第19話:冒険者はとりあえずビールのノリでとりあえずダンジョンを探検する10
「―――と、これで終わりで風呂に浸かってそれから歯を磨いて、そしたらベッドに潜ってハイお休みなさいまた明日‼…とかならよかったんだがな。うん、それの方が大変によかった。でも残念なことに潜るのはベッドの中じゃないんだよなぁ。現実は厳しいな。」
クロノスがひとり呟いたが、しかしそれを聞いてくれる者は誰もいないのだ。なぜならば彼がいたのは真っ暗闇の森の中だったからだ。そんなところで愚痴を聞いてくれる親切なヤツなんているはずがない。 ついさっきまで縄張りに入り込んだ侵入者を警戒した狼が一匹、クロノスのことを見張りに来ていたが、しばらく無視していたらすぐに立ち去っていった。
「あーあ、わいのわいのと騒いでいた冒険者達も今頃は幸せそうに眠っているのだろうな。…ちゃんと表の扉に鍵かけただろうな?冒険者の拠点にまさかコソ泥が忍び込むとは思わないが、裏の裏をかいて…ということもありえるしな。今度から鍵かけの順番も決めておくか。それとも合鍵でも誰かにもたせておくか?」
「合鍵を預けるならば、やはりしっかりもののセーヌだろうか?しかし彼女は常には猫亭にいないしなぁ…」とか呟いて、クロノスはただひたすらまっすぐ歩くのだ。
彼だって誰かに聞いて欲しくて独り言をつぶやいていたわけではない。単にこれからの出来事に嫌気がさして愚痴を言いたかっただけなのだ。退屈を紛らわす目的も兼ねて口笛を吹いてみたりもしてみたがつまらなくなってすぐにやめた。ついには黙って森の中を黙々と歩く。
そもそもここはどこの森の中なんだ?てゆーかなぜクロノスは森の中にいるんだ?猫亭で冒険者達とわいのわいのとやっていたはずだろう?おいおい、同時にいくつも質問されたら困ってしまう。ひとつずつ、順を追って質問に答えるとしよう。
まずひとつめ。クロノスがいるこの森がいったいどこなのか。それは。ここは朝と夕暮れ時にアレン達と通ったのと同じダンジョン「洞窟茂り」へと続く森だと答えるほかあるまい。
そしてふたつめ。クロノスがなぜまたこの場所に来ていたかということ。それは昼間にやり残したことがあったからだ。
もちろんやり残したことというのは、単に彼が昼間に忘れ物をしてそれを回収に来たというわけではない。街の外と中をつなぐ大門はとっくに閉門されてしまい朝まで開くことはないので入ることはもちろん出て行くこともできない。門を使わずに街の外と中に出入りする方法など、クロノスはいくらでも知ってるし実行できる(それが良いか悪いかは置いておくとして)し、現にそうして街から出てきたわけだが、そんな犯罪すれすれの行為をしてまでクロノスは忘れ物や落し物の類を取り戻すために戻ってきたわけではない。もしそうだったとしても明日に開いた大門から正攻法で来ればいいだけの話だ。明るくなってからなら失せものも見つけやすい。
そんなふうに説明をしているうちにもクロノスは黙々と、時には大きな独り言を吐きながら、とうとうダンジョンへ繋がる空間の裂け目のある洞窟の手前までやってきた。
草木が風になびく音と虫の鳴き声以外には何もない相変わらず静かな場所だ。しかし、誰もいなかった昼間と異なり、今宵は何人もの人間の気配がそこにあった。
「あと何人集まるんでしょうねぇ。ウヒヒ…」
「何人来ようがかまわねぇけどよぉ、これ以上待たされるのは癪だぜ。おれぁ待たされるのが大嫌いなんだ。」
「…おい、また来たぜ。」
クロノスがそこにいる人々の姿を目にするのと同じく、向こうもまた現れたクロノスの存在にすぐに気付く。そして探るようにクロノスをじろじろと見てきた。
