第七話
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Luck Studio Xavy
この街の闘技場で、支配人の名はザビー。運の舞台と名付けているだけあって、売りは観戦ではなく賭け事。参加者も観客も金を浪費して通い詰める、一攫千金の擬似戦場。
MBX戦(MixBattleX)は目玉イベントの一つで、L・S・Xとある強さランク上位X、殺し以外ありの過激トーナメント戦だ。“勇者の城壁都市”の中でも随一の人気で、先のような生中継まで放送されている。もちろん有料らしい。
嬉しそうに試合のー主にセイライのー話をする先生を、空紀は聞いているように装って見ていなかった。
ステータスの問題も解決しないまま、また新たな疑問が生まれてしまった。セイライとリュウタの戦闘、その流れがある程度分かってしまった事。さらに目が眩む程の閃光の中でも、彼らの動きが見えていた事。オマケで、指の傷がすでに塞がっている事も。
シャワーの時しか外さない指輪を見た。小さい青の石が乗ったそれは、素人目でも綺麗である。これが空紀の視覚系を強化している魔法道具だと、気付ける者はいるのだろうか。
身体能力を魔法で底上げしたセイライの動きも、リュウタの切り札もこの指輪の前では丸裸だ。手に入れた時の状況がアレなだけにかなり不気味な代物だが、これからの行動次第でより手放せなくなるだろう。
傷に関してはよく分からない。ステータスの[状態]自己回復・視覚 強化となっていたが、予想すら怪しい原因不明。分からないが増えていく。
「三無瀬様、授業が滞っています」
「あ、ごめんごめん。はい授業に戻ります、席に戻ってバカジ君」
「ロウジだ!!」
否、解決策はある。空紀が疑問を先送りにしているのだ。迷いがくすぶって、決断に踏み出せていない。目下決めなければならないことは一つ、他人を信じられるか、ということ。分からないなら分かる人に聞く、当たり前だ。
その為には信じ方から教わる必要がある。覚えていないと、自分すら信じられない。
昼食後、久しぶりに陽の光に当たった気がする。実際地獄から今まで、頭上を気にする心の余裕は無く、まともな外出もこれが初めてだ。屋敷の中庭ではあるが、ようやく疑問以外を見る時間を作れた。
薄い色の青空に微かな雲、斜め上から空紀を刺す太陽光。自然をふんだんに吸収した空気は、風となって全身を吹き抜けた。
一眠りしたくなったが荷物を抱えた先生が見えたので、頭を勉強モードに切り替える。
「みんないるねー!お昼の後は運動しましょ、はいコレ」
雑に芝生を転がされたのは、剣や槍・弓などの武器。元の世界ではありえない体験授業に、豪狼と矢背は興奮し空紀は意図を考えた。
「おぉーー!剣だぜ剣!こっちは金棒、って重!?」
豪狼が重いと金棒を手放したが、他の武器も軽くはない。刃の潰れた片手剣は喧嘩慣れした男が両手でしっかり持っていても、重心を揺らされている。上昇したテンションに任せて振っているが、側からは剣に遊ばれているのが分かった。
「ちょっと、危ないから素振りはもうちょい離れて!ヤセ君は後衛っぽいし杖あるから、あんまりこの辺の武器は気にしなくていいよ?」
「あ、いえ、あの……必要になるかも、しれないので」
常に伏せ気味の目線が武器から動かない。確かに男心を刺激するラインナップかもしれないが、とてもあの地獄を通った者の反応には見えなかった。
短剣を手に取る。幅が広い頑丈な作りで、重く、軽かった。矛盾しているが他人の命を奪うには十分な重さがあり、自分の命を預けるには不安になる軽さだ。
「アキちゃんはどう?武器はまだ止めとく?」
「大丈夫です、見せて下さい」
あの武器に一番近いものを探して掴んだ。空紀の身の丈とほぼ同じ大剣。先生が何か言っているが、片手で空にかざせばその声も止まった。
豪狼が雄叫びを上げながら回っているので、反対側のスペースに移動する。腰を落とし、あの時の体勢を思い出す。両手で柄を握り腰より低く、後ろへ溜めるように構えた。巨大ゴブリンを前に空紀は鉈を振った、殺す為に。しかし今いるのは型だけ。殺意は頭の隅に置いていく。
「っっっふっ!!」
重量のある武器とは思えない、横一文字の軌跡。どうやら空紀の魔法は問題なく発動するらしい。振り始めから終りまで、余計なブレは起きなかった。後は効率よく使用できるよう、数を熟すしかない。
