第六話
なんとも言えない空気を変えたのは、意外な人だった。
「ミナセ様、MBX戦三分前です」
「えっ!?もうそんな時間!?ちょっテレビテレビ!」
「はい、モニター開きます」
ルゥルが扉近くのスイッチを押すと、カーテンが閉まりだし部屋を暗くする。ホワイトボードの向こう側の壁、その上から大きいテレビが下りてきた。映画館のような迫力のあれが、ルゥルの言うモニターだろう。
モニターが光ると、部屋の中が煩くなった。
「うお!!なんだ!?」
何百という規模の歓声が響く。モニターに映るのは、広場を囲む段となった観客席。そこに座りあるいは立ち、声を張っている人々は中央のただ一人から目を離さなかった。これから起こる出来事への期待が、表情に出ている。
「キャーーー!!セイライ様ーーー!!」
観客席の前列大半を占領する、若い女性団体と同じ名前を叫ぶ由華先生。中央広場には二人いるが、セイライと呼ばれているのは細い両刃剣を持った男の方だと予想できる。二人は会話をしているようだが、片方は足踏みしたり指を指したりと落ち着きが無い。仮にも声援数で増さっている人間の行動とは考えられないのだ。
鉄球に複数とげのついた武器を振り回し、男はセイライを挑発していた。
「〈本日のMBX戦トップバッターはこの二人!鉄のように固い覚悟でこの場に返り咲く彗星鬼!!終わりません、勝つまでは!!赤コーナー、リューターーー!!〉」
鉄星が地面にめり込む。歯を見せて笑うリュウタに対し、深海色の髪の男は無表情を貫いていた。
「〈青コーナー、十九連勝中の超闘士!痺れる眼に輝く蒼剣!迸る雷の矛!!青き龍、セイラーーーイ!!〉」
音量がもう一段上がり、主役たちは得物を持ち直す。中腰に構えた両刃剣は瞬き、鎖の身が擦れ鳴く。
「〈MBX戦でも類を見ない大勝負が、今!スタート!!〉」
始まりのブザー音が鳴り終わる前に、鉄星がセイライへと跳ねる。明らかに手で動かされたものではない。虚をついた初撃だと思ったが、セイライは体を捻って躱し前に出た。
「なにが……?」
突如始まった戦いの映像に、疑問が溢れた。だが答えくれそうな一人は高い声で観戦し、一人は扉付近から動かない。矢背の一人言は宙に流れ、モニター内が更に騒ぎだす。
リュウタへ向かって走るセイライ。体から静電気らしき光が漏れたと思えば、土を蹴り飛ばし加速した。近づくセイライに、鉄星とつながった鎖が迫る。かなり太い鎖だ。重みと推進力を考えれば、かすっても怪我をする。しかも正体不明の方法で、ありえない動きをさせた武器が進路を阻む。当人も常に位置を調整し、セイライとの距離を確保。
戦闘前の様子からは想像できない、落ち着いた攻めだ。まだ開始十数秒だがリュウタが攻撃しセイライが躱す、この流れが定着しつつあった。
「よっしゃいけ!ぶっとばせぇ!!」
豪狼はリュウタ側らしい。確かに、今の状況はそちらが有利に見える。方法はわからないがもしモーニングスターの操作に大した労力を使わないなら、長期戦の兆しがあるこの戦い、問題は体力だ。
二人とも動いてはいるが、リュウタを追いつつ四方から来る攻め手を躱さなければならないセイライが、体力的には不利。
体格もリュウタの方が一回り立派で、初めて観る者から言えば負けそうな方を応援して落ち込むより、勝ちそうな方を応援して気分良く終わりたい。そう思う豪狼の気持ちは当然である。
「ちょっと、何でセイライ様を応援しない訳!?」
「うるせぇんだよ、キャーキャーキャーキャー!オレは女のご機嫌伺いしてる貧弱野郎がいっっち番嫌いなんだよ!」
「はああ!?ただの僻みじゃん!」
「黙れこの面食い教師!」
「何ですってこの脳筋!!」
思ってた応援理由と違った。遠くて顔が見えないので、面食いかは保留。しかし空紀も心情としてはリュウタ寄りだ。紹介文から察するに、この組み合わせはこれが初めてでは無いのだろう。歓声も盛り上がってはいるが、驚いている風ではない。この攻防の先に楽しみを求めている。
勝者と敗者では次に対する思いが違う。勝つまでと言っている以上、敗者は切り札を用意しているはずだ。拡声器片手に席を立つ実況は、そんな挑戦者の変貌に着目した。
「〈こ、これは?リュウタ選手!鉄星の二本目を取り出した!初めて見せる戦闘形式!試合を決める勝利の星となるのか!!?〉」
どこから出したのか、もう一本のモーニングスターは暴れ続ける最初の一本より小型。頭上で回し始めるリュウタへ、青い雷が放たれた。スピードが乗る前に懐に入るきっかけにしたかったのかもしれない。牽制は成功し、二本目の回転を止めた。
だが二本目はリュウタの手を離れても、独りでに回りだす。一本目を避けつつ、二回目の牽制。小型鉄星と接触し、それは弾けた。
「うおおおおおぉぉぉ!!」
脳筋の叫びを咎め忘れる程、圧巻だった。
小型鉄星は弾けた鎖の欠片全てでセイライに殺到した。速さに変化は無い、数が勢いが数秒前とは段違いである。殺傷力そのままの鉄星が助走を持って交互に襲いかかり、鉄の欠片達がセイライの逃げ道を削っていった。
