第18話:冒険者はとりあえずビールのノリでとりあえずダンジョンを探検する09
結論から先に言えば、クロノス達は大門が閉まる前にミツユースの街に帰ってくることができた。それだけではわからないだろうから帰還までの過程を述べておくことにする。
急いでいたので森の中で音を立てながら走っていたら、物音に興味を示して何匹かのモンスターが姿を見せた。来るなら来るで迎え撃つつもりだったが、みな単独で行動するモンスターだったために四人いるこちらと戦力が見合わないと判断したのか、じっと見つめて後を追ってくるだけで襲ってはこなかった。
もしも誰か一人がはぐれたり遅れたりしたらそこを襲ってくるのだろうか。あるいは縄張りに入り込んだ不審者を警戒していただけかもしれない…そんなことをいくつもアレンは考えたが、結局なにも起こらず、森の出口についたころにはそいつらはいつの間にかいなくなっていた。
そうして何事もなく森を出たら、草だらけの道を少し進むと整備された街道と合流する。往来の激しい昼間の街道とは違う自分達以外には人ひとりいない寂しく静かな道だった。とうぜん足元が不安定な森の中よりも歩きやすかったので行軍速度は増す。その頃にはダンジョン攻略でもらった疲れなどすっかり吹っ飛んでいた。
そうして大した時間もかけずにミツユースの街の入り口となる大門前へ到着した。到着した時には既に閉門の数分前だ。門が閉まる直前の時間帯はぎりぎりの入場で手続きの順番を待つ人々の行列ができていたりすることもあるが、今日は運がよかったのかそれほど並んでいなかったので、すんなり街の中へ入れた。入場の手続きを行ってくれる門の守衛も、年季の入ったベテランだったので手続きがスムーズに済んだというのも大きい。大門の前で薪を焚いてクソ不味い保存食を食べ一晩を明かさずに済んだとアレンは一番喜んでいた。
ミツユースの街へ帰って来て真っ先に向かったのはいつも利用している冒険者ギルド大通り前支店だ。そこに駆け込み受付の女性職員へダンジョンからの帰還を報告をする。
クエストの報告も一緒に行いたかったがそれは明日にした。なぜなら昼間に開いている窓口は既に締め切られ、そこは夜間対応の窓口となっていたからだ。
ミツユースは各地からやってくる緊急の事態に備えるため支店は二十四時間開いている。夜間の窓口でも複数の職員が対応をしているが、いま報告して報酬をもらおうとするとその手間分の夜間対応の手数料をかなりとられてしまう。正直ぼったくりレベルなので冒険者は不要不急の夜間窓口の利用はしない。
それに…受付の女性職員は夜も寝ずに業務にあたらなくてはならないので、美容と健康に悪いと不機嫌になりがちだ。触らぬ神に祟りなしとなんでもくんの返還だけをして(手に入れた宝や魔貨の換金も夜間手数料なのでなんでもくんに入れたまま預かってもらう)、クロノス達は街灯の薄明りが点々と照らすだけの暗い道を、自宅やとっている宿へ帰るまばらな人々の流れにのって猫亭へ帰還したのであった。
「ただいまー。あーやっと帰ってこれたー‼」
猫亭の扉を開いて中に入るなり、アレンが大声を出していた。冒険者にとって拠点に帰ってくるまでが冒険だ。つまりいまこの瞬間、アレンの今回の冒険はようやく終わったわけだ。それを実感して溜まっていた疲れがいっぺんに襲ってくる。
「…んん?」
「どうかなさったのでございますかクロノスさん。」
「んー?なんかやけに静かだなと思ってな。いつもなら勝手に出入りしては我が家のように酒を飲んだくれている野良猫どもが出迎えてくれるはずだが…」
普段ならば集会場代わりに使っている冒険者たちがその日の終わりに今日の活動や明日の予定をわいのわいのと騒いでいるところだ。しかし彼らの姿がどういうわけかまったく見えない。その代わりに床にはやけに大きなゴミがいくつも転がっている。
「いったいなんだろうなこのゴミたちは。」
「やれやれ、留守の間に随分汚してくれたな。半日空けていただけでどうしてこうなるんだか。」
「まぁまぁ。いやー、それにしても門が閉まる前に中に入れてホントよかった…‼なんせあの保存食を食べなくて済むんだもん。」
「今日は日帰りだからまともさ。何日もこもることだってある。それこそ何か月何年もダンジョンにこもり続けて帰ってこなかったやつだっていっぱいいるさ。ところで君はさっきからずっとそれしか言わないな。確かに味はひどいものだが、慣れればそれなりだぞ。」
「いーや、あんなもの可能な限り食べない方がいい。ぜったいに体によくないものが入っているよ。例えば干し肉‼固くてゴムみたいにぶよぶよしてて、それでいて塩辛くて酸っぱくて苦くて渋くて…そんでもってなぜか甘い。そんだけ混ざっていたら甘いのも嬉しくないよ。だから口が受け付けないんだ。何入れたらあんな味になるんだよ。」
