第24話:ナナミ・トクミヤは人を探して役に立つ01(ナナミは美味しいスープがつくれる)
ミツユースの街。この街は人々が住まう大陸の中の国の一つ、ポーラスティアの王国の領内の海沿いの土地にある都市だ。
かつてのミツユースは海沿いの土地にならどこにでも当たり前のようにあるごく普通の辺鄙な漁村だったそうだが、数十年ほど昔にとある資産家がこの地と出会い、この地に商機を見立て私財を投じ開発を行う。その結果、大陸でも屈指の規模を誇る巨大な港町へと姿を変え、大変に栄える土地となった。
現在のこの街は物流都市、商業都市などと呼ばれており、大陸中から商品と人が集まることになる。ミツユースの街では金を出して買えないものはない。買えないものすら金の前には湧いてくると言われる程であった。
そんなミツユースも今はお昼時。机の上で商談という名の戦争を行う商人たちも、街や周辺の土地を工事している人夫たちも、家事に世間話にと勤しむ奥様方も、学校で勉学に努める学生たちも、あくせく働く老いも若きも男も女も犬も猫も…いったんは労働の手を止め昼食のお時間だ。
地域によって食事の時間や回数の文化は異なるが、この街は朝昼晩に3食をしっかり食べる。午後の間にはお茶の時間付きだ。しっかり食べないと頭も体も回らず働けないからだ。
街の露店や食堂は腹を空かしたお客が我先にと詰めかけごった返しだ。そういう店の人間だけはかき入れ時なので休んではいられない。自分の分の食事は早めに食べるか客が引いた後の楽しみにとっておく。
さて、お昼時で人通りが少し減った商店や商会の事務所が立ち並ぶ大通りの一角にある建物。
ここは「猫の手も借り亭」。元は老夫婦が営む宿屋であり、現在はとある冒険者の手に渡り、彼が営む冒険者クランの拠点となっている。一階のホールでは冒険者たちでごった返していた。
冒険者とは大陸のあちこちを冒険して珍しいお宝を手に入れたり手強いモンスターを討伐したり、そのほかにもいろいろなことをやっていつか己の夢を叶えんとしている者達の総称だ。彼らは冒険者を管理する組織である冒険者ギルドの庇護の下、普人族に獣人族にドワーフ族にハーフラット族に種族分け隔てなく入り混じり、今日も冒険に勤しんでいる。
ミツユースで活動する冒険者たちに体のよい集会所として使われていたこの猫亭。本日もカードゲームや飲み会をやりながら、有益な情報を交換している。
「おい知ってるか?東通りの端っこにある菓子屋。あそこに可愛い子がバイトに入ったんだぜ‼」
「マジか‼次のクエストの収入が入ったら行こうっと‼」
「溜まっていた家賃を払うんじゃなかったっけ?滞納何か月目だよ。そろそろ追い出されるぞ。」
「バッカおめぇ、冒険者が宵越しの金をもってられるかよ。ババアに払う家賃より可愛い嬢への貢ぎ金だぜ。食って買って寝て飲んで打つのが健全な冒険者よ‼」
…うん。実に清々しいことだ。今日はこんな感じだがたまたまふざけていただけだろう。時には冒険者としてモンスターやダンジョンの話題などきちんと有益な情報交換もしているのだ。それもけっきょく金や夢のためなのだが。
「…」
そんな風にわいのわいのやっている冒険者たちの集団から少し離れた場所。建物の出入り口付近のデスクを一人の男が陣取っていて、自分は団らんに加わらずに静かに冒険者達の会話に耳を傾けていた。
男はブラウンの短い髪の普人族だ。年のころは二十代の半ばくらいだが、その姿を見た者はそれよりも若く思えたと言う。じつはまだ十代なのだと言っても信じる者もいるくらいだ。
中性的な顔立ちは一般的にかなり優れているといえ、初対面で女と見間違えドキッとする男が後を絶たないのだとか。そこに男だと教えられてまたどきっとするらしい。
しかしそんな彼の一番の特徴は、やはり両の目に収まった紅い色の瞳だろう。様々な髪や目の色を持っている大陸の人間の中でも紅い目の者は非常に珍しい。もちろんそれは彼の属す種族である普人族にとどまらず、獣人族やドワーフ族やハーフラット族であっても同じこと。
この特徴の前には先述のあれやこれやの特徴もあっという間に吹き飛んでしまう。常人ですらくりぬいて宝石として飾っておきたくもなりそうな狂気を心にも抱いてしまう…そんな不思議な魅力の瞳をその男はもっていた。
男の名はクロノス・リューゼン。この建物を拠点とするあるクラン「猫の手も借り亭」、略して猫亭のクランリーダーを務めている冒険者である。こう見えてけっこうな実力のある冒険者だったりする。なぜなら彼は業界の頂点に立つSランクの称号を持っている一人だからだ。職業人口数万人ともいわれる冒険者達の中でも、数多の壮絶な冒険とクエストの達成をしてこのランクに登りつめる者は二十人もいない。そんな貴重で希少な存在の一人が彼というわけ。
「んん~、あーダルい。」
…このようにデスクに肘をついて退屈そうにうなだれている光景からは想像もつかないが、ヤルときはヤル男だ。たぶん。
