第五話
色々足りない頭が、久方ぶりに動いて熱を持った。
案内された屋敷の一室、空紀は化粧台らしき机の椅子に座っている。欧米式のトイレとシャワールームに、衣装部屋まであった。外観に相応しい立派な客室だ。
天蓋付きのベッドは雲の如き柔らかさで、睡魔に襲われまいと逃げた結果この体勢に至る。
思考が出口を求めて動き回り、精神の疲労と相まって熱っぽくなってきた。何時に起きるかは決まってないが、シャワーは朝にする。外交官の話を忘れないように頭の中で反復。紙に書ければなお良いが、それを誰かに頼む元気は無い。
阿呆面の映る化粧鏡と向き合いながら、空紀は現状を整理する。
〝トゥラーク〟という世界が放置した魔法によって、空紀は理不尽にも地獄へ召喚された。問答無用で命の危機に立たされ、何とか生き残った後には情の無い説明会。一方的な事情に心身共にダブルノックダウンである。
魔法があると言われ、自分の身に表れた以上納得はする。というより納得するしかない。部屋を照らす灯りはどう見ても電球の類ではなく、光を放つ只の石だ。空紀の身を清めた手段も魔法だとシスターらしき女性から聞いた。
未知の力で生きる世界、それが〝トゥラーク〟
空紀が居たのはどんな世界だったか。
海と空がよく見える場所。風にあおられながら行く自転車通学、私立の田舎高校。最新から二世代は遠い機種の携帯電話に、あまり多くないアドレス帳。車は浮いてないし、人類は火星に触れていない。
覚えている、覚えているが。
空紀は己の人生を覚えていなかった。
家族を、友達を、趣味嗜好を覚えていなかった。名前すら胸を張れず、景色の断片の数だけ疑問にさいなまれた。召喚の影響か、地獄の代価か。
帰れると知った後も、無情な現実は続く。
「帰還の術はあります。しかし皆さんを今直ぐに、とはいきません」
「なんでだよ!?あ、ですか」
「〝回送の儀式〟を行うには、優秀な魔法師十人が多くの手順を熟し、〝勇者召喚の儀式〟を上回る魔力を使用します。さらに確実な成功の為、一度の儀式で帰還可能なのは一人だけ。準備を含め、およそ一月の期間を設けなければいけません」
「いっ!?……ひ、と月も」
「先着順なので急ぎ手配しても、一年はお待ちいただくことになるかと」
「はああぁ!!?あ、すんません」
「ご不満はもちろん、他にもおっしゃりたい事はあると思いますが、また明日にしませんか。食事の用意が整っています」
窓から差す光に赤が混ざっている。腹時計の故障で、全く気づかなかった。
「ごめん私はいい、先に休みたい……」
「分かりました、ルゥルに案内させます」
シスターらしき女性はルゥルというそうだ。結局この人はなんなんだろうか。セチュアムなんたらさんも、外交官とは何処と何処の外交をする人なのだろうか。
忙しく動く脳みそとは裏腹に、空紀の口は閉じたまま働くのをやめている。部屋はすぐ着いた。
簡素な寝間着に着替え、柔らかなベッドに身を投げた。全身が疲労感に満たされていても、頭が仕事を放棄することはない。
魔法が存在する世界。空紀の身に起きた変化は、魔法によるものなのだろうか。この世界は安全なのだろうか。本当に帰れるのだろうか。帰りたいのだろうか。
朝になっていた。
眠ったかどうかも、分からなかった。
異世界ではじめての朝食。特に奇抜でもなく、何の卵か分からないスクランブルエッグが美味しかった。
この世界のことを教えてくれると言うので、ルゥルに付いて行く。やっと猫背男と不良の名前を知った。
「オレは豪狼慈善!ロウジでいいぜ!んでお前らは?」
ロウジと自称する不良は、朝からトーストを五枚スープを六杯お代わりする元気ぶり。地獄から体感で一日未満の空紀からすれば、信じられない胃袋だ。
「空紀、よろしく」
「おう。でそっちは?」
「えっ、と。その……」
「ああぁ?」
「ひぃぃ!?」
完全にいじめ現場だった。怯えて震える猫背男は、空紀を壁に縮こまる。不良も猫背も助けるつもりはなかった。自己紹介は早々に済ませるべきだ。
「…………のお、です」