「…誰か来ましたの?…ああクロノスさん‼やぁっと帰ってきましたのね‼」
アレンがもういらないと干し肉の袋をテーブルへ置いたあとに、二階から物音を聞きつけたイゾルデが出てきた。そして階段をつかつかつかつかとリズムよく下って、クロノスの前にばーんと紙の束を見せつけてきたのだ。
「これを見なさい‼あたくしにこんなロクに整理もしていない領収書の束を寄越してきて…しかも、あなたのサインがないと困る物をそのまま置いてきましたのね‼お役所に持っていって提出しようとした矢先に気付きましたの‼おかげでせっかくお役所まで足を運んだというのに…手続きを行えなかったのですわ‼」
「おや、それはすまなかったな。後で書いておくからもう一度出してきてくれ。」
「もう…‼次はありませんの‼」
イゾルデはぷりぷりとおかんむり。それは猫亭の会計の仕事のストレス以上に、冒険者としてダンジョンへ行くことができなかったのが大きいのだろう。
しかし、おかんむりの理由は他にもなにかあるらしい。言いたいことを言い終えてもイゾルデはなおも怒っていた。
「なんもかんもありませんわ‼出入りの冒険者さんたちがあまりにも無規律すぎですの‼」
イゾルデがびしりと指で指し示したのは、床に転がるやけに大きなゴミだった。…いや違う。やけに大きなゴミが床中に散らばっていると思っていたクロノスだったが、それは猫亭に出入りする外部の冒険者たちだったことにようやく気付いた。
イゾルデは腕を組んで怒りっぱなしで聴取はできそうにない。このままで何があったのかはわからないので近場の冒険者の一人を蹴って叩き起こして事情を聴いてみることにする。
「なんだよ…こんどは何をしでかしてくれちゃったんだ君たち。倉庫に忍び込んで酒を盗み飲みでもしようとしたか?生きている限り必ず払ってくれるのなら代金三割増しでツケ払いを認めてあげよう。」
「う、うう…誤解、誤解でやす…‼」
「じゃあなんだよ。」
「いやね、イゾルデ嬢ってお持ちの巨大な剣…パーフェクト・ローズだっけ?とにかくそれとか装備の一部に薔薇の意匠が入っているでやしょう?」
「入ってるな。」
「それとイゾルデ嬢のハンカチとかの持ち物にもけっこう薔薇の模様の入った品が多いでやしょう?」
「そういえばそうだな。」
「だから…パンツとかも薔薇の柄なのかなーって思って…で、薔薇のパンツといったらスッケスケのエロいヤツって相場は決まっている。少なくとも俺達の界隈じゃそれが常識だ。そんで昼間にお茶を零したイゾルデ嬢が着替えをするタイミングが来て、今しかねぇ神様ありがとう‼ってことで覗こうとしたわけですわ…なるほど納得できる理由でやしょう?」
「うん、有罪。」
「ぐへぇ!?」
誤解もクソもなく完璧な有罪である。クロノスはかかと蹴りを喰らわせてその冒険者へとどめを刺し、強制的に彼を夢の世界へ送った。
「まったく。何が薔薇の模様のスケスケパンツだ。痴れ者め。」
「まったくですわ。失礼な人たちですの。」
「イゾルデのパンツが薔薇模様…そんなわけないだろう。イゾルデのパンツは…清楚な真っ白いパンツに決まっている。」
「まったくです…へ?」
「考えてもみろ。朝っぱらから鍛錬で巨大な剣をぶんぶん振り回している戦士気質のイゾルデがそんな凝ったパンツ履いているわけないだろう。履き心地重視で鍛錬で流した汗を受け止める機能美に特化した素晴らしい物を…いや、御託はいい。とにかく俺が望んでいるのだ。こう年頃の娘が意外と気取らない、大人になる前の最後のつぼみのひと膨らみってときの純真な乙女の臀部を包み込む白い布…つーかイゾルデのパンツも俺のものだ。君たちごときが目にできると「あたくしのパンツはあたくしのものですのっ‼」…ごっほぉ!?」
イゾルデがパーフェクト・ローズを召喚して面の部分をクロノスの頭へ叩きこんだ‼がつんといい一撃をもらい、クロノスはまっすぐに床へと突き刺さる。こうしてクロノスは床中の冒険者の塵芥の仲間と化したのである。
「あーみんなおかえりー。怪我とかなかった?」
「うん、大丈夫だったよ。…たったいま出た一人を除いて。」
「なにしてるのクロノスさん!?寝るならベッドの中で寝なさい‼」
「ち、ちが…」
続いて台所からもう一人の団員である魔術師の少女ナナミが出迎えてくれた。ほぼ全身が床に埋まった状態のクロノスを見て一瞬驚くが、それが平常運転であることに順応してすぐにいつもの態度になっていた。
「もう、女の子にセクハラしちゃだめだよ。ハラスメント対応もコンプライアンスのひとつだよ?」
「また君はわかのわからない言葉を…ってなんだそのバカでかい鍋は?」
調理場からやってきたナナミはとてつもなく大きな寸胴鍋を持っていた。