「なんだ。もうすっかり昼時じゃあないか?誰か教えてくれればいいのに…ふわぁ。」
誰に聞かせるつもりもなかったがそう呟いたクロノスは、けだるそうに欠伸をひとつした。午前中の彼はずうっとこんな感じだった。冒険者なら冒険者らしくクエストを受けて領域やダンジョンの探検でもすればいいが、気まぐれな彼は今日は気分が乗らなかったと朝食後に半日じゅう席に居座っていたのだ。
クランに属する他の団員達はクエストなり学校なり地域の奉仕活動なりで大忙しだというのになんとぐうたらな奴だろうか。
普段の彼なら拠点にいるときはいるときで、クランリーダーとして書類の整理をしたり、暇をつぶすにしたって出入りの冒険者とカードゲームや女の子の可愛いところ談義で盛り上がったりもしているのだが、あいにく今日は気の知れた相手がいずれも用事で出払っていていなかったのだ。
クロノスは知り合い以外との交流にあまり積極的でない…貶すところでいうコミュ障という奴で、出入りの冒険者の未だ半分とも打ち解けられていない。やーいコミュ障。
「しかし昼時だというのに…こいつらは何をしに来ているんだ?もたもたせずにさっさと飯を食いに行けばいいものを。いい店はすぐに席が埋まるぜ。」
広い街であり労働者もたくさんいるミツユースの街は食事処が非常に充実している。大陸各地から一旗あげようとやってきた料理人の出す店もあるので、種類もよりどころ。金を出すなら出すで、ないならないでいろいろな選択肢があるのだ。
体力を使うし金もない冒険者が特にこだわるのは、味や値段はもちろんだがなにより量だろう。常にいい食事を提供する店を求め街を彷徨い、仲間同士で情報を共有して、時には自分だけの秘密にする。
この街にいる食を求める大食漢は同業者だけではない。強い日差しの中力仕事に精を出していた工事労働者が街に戻ってくるし、港からは船乗りが普段の海沿いの店から新しい食い場を探して街の内にまで出向いてくる。肉体労働であることと喧嘩っ早い性格である彼らとは、冒険者は相性がよろしくない。ちょっとしたことで因縁を擦り付けられ、あるいは擦り付けて取っ組み合いを起こして両者仲良く警備兵にとっちめられ檻の中。
そういうことを避けるためにもさっさといい店を見つけてさっさと飯を食って帰る。それが大切だというのに…冒険者たちは新たに猫亭にやっては来るが、出ていく者は一人もいない。
当然だが猫亭で食事を提供するようなことはしていない。一階はスペースがあるので食事の場としてなら自由に使ってもいいし厨房も勝手に使えばいいが、彼らにそのそぶりはなく、手元にはパン屋で買ってきた安物の黒パンがある程度だ。食べ盛りの若い冒険者たちの胃袋を満たすにはあれだけではとてもじゃないが足りない。しかしどういうわけか昼時なのに冒険者たちがいつまでも居座っている。それどころか次から次へとやってくるのだ。それがクロノスには不思議で不思議でならなかった。
ああもしかしたら…クロノスがそう思ったその時だ。
「ダメだぁぁぁぁ‼」
調理場の方から叫び声がした。それは若い女の、まだ少女ともいえる幼さを残す高いトーンの声だった。それと同時にクロノスは完全に思いだした。冒険者達が昼時になってもここにとどまるその理由を。
「うわああああん‼」
調理場から一人の少女が飛び出してきた。手には中身の入った大鍋を持ってはいるが、その身のこなしは軽やかだ。
少女は年頃が十代半ば。大陸の人間ならばそろそろ大人びた顔立ちとなってくる頃合いだが、彼女はまだまだ幼さが残っている。しかしこれは彼女の持つ才能…いわば童顔というやつで、これはいくら年を召してもそこまで変わらないのだろう。
大陸の人間にしては珍しい黒目黒髪で、髪の方は長めの後ろを一房にまとめたポニーテールにしている。恰好は白のワンピースにトレードマークの麦わら帽子をあご紐で首に吊り背中に揺らしていた。
帽子に関しては建物の中なのだしその辺に置いておけばいいものを…とクロノスは思ったが、彼女はおそらく無意識でかけているのだろう。それほどまでに彼女があの麦わら帽子を持っているのは当たり前のことであったのだ。
「どうしたナナミ。」
クロノスが少女の名を呼んだ。ナナミ・トクミヤ。それが少女の名前だった。この辺りでは…いや、大陸全土で見ても珍しい名と姓だ。
顔と名前とセットで珍しい尽くしの彼女だが、それもそのはず…彼女はこの世界とは異なる世界からやってきた異世界人なのだ。異世界美少女(ここ重要)ナナミこそ、彼女の真の肩書きなのだった。
「おう聞いちゃいますか?聞いてください聞いちゃってくださいクロノスさん。」
「おう聞く聞く。クロノスさんは退屈だからかわいい団員の子猫ちゃんの言うことを聞いちゃってやろうとも。」
ナナミは鍋を持ったままクロノスの下を訪れ、その場をくるりと回る。ワンピースのスカートがふわりと舞い踊った。