「すいません、しばらく此処で素振りしても良いですか?」
驚きを含んだ了承の声。離れない視線に意識を割かず、大剣を構えた。矢背は動きそうにない。変な笑い声を上げながらふらつく豪狼に倣えとは言わないが、こちらを見ていても何の得も無いと思う。
集中する。剣道でもするように姿勢を正し、大剣を真正面に持つ。頭後ろまで持ち上げ、振り下ろす。それをただ繰り返した。目的は鍛錬、鍛えたい箇所は主に三つ。体幹・剣技・魔法である。
体幹は重量に負けないよう、地面から直角を維持。そこで倒れている不良のように、武器に遊ばれるわけにはいかない。
剣技は正直適当だ。ふざけてはいないが、武術の記憶がない空紀に剣の振り方の正解は分からない。今は同じ振り方を狂いなく続けられるようにやっていくだけ。いつかそういう指導を受けてみたいものだ。
そして魔法、前二つを支える空紀の生命線。地の筋力を含め、適切な負荷と力点を調節。剣の重みを消してはいけない、剣の流れを歪めてもいけない。空紀の課題は身体能力の底上げと、魔法の練度向上。
肉体が悲鳴を上げる前に、剣を置き座り込んだ。手足が震え汗が噴く、筋力の増強は長い積み重ねこそ最短、とはいえ厳しい道のりである。続けられるだろうか。
「お疲れ様!はい水、いや〜すごいね!一時間近く振ってたよ。これなら明日は大丈夫かな!」
先生が手を二回叩き合わせる。説明の要らない、注目の合図。
「これからの予定だけど、もう少しスキルの確認したら座学に戻ります。そんで明日は、ついに実戦を体験しようか!」
恐らく三人とも同じ心中だろう、早くないか?
「後でちゃんと説明するけど私達が明日行くのは、な、何と!?……」
「何でそこで止めんだよ」
「異世界の定番中の定番、〝ギルド〟です!!」
「知らねぇよ!!」
〝勇者の城壁都市〟。空紀のいるこの街は、人口約五千人の表向きは工業都市だ。『勇者』の御業によって生まれた異世界の知識・技術が基盤となって、国全土に影響を及ぼしている。ステータスカードもその一つだ。『勇者』の存在がこの街の主柱であり、文明改革発端の立役者である。
停戦後、後遺症で職に就けなくなった者や、仕事を無くし路頭に迷うものが続出した。長い戦争は国の文明を担い、人々の生活の支えですらあったのだ。
国の事業が消えれば、国民の混乱は当然。そこで考えられた制度こそ、〝ギルド〟である。今こそ運営の大半が民間だが、国の予備戦力としての支援は続いている。有事の際は国が依頼を出し〝ギルド〟が承諾。〝ギルド〟と契約した会員、冒険者がそれをこなす。
依頼主は人の数だけ存在し、依頼は報酬が用意されている限りなくならない。ペット探しから竜退治まで。
そしてこの街にも、〝ギルド〟はある。
「ここが『勇者』専用ギルド〝双剣〟だよ!」
文化が入り乱れた街の中、近くには近代的ビルやオシャレな煉瓦家屋があるというのに、何故この建物だけ古さにこだわった木造建築なのか。
「ボロッ!?」
「ロマンが分からない!?だから君はバカジなんだよ!」
「ロウジだ!!」
異世界から来た『勇者』のサポートを受け持つ〝ギルド〟で、一定の力量を示しもう大丈夫だと判断されるまで、半強制的に入会させられる。つまり仮の職業が与えられるのだ。
「二週間!それが君たちを助けられる最大期間!すでに四日目だから、あと十日でみんなはここで生きていけるだけの力を習得しなきゃなりません!屋敷はそれまで大丈夫」
「ハアァッ!!?勝手に呼んだくせに、テメェで全部どうにかしろってか!?」
「原因が何であれ、働かざる者食うべからず!子供でも出来る依頼はあるし、食べていくだけなら十分稼げるよ!もちろんサボらないこと」
「も、もしもの話しだけどよぉ。家賃出すとか住み込みで働くとかすれば、あの豪邸に居座れたりしちゃったり……」
「国とのやり取りもあるし、情報も扱ってるから駄目だって。外交官って忙しいし会うのも難しいと思う」
「オレの女神ーーーーーー!!!」
周囲の男何人かが分かる、という顔で頷いた。豪狼と同類なのだろう。
先生を追い、剣が交差した看板下を潜る。内装も利用者も想像通りだった。
「うおおおぉぉ!!カッケーーー!!」
豪狼の切り替えの早さに呆れる。
大きいカウンターに三人の受付嬢。奥のカウンターには色の違う制服の受付嬢が一人だけ、そこまでが全体の三分の二。残りのスペース、入って右側に複数の丸机と椅子が置かれている待合所。古き良き?構造である。
