第四話
暫くは書き溜めた分を投稿します。
腰が痛い、見えたのは覚えのない天井。どうやらまだ異世界にいるらしい。
「ご気分はいかがでしょうか?」
声が聞こえて初めて状況を把握しようとした。薄い布に挟まれ、空紀は体を横たえている。前後以外は木の壁で、後ろ足側には布が掛けられ、前頭側には人の後ろ姿が見えた。
砂利道を通っているような振動を感じつつ、異世界に来てようやく他人をしっかり見る。
白地に十字の絵が描かれた服を着ている女性。シスター帽から溢れる前髪は薄い茶髪で、綺麗な緑の瞳をしていた。■ほど詳しくないが、ファンタジーな神官とはこういうものだろうか。
触覚に残る虐殺出来事との落差が激し過ぎて、脳内の働きが乱れそうだ。
あれはグロ、これはファンタジーまたはフィクション。よし分類。
「大丈夫ですか?外傷は確認出来ませんでしたが」
「あぁ、いや、大丈夫、です」
「違和感があれば申し付け下さい、丸一日と半分気を失くされてましたから」
変な声が出そうになった。馬車らしきものの中で、空紀は約三十六時間ぶりに目を覚ましたらしい。呆然としていたらシスターのような女性が髪を整えてくれた。
「有難うございます」
「いえ。水はいかがですか、勇者様?」
「ごほっ!?」
革の袋から木のコップに水が注がれ、差し出される。とても聞き慣れない呼び名に、変な咳が出てしまった。慌てて飲む空紀の様子に、女性は笑って空のコップを回収した。
「もうすぐ街に到着します、そちらの職員から事情の説明を受けて下さい」
問答の拒否に、空紀は今度こそ言葉を失った。女性が空紀の望む言葉を終ぞ言う事はなく、時間が十分二十分と過ぎていく。
空紀の身体からは思い当たる痛みが消えていた。髪は固まっておらず、体臭に血の気配も無い。指輪が嵌り爪の揃っている左手を広げ、握る。
服が変えられていた。無地のシャツと上着、くるぶしまであるロングスカート。
「見えました、あれが勇者の街〝勇者の城塞都市〟です!」
高い壁に囲まれている、のだろう。大きすぎて距離感が掴めず、街面積もよく分からない。壁しか見えないので反応に困る。まず街なのか都市なのか、名称に一言。
「変な名前」
追い風が空紀を叩く、ここは異世界なんだと。
門の先はさっきまでの自然豊かな風景と違い、別世界だった。しかし何故か世界観は滅茶苦茶である。
高層ビルが点在し、大きな広場にはそれと並ぶ高さの巨大樹。逆さピラミッドを土台に花畑が咲き誇り、洋風和風中華風と家々が多く建っている。荷台の後ろから馬車がどこかの敷地に入るまで、混沌の街を眺めていた。
中世ファンタジー風の屋敷の前で止まった。壮麗な白金の屋敷。降りた時馬車が二台だった事と、馬ではなく虎だった事に気付いた。各一頭のホワイトタイガーが荷台を引いていたのだ。
「なんだこりゃ!?」
恐らく空紀も乗る予定だった、そういうデザインの虎車から、男が二人降りて来た。同類だろう。
興奮した様子の男は、金のメッシュが入った黒の短髪。前髪を後ろに流し、かなり着崩した学ラン姿。見た目から気にする不良のようだ。背はそれほど高くない。
もう一人は何処か既視感のある、猫背の男子学生。背が高めで、先端にガラス玉の付いた杖を縋るように持っている。目が泳いでいて、落ち着きが無ければ頼りにもならない。こちらに気付き何か言いたげだが、声は出さなかった。
「勇者様方、どうぞこちらへ」
シスターのような女性に屋敷へ促される。内部も上質な絨毯に華美な装飾、執事服の人とすれ違った。後ろの男は空紀と下を交互に、前の不良は周りを楽しそうに見ている。もう少し大人しくならないだろうか。
シスターらしき女性が開いた扉の向こうに、女神がいた。
「我々の世界へようこそ、勇者様。私はセチュアム・ヴィ・ファルジス、ここから北西に位置する首都から王命にて参りました、外交官です」