集まっていた面子はクロノスを覗き全部で六人。男が四人と女が二人だ。闇夜に溶け込んでしまいそうな真っ黒なローブを着込んだ男や、上半身に丈夫で重そうな鎖帷子を着込んでその上に薄手のシャツを羽織った男など、それぞれ異なる恰好をしている。確かなのはそれが戦いに適した格好であること。そして剣や魔術に使う杖で武装していること。それらからもわかるとおり、彼らはクロノスと同じ冒険者であった。
「(B級が四人と…あとの二人はA級かな。けっこういい戦力が集まっているじゃないか。)」
六人をそれぞれちらりと目にして、クロノスは彼らの実力を測る。その結果、いずれもB級以上の中堅クラスの冒険者。それなりに場数を踏んできた者達であることを察した。さすがに彼ら個人個人がどこの勢力に属する者なのかは知ることはできないが、どいつもこいつも名のあるパーティーやクランで主力となる、あるいはそれらのリーダーを務めるに値する実力の持ち主なのだろう。まぁ直接話をしたわけではないので、これはあくまでクロノスの予想でしかないのだが、彼らが身にまとう雰囲気…鍛えられた肉体や体から漏れ出る研鑽された魔力はそれを裏付けるのに十分だったのだ。
「(命を懸けた厳しい冒険の中で生き残ってきた、街の中でどぶ攫いや荷運びをしてひーひー息をきらしているような連中とは違う本物…というのもおかしいが、とにかくどいつのもこいつも踏んできた場数が違う冒険者だ。ミツユースの冒険者と比べたら月とスッポン。この辺じゃ見ない連中だが…冒険者の街「チャルジレン」の方から来た奴らかな?あっちは冒険者の数も質もケタ違いだからなぁ。)」
「おいおいボウズ‼先輩たちに挨拶もナシたぁいい度胸だな!?」
拠点の街にいる一人前の冒険者と言うには今一つ頼りない知り合いの冒険者達を思い出し、そしてため息をひとつついているクロノスに、目の前の六人の冒険者の中から一人、男が目の前までやってきた。
男は背中には大きな両手剣を背負っていて、それ支えている全身の鍛え上げられた筋肉も剣の重さに負けるものかと膨らんで強調をしている。典型的なパワータイプのお手本のような奴だ。夜中の森の中はやや肌寒い涼しい気温だというのに、皮鎧の下は半袖に半ズボン姿だ。それは動いたときに出る熱を素早く冷やす目的ではなく、明らかに鍛えた手足を他者によく見せつけられるようにするためだろう。間違っても体格に対応した衣服が店で売っていなかったからこんな格好をしています…なんてことはないはずだ。
「…」
「ヘっ、だんまりかよ。それとも…夜に人に会った時にする挨拶を知らないとかじゃねぇよな?んん~!?」
そのことは本人も自覚しているのだろう。男が得意げにクロノスの目の前で身を軽く跳ねさせると、浮いた剣の鞘と柄がぶつかりがしゃんと鳴っていた。
「…」
「おうおう、どうした!?ハッ、まさかこの二つ名持ち、「破壊剣」のプレゾー様の両手剣を前にビビっちまったか?ハハッ‼先にいた連中はどいつもビビんなかったってのに…もしかしてお前この中で一番弱いんじゃねぇの‼二つ名はなにかあんのかい!?」
「…」
男に煽られてもクロノスは何も答えようとしなかった。それが自分に臆しているからだからだと、筋肉男は調子に乗ってますます煽ってくる。クロノスもひたすら無言を貫いた。
もちろんクロノスもこの男にビビっているわけではないのだ。彼はただ単に…