「今日も失敗したんですよ‼料理に‼」
「そうか?俺にはいつもの通り見事な出来に見えるがな。」
ナナミが見せてきた鍋の中を覗くと、さきほどまで彼女が奮戦していた料理の完成品が収まっていた。そこには色の濃いどろっとしたスープがたんまりと入っている。
彼女は料理の出来に満足していない様子だったが、クロノスからすればそこまで悪くないように思える。具材は食糧庫に残っていた食材の余りと朝に自由市でナナミが自ら目利きして買ってきた新鮮な食材をこれでもかとぶち込んでいて、それが山となってスープの水面から飛び出ている。
香りは調味料のスパイスを他種多量に使っているのか複雑なものだが、それは嗅いだ者の頭を混乱させることなく、互いの風味を潰すことなくお互いによく引き立てあう見事な混ざり合いだ。ばらばらな主張ではなくただ「オイシイヨ」とストレートパンチで鼻の中まで殴ってきて、思わず鼻血を噴出しそうなほどだった。
ナナミはこの料理を失敗というがこれのどこが失敗なのだろう?むしろ上等な部類だ。食堂で出せば一番人気の看板メニューになるだろう。午前中に何もしておらず、さして腹が減っていないクロノスでも漂ってくる匂いを嗅いだだけで本能が空腹を訴えてきた。
「でもこれは…カレーじゃないの‼」
鍋をテーブルの上に置いたナナミは、人差し指で鍋のスープをびしりと指示してそう言った。
ナナミはここ最近とある料理をつくろうと励んでいた。その名は「カレーライス」。複数種類のスパイスをベースにしたスープで多種多様な野菜や肉を煮込んでつくるなんかすごい料理で、彼女の故郷の国「日本」の郷土料理で、ナナミのご先祖様が遠い「インドォ」なる未知なる神秘のぱわぁが巡り巡る不思議な国からパクってきたものらしい。だがアレンジしまくってもはや別物になっているのでセーフとはナナミ談。なおナナミにとって神秘=そういやよくわからないものである。
正確にはこのスープ単体では「カレーライス」とはならず、ただの「カレー」だそうで、このスープを「コメ」なる麦の仲間の穀物を炊いたものにかけて食すことで「カレーライス」となるらしいが、クロノスは実物を見たことがないのでよくわからない。
「とてもおいしそうじゃないか。これで満足しないとは…もしや君は一流の宮廷料理人か何かだったのか?それならばなるほどその志の高さにも納得だ。」
「私は一般人だよぅ‼つくれどもつくれども…完成するのは「カレーっぽいスープ」だけ。色も香りも味もルゥのどろどろ具合も何もかも…カレーライスにはほど遠いのよねぇ‼ただでさえお米を麦飯で代用してライスの部分を妥協しているというのに…これではナナミさんの舌が納得しなぁぁぁい‼うわーん‼」
「しかたがないんじゃないのか。君はカレーの材料…とりわけてスパイスの調合を知らないのだろう。」
ナナミがカレー作りに苦戦している理由の一番は、スープの味と風味の根幹を決めるスパイスだ。実は彼女はそれらの調合の割合を知らなかったのだ。スパイスの比率はおろかどんなスパイスを使っているのかも知らないそうだ。そんなんで完全再現などできるはずもない。
「食いたいならせめて使われていたスパイスの種類を思い出せよ。」
「だってだってだって‼私のいたところではカレーのルゥは食品会社がつくっている完成品をお店で買うものだったんだよ‼それをよく炒めた具材と一緒に煮込むとできる、誰にでもつくれるとても簡単な料理だったのよ‼一般人が企業秘密のスパイス比率を知っているわけないでしょうが‼」
「ならせめてわかる範囲でだ。」
「えーとね…ウコ〇×でしょ。ター$%&rgッ+y”でしょ。あとはガps~※マサjxcに@}
ン、コΙΧΞjkン、シr℆Σ÷、qwzΨ、ロ%#gl¶、ガーリック、kΙΔΘf+、ジンジャー、ブラックペッパー…その辺。」
「…またノイズってるぞ。ガーリックとジンジャーとブラックペッパーだけ聞こえた。」
「あっいけない。えーと…ウコンとターメリックとガラムマサラとクミンとコリアンダーとシナモンとナツメグとローレルとガーリックとカイエンとジンジャーとブラックペッパー‼」
「今度はすべて聞こえたな。」
ナナミは異世界からやってきた人間だが、彼女がいた世界の言語と、この大陸で一般的に普及している言語「大陸語」とは異なっているらしい。それでもナナミの言葉をクロノス達この世界の人間が聞き取れるのは、彼女がこの世界に来る際にこの世界の神っぽい存在から翻訳の魔術の加護を受けたからだそう。そのおかげで大陸の人間と不自由なく会話をすることができているが、それも完全ではない。このように言葉の端々でノイズが走ったようになり、一部単語が伝わらないことがあるのだ。
これはこの世界にまだない技術や存在しない言葉が影響を受けるらしいが、いまのように落ち着いてゆっくり話せば伝わる単語もあり、不通の法則性はわかっていない。