人間だったらしい。窓から差す陽光で輝く金髪、瞳は宝石のような青。二次元でしか見た事がないレベルの美女が、空紀達に笑いかけた。
同性でも見惚れる外交官に指され、対面のソファーに腰を置く。中世貴族の執務室に近い、重厚な木の机には重なった紙の束が置かれていた。
猫背男も怯えながら、空紀と同じソファーに座る。間を三人分作っても余裕があった。
不良は入室してからここまでの忙しなさが嘘のように、視線を外交官に合わせて動かない。シスターの女性が無言で不良の手を引き、空紀と男の間へ連れていく。無意識のまま座った不良の様子を気にかけず、外交官が話し始めた。
「突然のご無礼、お許しください」
心当たりは有るが、説明を所望する。
「相互理解を深める為、安全な場を設ける必要があり、このような所までご足労いただきました。これから私が話す事は程度の差はありましても、勇者様方の琴線に触れる内容になるかと思います。しかしどうか寛大なお心で耳をお貸しください。虚偽は一つも無く、勇者様方の慈悲によってこの世界は成り立っている事を、我々は深く理解し感謝し行動しています。故に我々の言動が勇者様方の害になるような事は決して無いと、女神ヴァルハラに誓いましょう」
仰々しい前置き、苛立ったが口は挟まない。
「この世界〝トゥラーク〟は勇者様方にとって異世界であり、魂の故郷。魔法と言う奇跡によって実現した現象。〝返還の儀式〟。それが勇者様方をここに呼んだ魔法です」
口を開いて微動だにしない男と、怯えたままの男しかいない。空紀は話の流れを汲み、あいづち係となった。
「魔法?」
「はい。馴染みの無い方もいらっしゃると思いますが、この〝トゥラーク〟には魔法と言う技術が存在します。勇者様方をここに帰郷をさせた大元がそれにあたります。魔法は我々の文化に深く根付いており、人類社会はもちろん世界の根幹とも言える力です。生活に使用するごく一般的な魔法から、それこそ異世界に干渉する魔法まで。無限に等しい可能性を秘めた技術です」
「私達を呼んだ理由は?」
「……その事をお話しするには、人類誕生の歴史から説明しなければなりません」
「簡潔にお願いします」
長かった。
この世界は九人の女神によって作られた。太陽を掲げ、月を放ち、大地を並べ、水を流し、緑を植え、火を創り、風が生まれた。七人の女神は己が全てと引き換えに、それらをこの世界に与えたのだ。
残った二人の女神は生物を作った。一人はどんな恐怖にも立ち向かえる肉体と精神を持つ獣・獣人を作り、一人はどんな困難にも勝つ術を考えられる智能と勇気を持つ人間を作った。どちらが先住民としてふさわしいか、二人の女神は百年争ったという。結果最も大きい大地を二つに裂き、別れるように二人は倒れた。
共に生き絶えた女神の地で、片方には獣人の国が片方には人間の国ができたそうだ。双方はそれぞれを産んだ女神を讃え、関わることなく平和に暮らしていた。
しかし時が経ち、生き物を完成させる前に倒れた女神の力が、魔物と呼ばれる化け物を生んでしまった。魔物は魔力を多く持った人類を襲うようになった。人類は生き残る術として魔法を習得した。神々が残してくださった魔法の欠片の一端を何とか解読し、その奇跡を手に戦ったのである。
だがその大いなる力は壁のごとく遮っていた大地の裂け目を、たやすく飛び越えてしまったのだ。自分たちこそがこの星の頂点なる種族だと、獣人と人間の間で戦いが始まった。
裂け目を囲うように争い、戦いは続く。争いの余波が裂け目を傷つけ、容易に行き来可能な距離でなくなった後も、戦意が消える事は無い。いつしかもう一つの空となった裂け目には戦争の名残りで魔力が多く漂い、自然と魔物の住処となった。翼を持つ魔物達が奇しくも長い戦いの停戦を形にし、双方は裂け目の前で二の足を踏んだ。
人間の王はこの停戦を好機と捉え、来たる再戦に向けて準備を始めた。その一つが〝返還の儀〟である。