「(うーん、こういうときってなんて言えばいいんだろうか。初対面での挨拶って第一印象を形作るから重要だよなー。「はじめましてよろしくお願いします。」とか?それとも「足手纏いにならないように頑張ろうと思います」とかか?もしくは…うーん…そういやクランの名前は出した方がいいんだろうか?でもここで悪い印象を与えてしまうとクランの印象も悪く捉えられてしまいかねないよなぁ。ここはソロの冒険者ってことにしておいた方がいいのか?いやでも…)」
…男に対しての最初の発言を迷っていただけだった。クロノスにとってここにいるいずれの相手も初対面でなんだか会話の尻尾を掴みづらい。目の前の筋肉男もまたそうだ。他の連中は普通に雑談をしているのでなんだか余計に居心地の悪さを覚えてしまってもいた。せめて何かきっかけがないか。見た目から「その特徴…もしや君は音に聞く○○では?」みたいなことが言えたらいいのだ。しかしながらクロノスはその辺の気遣いができないので、ついぞ何も言い出せない。やーいクロノスのコミュ障。
「へへっ、ガキは帰ってママのオッパイでも吸ってるんだな‼」
「うーむ、あれ?あいつ…おい、ちょっとどいてくれ。おーい‼」
「あ、おい…‼」
しかし天はそんな哀れ極まりないクロノスを見放さなかった。クロノスが目の前の邪魔な「なんたら剣」の肉壁を避けて周りを見渡し、他の冒険者たちをよくよく見てみると、その中に一人だけが実は知った顔だったことにようやく気付いたのだ。
しめたとばかりにクロノスは筋肉男を押しのけて、ひとり離れた場所で木に背中を預けて静かにたたずんでいる。彼女へ声をかけた。
「やぁサクレナ。君がいたんだな。」
「…そうねクロノス。よかった。私のことをわざと無視していたか、あるいは本気で顔を忘れていたのかと思ったじゃない。」
「悪かったよ。このやけに暑苦しくて湿っぽくてついでに小うるさい壁が邪魔で君の姿が見えなかったんだ。俺が君を無視するようなイジワルをするはずがないだろう?」
さっきまでの沈黙はどこへやら。クロノスは知り合いの女に対して随分と饒舌に話していた。
クロノスが話しかけたこの女の名はサクレナという、冒険者業界で荷運びのクエストを専門に行っているソロの冒険者だ。専門の輸送ギルドなどもあるこのご時世に、わざわざ冒険者へ荷運びのクエストを頼むことはない?確かにそのように思えるが、幸か不幸か冒険者への荷運びのクエストはそれでも尽きることはなかったりする。
例えば、さる事情で荷を通常の業者では不可能な最短時間で運んでほしかったり、それを可能にするために街道を外れてモンスターが蔓延る危険な道なき道を通ったり、輸送中の取り扱いに専門知識が必要な繊細な品であったり、運ぶ荷物の中身を公にはされたくなかったり、荷物を狙う輩を跳ね除けたり、単に輸送ギルドと仲が悪くてそちらを利用したくなかったり…そんな理由で普通の方法での荷運びをしてほしくない者はいくらでもいる。冒険者はそういった特別な荷物を運ぶのだ。
もちろん冒険者が運ぶのは冒険者ギルドがあらかじめ依頼者から中身を聞き、クエストとして冒険者にやらせても問題なしと判断したものだけ。冒険者が中身の詮索無用という条件で受けても、ギルドはしっかりと把握している。知らないうちに国家間の機密情報の流出や禁制品の輸送に関わっていました~なんてことになるわけにはいかないしな。
「たしか「宝剣」の輸送をするんじゃなかったっけ?それでこの地方にはとっくにいないと思っていたが…」
「そのとおりね。でもそれはとっくに終わってしまったわ。私にとってはつまらないクエストだったわね。」
「へぇ、あれだけの品をつまらない仕事の一言でまとめるとはさすがだな。」
「それでついこの間まで西のナーリャ地方に行っていたんだけど、たまたま向こうからこっちへ配達があったからそれを届けに来ていたのよ。そしたら今夜の依頼が入ってきたってわけ。」