「俺はわからないがつくる本人である君が素材をほとんどわかってるなら問題ないだろう?だったらそれを市場で探して…」
「それができないから苦労しているんじゃない‼クロノスさんは知っているでしょ!?」
クロノスの正論にナナミは真っ向から反論した。
ミツユースは大陸各地から様々な品がやってくる街だ。スパイスだって人の世で流通しているものなら金を出すならだいたい揃うだろう。
しかしことはそうも簡単にはいかない。なぜならスパイスは高級品だ。もちろん味付けが塩くらいしかなかった大航海時代の、「スパイス一山は金一山に匹敵する」とまで言われた時代ならばともかく、現在はそれほどは高くはないが、それでも種類ごとに細かく取り扱う専門店で買おうとすれば金貨が軽く飛んでいく。そういうお店はお金持ちの商人やお貴族様の家に仕えるプロの料理人と料理が趣味でスパイスを使い分けている人間が利用する店であり、庶民は安物のスパイスの数々を雑に混ぜて生み出した「香辛料」という名のスパイスを食材をついでに扱う雑貨屋で買って使っているのだ。庶民のスパイスといえばもっぱらその香辛料であって、その配合は季節ごとの商品の入荷で毎度変わるので同じものを買うのは不可能である。もちろん料理に使って毎回同じ風味にするのも不可能な話だ。
仮に金銭面でクリアできたとしてもまた別の問題が発生する。ナナミのいた世界とこの世界ではいろんな物の名前が異なることがあるからだ。
食材も然りで、例えばこの世界に自生する冒険者が好んで食す赤い皮に薄黄色の果実が特徴的な、バラ科の植物アップ―ルの樹に実る「アップ―ルの実」はナナミの世界だと「リンゴ」もしくは「アップル」もしくは「アッポウ」。南国で主食として食されているバルナンの樹に実る緑の皮に包まれた白い実の「バルナンの実」は「バナナ」もしくは「バッナーナ」であるらしい(ナナミ談)。
同じ名前の野菜や果物もそれなりにはあるようだが、残念なことにスパイスの名前はナナミの知る物とことごとく違ったのだ。なのでスパイスの専門店に行ったとしてそこで店員に「すいませんウコンとターメリックとガラムマサラとクミンとコリアンダーとシナモンとナツメグとローレルとガーリックとカイエンとジンジャーとブラックペッパーください。」なんて言っても殆ど買えないだろう。というか実際行っても店員が名前を知らなくて買えなかった。
対応してくれた初老の店員は親切だったし、スパイスごとの地域名までばっちり把握していたプロの人間だったがそれでもダメだった。同行したクロノスも彼でダメなら本当にナナミの世界の名前では存在しないのだろうと思った。「カラカラの実ってなに!?アツアツシードってなに!?ペンチョボマキキョマキョってどんなスパイスだああああああ‼スッパラムチョムチョなんてスパイス知らないわあああああ‼」とナナミが店を出て軒先で頭を抱えて叫んでいた光景は今でも鮮明に覚えている。
おそらくナナミの言うウコンやらターメリックやらのスパイスと同じものは大陸のどこかに存在するのだろう。しかし仮にそれらが人の世に出回っていたとしても、この世界での名前を知らないナナミには探すことができないのだ。名前も形もわからないものをアレだコレだと絵やジェスチャーで示して他者同士通じ合うほど、人類はまだ進化していない。
仕方ないのでナナミは己の知識を頼りに、見た目や香りからなんとなくこれだと思う物を買ってきては独自の調合を試していた。そして記憶と舌と鼻だけを頼りに、本当に一からカレーライスのスパイスを再現しようとしていたのだ。
朝になれば朝食を食べてそれから自由市で野菜や肉やスパイスを買ってきて、午前いっぱいはそれを使って料理。違ったらそれを昼食にして反省会をした後、午後にはまた自由市や商店街で新たな食材を買ってきて、夕方までまた料理をする。
食材を扱う新しい店が出ていたと知り合いに聞けば、そこへ足を運び、冒険者からそれっぽい植物を野山で見たと聞けば、猫亭の仲間やヒマな冒険者を引っ張って森や山にまで探しに行き、それをとってくる。
食材を用意してはつくってまた用意してはつくっての繰り返し…ナナミはかれこれここ一か月くらいずっとそんな生活を繰り返してきていたのだった。
長い振り返りはこの辺にしておいて、場面は先ほどのクロノスとナナミに戻る。
「うーん、なにが違うのかなー?」
「そりゃスパイスの調合しかありえないだろう。具材の方はだいたい揃っているんだろ。」
「そりゃあもちろん。ニンジン、タマネギ、ジャガイモ…「カレーのお野菜三種の神器」は名前も味もそのままで助かったわ。とくにジャガイモは名前とかいろいろめんどくさくなりそうだと思ったけれど、品種にこだわりがなければ普通に売っているしね。」
「俺のような素人が半ば放置しても育つ丈夫さだし、実は良く実る…アレは神の野菜だよ。」