「ハキハキしゃべれやゴラァ!!」
「ややや、矢背、こ……九尾……です……」
顔立ちで予想はしていたが、やはり二人とも日本人らしい。前世の魂がこの世界出身の者を召喚しているという話しだが、偶然なのか元々日本人しか呼ばれないのか。これからの説明会で、こういう疑問が少しでも減ってくれるのを願う。
「こちらです」
ルゥルが扉を開けたさきには三台の机と椅子、そしてホワイトボードがあった。机は木製の小学校にありそうなもの、なのに椅子はパイプイス。部屋の装飾とデザインが大分ちぐはぐで、中で待ち受けていた人物がさらに追い打ちをかけた。
教える側を意識した服装の少女が、空紀達を招く。明るい茶髪のショートカットに琥珀の瞳、清潔感のある白いカッターシャツと紺の膝丈タイトスカート。
「いらっしゃい!さあ、席に着いて。お勉強の時間です!」
女教師のような出で立ちに、なぜか足される水色のマント。ミスマッチしたコーディネイトの美少女がヒールを鳴らす。
「三無瀬由華、由華先生と呼んでね!」
「おう、ユウカな」
「由華せ・ん・せ・い!皆んなと同じ『勇者』で、もう四年住んでる先輩だから!」
「あ?四年?何で帰ってねぇんだ?」
「机に足を乗せない!順番に説明していきます、静かに聞くように!質問は挙手!」
昨日の反応を見る限り女にだらしない性格と思ったが、先生とは普通に話している。言葉が詰まってもいない。可愛い系美少女と人外レベルを一緒の枠には入れないか、と空紀の中で生まれた疑問は消化した。かなり失礼である。
指揮棒を伸ばしホワイトボードを回転させると、見たことの無い地図が描かれていた。
「まず地理から入ろうか。これが今私たちがいる国で、現在地はこの街、そんでここが首都」
大地は凹凸がある半円型で、分かりやすい街の絵は全部で五カ所。一番大きく城が見えるのが首都、その右斜め下森の近くにある丸い囲いの街が現在地らしい。
「この街〝勇者の城壁都市〟は国民から兵器・魔道具開発の為の城壁都市とされていて、当事者以外真実を知る人は少ないんだよ。異世界人を住まわせる場所、なんて知らせられないし原因がアレだしね」
半円型の底辺に町が二つ、その内の一つと首都の間にもう一つの街。中心にあるそれを指し、繋ぐように棒を動かす。
「けど開発も嘘じゃないよ。創作系のスキル持ってる『勇者』が色々作って、真ん中にある〝遊交の街チェラ〟から他所へ流してる。珍しいものが多いし城壁都市でしか作れない物も山程あるから、私たちはおまんま食いっぱぐれずにすんでるんだぜ!」
言い回し古いな。
「スキル?」
魔法とニュアンスは近い気もするが、違うのだろうか。
「この世界で価値を示そうと思ったら手っ取り早いのが魔法だけど、そこには生まれた時に持っていないといけない二つが必要なのだよ!」
ホワイトボードを回転させる。入室時は白いままだった面に、半分に区分けされた箇条書きの文章が書かれていた。真ん中の線の始まりには大きく魔法と書かれ、右に魔力左にスキルと記されている。授業はより二次元設定になっていった。
「まず魔力!これは生まれてから七歳の間に保有する量が定まる身体加護。訓練次第で多少上がるけど、元の値三割が過去最高!多ければ多いほど覚える魔法の数・威力が上昇するのは自然の摂理!魔法文明に名を残せるかどうかは、割と子供の時に決まる!」
他にも魔力の質によって得意属性が分かれる。遺伝である程度子へ受け継がれる。など大まかに書かれていた。
「そしてスキル!才能とも言うけど言いやすいからこっちで。持って生まれた技術の種!レベルが一〜九まで成長し、その人が何の才を持って生まれ何の力を授かっているか、明確に格付けされた神霊加護。生まれた瞬間に未来の職業は決まっている!」
「魔力とかスキルとか言われてもよぉ」
「足を下ろしなさい!大丈夫、『勇者』御用達便利グッズがあるから!」
先生が二度手を叩くと、ルゥルが高級アクセサリーでも入ってそうな箱を持ってきた。中身は緩衝材と三枚のカード。縁に白い線のある透明の板で、免許証くらいの大きさ。
