第13話:冒険者はとりあえずビールのノリでとりあえずダンジョンを探検する04
一層目で次々と襲い来るモンスターたちを倒しながらクロノス達のパーティーは先へと進んだ。戦いに勝っても戦闘の音でまた次がやってくるのでキリがない。相手は突進猪の他にも、森の中の亜人種モンスターとしておなじみのゴブリンや、人間の子供ほどもある巨大な芋虫のモンスター緑芋虫などがいたが、どれもそこまで強くなかったし物理攻撃が通る相手ばかりだったので戦いやすかった。むしろ最初に戦った死角から突然襲ってぶつかってくることがある突進猪が一番恐ろしかったくらいだ。
ただ、緑芋虫は見た目が大きな芋虫であるからして…攻撃したときに緑色の体液をまき散らすので嫌悪感がものすごい。致命傷を与えれば体液も何もかもすぐに消えてドロップアイテムと魔貨を残すだけだからまだよいが、これが現実だったら飛び散った体液で衣服が汚れっぱなしで気持ち悪さに気が滅入ってしまっていただろう。一同は現実で会っても決して倒さず追い払うか逃げようと思った。なお現実の緑芋虫は図体のデカさのわりに気弱な性格で戦いをそこまで好まないので、戦いを避けようと思えば避けられる…が、その図体にそぐわぬ大食感でしばし人の農園の作物を集団で荒らすので退治のクエストがよく出される。冒険者も気持ち悪がってなかなかクエストを受けてくれないので、彼らがギリギリ受けたくなるような報酬設定ができるかどうかは依頼の担当となった職員の腕の見せどころだそうだ。
緑芋虫一匹に話が長くなってしまった。とりあえずだがクロノス達は二層目へたどり着いたようだ。二層目も相変わらず草木が立ち並ぶ代わり映えしない退屈な森の中だった。
ここは階段を降りた先のすぐそばのところ。階層の境目のすぐ近くはモンスターが出にくいので休憩にうってつけなのだ。クロノス達が休憩しているのはどうしてかというと…
「いてて…」
「大丈夫でございますかアレンさん?」
「うん…痛いだけだよセーヌ姉ちゃん。腕は動くよ…」
アレンが右腕を抑えて苦悶の表情を浮かべている。応急処置で腕に巻いた包帯は血の染みで真っ赤に染まっていて見るからに痛々しい。彼は一層目のモンスターとの戦いの最中で腕に傷を負ってしまったのだ。襲ってきたゴブリンの一匹が槍を持っていて、アレンが別のモンスターに木を盗られている隙にそいつは横に回り込み、アレンの盾の範囲外から一突きをお見舞いしてくれやがったのだ。
アレンは咄嗟に反撃してすぐさまのゴブリンを倒したのでそれ以上のダメージを負うことはなかったが、その一突きが手痛い傷となってしまった。二層目へ進んだと言ったが、実際は次々と現れるダンジョンのモンスターにうんざりしたのと、アレンの負傷の手当てを落ち着いた場所でするためにここまで逃げ込んだという形が正しい。
「離脱の直前にセーヌが使ったヒールはきちんと効いていたと思ったが、走っているうちに傷がひらいたな。」
「やっぱり痛いな…セーヌ姉ちゃん。もう一度おいらにヒールを使ってよ。」
「ヒールによる回復は怪我をした場所へ連続して使うと効果が薄いのでございますよ。先にかけたヒールの効き目がこの程度であればやはり少し血を止める程度の効果しかありません。」
セーヌの治癒魔術ヒールで血を止めたのだが、走って逃げてくるまでの間に傷口がひらいてしまっていたらしい。赤くなった包帯をとってみれば患部からどくどくと血が溢れて止まらない。
「お待ちくださいね…いま薬を塗って止血を…」
「待った。なんでもくんから「ダンジョンポーション」を出してくれセーヌ。それを使ってさっさと治そう。手当してもこのままではアレンを戦力として欠いた状態のパーティーになったままだろうしな。」