「お芋さまさまね。いちおうカレーにはジャガイモを入れる派と入れない派がいるから入れなくてもいいんだけど、どんな具材でも美味しく食べられるのがカレーの魅力だもん。使えそうなものはなんでも入れちゃうよ私は。」
料理を続けているうち、いつしかナナミはピーマンやトマト、ナスにカボチャにキュウリ。肉は野山で狩ったイノシシやウサギやクマやらなにかのモンスターやら。川や海の魚まで…とにかくいろんな具材も突っ込むようになっていた。
どうせ完成しないから何を入れても大丈夫というあきらめにも似たそれは、もしかしたら適当な具材が味と香りの補完をしてあわよくばカレーに近づくかも…なんて考えてもいたようだ。しまいにゃマンドラゴラとかお化けキノコとかの植物モンスターをひっ捕らえて使おうとしていたし、ゴブリン一匹生け捕りにしてそのまま鍋にぶちこもうとしていたのは流石に止めて森へ逃がした。
「とにかく後はスパイスなんだよぅ‼スパイスの調合に成功しなきゃカレーライスは完成しないの‼」
「どうしてそこまで慌てるんだ。君の勘ではだんだんその味に近づいていっているのだろう。ヒントは君の舌と記憶だけ…それだけでもすごいもんだ。今日明日に期限が迫っているわけでもなしに、君のペースで気長にやればいいのさ。」
「わたしはっ、すぐにでも食べたいのっ‼見てよコレ‼」
ナナミが手を差し出してきた。握手しようとか手相を見てくれとかそういうつもりじゃないのは直前のやり取りでわかりきっている。
その手はぷるぷると震えていた。この震え方は恐怖とか寒いとかそういうのではなく…どうみても禁断症状のソレである。
日本人はカレーとスシ(先述のコメなる穀物を炊いたものを酢で和えて握り固め、その上に生魚の切り身を乗せた料理らしい。大陸人としては何もかも正気の沙汰とは思えない料理だ。悪魔の儀式の供物か何かだろソレ)を定期的に摂取しなくては、体内のカレー細胞とスシ細胞からもたらされる幸福感が欠乏を起こし、禁断症状が出て廃人になってしまうそうなのだ。
ナナミは今まさにそのカレー欠乏症で震えていた。顔をよく見てみれば目の周りは疲労からかどす黒いクマがはってアライグマみたいになっているし、中央にある真っ黒な深淵を覗いたら除き返してきた深淵そのもののような目もなんだか輝きが死んでいる。
どれもこれもカレーを長期間摂取しないでいたことによる「KDS」…正式名称「カレー・ダンジキ・ショック(ナナミ命名)」が原因による症状だとのこと。先にナナミが述べたスパイスの種類も、最初にこのKDSの症状が出始めたころに自然と頭の中に降って湧いたかのように思い出したのだとか。どんだけヤバいんだその料理。材料に依存性のあるよくないものが紛れているんじゃないのか。
「依存性のあるないで言えばカレーにはあるのかもしれないわね…だってあそこまで美味しいのよ?日本人の99%はあの味が好きなのよ?私の国だとカレーが嫌いな人はまるで人間でないかのような扱いをされるのよ?ああ味を思い出しただけで手の震えが…‼」
「わかったからとにかく落ち着け。」
見かねたクロノスはナナミの震えている手を取り、手のひらの何か所かを指で強く押した。ナナミはその刺激を受けて体が一瞬こわばったが、次の瞬間には手の震えが止まっていた。
おそらくクロノスがなんらかの作用のあるツボを押したのだろう。ナナミにはさっぱり原理がわからなかったがこれも彼の持つ優れた技術のひとつらしい。最近はこうして手に震えが出るたびに処置してもらっていた。
クロノスにとってナナミは大切な仲間だ。カレーを食せぬまま禁断症状で廃人になる前に一刻も早くカレーライスの作成に成功してもらいたい。それにそこまで人を狂わせるカレーライスの本当の味も気になる。団員がやりたいことをやり他の団員はそれに協力するのが猫亭のクラン方針なので、応援する。
「ふぅ、少し落ち着いたわ。ありがとうクロノスさん。」
「だんだんとひどくなってきたような気がするな。いよいよ指圧も効かなくなるかもしれないぜ。」
「かもね。もうおスシだけで誤魔化せなくなってきた気がするし。おスシは麦飯で代用すれば自分でつくれるから何とかなっていたのに…」
ナナミはスシの方はさっさと自作して自給自足ができるようになっていた。なにせミツユースは港街。ここを拠点とする漁師もたくさんいるので新鮮な魚は海が荒れていない限り市場でいつでも手に入るのだ。
しかし生魚をそのまま食すのは船の上で獲れたてを味わえる一部の漁師だけが行う風習であり、大陸の人間はまず魚を生で食べるなんことはしない。いくら生水を煮沸せず飲めるような丈夫な胃の持ち主でも腹を壊してしまうほど。スシからは酢の匂いがするもんだから酢漬けにでもしているんだろうと、魚が大好きな猫獣人の冒険者とその仲間達がナナミのスシをつまみ食いして腹を壊して一週間寝込んだこともあった。
「クロノスさんはおスシをおいしそうに食べていたよね。」
