第28話:ナナミ・トクミヤは人を探して役に立つ05(ナナミの境遇を振り返り、かつ彼女はまだあきらめない)
「…やだ。」
ナナミがはっきりと言った。場が少し静かになった気がする。
「やだ?やだっつたか今?もしかして意地になっているのか?時には引くことも大切だぞ。」
「そんなんじゃないもん。」
ナナミが席を立ちあがるとポケットから何かを取り出してそれをテーブルの上に置いた。それはただの女物の髪留めだった。…しかしそれが「ありふれた」という言葉で片付けられるかは疑問が残る。
なぜならそれは半透明色をしていて向こうが透けて見える代物だったからだ。隣の席にいたアレンがガラス細工か何かと思い何気なく持ってみたらとても軽くて驚いた。
これはナナミが普段肌身に離さず持ち歩いているもので、しばらく前に街の自由市で流れの商人から買った品だそうだ。材料に使われているのは「ぷらすちっく」なる素材らしい。この大陸にはまだ存在しない技術でつくられた素材で、ナナミの故郷ではよく使われているものだそうだ。
「…このクエストの話を聞いたときね…私はもちろんルハイさんのためにお父さんを捜してあげようという気持ちはあったの。けどなにより、私にとっての試練のようなものでもあると思ったのよ。同じ日本人を探すことができるのかどうか…それを証明するのにいい機会だった。」
――――はいストップ。ちょっとタンマ…いったん止めて。
ここで皆様には、ナナミ・トクミヤという少女が背負う背景を、改めて説明しておかなければならない。
まず、彼女の正体は異世界人だ。この世界とは異なる世界である「地球」という星の、日本という名の周りを海に囲まれた国で生まれ育った少女だ。彼女はある日、この世界の神的な存在によってこの世界へ転移させられたのだそう。
その際にナナミの他にも何人もの日本人がこの世界へ連れてこられたらしく、ナナミは冒険者として活動して資金や人脈をつくる傍らで、元の世界へ帰るための作戦の一環として、同じくこの世界のどこかにいるであろう日本人を探す活動をしているのだ。
しかしナナミがこの世界へ来てから早一年が経ってしまっていた。その中で見つけられた同胞の情報はといえば…今テーブルの上に置かれている日本人の誰かが身に着けていたと思わしき髪飾りたった一個だけ。それの出所だって一切わからない。それ以上の日本人の形跡は微塵も見つけられていないのだ。
世界中から物や人がやってくるミツユースですら情報収集の成果はこの有様なのだ。ナナミはもしかしたら成果の出ない活動に苛立ちを覚えているのかもしれない。
ナナミがこの世界に来て最初に足を踏んだ場所。そこは人の住める限界と言われた辺境の土地の森の中だった。そこにたまたま住んでいた人の世を捨てた魔女の老婆に拾われなければ、森の獰猛な獣共に成す術もなく喰われてしまいそこでナナミの冒険は終わっていただろう。
ナナミの異世界生活の始まりが壮絶であったように、もしかしたら他の者も生きていくには厳しい場所に落とされているのかもしれない。ナナミのように都合よく助けられることなく死に絶えたかもしれない。そうでなくてもこの世界は彼女がいた世界、場所に比べ治安は悪い。何も知らない人間が無防備に歩き回れば盗賊、人攫い、人買い、猟奇殺人鬼…そんな連中の餌食になってしまうだろう。
もしかしたら自分以外の日本人はもう生きてはいないのかもしれない。元の世界へ帰る方法なんてないのかもしれない。そういう良くない方向に考えてしまい眠れない夜はこれまで何度もあった。それほどまでに技術と文明に頼り切った日本人という存在は小さく非力なことをナナミはこれまでのこの世界の生活で随分と思い知らされてきたのだ。
それでも、ナナミは涙を拭いわずかな希望に縋って信じ続けなくてはならないのだ。必ず日本人の仲間を見つけ出して助け合い、可能ならば帰る方法を探して元の世界へ帰る…口では諦めているそぶりを見せていても心の底からはまだあきらめていない。それだけが、この世界で生きるナナミの心の支えとなっていたのだった。
―――はい解説終わり。再開してもいいよ。
「…なるほど。つまり君はこのクエストを自分の仲間探しと重ねて見ていると。このクエストでルハイ嬢の御父上を見つけることができなければ、この先もっと困難であろう自分と同じ異世界人探しや元の世界への帰り方の探求など、およそ不可能な話だと…君はそう思ったわけだ。」
「うん。このクエストは冒険者として野山を歩き回ることがなければ、モンスターと戦うことも、ダンジョンへ潜ることだってないわ。魔術だって一発も撃たないで終わるでしょう。冒険者としては酷く退屈なクエストなのかもしれない…絶対に失敗するようなやるだけ無駄なのかもしれない。それでも私はやりたいの。続けないと…私がなんで冒険者をやっているのかわからなくなりそうだから。」