「君は相変わらず大陸中を配達で駆けずり回る日々か。さすがは冒険者業界切っての運び屋サクレナ…おっと、それとも二つ名で呼んだ方がよかったかな?」
「やめてよ。あなたに「疾風蝶なんて呼ばれても柄じゃないわ。」
サクレナはクロノスより年下だが、これまでに女の身一つであらゆる荷運びのクエストを成功させてきた実績を持っている実力者だ。ときに危険なモンスターの群れのど真ん中を無傷で突っ切り、ときに盗賊の集団を単独でねじ伏せ、ときにあの手この手で役人を懐柔して関所の検閲を素通りする。彼女の存在は荷運びクエストを専門にしている冒険者の間でも一目置かれている。ギルドからの信用も厚く、それは彼女の冒険者ランクが若くしてB級になっていることからもわかるだろう。こと荷運びのクエストに関しては自分よりも上だろうとクロノスは思っている。
そしてなにより彼女は二つ名持ちの冒険者だ。いろんなものを目的地まで疾風のごとく届ける可憐な蝶々のような人物ということから冒険者業界では「「疾風蝶」と呼ばれている。もっとも本人はそう呼ばれることをあまり好んでいないようだが。クロノスも自分の「終止符打ち」の二つ名はあまり好きでないので、そういう意味では二人は気の合う間柄だ。
「それよりもあなたがこんな場にいるのは珍しいわね?あなたがこういったクエストに興味があるようには…そういえばクランをつくって今はミツユースにとどまっていたんだったわね。自分の経験点というよりクランの実績づくりといった感じかしら?」
「まぁそんなところだな。」
「なんだよ疾風蝶の姉ちゃん。お前はこのガキンチョと知り合いだったのか?俺が話しかけてもぜんぜん相手にしてくれなかったのによぉ。そんな貧弱なナリの小僧よりも俺の筋肉を見てくれよ‼おっと、惚れてもいいんだぜ?この筋肉によ‼」
二人の間に「破壊剣」の男が割って入り、筋肉を膨らませそれを強調するポーズをとってサクレナへ見せつけてきた。サクレナは美人なので気を引きたいのだろう。しかしサクレナはそれに冗談と一言だけ言って筋肉男を無視してクロノスと淡々と会話を進めていた。
「…俺はだいぶ遅れてしまったようだが…もう全員揃ってるのか?」
「…そうね。たぶんあなたで最後じゃない?」
「おい、無視すんなよ‼この「破壊剣」さまの話を…‼」
自分に興味を示さないサクレナに「破壊剣」の筋肉男が手を伸ばそうとするが…
「―――おやめください「破壊剣」のプレゾー様。冒険者同士の無用な争いはご遠慮いただきます。」
「…うおっ!?いきなり出てきやがった‼誰だ!?」
次の瞬間にはそこに二人の女性が立って彼を止めていた。それには「破壊剣」の男もびっくりして伸ばした腕を引っ込めた。
新たに現れた二人の人物はこの場にいた冒険者たちとは異なり、一切の武装をしていない。服装も冒険者ギルドの職員が着る制服を身にまとっている。見紛うことなく冒険者ギルドの職員だ。というか女性の内の片方はクロノスもよく見知った相手だった。
「こいつらいったい…ああ、こいつらギルドの職員かよ。」
「やぁヴェラ。夜間業務とはお疲れ様だな。整備されていない森の中を歩かされ、お疲れおめめの君もまた素敵だぜ。そんな君の前では眠り羊も思わず目覚めてしまいそうだ。」
クロノスは二人の女性職員のうちの片方、自身の担当職員であるヴェラザードに声をかけた。ついでにとりあえず思いついた限りに褒めてみたが、その反応は喜ばしくなさそうだ。どう見ても彼女、機嫌が悪い。その予想は大当たりで的の中央を射ていたようで、彼女はつかつかとクロノスの前に詰め寄ってきた。