「俺は魚を生で食えるように訓練したことがあるから平気だ。だが、常人は魚を生では食えん。もう人に出すんじゃないぞ。あの猫獣人の冒険者集団の後を追うことになるからな。」
「ニャルテマさん達は勝手につまみ食いしたんだもん。魚だからってこっそりつまみ食いするなんてひどいよね。」
「丈夫な胃袋の持ち主である獣人が腹を壊したその一方で何故君は平気なのやら…」
「あれじゃない?翻訳の魔術みたいにこの世界に来たときに生水とか生魚を摂取してもお腹を壊さないようにする加護でももらってたんじゃないの。そんくらいもらっておかないと日本人なんてすぐお腹壊しそうだし。」
「そうなのかな。ま、今日のそれは食っても腹を壊すことはなさそうだけどな。」
なんだか長い時間お話を繰り広げていた気分のクロノスは、鍋の中のスープと再び向き合う。
朝に自由市場で買い集めた食材を煮込み続けること三時間半を経て、今日できたのも「スパイスのピリッと効いてドロッとしている具沢山の美味しいスープ」で、やっぱりカレーではないらしい。
失敗作という結果が出てもこれで終わりではない。次はそれを食べて無くさなくてはならないのだ。ナナミは食材を無駄にしたくないからとカレーっぽいスープをつくったらそれを完食してからでないと次をつくろうとしなかった。しかしその量は彼女一人が食すには、ナナミが大食いであることを踏まえても無茶だ。毎度なんでそんなに量を使うのかとすれば、たくさん買えば材料が安く買えるし、いい品質の食材を見つけたら次同じものが帰るとは限らないからとういうことらしい。今ではカレー三種の神器であるニンジン、タマネギ、ジャガイモと麦飯用の麦で猫亭の食糧庫の半分が埋められていた。
「食べるのは別に問題ではないな。基本的に美味いからな。」
「量に関しても問題ないけどね。だって…」
「おぉい。」
クロノスとナナミの会話に冒険者が一人割って入ってきた。向こうで待機していた一人だ。
「その様子だとかれぇってのは今日もできなかったみたいだな。へへっ、なら食べていいか?」
「どうぞどうぞ。そのつもりでつくったんだもん。好きにもっていってね。」
許可をもらった男は手に持っていた食器を出して鍋のカレーっぽいスープをレードルを使って装っていく。気づけば彼の周りには他の冒険者たちも集まっていて、スープを自分の更によそう順番を待っていた。男が自分の分を盛って自分の席へ戻っていくと冒険者たちはレードルを我先にと奪い合いだした。
彼らがレードルを奪い合う光景を眺めていたナナミの前には、いつの間にやら銅貨の山ができていた。
ナナミは失敗作と言っているが、カレーなるものを知らない者にとってはこれは普通においしいスープでしかない。食べ飽きていたナナミが金がなくてテーブルに突っ伏して腹を空かせていた冒険者たちに食べさせたところこれが大好評。話題が話題を呼び最近では冒険者たちが昼飯を食べに行かず安い黒パンと食器とスプーンを持参してカレーっぽいスープを食べて片付けるのがここ最近の光景だった。
今日も腹を空かせパンだけ持参の冒険者たちが代金に銅貨を何枚か置いて、スープを胃の中へ収めていく。とりあうように盛っていき、鍋の中はあっという間に空っぽだった。
「最近はすぐになくなるもんね。さすがにこの人数で鍋一杯は少ないわね。」
見れば他にも何人かが取り損ねてきた。彼らは未練がましくナナミの方を見つめている。無言ではあったが「もっとないのか」と目で訴えてくるのがよくわかる。
「それはいいが…俺と君の分までが無くなってしまったじゃないか。どうするんだよ。」
「そんなそこのあなたへ朗報です。じつは…もうひとつお鍋があってそっちの方にもたくさんつくってあるんだよね。」
「おおっ、それはよかった…なんで鍋増やしてんだよ。」
「いやだって煮込み時間や材料を微妙に変えたのを作りたかったのよ。ちょうどこの間に自由市で同じ大きさの鍋を買えたもんだからつい…どうせいくらつくっても冒険者のみんなが食べてくれるし。ちょっと待って持ってくるから…」
一杯目の鍋で食い損ねた冒険者もいたことだしとナナミが鍋をとりに調理場へ引っ込んだ。お代わりがあると知ると食いそびれた冒険者たちも喜んでいた。そして今度こそとよそうレードルを使う順番を決めるじゃんけんをしていた。へいわへいわ。
ナナミを待っている間に手元のカップに残されていた最後の茶を飲み干そうとして、クロノスがカップに手をかけた。
するとちょうどその時、猫亭の扉が開いて誰か入ってきた。
「ごめんくださいだ~。」
入ってきたのは一人の若い女性だった。普人族で髪の色は薄いグリーン。恰好は無地のベージュのブラウスに、ボトムスはゆったりとしたスカートが足首まで伸びている。余所行きのちょいとしたお洒落といった格好だ。
しかし街の女がしゃれ込んだにしては少し気合いが入りすぎているようにも見える。それに…
「(服に砂ぼこりがついてる…街の外から来た人間だな。)」