「自由市で買ったの。こんなに大きい業務用は特注で作ってもらわないと高いけどいい買い物だったわ。でも思いから…へいパース。」
「おおっと‼」
筋力の限界だとナナミが投げるように寄越してきた鍋を、クロノスは埋まっていた床から飛び出すように這い出てキャッチする。真新しい大きな寸胴鍋の中を覗くと、そこにはスパイスのやけに利いた風変わりなスープが入っていた。茶色くて具沢山だ。具材は積み重なってスープの中に居場所を失い水面から溢れ出て、具材の島々をつくっているほど。
「なんだこりゃ?また君の世界の料理か何かか?」
「うん。まだ再現中だけどね。スパイスの配合とかぜんぜんわからなくて…何度もつくって混ぜてやっとこんなにできたんだけどまだ及第点もあげられないわ。」
次にナナミは土鍋を持ってきた。それを開けると白い大粒麦を粉にせず、粒のまままま蒸かした麦飯が入っていて、白い煙と良い香りがこちらまで漂ってくる。「麦飯しかないのは残念だけど贅沢はいえないわ。」と呟きながらナナミは白い皿の片方に麦飯をよそおい、空いたもう半分にスープをかける。鍋の中にあった状態では気づかなかったが、それは思いのほかどろっとしているスープで、皿にたまって零れない。完成したそれはどんな料理かはわからないが、とにかくおいしそうだということだけはこの場の誰もが思った。
「これからしばらく似たようなものだすから味見と消費よろしくね。」
「おいしそうだから別にいいが…なんでこんなにたくさん作るんだよ。」
「だって食材いっぱい使わないと味が出ないし。腹ペコの冒険者がたくさんいるからこんなのすぐになくなるって。あれこれ試して三時間も煮込んでいたんだから。」
「おいおい…」
調理場の方に目をやれば、そこからは溢れ出すくらいの食材の山が置かれていた。袋一杯のスパイスが何種類もあったり見たことのない野菜や果物も混ざっている。いったい彼女は何をつくろうとしているのだろうか。
「みんな帰ってきたことだし、早くご飯にしよう。ささ、手を洗ってきなさーい。」
「はーい。あー…それにしても疲れたよ。早くご飯食べてお風呂に入って寝よっと。ねぇ今日は泊っていっていいでしょ?母ちゃんには遅くなったら帰れないってあらかじめ伝えてあるから大丈夫だよ。」
アレンは商店街にある実家のパン屋から通っている。しかし日も暮れて疲れているので帰りたくないようだ。悲しいことに猫亭の二階の部屋はいくらでも余っているので使えばいい。
「おう、アレンの坊主は今日はどんな冒険してきたんだ。」
「へへっ、聞いてよ。なんとダンジョンでゴブリンライダーを倒してきたんだぜ‼」
「なにっ、ゴブリンライダーだと!?」
「ホントだって。ほらこれが証拠の魔貨だよ。どう?すごいでしょ‼」
驚く冒険者へアレンが自慢げに魔貨を見せつける。驚くと周りの冒険者もなんだなんだと床から起き上がって集まってくる。
「う、うっそだ~!?どうせ旦那が倒したやつの魔貨をねだったんだろ。」
「ぷぷ、こいつ一人でゴブリンライダー倒したことないから認めらんねぇんだぜ。」
「倒したのはホントだよ。なんてったっておいらは未来のスーパー冒険者だもんね。ゴブリンライダーだけじゃなくて他にもいろいろと…」
「アレン。その活躍は君の口だけでなく手でも伝えてもらうぜ。」
「おっと…」
クロノスがアレンへ一冊のノートを投げて渡す。それは猫亭の活動を記録する活動報告書だ。猫亭はそれを団員が持ち回りで書くことにしている。本来ならクランリーダーのクロノスが責任をもって書くべきものなのだが、クロノスは書くのが面倒だったのでこういうことにした。持ち回りにすれば自分以外の客観的な内容を読めるし、なにより自分が書く頻度は六分の一となるからだ。
「疲れているところ悪いが明日には提出してもらうからな。今日の冒険の内容を忘れる前に書いておけよ。」
「わーかってるって。おいらは宿題も帰ってすぐに済ませるタイプなんだ。寝る前にやっておくよ。もう題名だけは決めてあるんだよね。じゃあ後でね。」
アレンはそれだけ言って手を洗いに行ってしまった。
「頼もしいねぇ。あんだけ威勢のいい新人がいるなら冒険者業界の未来は明るいぜ。」
「いえ~い‼それでは今後の猫亭の冒険者ボウズのいっそうの活躍を願って…」
「「「かんぱ~い‼」」」
いつの間にか復活していた床に散らばるゴミ…もとい冒険者たちは、勝手に酒を出して勝手に乾杯していた。こいつらは酒を飲めればなんでもいいのだ。酒のためになんでも飲む理由を見つけてくる。
まぁ無事に帰って来れて歓迎されているのだからそれでいいだろう。クロノスはそれだけ思ってリリファやセーヌとともに手を洗いに行く。
それからみんなで楽しく夕食を食べ、今日の出来事を騒がしく、そして面白おかしく語り合う。冒険者達の一日はこうして終わっていくのだった。




