第30話:ナナミ・トクミヤは人を探して役に立つ07(クロノスはナナミを手助けして、なんでか時計塔をよじ登る)
クエスト四日目午後―――
ナナミの受けたクエストにクロノスが加わった。ギルドでクエストの追加での参加を申請したので片手間に手伝ってくれている他の冒険者とは違い、彼は正式なドルハ氏捜索のメンバーとなっている。なおこの数日の間も新規で同じクエストを受けた冒険者は一人もいなかったが、その辺についてはナナミもとっくに諦めており期待は欠片もしていなかった。
新たな受注者がいないのは単純に人気がないことと、残り期日が少ないことが理由だろう。それと残り期日が少ないクエストに期限ギリギリで参加すると、先に活動していた同業者から基本報酬目当てのハゲタカ扱いされ嫌われるので、もともとクエスト後半で受ける者はほとんどいないのだそうだ。
そんでもってナナミとクロノス二人掛かりでのドルハ氏捜索となったわけだ。
ナナミはクロノスの命令で、ドルハ氏の書いた手紙を借りるために依頼者のルハイに会いに行ってきた。
幸いなことにルハイは宿屋にいて、捜索に進展があったわけでもないだろうに尋ねてきたナナミに疑問を抱きつつも、彼女の頼み通りに手紙を束で貸してくれた。ドルハとのやり取りをしていた手紙はすべて持ってきていたようだ。
大切なものだろうにそれを貸してくれるとは人がいい。数日の間真面目に捜索をしていたナナミのことを信頼してくれているのかもしれない。
ナナミは大切な手紙をどこかで落とさないよう無くさないよう、細心の注意を払いながら猫亭に持って帰ってくると、それを相変わらず冒険者とカードゲームで遊んで彼らから掛け金を巻き上げていたクロノスに渡した。
クロノスはカードゲームを手早く切り上げると手紙の束をテーブルの上に並べ、その中から最も新しい、二年前のドルハからの最後の手紙だけを手にして後は放置して外へ飛び出した。ナナミも手紙を片付けてから後を追い、そして今に至る。
「(協力してくれるのはありがたいんだけど…本当にこの人に人捜しなんてできるのかなぁ?)」
「聞こえているぞ心の声が。俺なんぞが役に立つのかって言ったろ。」
「そそ、そんなこぉと、言っていませんことよぉ?」
「声が上ずっているぞ。嘘が下手な女だ…まぁ、人捜しなんて低ランク冒険者か情報通な奴がやるようなクエストを、果たして俺ができるのかという疑問を持つのはごくごく自然なことかもしれないな。むしろ全幅の信頼を寄せられた方が問題だ。」
「じゃあどうするつもりなの?」
「確かに俺には普通のやり方の人捜しなんてできやしないさ。だが、普通のやり方で探せなかったのなら、俺らしい普通ではない方法で探せばいい。…着いたぞ。」
そんな風なことを言っているとクロノスがナナミは目的地に到着した。
そこは街の中央にある時計塔だった。時計塔は全長が七十メートルはあり、四面にはそれぞれ設置された時計板があり、街の何処からでもそれを眺められるようになっている。目の良い者なら街の外からでも時間を確かめることができるだろう。
時計は時間を知るための重要な家具だ。時間に厳しい商売人の多いミツユースでは、専門店ができるほどにはそれなりに流通してはいるが、やはり高価な品であることには変わりない。一般的な家庭では一家に一台がせいぜいで、個人が持ち歩く懐中時計は金持ちや成功人のステータスのような扱いをされている。懐中時計は一人前の商人の証だと、新進気鋭の若い商人はまずそれを買えるようになることを目標に精進するのだとか。
それ以外の人間は外出時には時計を持っていない者の方が多いので、街のどこからでも時刻を確認できる時計塔の存在は頼りになる。一定時間ごとに街中に聞こえるくらいに鳴る鐘の音を聞いて日々の行動をしているのだ。
「ふへー、おっきい時計塔だよね。この世界に来てから街の中にあるこんなに大きな建物を見たのは初めてだったわ。」
「君は東の果ての土地から旅して来たのだろう?道中にはこの時計塔に負けないくらい大きな城や砦の類がいくつかあったんじゃないのか。」
「確かにあったけど、これはこれで立派な大きさよ。私の元居た世界の住んでいた街にはこういうオシャレな建築物はなかったから何度見ても新鮮だなぁ…これだけで観光名所になれそう。」