「うひゃあ。人がぎょうさんおるなぁ。これみんな冒険者だか?こんなに集まっているのを見るのは初めてだ。外の通りの人の多さといい、やっぱり都会は違うべさ。」
「ん?」
女性はホールの冒険者たちをきょろきょろと見渡して感心していた。しかしクロノスは彼女の別のことに気を取られていた。
その女性の大陸語はかなり訛りが強かったのだ。ミツユースの人間は商人が多いので地方の出でも訛りを無くすように努力して喋っている。なのでそれはこの街に住む者として新鮮に感じられた。
服の砂ぼこりといい、彼女はどこかの地方からやって来た人間だろうか?女性を食べ物で例えるのは大変失礼だが…芋、という雰囲気が彼女からしてそれをまったく拭えなかったクロノスであった。
しかし地方の人間だろうが地元の人間だろうがクロノスの対応は変わりない。いつものように背中がむずがゆくなるような述べ口上で出迎えるのだ。
「いらっしゃいませお客様。ようこそ我らがクラン猫の手も借り亭…略して猫亭へ。本日はどのようなご用件でしょうか?気になる彼が貴方を養えるだけの収入を得ているか調べますか?それともペットの猫が外につくった愛しい相手の正体?もしくは街で冒険者のいずれかにイジメられましたかね?さすれば責任とって私めがボコっておきましょう。ええ、ええ。我が猫亭には優秀な子猫ちゃんが何人も所属しております故、必ずや貴方様のご希望にこたえることが…‼」
「へぇ、都会ってのはすげぇだな。おら…私みたいな田舎者にも丁寧にしてくれるなんてなぁ。」
「(なんと。受ている…だと!?)」
普段は誰に言っても口をあんぐりされるか呆れられるかの二通りの反応しか返ってこない述べ口上は、彼女にはえらく好評だった。クロノスはちょっと感動する。
「(今日はなんと良い日だろう。これで持ち込む依頼がよいものならいいが…)」
「えと、冒険者ギルドってのはここであってるだか?私は冒険者へのクエストを出したいんだども。」
「…はい。あっておりません。」
残念ながら女性はこの建物を冒険者ギルドの支店と間違えていたらしい。たまにいるのだ。冒険者が頻繁に出入りするもんだからからここを冒険者ギルドの支店を間違える客が。クロノスは露骨にがっかりした。
「あんれ違うんか?私の地元にある冒険者のギルドのお店ってこのくらいの大きさだったけどなぁ。」
「確かに建物の大きさで言えば通常のギルドと間違えるのも無理はないか。ミツユースの支店がデカすぎなだけで、確かにこのくらいの建物が普通のギルド支店だよな。だがここはクランの拠点だ。」
「んだ?クランもギルドも同じじゃないだ?」
「んー、普通の人間から見ればクランもギルドも同じだよな。よそのギルドにはクラン制度はないらしいし…違いがわからなくても仕方ない。えっと、クランは自分のクランへ直接指名するクエストでない限りクエストを勝手に受注しちゃダメなんだよ。」
依頼者は特定のクランへクエストを受けてもらいたい場合はその拠点へ直接依頼を持ち込み、受けてもらうことができる。その場合受けたクランは早いうちにギルドへクエストを受けたことを報告する義務がある。
しかしそのクラン以外の冒険者も募集条件に含まれる依頼なんかはクランは受けることはできない。そんなことしていたらギルドが把握していない、いい加減な条件で勝手に受けたふざけた依頼が事後承諾でたんまりとやってくるわけで…考えてみれば至極当たり前の話だろう。
通常は冒険者へ依頼を出す際は必ず冒険者ギルドの仲介を挟まなくてはならない。依頼者と冒険者の間で直接契約を結ぶと契約内容や報酬の齟齬が発生することがあるからだ。冒険者はただでさえも直情的で喧嘩っ早いので、依頼者とのトラブルになりやすい。それで冒険者全体の評判に関わればたまったものではない。馬鹿な冒険者を騙して有利な条件で契約を結ぶためにギルドを無視して直接依頼を結ぼうとする輩も絶えなくなる。
そんなわけでたとえクランであろうともギルドのあずかり知らぬところで依頼を受けるわけにはいかないのだ。勝手に受けるとクラン単位での罰則を喰らう羽目になってしまう。
クロノスは女性に簡潔に理由を伝えたが、女性は大して悲しそうにはしておらず、「そういうわけならしかたねぇか。んじゃ、ギルドの支店の方へ行かせてもらうだよ。」と、あっさりと納得してくれた。試しにここがなんの建物か聞いてみたら「冒険者がたむろする酒場なんなろ?」とカウンターの奥の棚の酒を指さして答えたので、ここがクランの拠点であることは本当に知らなかったのだろう。その事実が少しもの悲しいクロノスだった。
「ギルドの支店の場所はわかるか?ここから一番近いのは大通り支店だ。港の近くにも支店があったから船で街に来たならそっちが近いんだがな。」
「いんや?ここがそうだと思ってたからなぁ。」
「なら場所を教えよう。直接案内ができればいいんだが、あいにくこれから昼食というとてもとても大切な用事があるんでね。」
