第一話
初投稿です、お手柔らかにお願いします。
空が見えない、残念だと思った。
目を覚ますと、そこは地獄だった。
緑色の皮膚で、二足歩行の化物がいる。衣服は腰布とベルトのみ。後ろから見える頭部に髪は無く、長い耳だけがあった。
どう見ても人間ではない人型のそれは、複数で何かを囲っていた。壁に刺さった松明の火だけが照らす岩の密室で、遅れて気づく異臭。
奴らの隙間から、ソレが見える。
「っっっぁぁ!?」
乱暴に扱われる女性の姿。光の無い瞳は、数秒死体と区別出来なかった。眼前で起きている蛮行をようやく理解し、迫り上がる吐き気をねじ戻す。
涙の溜まった視界で辺りを見渡す。化物は七体。大きさはバラバラで、一メートル以上から二メートル近く。女性を襲っている化物が四体、壁際で斧を拭いている一体と寝ている一体。空間を仕切っている垂れ幕に、一体分の影が揺れている。
人間は五人、全て女だ。部屋の隅に固められた木箱やガラクタに混ざって、肌着姿の少女が一人。
他の三人は形容し難い、認めたくない状態だった。囲まれている女性の生死は確認できないが、後の二人が死んでいることは明白である。
一人は肩当てやベルトなど衣服らしきものがそのままの状態で、壁に磔にされていた。なぜ磔にされているかは些細な問題だ。
左目を貫く矢、足に刺さる剣、はらわたごと潰す斧。磔の原因である凶器が、死してなお抜かれることなくその体に食い込んでいる。この状態にされた理由など、死因のついでに過ぎないのだ。
最後の一人、一人だったのだろうか。人間らしき部分が落ちているだけで、人数の把握は難しい。少なくとも半分になった頭部は、一人分しか見えなかった。比喩でも無く、片手で持てる大きさに人の体が刻まれている。斧を拭いていた化物が、頭部を更に半分に割った。
「うぅっ」
胃の中がひっくり返った。何を入れたか思い出せない臭いが、部屋の異臭と混ざっていく。臭いの種類が似ているからか、化物達が気づいた様子はない。
手に何かが触れた。大げさに引いてから、肌着姿の少女が手を伸ばしたのだと分かった。
「……ゅ、指……わを……」
発声する為の器官だけが動き、四肢は転がっている。触れてきた手を見ると、親指に指輪がはまっていた。化物にとって解体に邪魔な衣服はともかく、高級そうなだけの装飾品は路頭の石と変わらないのかもしれない。
文章になっていなかったが、無意識に指輪を抜いていた。少女の口角が微かに上がったように見える。
「ゆ、わ……り……ら、に。……ぉねが、いぃ」
生臭い息が髪を揺らした。近くで見るとその異様さがより分かる。人間と顔の部品は同じはずなのに、ここまで気味悪くなるものだろうか。黄ばんだ眼球に穴だけの潰れた鼻、赤黒い尖った歯が並ぶ口。
仮に名を付けるなら『ゴブリン』、だろうか。
ゴブリンは少女の首を掴み、引きずっていく。見送ることしかできなかった。
その後もただ、見ているだけだった。
何層も重なった血の上に投げられる少女。
降ろされる巨大な鉈、肉が弾ける音。
足元まで散る茶色の髪は血で赤く、血が赤血赤い赤赤赤い赤赤赤赤緋緋紅赫赫赫赫垢紅朱朱赤赤赤赤赤赤赤あか赤赤アカアカアカアカアカアカあかあかあかあかあかああああかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあああかああかあかあかあかあかあかあかあかあかかかかあ赤垢あかかかああああああああああああああああああああああああああああああああああかあああああああああああああああaaaaaaaaaaああああああああああああ赤akaaあああああああああああああぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
べちゃ
水を含んだ布を落としたような音で、我に帰った。
骨の髄までにじむ、濃厚な死臭。地獄絵図がゴブリンの無残な死体で上書きされていた。犯人は考えるまでもない。
人差し指から小指までの爪が割れた左手。利き手には少女を刻んだ鉈が、鈍らとなって握られていた。
重い頭をわずかに下げれば、前髪を伝う滴が増え、何かの肉片が地面に落ちる。
綴空紀を中心に、血の海があった。
ようやく自分の名前を思い出す。今着ているのが部屋着で、返り血に負け色も材質も意味を無くした、グレーのパーカーとダークブルーのジャージだったことも。それ以外を何も憶えていないことも。
着替えを探す余裕はないし、死体から剥ぐ気も無かった。早くここから出たい。
囲まれていた女性は空紀に気付かないまま、口を何度か震わせ生き絶えた。死だけが在中する部屋に残された空紀。もう吐き気は過ぎていた。
部屋を仕切っていた垂れ幕は、影しか分からなかったゴブリンごと転がっている。それを踏みながら、向こうに見える出口へ歩いた。
頭からつま先まで血を被り、ボロボロの大きい鉈を引きずっていく空紀。殺人犯かホラーにしか見えない。目撃者がいたら逃げるか殴るか、警察を呼ぶだろう。どれを実行されたとしても、空紀以外の人がいるなら万々歳だ。逃げても殴っても通報してもいいから誰かに会いたかった。
洞窟に入った。否、正しくは洞窟の奥にあった一室から出た、だろうか。ここが本当に洞窟か、この先が外に繋がっているか、進んでも大丈夫なのか、分からないことばかりだ。
そもそもここはどこで、何で自分はここにいるのか。自問しても、答えは浮かばない。手掛かりすら思い当たらない。
だが一つだけ、分かることがあった。信じる信じないを論ずることすら遅い、ただ一つの現実。
ここが異世界じゃない、はずがない。
意外にも心は静かだった。地獄絵図の衝撃が強すぎて、精神に耐性がついたのかもしれない。地獄絵図を超える危険は、流石にもう無いだろうと思っておく。祈るのも忘れない。
空紀は灯りの無い、洞窟の奥へと歩き出す。左手の中指には、青い宝石の付いた指輪が輝いていた。
***
光の葉が風で舞う。
夜の気流に身体を乗せ飛ぶ姿は、まるで月の花弁。
一寸先を目視出来ない森の中、木の無い広場に発光する花。薄紫のその花は少々大きい虫を落とした衝撃で、幾らか駄目になっている。半分は己が元凶だと分かってはいるが、これからさらに採取もする、心中で謝罪するほかない。
しかし空紀は反省の意を持ちながらも、この結果に満足していた。
決心の条件は整った。
死臭の染み付いた武器を持ち替え、空紀は目の前の神秘に納得した。
「ここ異世界だもんなぁ」
間抜け面を晒し神秘に魅入る二人を振り返り、空紀は提案する。
「竜に会おうと思ってるけど、一緒に行く?」
「「………………は?」」
綺麗なはもりに吹き出した。やっと笑えた。
なら、きっとこれからも大丈夫。
生きていける。
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