「これこそ!ある『勇者』の魔法を元に、学者達が改良を重ね総力を挙げて完成させた、魔学の真髄!ステータスカード!!」
空紀は差し出されたステータスカードを手に取った。文字が浮かび上がる。
「Tsuduri Aki……?あ、私か」
苗字に覚えは無い、つづりとはどんな漢字なのか。ホワイトボードは日本語なのに、何故カードはローマ字表記なのか。
「『勇者』どころか冒険者や軍人、はたまた貴族にも愛されている必須アイテム!」
「も、もしかして。持ち主の魔力やスキル、が……これに、出るんですか?」
「イエース!ちゃんと由華先生の目を見て話しましょう!登録した持ち主の魔力を収集して分析して解析して、なんと表示してくれる優れ物!これさえあれば持ち主の身体情報を始め、魔力量も使用可能な魔法もスキルの詳細もまるっと閲覧出来ちゃいます!」
プライバシーは保護出来ないのか、持ち主以外閲覧不可とか設定したい。言語設定はあった、日本語にしておく。何故デフォルトはローマ字なのだろう。やはり外国人の『勇者』がいるのかも。
「おおぉ、よく分かんねぇけどスゲー!!」
「そうだろうそうだろう。今は真っさらだけど、魔力流せば登録出来るから後で教えてあげるね!」
「え?」
「え?」
空紀も矛盾を感じたが、声には出していない。声を上げた者同士の目が合い、一秒と保たず矢背が目を逸らした。
「あ、もしかして魔術持ちかな?生まれながら持つスキルには魔法もあって、後天的に習得する魔法と区別して魔術って言うんだ。だから魔術持ち。そのスキルが良いもの程保有魔力は多くて、制御出来ていないと余剰分が体外に漏れてしまう。その溢れた魔力をステータスカードが感知して、触れた瞬間登録しちゃうことがあるみたい。きっと良いスキルを持ってるんだね!」
大きな瞳が矢背を凝視する。期待の眼差しに、人見知りは顔を上げず俯いたまま。それでもステータスカードは両手でしっかり握っており、興味があることは明白。下を向きながらも、好奇心を抑えられずにいた。
「センセー、オレも見たいっす」
先生の話では血を垂らすのが手っ取り早いと、短い針を渡された。思ったより深く刺した以外は問題無く終わり、三人のステータスが解放される。
「自分の名前がある面を指でなぞってみて、出てくるから」
ガラスのような面を指で触れる、指紋が残りそうだ。ステータスは各人の目の前に映し出された。
『綴 空紀』 (十九) 〔体〕二七/二七〔魔〕三二/三二
〔状態〕 自己回復・視覚 強化
〔才能〕 風間魔法(二) 重覚魔法(三) 不明(不明)
〔称号〕 下克上:豚人 明鏡止水 大器晩成
読み仮名無いし四字熟語ばっかで読みにくい。苗字難しいな。
「オレ今年で十七だけど、八歳になってるし」
「あははは、名前の横の数字はレベル!戦闘経験や技術を積む程上がるもので、普通の生活を送ってる人なら五くらいかな?八だと喧嘩経験有り、てとこ?」
「まぁ元いたトコで売られたケンカは買ってたな。ダンジョン?で、コウモリみたいなやつ殴ったり」
「〝永久地獄〟には空間を狂わせる魔力が常に流れてるから、レベルが上がりやすいんだよ。ここに来ちゃうとレベル上げ結構大変だからナイス!まぁスキルレベルの方が重視されるし、あんまり気にしなくていいよ。私なんて四年で二しか上がらなかったから!」
「由華先生、この世界でのレベルや魔力の平均はどの程度なんでしょうか?」
「初めてちゃんと呼んでくれた女の子は、後で頭撫でたげる!戦闘を視野に入れた『勇者』の平均だとレベルは十あれば十分だし、魔力は二十後半でほぼ一流!でもあんまり平均はあてにならないよ?」
レベルは命の危機を体験するほど上がるそうだ。本人の糧となる経験をしたか、肉体に負担が掛かるとなお良いらしい。
だが普通はそこまで危険な場所へ、保険無しで行こうとする者はいない。強い相手との戦闘はリターンよりリスクを伴う。魔物ならパーティーを組むのが常識で、レベルの為に単身で挑む者はよっぽどの『勇者』か馬鹿だ。