「実際街のシンボルだ。街のちょうど中央にあるし、ここから東西南北の表し方で街の大体の場所の説明ができる。待ち合わせ場所としてこれほどまでにわかりやすいものはこの街には他にない。問題があるとすれば道中の道のりに迷ってしまうことかな。」
「ミツユースの道は複雑だもんね。でもここらは整備されていてキレイな場所よねー。」
時計塔の周辺は整備された公園になっていて、住民たちの憩いの場となっている。日中でも人がそれなりにいて、赤ん坊を乳母車に乗せて散歩する奥様方や、現役を引退して余生をゆったりと過ごす老夫婦がベンチに腰をかけてゆったりしていたりする。忙しそうにしている住民が多いこの街ではなかなかに珍しい光景だ。加えて、彼らが生み出す独特のまったりとした空気は冒険者であるクロノスとナナミには少し場違いなようにも感じてしまう。
時計塔の手前にある噴水からはこの街の豊かさの象徴ともいえる水がこれでもかと噴出し、その周囲は
軽食を扱う露店が立ち並んでいた。ここでの売り上げはかなりのものになるらしく、商売人にとっても人気の場所なので、毎月抽選をして勝ち取った幸運な店だけが出店できるシステムらしい。売っている品も美味しそうなものばかりでレベルが高い。強烈な食の匂いが小腹を空かせ気味の二人の鼻を襲った。
「おいしそうだけどガマンガマン…おわっ!?」
ナナミが気付けに頬を叩いたちょうどその時だ。時計とから時間を知らせる鐘の音がけたたましく響く。街中の人間に時刻を知らせるための重要な施設である時計塔が音を鳴らすときは、この広場近くではうるさすぎるほど。特に正午と夕方の時間は街中の人間に必ず知らせられるようにひと際大きな音を鳴らすので、それを知っている住民は広場の周囲から少し離れ音から逃れる。現に奥様も老夫婦もどこかへ消えてしまっていた。
しかし場を動かずに取り残されたナナミとクロノスはその轟音を間近で耳に喰らってしまう。音が鳴りやむまで会話にもならないのでしばしの間、時計塔が静まるのを待ってから会話を再開した。
「やっと収まった。あたまがぐわんぐわんする…‼でも、どうして時計塔に来たの?誰かと待ち合わせするわけでも…ああ、もしかして情報屋さんとかにでも会うの?クロノスさん贔屓の情報屋さんならいろいろ知ってそう。」
「はずれ。情報屋のツテはいるにはいるが…今日の所は俺は誰も利用する気はない。だいたい時間がないって話だったろう。用があるのは…この時計塔そのものなのさ。」
クロノスは時計塔へもっと接近した。ナナミも不思議に思いながらその後を着いていく。
「真下で見ると高いなぁ…首が痛くなりそう。」
ナナミは首をほぼ真上に向けて、目の前にそびえたつ時計塔の上部を見つめた。彼女が元居た世界の元居た国では、これくらいの建築物はありふれていたらしいが、この世界ではこれだけ巨大な建物はお城や砦などの重要な施設を除いてほとんどない。ずっと見ていたらくらりときてしまいそうになった。
「クロノスさんは…んん?」
ナナミがクロノスへ何かを訪ねようとして彼の方へ顔を向けると、そこではクロノスが屈伸運動をして脚を上下させていた。
「何してるの?」
「準備運動。体を動かす前には大事なことだろう。」
「じゅんび…なんで?」
「よし、じゃあまぁ登りますかっと。」
「のぼるって…まさか。」
ナナミが気づくよりも早く、クロノスはレンガづくりの時計塔の壁の、レンガとレンガの隙間に手を引っかけると、その上をするすると登りだしたのだ。
レンガの隙間には手を引っかけられる程度の隙間があるので登ることはそこまで難しいことではない。実際街の若者が悪ふざけの遊びで登ることもあるらしい。しかしそれでも七十メートルの巨人を登り切るのは不可能に近く途中で根をあげ落っこちてしまう。
「よっ、ほっ、せいっ。」
「なにやってんのクロノスさん‼落ちたら危ないよー!?」
「大丈夫だって。こんくらい「ノルシェンのスライド渓谷」を登ったときに比べりゃ…っと。」
「どこよそこ‼」