「遅いですよクロノスさん。あれですか。大商会の重役気取りですか?こちとらこ~んな野外を歩くことによって生じるであろう靴擦れと虫刺されに恐れおののいているというのに。まったく良いご身分ですね。」
「ならいつもの格好でなく、もっとフィールドワークに適した格好に着替えてくればよかったんだ。そうすれば少しは精神によかっただろうに。なんで君は燃え盛る火山の真っただ中だろうと水平線の果てまで遮蔽物の一切ない海原の船上だろうと、毎度毎度の如くその恰好なんだか。いやまぁ、その制服姿が君の魅力を引き立てるもっとも理想的な装いであり、君を印象付けるアイデンティティであることは重々承知の上なんだが…そう、たまには他の格好もみたい。例えばこういったところを歩き回るためのベージュの探検隊のような格好はどうだろうか?グリーンとブラウンと泥沼色の迷彩柄もいいな。ブーツにパンツ・ルックとかも拝みたい。」
「残念ですがその要望には応えかねます。これはギルド職員が正式な活動をしている証でもあるのですから。女性用の制服にパンツ・ルックの採用もして欲しいというのには同意できますがね。」
クロノスの担当職員ヴェラザードは相変わらず辛辣な物言いをして寒冷地帯の永久凍土の大雪原に吹き荒れる風のような青い瞳。その凍てつくような眼差しでクロノスを差し貫いてくるのだ。言葉を返してくれても心はまったく相手をしてくれていない。そこがまたそそるとクロノスは誰にも気づかれぬように身震いした。
「それより話をそらさないでください。なんでもっと早く来なかったんですか。あれですか。焦らしプレイの一環ですか?そういうのは色町の専門のエッチなお店でやってください。私はやられてもちっとも嬉しくありませんし、なんならものすごく疎ましいです。いっそくたばれです。」
「もちろん遅れたのには理由がある。あれだ。全員が寝付くのを待っていたんだ。出てくるときに気づかれた面倒だろう?こっそり出てくるの大変だったんだぜヴェラ。」
「理由になりませんね。くたばれ。」
「俺がくたばるのは君の胸の中でと決めているんだ。まだその願いは叶っていないのだからしたがってその要望には応えかねる。」
「くたばれ。」
「大変だ。ヴェラがくたばれマシーンと化してしまった。どうやったら直るんだろうな。」
「くたば、りゃ。」
「…いま噛んだでしょ?」
「…ぶたばら。」
「おいおい、小腹の空いた深夜には豚バラ肉が食べたいとかそういう方向で誤魔化すつもりか?相変わらずかわいいなぁ君は‼」
「そんなんじゃありません。」
「あの、ヴェラザードさん。そろそろイチャイチャをやめていただけると…」
「イチャイチャなんてしてません‼もうっ‼」
ふざけていたらもう一人の職員が申し訳なさそうに注意を逸らしてくる。ヴェラザードはおほんとせき込んでクロノスとの楽しい楽しい会話をお終いにした。
「おほん。全員揃ったことですし、いい加減に茶番はこのくらいにしておきましょう。…皆さん、お待たせしました。説明をするのでこちらに集まってください。」
「おお、やっとか。待たせやがって…」
目の前にいるクロノスとサクレナ、それからぽかんとしていた筋肉男以外の冒険者を呼び招く。それに気づいて様子をうかがっていた残りの連中もすぐに集まってきた。
「それではまず初めに点呼による集合の確認を行いますので、名前を呼ばれたらそれぞれ返事をしてください。面倒だからって声を出さなかったらいない扱いにしますのでお気をつけくださいね。」
「おい姉ちゃん。子供じゃねぇんだ。こんだけしかいないんだから見りゃわかるだろう?」
