第33話:ナナミ・トクミヤは人を探して役に立つ10(ナナミとクロノスは情報提供してもらう)
娼婦の女が通してくれた彼女のアパート中はとても狭かった。一人暮らし用ということもあるだろうが、ベッドと衣類用のチェストと椅子とテーブル…それら最低限の家具があるだけで、それ以外はほとんどもなにもない殺風景。それなのに三人の人間が入ればあっという間に満杯になってしまう状態だ。本当に寝泊まりに使うくらいにしか使っていないのだろう。土地がないミツユースの街でこのような食事も入浴も外で済ませる最小限の広さのアパートは珍しくない。
「(ドルハさんらしき人は見当たらないね。)」
「(このとても狭い部屋の中に成人男性が隠れる場所なんかないだろう。俺の思った通りだ。それより…なんだこの臭いは‼くっさ‼)」
そしてもうひとつ特徴的なこととして、室内には何種類もの化粧と香水の匂いが充満していた。娼婦にとってのそれらは大切な商売道具であり、組み合わせによって雰囲気を大きく変えることができるので、彼女達は深い知識を持ち合わせている。中には男を惑わす媚薬効果や多くの金を出させたくなる催眠効果のような役割を果たすようにもできるらしいが…それが本当かどうかは業界人のみぞ知る。
机の上にも使いかけのたくさんの化粧と香水が置かれていて、まるで専門店のような光景だ。複数の匂いが混ざり合ってできるなんとも言えない香りに、鼻のいいクロノスは辛抱たまらない様子だ。香水を普段用いないナナミも少しだけ顔をしかめていた。
「悪いけど来客用の椅子なんてないんだ。ベッドに座るか、それが嫌ならその辺にでも立っていておくれ。茶も出さないからね。」
「…お構いなく。本来ならば寝ている時間であるのに一方的に押しかけたのはこちらだしな。それに俺達は冒険者だ。無礼な扱いくらいがちょうどいい。」
「そうかい。ならそうさせてもらおうか。さてと…ああびっくりしたよ。」
女が息をつくと、少しだけ空間の空気が軽くなった気がした。
「さっきは怒鳴って悪かったね。ドルハさんの名前が出た時にちょっと驚いたんだ。」
「やっぱりドルハさんのことを知っているんですね?私たち、クエストでその人を捜しているんです。何か知っていたら教えてください。」
「ああ、知っているともさ。ドルハさんね…懐かしい名前だよ。さて、どこから話そうか…」
女はやはりドルハについて知っているようだ。自分一人だけがひとつだけあった椅子に腰を降ろして、壁に背中を預ける状態のクロノスとベッドへちょこんと座っているナナミへ、話を語って聞かせてくれた。
女の名は「ナレノ」といい、色町にあるとあるクラブで男と酒を飲み世間話を聞く仕事で食っている人間だそうだ。ドルハとは客と嬢の関係でけっこうな長い付き合いで、聞けばドルハがミツユースへ出稼ぎにやって来てから割とすぐの間からの縁らしい。
ドルハは単なるいち出稼ぎ労働者にすぎない。そこまで金持ちではないので二、三か月に一度遊びに来るだけだったが、必ずナレノへ指名を入れて二人で飲んでいた。彼はナレノにかなり入れ込んでいたようで、他の女を指名することはせず、ナレノが他の客を相手していたり休みの日は後日に出直してきたそう。彼女もまた、上客では決してないが良くしてくれるドルハへそれなりに入れ込んでいた。
ドルハがこの女に入れ込むのにもとうぜん理由があった。それはナレノがドルハやその娘のルハイとと同じ、ペイルの出身だったからだ。ミツユースの街には各地から人がやってくるが同郷の者を探すとなるなかなか見つからない。偶然会った二人は数少ない同郷同士で話が合い、いつしかナレノは自分の部屋へ彼を連れ込むようにまでなっていた。
「二人とも休みの時はここで朝になるまでのみ明かしたもんだ…そういや家族への手紙も飲みの途中で我に返ったようにそこの机で書いてたっけね。仕事が忙しい時は私が代わりに郵便局へ持っていったもんさ。」
「(…ねぇ、これだけ聞くと単なる飲み友達っぽいけど、いくらなんでも女の人が男の人を無防備に部屋にあげるものなのかな?それに組合で男の人を部屋にあげるのは禁止って…)」
「(それでもドルハ氏をあげていたってことは…そりゃあ男と女だし、ヤることはヤっていただろうな。…そうか、だから部屋中に彼の臭いがここまで残っていたんだな。なにせ男の一番強いニオイって言ったら…)」
「(ええっ!?だ、だってドルハさんは奥さんも娘のルハイさんもいるんだよ‼めちゃくちゃ浮気じゃんそれ‼)」
