軽量してくれる補助魔法が施されていないという、安物を買わされた事だ。重量に補正が無い物は、やはり有る物より安いのだろう。
会社にとっては困る話だが、空紀には悪くない話だ。
「依頼を遂行します。鞄を持ってもいいですか?」
「え!?あの、でも、重いですよ?お客様の希望の時間帯にお届けしないといけませんし!」
「そこまでするんだ……」
呆れた。この女社長は小さな親切に還ってきた苦労をそうだと感じていない。むしろ求められたことを幸運と受け入れ、捨てずにいる。
この会社も客の要望もスポンサーの善意も、橘が望んだのは多分ほんの少しの笑顔だけだったろうに。それでも全て投げ出さないのだから、献身の域を超えている。
用意していた荷物の一山を鞄に入れ、渡される。両手で持ってみたが、この状態でも重いと思う程度だ。
「もう少しください」
社員の男が怪訝そうな面持ちで荷物を追加していく。落とすと感じる数巡前に、荷物は軽くなった。まるでクッションのように、鞄を上下させる。
「凄い!二区画分入れたのに!でも一時間くらいでなんとかなりそうですか?」
地図をもらった。区画は内側・外側の東西南北で八つに分かれている。この会社は境界線近くの内側南にあった。配達先は近い、外側の南と西区画。鞄を肩にかけてみる、問題無し。
道順や受領証明を確認、アキレス腱を伸ばす。数少ない記憶にある地獄での体験、己の力で空を切るあの感覚。安全な所で試してみたいと思っていた。
「屋根の上って走っていいですか?」
「建物や人に被害を出さなければ、え?」
「分かりました、配達してきます」
助走、からの跳躍。
「えーーーーーー!!!?」
依頼主の叫びが上昇を促す。三階建ての建物をひとっ飛びで越えた。巨大ゴブリンの腹を足場にした時と同じ、無意識と意識下による力の使用。
大木に身を預けるような感触の『風』にもたれかかり、重力への反逆心がこの魔法を作った。
足音に気を配れば、自然と建物への被害は無くなる。地獄でゴブリンに仕掛けた奇襲、その時死ぬ気で覚えた技術だ。もう自転車の乗り方と同等の身に染み具合。
建物の高さやデザインの違いで走り難くはあるが、降りようとは思わなかった。
「おっと!」
良い眺めだ。
閲覧有難う御座いました。