「あ~食った食った。なんだい旦那?客か?」
この場を大切な用事で離れられないクロノスは代わりにと、手元のいらない紙をメモ用紙がわりにして地図をつくろうとしたクロノスだったが、そこに早くも昼飯を終えて爪楊枝でしーはーやっていた男が一人、興味を持ってやってきた。
「ああ、じつは…」
「…なんだそういうことかい。なら俺もちょうど支店へ行くつもりだったからついでに連れて行ってやるぜお嬢さん。」
「そら助かるだ。」
「親切するフリをして変なことをするなよ。」
「そこまで女に飢えてねぇって旦那。だけどおのぼりさんの田舎娘ってのも中々そそる…ひひ、案内するフリして物陰に連れ込んで…って、冗談だよ旦那。そんじゃま着いてきてくれ。」
お嬢さんは男に連れて行ってもらうことになった。男はああ言っていたが彼とは顔見知りで信用できるのでそのまま女性がどこかへ連れ去られることもないだろう。女性はクロノスにもう一度礼を言って男と共に猫亭を出て行った。
「おまたせ―。温め直していたら時間がかかっちゃった。…お客さんが来てたの?」
「ギルドの支店とクランの拠点を間違えたお嬢さんさ。ヒマな奴が連れて行ってくれた。」
「ふーん…はいよーいドン。」
ナナミが鍋をテーブルに置くとすぐさま冒険者たちが集まって来てレードルの奪いあいが始まった。
「どこの人?…ってそんなのわからないか。」
「…さっきのお嬢さんの訛りは…たぶん「ペイル」らへんの出身だよな?」
「ペイル?聞いたことない国の名前ね。」
「街の港から船で西の方向に一週間は船旅を楽しんで、それから陸地を北向きで馬車をゆっくり走らせて三週間はかかる先の、とくになにもない片田舎の小国だよ。強いて特色を上げるなら…空気がうまくて人の手がはいっていない自然が豊かな土地が魅力的かな。いずれ冒険者を隠居して静かな生活を渇望したならば行きたくもなるだろう…そんなところさ。」
「(それっておもいきり田舎への皮肉じゃん…)でもクロノスさんって相手の言葉の訛りで出身地とかがわかるんだ。」
「かなりクセの強い訛りだったからな。いちど聞いたことがあれば誰にでもわかる。しかしあのお嬢さんはこの街までなにをしに来たんだろうか?」
「冒険者ギルドに依頼を出しに来たんじゃないの?」
「いや、いくら田舎とはいえ、こちらにこないとギルドの支店がないほど冒険者ギルドの事業は手狭じゃあないぜ。大陸全土で人の住まうところならどこにでもあるのが冒険者ギルドのいいところだ。」
クロノスの言う通り、ペイル小国はかなりの田舎の国だ。しかし国としての体を成しているのなら、冒険者ギルドの支店は必ずあるし、そこを拠点とする地元の冒険者もいるはずだ。依頼ひとつのためにわざわざこの街へ来る必要はない。
「(わざわざミツユースの街まで来て依頼を出そうということは、やはりこの街に何か用があるのだろうか?地元の規模のギルドでは無理な依頼とかかも…急いでいる様子はなかったから超危険なモンスターが国を襲ってきたということもあるまい。それならギルドがさっさと報告を受けているか。)」
そう思いつつクロノスの見つめる先にあるのは、スープを巡って争っている冒険者たちの姿だ。さっきやっていた順番決めのじゃんけんはなかったことになっているし、素早く一皿目を食べ終えた奴がお代わりに殺到していた。
「この調子だとまたありつけなさそうだ。どうするんだよ。」
「そうならないように…じゃん‼私たちの分は先にとってあるのでした‼」
「おおでかした。ナナたん超優秀じゃん。」
「おおもっと褒めろ褒めろ~‼」
ナナミがクロノスと自分の分を用意していた。底の浅い皿に、クロノスから見て右に炊いた麦飯を盛り、左にはスープがかけられている。カレーとライスに右も左もないけど、半分半分になるように、真ん中は混ざり合うようにするものだそうだ。
「では…」
「いただきまーす‼」
食事の前の挨拶をしてからクロノスはスプーンでスープと麦飯を半分ずつ掬って口へ運ぶ。それは期待通り美味しかった。どこが失敗だと言うのか。だけどもナナミにとってこれは失敗作なのだそうだ。「スパイスの甘みが弱い…」とか呟きながらスープの辛みに相応しい辛口の評価をしていた。
「うんうまい。そういえばナナミの午後の予定を聞いていなかったな。やはりカレーづくりをするのかい?」
「そうしたかったんだけど材料がいくつか切れちゃったからね。これからだともう市場に探しにっても遅いだろうし、まとまったお金も欲しいから午後は真面目に冒険者をやっちゃいますよナナミさんは‼」
ナナミは気合いが入っていたが、稼いだ金はまたカレー作りの材料に消えるのだろう。好きなことのために金を惜しまず使うのは冒険者として健全だ。
彼女に負けてはいられない。自分は午後は何をしようか…?そう考えながらクロノスはカレーの二口目を口元へ運んだ。