大声で騒ぎまくっている豪狼と距離を取った。心なしか矢背の落ち着かなさも加速している気がする。ステータスカードといい武器といい、男はこういった物が好きなんだろう。理解出来なくはないが同調はしない。
一番目に入ったのは、左右の壁。
「あの……あれ……」
「そう!これが依頼書を貼る掲示板!」
入り口の左側紙が多い方を指し、課外授業が始まった。
「ギルドにはいろんな内容の依頼があり、冒険者のランクに応じて受けられる難易度分けがされてます。ピチピチ初心者の皆は冒険者ランク銅!銅とも呼ぶ。銅は依頼ランクEしか受けられません!」
貼られている依頼書は書き方が不統一だが、赤字で必ず依頼ランクが記されている。判子と手書きがあるが、違いはなんだろうか。
「討伐や街の外へ素材採取の依頼は、一度私に相談してね!いくらランク早く上げたくても命を大事にすることが一番だから!」
「あ?外出たらランクって上がんの?」
「昨日の授業を覚えていない馬鹿は無視します!とにかくこっちが討伐や採取、近場での依頼が貼ってある方。通称短期依頼掲示板。向こうは常時募集だったり、時間がかかる遠い場所で行う依頼を固めた方。通称、長期依頼掲示板!」
昨日の授業だと、適正の依頼ランクに+(プラス)とついているものを五回、-(マイナス)のついているものを十回やる毎に昇格試験が受けられる。銀に昇格すればギルドと取引している店の商品を割引で購入出来たり、様々な特典が付いてくる。〝ギルド〟繋がりの店は武器や防具、飲食店や宿泊施設まであるとか。
他二人はもちろん地獄での経験しかない空紀も、後十日で独り立ちするならこの話に乗っかるべきだ。初めての依頼も今日を入れて後十一日間は保護者付きなので、なにかと安心できる。
短期依頼を流し見して、長期依頼も覗く。豪狼と矢背が動かないので、先生も二人の周りをうろついて離れない。
この世界の言語問題は杞憂だった。元々前世がこの世界の人間だったので、召喚陣にその辺の細工は織り込み済みだそうだ。この世界への早い順応もそのせいらしいが、覚えのない文字を読めるのはありがたいより恐ろしい。記憶がないのに便りの知識すら改変可能というのが、不信感をより煽ってくる。そちら側は分かってやっていたのか。返答次第で空紀の認識は大きく違えるだろう。
だがまずは目先の問題だ。
「え〜と、ブラウンボア討伐、証拠ブラウンボアの牙最低三十体分、ランクはE。へっ、腕試しには丁度いいぜ!」
「ボアは繁殖能力高いから、時間経つと難易度上がるかも。大丈夫?」
「四人ならどうとでもなんだろ!おいアキ!」
依頼書を検める。植物の生態系を乱す可能性がある、ブラウンボアの群れを発見。日付は五日前、増殖しているかもしれない。
先生曰くブラウンボアは強い魔物ではないが、勢いをつけた突進で木を倒すくらいはやるとか。支給された防具だけで挑むには、まだ不安があった。
「悪いけど、私は街中の出来そうな依頼からやる」
「ちっ、んだよ。じゃ行くぞヤセ!」
「えっ!?いや、あの……僕も街中で……」
「テメェの魔法は伊達か!?ぶっ飛ばす以外に使い道があんのかよ、ああっ!!?」
「ひぃぃ!?ごめんなさい!行きます……行きます」
依頼書を掲示板から引き剥がし、受付カウンターへ向かう豪狼。助けを求める矢背の視線を無視して、気になった依頼を見直した。
E− 郵便配達で体力に自信のある人向け。範囲は街中だけの常時募集依頼、安全で初心者にオススメな内容だ。
「アキちゃん!私あの二人見てるけど、そっちは平気そう?」
「はい、五の鐘までにここに戻ります」
「オッケー、んじゃ後でね!」
自信に溢れた豪狼、縮まって歩く矢背、手を振る先生と一時の別れ。考えてみると単独行動は、あの地獄以来である。他人の話し声が聞こえる空気に浸っていても、どこかあの時の虚が湧いてきた。
一人でいる事は楽だ、しかし個性を持つ彼らが羨ましかった。
孤独感はないが、何かあるというわけでもない。綴空紀という人間が持っていたモノが分からない現在、自分を証明する手段もない。とりあえずもらえるモノはもらい、与えられるモノは出来るだけ吸収している。その成果が、この依頼を選んだ理由かもしれない。
「依頼書を確認しました。こちらの手紙配達の依頼で間違いありませんか?」
「はい」
「承知いたしました、こちらが紹介状となります。それでは、よい冒険を」
閲覧有難う御座いました。