アレンの傷はダンジョンポーションを使って治すことにした。ダンジョンポーションとはダンジョンの中でのみ効力を発揮する不思議な薬品で、使われた人間はダンジョン内で負ったどんな怪我であっても、生きている限りダンジョンに入る前の元の状態に治すことができるというものだ。そう、手足が千切れようと解毒不可能な猛毒に侵されようと、生きている限りだ。
だがダンジョンポーションで治せる傷はその時の攻略中に限定する。ダンジョンを一度でも出てしまうとその傷は確定してしまいそのままだ。これが体に傷の痕が残る程度ならよいのだが、四肢を失うほどの回復不可能な大けがを負ってしまえばその後の生活に影響を及ぼすので、なんとしても帰るわけには行かない。なのでどんなに貧乏な冒険者であってもダンジョンポーションをひとつふたつはダンジョンに保険として持っていく。「ダンジョンポーションを持たずにダンジョンへ行くな。それでもダンジョンに行きたければまずは借金をしてダンジョンポーションを買え」…有名なダンジョン探検家の冒険者のありがたいお言葉である。
「いいのか?ダンジョンポーションを使えば今回のダンジョン攻略の収入が飛ぶぞ。別にアレンひとり欠けたところで問題の出るパーティーじゃないだろうに。」
「今回は金目当てで潜ったわけではないから気にするな。それに…君自身もまだまだたっぷり残っているダンジョン攻略を足手まといで進みたくはないだろう。」
「そうだね…せっかくダンジョンに来たんだもん。残りの攻略を守られながら後ろで見ているなんて御免だい。」
アレンの力強い意志を確認したところで、さっそくセーヌがなんでもくんから取り出したダンジョンポーションの瓶の蓋を開ける。アレンの腕から真っ赤になった包帯を取り外し、露出した痛々しい傷口へダンジョンポーションを直にかけるのだ。瓶の口から流れる青緑色のどろっとした液体がアレンの腕に滴り傷口をどろりと覆う。たちまち傷口がじゅわじゅわと泡を立てて塞がっていった。
「はい終わり。あとは完全に治ったら血と薬の残りを拭き取っておきな。」
「ありがとう…だけどさ、なんか、ものすごく…」
怪我を治したはずなのにアレンの顔が徐々に曇っていく。その理由はダンジョンポーションのとてつもない青臭いにおいのせいだろうか。いや、確かにそれもあるだろうがもうひとつ理由があった。それは…
「痛い‼痛い痛い痛い‼しみっ、染みるぅ‼ちょっと待って待って待って‼めちゃくちゃ痛いんだけど!?ダンジョンポーションめっちゃ痛いよう‼」
「そりゃ傷をいっぺんに塞ぐんだものな。その反動は計り知れない。腕が千切れた者などは治す反動の痛みでショック死することもあるらしいし。」
「それ意味ない…いたたったたたた‼これなら普通にセーヌ姉ちゃんのヒールでよかったよ‼あいてててて‼」
戦士として未熟なアレンは冒険者になってからのダンジョン攻略でしょっちゅう怪我をしている。その中にはセーヌのヒールでは治しきれない大きな怪我もあったので何度かこのダンジョンポーションの世話になったことがある。しかしこれは使うと体に激痛が走るのだ。それも怪我が大きければ大きいほど痛みは強くなるのでできれば使われたくはない。以前別のダンジョンによその冒険者と攻略に行ったとき、罠にかかり腕を骨折した大男が赤ん坊のように泣きじゃくっていた光景は記憶に新しい。
「いでででででで‼」
泣くのはみっともないからとアレンは強がり涙を流さないが、それでもどうにもならない痛みを我慢できずに叫び、それが森の中に響き渡る。