「(男にとっては愛と性欲は別だ。それに男は寂しがりなのさ。たとえ真面目な父親だったとしても、出稼ぎで来た街に一人でいるというのは耐えがたいもの…そりゃひたすらに一人ぼっちで働けばたまには女の肌が恋しくなって求めることもあるだろう。同じにおいを持つ同郷の女というならなおさら我慢できかっただろう。手紙を書いていたのも出すもの出してすっきりしたら家族への罪悪感に駆られでもしたんじゃないのか?もしかしたらヤんなきゃ手紙なんて一度も出さなかったのかも。)」
「(ええ~?男のひとってサイアク…)」
「どうかしたかい?」
「いえなんでもっ‼」
ひそひそ話をしていたらナレノに眉を顰められたのでナナミは慌てて誤魔化した。おほんと一度咳ばらいをして、核心に入ることにする。
「そ、それでドルハさんは今どこにいるかってわかりませんか?さっきも言いましたけど、彼の娘さんが街まで捜しに来ているので、私たちはそれをクエストで手伝っているんです。それでもう出稼ぎを続ける必要がないから、彼女へ会わせて可能ならペイルへ連れ帰るのを手伝いたいんですよ。」
「…娘か。そうかい…いや、家族の話は聞いていたよ。そういう男と付き合いがあったのは悪いことしたって気持ちもある。でも…」
「なに、男女でいればそういうこともあるだろう。必要があれば依頼人には君たちの関係は伏せておく。俺達に必要なのはドルハ氏の情報であって、君じゃない。」
「そうしてくれるかい?助かるよ。」
「私も絶対に言いません。それよりも何か少しでもドルハさんに繋がる情報が欲しいんです。なんでもいいからありませんか?」
「残念だけど…ドルハさんに何があったかはあたしにゃわからないんだよ。それどころか随分前から姿を見ていないんだ。あたしも気になっていたから知り合いにも会ったら教えてくれって言っているけど、顔を見たという話は聞かないねぇ。てっきり故郷のペイルに帰ったと思っていたけど、それでもあたしに一言も言わないまま帰る程、薄情な人でもなかったからね。たしか…もう二年は経つよ。それくらいからまったく会っていないね。」
「(二年前…ルハイさんへの手紙が途絶えたのと同じくらいだ。)」
ナレノにドルハの行く宛も尋ねてみたが、さすがにドルハがどこへ行ったのかまでは知らないらしい。いなくなる直前になんらかの伏線を見せることもなかったそうだ。
「故郷にも帰っていないとなると…やっぱりあの人なんかやらかしたのかねぇ?出稼ぎ労働者がまとまった金ができた途端にうまい商売の話に乗せられて失敗して、そのまま借金まみれになることは珍しいことじゃないからね。」
「そうなんですか?」
「ナナミ、出稼ぎ労働者がいなくなる理由なんて二つさ。ひとつはこっちで女ができて前の家族を捨ててそいつの故郷に着いていくこと。もうひとつは…こっちが多いけど借金だ。田舎者が街での遊びにどっぷり嵌ったり、欲をかいて怪しい儲け話に乗ったりしてしまい、借金がかさんでどうにもならなくなるのさ。街のあくどい人間にとって無垢な地方の出身者は絶好のカモだ。そうして返しきれない借金をつくらせたら、返済のためにある者は就職斡旋の名のもとに鉱山労働なんかのキツイ職場へ売り飛ばされ、ある者は一発逆転の危険な仕事を受けて死ぬ。行く末は闇に葬られ世間じゃ雲隠れ扱い。」
「そんな…それじゃあドルハさんは…‼」
「でもそれがおかしいのさ。ドルハさんは偶にあたしと遊ぶ以外ではそこまで遊び惚けるような人じゃなかったよ。もちろんあたしが知っているのは色町に来た彼のことだけだけだ。でもマジメな男だっていうのはずっと相手してきたあたしが保証する。故郷へ送る金をそういうことに使うことはなかったと思いたいんだけどねぇ。あとはなにかあったけか…うぅん…」
娼婦の女は腕を組み唸りながら頭の中から過去の記憶を引っ張り出しているようだった。本当にドルハのことを気にしているのだろう。クロノスとナナミは黙って待ち続ける。どんな小さくて些細なことでもいいのだ。それがきっかけになるかもしれない。
「…ああ、そうだ思い出した‼そういえば以前に職場でトラブっただのなんだの言っていたような…新しい仕事先を探さないとだけど、しばらく真っ当なヤツはムリそうだとも言っていたね。」
「トラブル…そのお話、もっと詳しく思い出せませんか!?」
「えっと、いやそこまで詳しくも聞いていたわけじゃ…そうそう。ドルハさんがよく行っていた飲み屋とかを知っているけどそれも聞くかい?」
「あっ、それ必要‼お願いしますっ‼」