それにレベルはあくまで経験値の数字化で、得られる恩恵は少ない。訓練でどうにかなる事もあり、別段ステータスが急上昇することもないのだ。
限界は五十とされているが、国の記録でも四十三までしか確認できていない。十を超えれば十分、十五なら玄人、二十は狂戦士の域だと言う。この国最強の騎士のレベルが三十台らしく、もはや生ける伝説だ。
この時点でレベル十九の空紀は頭を抱えたが、続けて体力と魔力の話しを聞く。
体力(体)は持久力や健康状態を指す。疲労や負傷で変動し、空腹でも減少する。二十あればそうそう死ぬことはなく、三十前後もあれば立派な肉壁だ。褒めている。
魔力(魔)は先に聞いた通り、魔法世界でかなり重要視される。残魔力が少なくなると身体が脱力し、無くなればほとんど動けなくなるので、やはり多い方がいいらしい。二十以上で魔術型『勇者』、三十で一生頼りにされるそうだ。魔法の需要は凄まじい。
多くの情報を得たが、疑問が減った気がしない。答えを知りたいと思いつつ、空紀はステータスを他人に見せるかためらった。まだ『勇者』がよく分かっていないのに、このちょっとおかしい数値を教えて良いのだろうか。
話が本当で額面通りに受け取るなら、空紀は戦闘狂一歩手前で接近戦歓迎の有望魔術士。無茶苦茶である。
「ちょっと、凄いよコレ!?」
矢背のステータスカードを見た先生が、その強力なスキルに大声で興奮した。
「魔力値四十五なんて超人だよ!しかもどう見ても攻撃型のスキル!爆炎なんて、文字からして最強じゃん!」
本人に許可を取り、ステータスを覗いた。
『矢背九尾』(三)〔体〕七/七 〔魔〕四五/四五
〔状態〕 平常
〔才能〕 爆炎魔法(三) 〔称号〕先手必中 敗参少年
四字熟語が多いのはそういう仕様なのだろうか。しかし〝爆炎魔法〟と〝先手必中〟はなんとなく分かるが、〝敗参少年〟とはなにか。敗と付くからにはあまり良くないモノかもしれない。
先生に勧められ矢背がステータスの文字に触れると、説明文が表示された。なるほど。
〔才能〕
〝爆炎魔法〟 三/九
着弾時に爆発する炎を作れる。威力は魔力量に、形状はレベルに依存する。
〔称号〕
〝先手必中〟
相手が警戒する前に攻撃を当てた者へ与えられる。
対象無警戒時の初撃命中・損傷補正(小)
〝敗参少年〟
自分の行動で戦闘を敗北させた者へ与えられる。
戦闘時幸運・精神被補正(小)
地獄での矢背を思い出し、二つ目の称号に納得した。空紀が突っ込んでいった時、矢背は完全な精神的敗北を味わっていたのだろう。空紀がもう少し遅ければ、巨大ゴブリンに肉体的な敗北も受けていたに違いない。
そう考えればあの時の空紀は間違っていなかった。意味のある行動となって安心する。
「なあ、オレのステータス全体的に意味フメーなんだけど?」
隠すことなどないと、豪狼はカードを前に突き出した。
『豪狼茲善』(八) 〔体〕二九/二九 〔魔〕二/二
〔状態〕 平常
〔才能〕
〝漫画体質〟 一/九
緊張度が上がりにくく、その値が低い程自然回復速度が上昇する。回復の精度・範囲はレベルに依存する。
〔称号〕
〝暴走車狼〟
戦闘時間に応じて戦意が上がる者に与えられる。
戦闘時間六十秒毎身体能力補正(小)
戦闘時間百二十秒毎精神被補正(中)
笑いたくても笑えない内容だった。才能だけなら名称はともかく優秀な能力だ。緊張とは少量が好ましく、一定以上は等しく毒となる。命に関わる戦場では、百害あって一利なし。その緊張が抑えられ、しかも傷の治りが早くなるオマケ付き。戦いを仕事にする者なら誰もが欲しがる才能だろう。
しかし称号と授かった者が、悪い。
称号は身体能力が上昇するが理性を削る、ハイリスクローリターン。二日分しか知らない持ち主の性格が、リスクをより高くしている。むしろもう少し緊張感を持ってほしい。
言い過ぎかもしれないが、異世界が豪狼をさらに馬鹿にしようとしていないか。
先生は作り笑い、矢背はそっと目を逸らした。豪狼が己の才能を理解する日は遠い。
閲覧有難う御座いました。