「おいおい、そんな大声出したら…」
「クロノス、モンスターが来るぞっ‼」
「あーらら。だから下手に声を出すなと…」
「ギャギャギイ‼」
アレンの叫びを聞きつけ、モンスターがやってきたらしい。ダンジョンポーションで傷を治してその際の痛みで叫んでしまい、モンスターを招き寄せてしまう。そして戦って負傷してダンジョンポーションを使ってその痛みで…そんな繰り返しが起こることもある。
やってきたのはゴブリンの群れだ。怪我を治したとはいえこの状態のアレンでは戦うのは難しいだろう。この数ではリリファ一人ではさばききれない。
「しょうがない。出番だセーヌ。」
「はい。リーダーの命、受け取りましたのでございます。」
「なら私も…っ‼」
「君はダメ。」
クロノスに命じられ前に出たのは今回のダンジョン攻略でお守り兼回復支援役を務める治癒士のセーヌだった。リリファも戦うために前に出ようとしたがそれはクロノスに止められた。実はリリファも隠していたがモンスターの攻撃で足に怪我を負っていたのだ。かすり傷程度だが万全でない状態でモンスターと戦うのは好ましくないだろう。
「だが…セーヌ一人で大丈夫なのか?」
「それはフリかなリリファ?彼女の実力はもうわかりきっているだろうに。無論俺も必要ない。」
「うん、いやまぁそうだが…」
リリファは心配そうにセーヌを見たが、とうの彼女は気にも留めていなかった。
セーヌは猫亭のパーティーでは後衛支援職の治癒士を務めており前線で戦うことはないが、本来彼女が得意としているのは直接モンスターとぶつかりあう近接戦闘だったりする。なぜならセーヌ・ファウンボルトは冒険者業界でも上の方の実力者であるB級の冒険者なのだ。それもA級に匹敵する戦闘力を有しているほど。あれだ。チマチマ味方を回復させるよりもさっさと自分で殴りに行った方が早いんだ。
高ランク冒険者の例にもれずセーヌも二つ名持ちであり、彼女の二つ名は「稲妻」。最高クラスの雷魔術の使い手として名が体を成すこれほどまでにわかりやすい二つ名はそうそうない。さっきも言ったが彼女は後衛での支援より、前衛で戦う方がずっと強い。どのくらいかと言われたらミツユースで二番目に強い。実力がイマイチな低ランク冒険者の多い猫亭のメンバーの中でも彼女はまごうことなき役に立つ子猫ちゃんなのだ。
「はっ。」
セーヌが両の腕を下へぶらさげると、袖から滑るように何かが飛び出してきて彼女の手元に収まった。それは棒切れのようにも見えるが彼女の愛用の武器の戦棍だ。棒切れに持ち手を組み合わせただけのヘンテコな武器だが、武芸の達人が使えば凶器へと変貌する。セーヌもこれの達人で、その巧みな操りはまるで腕の先が四つに増えたかのように見えるほど。
トンファーはこの辺の地域では珍しい武器なので、セーヌはお手製のものを自らつくっている。手作りなら材料代だけで済むというのも彼女にとっては大きなことだろう。木製の部品に薄い金属の板を巻きつけているのが特徴的だが、それ以外にはこれといった意匠もない簡素なつくりである。
「「「ギャギャギャ‼」」」
三匹のゴブリンが同時にセーヌへ襲い掛かる。モンスターにしては連携の利いた動きで、互いにぶつかり合わないように距離をおいた理想的な接近攻撃だ。これではどれかを避けるか受け止めるかしても、必ずどれか他の攻撃が当たる。
「ギャッ‼」
「ギャッ‼」
「ギャッ‼」
セーヌがどの攻撃も受け止めないので三匹のゴブリンは遠慮なく仲間と微妙にタイミングをずらしてそれぞれ棍棒を振って打撃をセーヌへ叩きこむ‼
「あらあら、少し遅いのでございますよっ‼」