光を強めた剣で斬り払うが、追いつかない。
「〈まさしく怒涛の猛攻!!終わりの無い流星群がセイライ選手を追い続ける!このままいけば消耗は、いや、セイライ選手突っ込んだあぁぁ!!〉」
体力勝負を嫌がったのか、足の止まっているリュウタへ走る。今までで一番の速度で、頰裂く鉄くずに構わず、セイライは雷をまとっていた。そして二人の距離が五メートルを切る。
「〈届くのか青雷の剣ーーー!!?〉」
観客の大半はセイライが踏み込み、三メートルに迫った場面までで、後を知る事はなかった。
閃光。
実況が復活した時、数メートルを背で挟むように二人は立っていた。セイライの頰の傷から血が流れ、体中には血染みが広がっている。
「〈いったい何が起きたのでしょうか?強い光がステージ全てを覆い、選手は完全に止まっております。只今現状把握をあ、あああぁぁぁーーー!!?〉」
広場出入り口からスタッフらしき人が近づこうとし、リュウタの膝が折れた音で止める。セイライは腰の鞘に剣を納め、リュウタが倒れたとほぼ同時に歓声が爆発した。
「〈決着!!視認不可能な一瞬の攻防を制し、勝利の声援を授かったのはセイライ選手!見事、前人未到の二十連勝の旗を手にしましたー!!〉」
「キャーーー!!」
「マジかーーー!!」
楽しげだった顔と不安を隠せない顔が逆転。跳ねて喜ぶ先生の向こう側のモニターには、負傷しながらも堂々と去るセイライの姿。画面は変わり、担架に運ばれるリュウタは上着が大破していて肌着のみだが、気を失っているだけの無傷である。
「どう、なったの?ううん……どう、やったの?」
やはり矢背の疑問は誰の耳にも入らない。本当に入っていないのか答えられないのかは不明だが、さすがに不憫である。
「セイライ選手が一撃当てた」
跳ねるのを終えた先生と、睨むように豪狼も空紀を見た。こちらに怒りをぶつけられても困る。戦いを振り返る実況を見ながら、分かった事を話した。
「剣の間合いまであと一歩のところで、リュウタ選手の上着が消えた。多分上着と肌着の間に鉄製の薄い鎧か何か着てたんだと思う。それをセイライ選手が近づいてきて避けられないタイミングを見計らい、爆発させた。上着がないのはその衝撃でしょ」
映された戦場の後。二人が立っていた付近には鉄くずが散乱しており、鉄星と同様ほとんどが溶けていた。
「前方に鎧板、残りの方位全てを鉄で囲われたセイライ選手は、光った」
「ひか……?やっぱり、魔法?」
「その辺はあの鉄の動きも含めて、由華先生に聞くべきじゃない?」
「聞かれたら答えちゃいます!セイライ様のスキルは〝雷伝魔法〟!大男は〝鉄導魔法〟、まぁ効果は見たまんまだよ」
「ちゃんと言えや!」
曰く。触れているか近くにある鉄製の物を操作出来るのが〝鉄導魔法〟。雷を発生させ神経を刺激しての身体能力上昇と、自身と装備はもちろん接している物に電気を流すことが可能なのが〝雷伝魔法〟。
どちらも対人対魔物、広い意味で戦闘向きの才能だ。光の原因であろう雷も、何だったのか想像がついた。
「多分セイライ選手は全身から、かなり強い出力で放電した。光ったと錯覚する程。その電気は一瞬だけ鉄の攻撃を阻み、溶かした」
「そんな……そんなの、雷そのもの」
「近いかもね」
かなり、とは足さなかった。
「雷の発光で目が潰れたリュウタ選手のみぞおちに、剣を当てて電気を流せば終了。上からの物言いになるけど、リュウタ選手の敗因は切り札を過信していたことかな。せめてもう一手伏せておけば可能性があったのに」
おそらくセイライ選手に、あの発光の次を考える余裕は無かった。あの防御手段はメリットが大きい分、目を閉じなければいけないデメリットが付属している。
光を直視した相手ほどでは無いにしろ、視界をリセットしてからの判断は必ず遅れが生じるだろう。そこに致命傷となり得る一撃を放てれば、結果はわからなかった。〝鉄導魔法〟の長所である手数と、無手による操作があればやれたはずだ。
「な、んで刺さずに、電気を、流したの?」
「びびったんじゃねぇの?」
「そんな訳でないでしょ脳筋!!セイライ様は、この街でベスト三に入る腕前の持ち主よ!剣を使い出してから、レベルが四も上がったんだから!」
「けっ。ステゴロする度胸がねぇだけだろ」
「失礼なこの野蛮人!!」
「がなるな!尻軽女!!」
いい加減にしてほしい。一応答えを待っている者がいるので、話しておく。
血痕を拭うように、指をさすった。
「推測だけど、あの二人の戦闘が今回初じゃないなら、セイライ選手は知ってたんだ。リュウタ選手を一撃で無力化する方法を。体格だけ見れば、リュウタ選手はガタイがある。少し刺したり切ったりするくらいじゃ、倒れなかったんじゃない?」
「でも、刺された、ら……重症、じゃ」
「意識さえあれば魔法は使えるかもしれない」
同意が欲しい人は、まだ口論の最中である。
「完全に戦闘を終えたいなら、気絶が一番。セイライ選手はその為の最適解を実行した」
疑問の雨がようやく止み、空紀はきしむパイプ椅子に深くもたれた。
今回はここまでです、閲覧有難う御座いました。