女神の特徴やら戦争の歴史やらを省いても長い。おかげで緊張感は薄れ、不良の目に正気が戻ってきていた。視線は固定されたままだが、話を進められる。
「〝返還の儀〟とは当初、捕虜となっていた獣人を捧げ魂を生贄とし、身体に別の魂を召喚させる魔法でした」
「当初?」
「はい。何十人もの優れた魔法師が、陣を描き呪文を三日三晩唱え、過去の戦争で亡くなられた英雄の魂を召喚しました。しかし獣人に憑依した英雄は錯乱し、意味のわからない言葉を叫び続けました。『元の世界に帰してくれ』と」
なんとなく繋がってきた。
「やがて別の魂を入れられた体は耐えきれず崩壊。原因と解決策が思いつくまで、多くの魂が二度目の死を迎えました。そして召喚に応じる魂が既に輪廻転生を終えた別世界の人間だけだと知ると、その者の身体ごと召喚する魔法を考えました。後に〝勇者召喚の儀式〟と、呼ばれるようになりました」
どういうことだろうか。空紀達を呼んだ魔法は〝返還の儀〟だと、最初に言われた。しかし勇者と呼ばれたなら、原因は〝勇者召喚の儀式〟ではないのだろうか。
「〝勇者召喚の儀式〟は別世界の英雄、いえ元英雄の魂をその肉体ごと呼ぶことに成功しました。ですがその魔法はあまりにも強力で、当時の魔法師の健闘むなしく世界の線を時空とともに大きく歪めてしまったのです。そして生まれたのは無秩序と混沌がひしめく〝永久地獄〟、勇者様方がいたあの地下洞窟です」
〝永久地獄〟
脳裏を染めた血色に、吐き気が込み上げる。全身に浴びようと慣れるものではない。そんな当たり前の思いを理解して、安心した。
「〝勇者召喚の儀式〟に使用した魔方陣を中心に、時空の歪みから魔力が集まり始めました。目に見えない時空の歪みは時に出入り口となって人や魔物を招き、時に世界の枠を超え魔力を集めます。溜まった魔力が魔物は勿論、別世界の人間すら呼び寄せているのです」
「つまり暴走した魔法陣が異世界から魔力を集め、勝手に勇者召喚を続けている」
「いえ、行われているのは〝返還の儀〟です」
あれ。
「〝勇者召喚の儀式〟は〝返還の儀〟に使用する魔法陣を改良したものを用い、多くの魔法師が長い詠唱を重ねて実行します。今暴走している魔法は、陣を元に魔力のみで動いている不完全な魔法。そして召喚された人間はこちらの世界に来るための生贄が必要です」
流石に分かった。一人分かってない不良はいるが、空紀は構わず深い息を吐く。
「僕達は……」
怯えていた男が、ようやく声を出す。空紀は心中で怒りを感じ、呆れで脱力した。
「改、良によって、歪んだ〝返還の儀〟で……無理矢理連れて、こられて。変な空間にある地獄から、自力で、生贄を調達させられた、の?」
「そのとおりです。地獄で何が起き何をされたかを考えれば、何を生贄にこの世界へ渡れたか分かると思います」
猫背男の目が今度こそ空紀を見た。思い出すのは五感にこびりつく、生贄達の死。
緑の血肉を撒き散らし、暖かさが溢れて消える。醜かった。それ以上に、巨大ゴブリンを踏む空紀は醜かったに違いない。男が思い出しているだろう姿を想像して、目を閉じた。
「召喚された人間は、魔力に引き寄せられた魔物を生贄にすることで、歪んだ〝返還の儀〟を完成させこの世界に転移出来るのです。その偉業を可能にする力を持った方々を、我々は『勇者』とお呼びしています」
最悪だ。
偉業を可能にする力、は取り敢えず置いておく。今の話しが正しいなら、空紀達は誰も自分達を呼んでいない世界に来てしまった事になる。目的の勇者はすでに召喚済みで、以降は事後処理の延長に過ぎない。
この世界の住民にとって空紀達余所者は、良く言って力を持った労働者候補、悪く言えば無限に沸く悩みの種だろう。本人も犯人も他人も、誰の意思も無視した状況が出来上がっていた。
何も覚えていない空紀ですら、帰りたいと思ってしまうほど最悪である。
「ぼ、僕達は……帰れ、ますか……!?」
「もちろんです、ご心配なく」
―――え、帰れるの?
閲覧有難う御座いました。