しかしセーヌはそれぞれのゴブリンがふるってきたそれぞれの棍棒を、一歩も足を動かさず最小限の動作だけですべて避ける。振りぬかれた棍棒は彼女へ何の影響も及ぼさない。強いて言えば風圧が頭のシスターベールの下から漏れるセーヌの長い金髪を揺らしただけだ。
ゴブリン達はなんとかセーヌへ一撃あてようと打撃攻撃を続けるが、変わらずにセーヌによけ続けられてしまう。
「ギッ…ギッ…‼」
「あらあら…お終いでございますか?では今度はこちらの番ですね。…雷衝破‼」
「ギ…ガガガガガガ‼」
セーヌのトンファーの先が息切れをして動きの鈍ったゴブリンの一匹にこつんと当たると、そいつの全身は細かく震え出し、体からぱちぱちとした雷撃の閃光が漏れ出て白い煙をまき散らした。セーヌの体から生み出された雷の魔術が打撃技を通してゴブリンの全身を駆け巡ったのだ。
白煙はたちまち黒煙と変わり、その頃にはゴブリンの前身は真っ黒こげになって動かなくなっていた。セーヌがトンファーの先をゴブリンから放すと、ゴブリンは地面へ倒れ跡形もなく消えてしまう。
「ギギギッ‼」
残った二匹が仲間を呼びつけ、更に三匹が追加で前線に加わる。そして今度は五匹でセーヌへ迫った。だが彼らの棍棒による打撃はただのひとつもセーヌに当たらない。かすりもしない。
「やっ、とぉっ、はっ、せいっ。」
「ギッ」「ゴッ」「ガッ」「ゲッ」「ゴッ」
「「「「ゴバババババババ‼」」」」
セーヌは棍棒を振った後のゴブリン達の一瞬の硬直を狙い奴らの死角へ次々と回り込み、間延びした掛け声とともに後頭部を、首筋を、背中を、脇腹を、トンファーの先で的確に突く。そしてゴブリン達は次々と全身を震わせ煙を吐き、焼き焦がされ真っ黒こげになる。
「ゲゲ、ゲ…ゲ‼」
最後の一匹が口をぱかりと開き、黒煙となった吐息を吐いて絶命して消えた。後に残るのは地面の焦げ跡と転がっているゴブリン達の魔貨と武器だけだ。
「さて、終わったのでございますよ。」
シスター服に土汚れのひとつもつけないまったく無傷のセーヌがにこりと微笑みながらこちらに戻ってくる。先ほど虐殺の限りを尽くした人物と同じとは思えない。虐殺中もあらあらうふふと終始微笑みっぱなしだったような気もするが。
「いつもながら見事なまでの技と雷の魔術の連携だな。おーよしよし、セーヌは優秀な俺の子猫ちゃんだぜ。」
「そんなに褒めないでくださいませ。私は役目を果たしただけでございますので。」
「なになに、優秀な子猫ちゃんを褒めるのは当然のこと。こちらもクランリーダーの務めを果たしているだけさ。おーよしよし…‼」
クロノスに活躍を褒めちぎられ、セーヌは照れていた。彼女の可愛らしい反応をよくしたクロノスは更にセーヌを褒めまくる。セーヌは耳の先まで真っ赤になるまで照れてそれにクロノスが…以後その繰り返し。
「「…」」
アレンとリリファは茫然としていた。自分達が傷の治療に専念する傍らでセーヌの冴えた戦いに魅入っていたのだ。
「(やはりすごいな…これが上位ランクの冒険者か。)」
「(ゴブリンとはいえあの数を同時に相手して無傷なんて…‼)」
憧れの高ランク冒険者の見事な戦い…それが彼らのシンプルな感想だ。同時に自分達はあれだけの高みへたどり着けるのか不安に思える。
そしてセーヌを褒めっぱなしのクロノスといえば…
「(セーヌにネコミミカチューシャつけてナデナデしてーなー。にゃんにゃんなのでございますよシスターとか色町で金払っても味わえねーしなー。)」
相変わらずロクなこと考えちゃいねぇ。
とりあえずアレンとリリファの治療も終えてパーティーの復帰である。攻略を再開する。