「崖にネズミ返しの岩がいくらでも生えているヤバいところさ。頂上には魔術の触媒に使われる珍しい宝石の鉱脈があって、それを手に入れんとして挑んだ冒険者達が途中で力尽きては、何人も谷底の氷点下の川へと落ちていったものさ。あのクエストはヤバかったな。なにせ登るだけでも大変なのに頂上へたどり着いて鉱石を入手することに成功しても、帰りの崖下りで待ち構えていたズルい冒険者が俺を崖から突き落とそうとしてくるんだ。俺が地面に落ちればグチャグチャだが、肝心の鉱石は丈夫で崖から落ちたくらいではなんともないからそれを横取りしようって算段だったんだ。俺を狙って百人の悪漢が集り、悪漢同士でに崖から落としあう様を見させられて人の負の欲望と業の深さがこれでもかと思うほどの精神的にキツイクエストだったよ…」
「そんな話どうでもよくて…危ないから降りてって‼」
「まぁ俺が最後に持って帰った後に、某国の某錬金術師が人工的にその宝石をつくる錬成法を発見して市場価値が大幅に下落してしまったんだがな。もっと大変だったのはその宝石に莫大な投資をしていたマフィアの連中が錬成法を見つけた錬金術師を亡き者にしようと刺客を差し向けてきたことか。なんでか俺がそいつを護衛することになって…錬金術師の正体が若い娘さんだったのは驚いたな。そして二人で逃避行を繰り広げて…」
「ちょっとまってその話聞きたい。面白そう‼ナナちゃんの恋愛トークメーターがビンビン鳴ってる‼」
クロノスはナナミへ無駄なんだかようわからん昔話をしつつも、自分の手と足を使いながら時計塔を軽々しく登っていく。ちなみに話はナナミにとってはけっこうおもしろかった。
そうこうしているうちにクロノスは時計塔をあっという間に半分登ってしまっていた。二人の会話はかなり小さくて聞き取りづらくなっている。それでもナナミは大声で呼び掛け続けた。
「…てゆうか思ったんだけど、そんな風に登らなくてもそっちの点検整備用の入り口から入れてもらえばいいでしょー!?」
「だってそこ関係者以外立ち入り禁止なんだもん。そんな面倒なことしてらんないね。」
せめてダメもとで頼んでみろよ。ナナミはそんな風に思ったが、よくよく考えてもみれば彼はそういう男なのだ。口よりも早く手足が動く。彼に交渉なんてできないのだ。やらないと決めたら、やりたくないと思ったら、それが彼の行動の理由なのだろう。それに今更戻れるわけがない。諦めたナナミは首を痛くしながらどんどん壁を登っていくクロノスを見守った。
すいすいと登っていく。手のひらに吸盤でもついているんじゃねぇか。彼はヤモリか何かだったのだろうか?ナナミがそんなことを考えているうちに、クロノスはとうとう頂上の手前、時計版の真下まで到着した。
「よしもうちょい。それじゃここから屋根に乗って「くぉらあああああああああ‼」…なんだ!?」
クロノスが残りを一気に登ってしまおうと足に力を籠めた途端、階下からけたたましい叫び声が聞こえた。せっかく籠めた力が足から抜けてしまう。
しかしそんなこと聞こえた声に比べたら些細な問題だった。そのどこかで聞いたことのあるような声は…クロノスは顔面を蒼白にさせるには十分だったのだ。
「なーんか嫌な予感…ゲッ、あれは…‼」
手を止めて恐る恐る下を眺めると、クロノスを心配して眺めていたナナミの後ろに、大柄な人間が一人立っていたのだ。
その人物は街の中だと言うのに重々しい黄銅色の金属でできた鎧を身に纏い、腰には鞘に納めたサーベルと棍棒を携えている。
まるでこれから戦争にでも行くのかといった出で立ちだ。しかし商業都市ミツユースの属するポーラスティアは隣国のどこともそれなりに仲良しで、戦争の予定はしばらくないはずだ。そもそも大陸全土で人間同士の大きな戦争はここ数十年行われていない。ならばあの重々しい武装はいったい…
そいつは頭にかぶったヘルムのバイザーを上にあげて、そこから顔を露出させた。そこあったのは先をぴんと上にはねあげたカイゼル髭が立派な、中年のおっさんの顔だった。
クロノスはイヤな予想を確信へと変えた。なぜならおっさんの顔に見覚えがあったからだ。
「…やべぇ。ライザックのおっさんじゃん。」
クロノスはその男の正体にとっくに予想がついていた。一言だけぽつりと漏らして、それから汗水をひやりと頬から垂らした。