ナナミは食事中にずっと握っていたフォークをテーブルの上に置き、空いた手を強く握りしめて拳にした。それは彼女の意思の固さの表れなのかもしれない。
「私はやるよ…ルハイさんのためにも、自分のためにも、絶対にドルハさんをみつけてみせる。」
ナナミの意思は固かった。この広い大陸で何の手掛かりもない、生きているかもどうかもわからない同胞を探している。そんな彼女にとってこの街の数万人の中の一人ごとき探し出せないようでは本懐を達することなど決してできはしないのだ。このクエストは彼女が自分のの覚悟を試すクエストでもあったのだ。
「…そうか。君の意地はあいわかった。しかし、やっぱり君個人の人捜しの方が困難な道だとしても、今回の人捜しのクエストとはやっぱり別の問題だよ。ドルハ氏が見つからなかったとして、だからと言って日本人とやらが見つからないと言うわけでは…」
「ううっ、私は…まだ諦めないからっ‼」
クロノスがすべて言い切るよりも前に、ナナミは二階への階段を駆け上り消えてしまった。寝るつもりなのだろうか。いや、クロノスの言葉をこれ以上聞きたくなかったのかもしれない。まるで父親に将来の進路を尋ねられて拗ねる子供みたいだった。
「あーあ、ナナミ姉ちゃん怒っていっちゃったじゃないか。」
「ひどいですわクロノスさん‼」
「最低な男だな。ちょうどいい…明日は生ごみの日だからゴミ捨て場に頭突っ込んで来い。」
「知るか知るか‼勝手に自分の実力のなさに落胆して勝手に怒っているだけさ。ところで…もうそのイノシシさんはもう食べないか?」
「私は充分頂いたのでございますよ。子供達への手土産の分も包ませていただきました。」
「おいらももういいよ。肉は大好きだけどさすがにもうお腹いっぱい。」
「そうか…よっと。」
自分の分の食事は終わり茶を啜っていたクロノスだったが、話をしている間にまた小腹が空いたのか、彼はフォークを猪の丸焼きの残りに突き挿すと、それをフォーク一本で持ち上げて、頭の真上に持っていく。そしてフォークを手放すと真上からクロノス目掛けて猪の丸焼きが降りそそいできた。
「んが、」
丸焼きが顔面と衝突するその間際、クロノスが大きく口を開けると猪の丸焼きは彼の口の中へ消え去っていた。明らかに口のサイズと丸焼きのサイズがあっていないが、いったいどんな食べ方をしたらああなるのだろうか…いまさらだから団員の誰も突っ込まない。こいつはそういう男なのだ。
クロノスが頬っぺたを膨らましながら口の中のものを咀嚼して、それを飲むこと食道が大きく膨らみ胃の中へ渡っていく。最後に一緒に飲み込んだフォークだけをぺっと器用に吐き出すと、それがテーブルの上でカラカラと空転していた。
「考えすぎなんだよナナミは。たかが人捜しのクエストひとつで話を飛躍しすぎなんだ。そもそもがだ。クエストと違って日本人捜しに期間もノルマもなんにもないぞ。あれはナナミが勝手に彼らの境遇を悲しみ焦っているだけ…焦らずにゆっくりやっていけばいいのに。」
「でもモタモタしていたら世界のどこかで死んじゃう人もいるかもしれないんじゃない。」
「だとしても居場所もわからないソイツに手助けをすることはできないのさ。なぁに、こうして俺達の目の前に一人平気な顔でぴんぴん飯を食っているんだ。他の連中も多分生きているだろう。この世界は辛く厳しいが、だからと言って生きるのに必死であがく人間を無条件に無慈悲に殺すほど…この世界はそこまで鬼ではない。」
「ふん。クロノスのクセにずいぶんと優しいじゃないか。」
「クセにではないぞリリファ。俺は彼女のためを思い…まぁ、厳しいというのは本当だから、半分くらいはくたばっているかも?」
「…おい。」
「ですが心配ですわ。ナナミさんってば食事の途中でお二階へあがってしまって…」
「心配しなくてもそのうち戻ってくるだろうイゾルデよ。歯も磨かず寝間着に着替えずなんて綺麗好きな彼女ではありえない。それに、なによりも…ふむ。」
クロノスがすべて言う前に口を閉じた。そして彼が目をやった階段のある方向を団員達も向くと、そこにはナナミが階段を降りて戻ってくる姿があったのだ。
「…ごめん。やっぱりまだお腹空いてる。」
「…彼女が食事を途中で退席するのは、おそらく一番ありえないことだからな。」
――――どんがらがっしゃん‼
誰かが椅子から勢いよく転げ落ちた音がした。しかしその音は冒険者達の喧騒にあっという間にかき消されてしまうのだった。