「規則ですので。まず…B級「破壊剣」のプレゾー様。」
「おっしゃ俺だぜ‼」
気だるそうに抗議する男にぶっきらぼうに規則だと返して、ヴェラザードの他にもう一人いた女性職員が、冒険者たちの名前をランクと二つ名つきで呼んで点呼をとりだす。最初に呼ばれた「破壊剣」の男は元気よく返事した。
「続いてA級「札斬り」キリック様…」
「おう。いるいる。」
「続いてA級「黒煙ローブ」のホーラソン様…」
「はいはい。ウヒヒ…」
暗い森の中とはいえ人数は少ないので確認は目視で容易なはずだが、おそらく点呼をとるその目的は冒険者同士に互いの素性をわからせるためだろう。だからこそ業界で知られている二つ名の方もセットで呼ぶのだ。冒険者業界では実名よりもその方が何かと伝わりやすい。
実際にその効果はあったようで、女性職員の口から次々に冒険者達の名前が呼ばれるたびに、他は「あいつが…」とか「初めて見るな」とか「ほぉ、実際に見ると言いツラしてる」などとなんらかの反応が聞こえてくるし、自分が呼ばれるとそれを他に示すかのような態度を見せていた。
「B級「無礼拳」のタストア様…B級「焔蛇」のスレーホ様…」
「…ああ。」
「はいよ。」
クロノスも呼ばれた者達の名は初めて耳にしたが、二つ名の方はいずれも聞いたことがあったのでその人物が何者なのかがある程度わかった。いずれも知り合いだったら自信満々に「俺は○○さんと知り合いなんだぜすごいだろう」と誇れるはずだ。並の冒険者なら今後のためにお知り合いになりたいことだろう。
「B級「疾風蝶」のサクレナ様…」
「ええ、いるわよ。」
「「疾風蝶」…あの運び屋か!?」
「大物ですねぇ。ウヒヒ…」
「あともうひとりですね。ええと…」
クロノス以外の全員が呼ばれれ、後はクロノスが呼ばれるだけだ。しかし他の者はすでに半分興味を失っているようだ。最初に絡んできた破壊剣の大男などは、クロノスのことをどうせ大したことはない冒険者なのだろうと言わんばかりに聞く耳持たずに、ポージングをしてご自慢の筋肉を集まっている連中に見せつけていた。だが…
「S級「終止符打ち」クロノス様。」
「…は?」
その名を聞き、ポージングしていた「破壊剣」の男がぴたりと動きを止め、首を錆びついた歯車のようにぎぎぎと捻り名を呼んだ女性職員へ視線を向けた。それはサクレナ以外の他の冒険者も同様だった。
「はああぁぁぁぁ!?」
「なにっ…‼」
「なんだと…!?」
そして彼らは一斉に声をはりあげた。静かな森の中でその声は響く。木の上ですやすや寝ていたであろう昼の鳥がくえーと鳴き叫んでうるさいと抗議してきたほどだ。
しかし声をあげるなとは無理な話というものだ。それは、その名は、冒険者たちにとっては決して聞き流してよいものではなかったからだ。
「以上、クエストを受注した全七名の集合の確認を完了いたしました。これにて集合点呼を終了とさせていただきます。お付き合いありがとうございました。」
しかし女性職員はそんなもの私には関係ないですとばかりに、ぺこりとお辞儀をして点呼を終えてしまった。さすがにそれには納得がいかぬと彼女に冒険者達が殺到する。
「ちょ、ちょっと待てよ‼そんな簡単に終えた話か!?」
「ありえねぇ…こんな小僧があの「終止符打ち」だと…‼」
「おれぁもっとムキムキの巨漢とばかり…‼」
「ウチは女だって聞いてたし。男じゃん。そりゃ女みたいなナリだけども…‼」
「ウヒヒ…僕は知っていましたよ?まぁ見たのは初めてですがね。…うわーマジか。あいつがそうなん?うわぁ…」
まぁそれぞれの反応は見ての通りだ。ぼろくそな評判にクロノスはじゃっかん不機嫌になり、それをサクレナが面白がって意地悪な態度でクロノスへ接してくる。