労働管理組合でもさすがに出稼ぎ労働者のプライベートな部分は把握していない。飲み屋などならば常連や飲み仲間がいるはずだ。そこからドルハの足取りを訪ねていけるかもしれない。ナナミはナレノからいろいろ聞いてメモをとっていた。
その後もナレノから少しでも情報を求めて話を聞いて、ドルハが酒の席やベッドで話してくれたことから街のよくいく店や働いていた場所を知ることができた。
あとはナレノも叩き起こされて眠たそうだったので聞き込みはこれで打ち切りだ。これ以上絞っても何も出てこないだろうし、彼女の夜の仕事にも支障が出てしまうだろう。
最後に彼女へ情報提供の代金として小銭をわたしたら素直に受け取ってくれた。
「それじゃあ失礼します。情報提供ありがとうございました。」
「多少なり役に立ってよかったよ。ああそれから…もしドルハさんが見つかったら伝えておいてくれないかい?ナレノまた会いに来てくれよと言っていたってさ。…そりゃドルハさんは上客といえるような人でもないよ。でも同じ故郷の人間なんてここじゃ滅多にいないからさ…あたしも寂しいんだ。」
部屋の外へ出た二人へそう言ってから、ナレノは扉を閉めた。
「よし、ドルハさん本人はいなかったけど、次につながる重要情報ゲット‼ナレノさんに感謝しないとね。」
「提供してもらった情報が本物だったならな。」
「あんなにドルハさんを心配していた人を疑っているの?やっぱり嘘を見分けるスキルに引っかかる?」
「そもそも俺にそんな祝福はないぞ。多少の嘘なら体に出る動揺で見分けがつくが、嘘をつくのがうまい奴の嘘までは見抜けないから疑っているだけだ。なにせ娼婦ってのはどいつもこいつも存在自体を嘘で塗り固めて形を保っているような人間たちだからな。ただ、とりあえずは君の言うように信じるしかないな。」
「そうしてね。とりあえずはナレノさんのおかげで通っていた飲み屋とかの場所がわかったのは大きいわ。ちょうどこれから夜になってそういうお店が開く時間帯だし、一軒一軒尋ねて話を聞いてみよう‼クロノスさんも手伝ってね。夜の通りを美少女一人で歩くなんて危ないからね。」
「そこは小娘ではないのか…っと、ナナミ、通行人だ。」
狭い渡り廊下の向こうから住人の一人と思わしき女が一人やってきた。手には買い物袋を携えている。買い物をしてきた帰りなのだろう。
その女はずいぶんと体格がよかった。先ほど会っていたナレノは縦に高いがこいつは横に幅がありずいぶんと恰幅がいい。
アパートの狭い廊下だ。両側からの通行人に対応できる広さはない。クロノスとナナミは体を横向きにして壁にへばりつくようにして、女へ道を譲って先に通らせた。
「あら、ごめんなさいねお嬢ちゃんたち…ウフフ。」
「いえいえ、どうぞ通ってください。」
女は扇子で口元を隠していた。おそらく彼女も今はすっぴんで、その素顔を他人に見せないようにしているのだろう。扇子まで用意しているとは…しかしながら、着ていたのは寝間着と外着の中間のような外見を気にせず動きやすさだけを追求したような野暮ったい衣服だ。プロ精神があるのかないのかよくわからない人だなと、ナナミはそう思った。
「さっきの話を聞いたナレノさんもけっこう大柄な女の人だったけど、そういう大きめの体型の人が暮らすアパートなのかな?でも特別広い部屋でもなかったよね?むしろ狭いくらい…」
「この辺のアパートなんてどこもあんな広さだろう。もしかしたらナレノ嬢と同じ店の嬢かもしれないな。夜の店は女の属性というか…男の特定の好みを集中させたような女の品ぞろえをするものだからな。最低クラスに、それこそ超下品に言えばデカ専、デブ専…そういう女を集めた店で働いているのかも。ああいうのを好む男もいる。このアパートはもしかしたら丸々店の物で女を格安で住まわせているのかも…んん!?」
そう語りながら、自分の部屋に入っていく大柄な女を何気なく見届けていたクロノスだったが、突然驚愕の表情を見せていた。それはもう口をあんぐりとさせて、まるで予想もしていなかったものを見てしまったという具合に。彼のそういう表情はとても珍しい。
「どうしたの?」
「んんっ‼…なんでもない気にするな。少なくとも調査にはいっさい関係のないことさ。」
「そう?ならいいけど…」
「(げー…いや、色町だもんな。そういう乙女も中にはいらっしゃるか。男の求める女の需要なんてそれこそ…しかし香水の匂いが鼻につくから直前までわからんかった。もしかしてナレノ嬢も…!?いや、憶測でものを語るのはよくないな、うん。)」
振り向いて確かめると大柄な女性の姿は既に消えていた。話を聞かれやしなかったかとクロノスは冷や汗をかいていた。