「あら、注目されてるわよ?人気者ね。」
「どうせ注目されるならもっと尊敬のまなざしでうるうるとされたいんだが。こんな懐疑的な目を向けられても素直に喜べないな。」
サクレナはそう言うが、女性職員へ詰め寄る他の冒険者たちがこちらをちらちら見てくる目はどう見ても信じてくれちゃいない。クロノスはげんなりだ。
とくに納得が言っていないのが最初にクロノスへ声をかけてきた「破壊剣」の男。彼は再びクロノスの前までやってくると、クロノスの頭の上に手を乗せぽんぽんと叩く。
「こいつニセ者じゃねぇの?やっぱりこんなガキが終止符打ちとかありねぇし。」
「やれやれ、しまいにはニセ者扱いとはひどいじゃないか。というか頭をぽんぽんするなし。背が少しくらい高いからって調子に乗るなよ。」
「おめでが小さいだけだろうが。冒険者の男ならもっと肉つけろよ。強くなれないぞ。」
「見た目で決めるなんて失礼な奴だな。それにガキと言うがたぶん君より年上だぞ俺は。やーいおガキ様。」
「あんだと!?」
「やめてくださいね。これから同じクエストを行う仲間になるんですから。それとも…」
「「はーい仲良くしまーす。俺達仲良し‼」」
ひと悶着ありそうだったが、それはヴェラザードがまぁまぁと宥めてとめた。ただし彼女は拳をぽきぽきと鳴らしていたので平和的な解決をしたとは言いづらい。だが逆らうと怖いのでとりあえず二人はこの場は肩を組んでさも仲良さげにアピールすることにした。
「集合の確認だけでいったいどれだけの時間をかけるつもりですか。やれやれ…これだから現地での冒険者の相手は突かれるだけなのです。」
「それには激しく同意したいですね。改めて…とりあえず全員揃いましたので始めさせていただきます。皆様、本日はこのダンジョン「洞窟茂り」の裏攻略クエストにようこそおいでくださいました。ダンジョンへ向かう前にこちらから言うことは特にございません。強いて言うならば生きて帰って来てくださいねということくらいでしょうか。皆様はそれぞれ事前にお話した通りに動いてください。今回のクエストは早い者勝ちなどではないので、くれぐれも仲たがいのないように。ダンジョン内では協力し合って攻略してください。特に私の担当の誰かさんは、ねぇ?」
「ははは。それじゃあさっさと行くとするか。」
ヴェラザードはあいまいに言ったつもりでも特定個人を指名したわかりきった視線を誰かさんへと向ける。それにウィンクを返してクロノスは洞窟の前まで向かう。他の冒険者達も同様に武器や荷物を携えクロノスの後を追う。
「ちっ、しょうがねぇからここは半分だけ信じてやるよ。この「破壊剣」様の足を引っ張るんじゃないぞ。」
「そうだな。働きで示すことにする。」
クロノスは最後まで突っかかってくる「破壊剣」の男へ適当に返し、ライセンスを掲げて洞窟を守るレンガ造りの壁を消して中へ彼と共に入っていった。残る冒険者も同様に続く。
「やれやれ、やっと行きましたか。まったく面倒がかかりますね。」
「しかしこれだけの高ランク冒険者を事前の諍いもあの程度で治めるとは…鬼のヴェラザードとはよく呼ばれたものですね。」
「そんな褒めなくても…え?私、そう呼ばれてるんですか?ねぇ?」
ライセンスを持たない故、中に入ることができないヴェラザードともう一人の職員は、最後の一人が洞窟へ消えレンガ造りの壁が元に戻るまで彼らを見送った。
クランとしての本日の冒険者活動は終わったが、「終止符打ち」クロノス個人のはもう少しだけ続く。どうかあと少しだけお付き合い願いたい。




