第12話:冒険者はとりあえずビールのノリでとりあえずダンジョンを探検する03
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・ダンジョン情報
ダンジョン名:洞窟茂り
管轄:ミツユースの街
階層数:七階層
難易度:C
守護者:なし
攻略状況:最下層まで踏破済み
七年ほど前に道に迷った旅人によって発見された。ミツユースの街から東北に行ったところの森の中にある洞窟の中に入り口がある。ダンジョン内の環境はすべての階層が拓けた森林地帯となっており、洞窟から森の中に出る違和感こそがダンジョン名の由来…かと思いきやダンジョン踏破をした冒険者パーティーの一人が酒の席で「洞窟ってのはつまり女のアソコを意味する隠語で…」とか吹かしていやがったので深い意味はないのだろう。
ダンジョン核は最下層の七階層目に確認されている。七階層目は核が置いてある部屋のみしかなく、待ち受ける守護者のモンスターもいないダンジョンなので実質六階層分のダンジョンである。難易度はそこまで高くなく、D~Fランクの冒険者でも三から四人程度でそれぞれの役割を持ったバランスのよいパーティーを組んで挑めば十分に攻略可能。そなため、新人冒険者のダンジョン攻略にもうってつけである。ただしその分入手できる宝の質も悪いのでお金儲け目的の攻略には不向き。
森のダンジョンなだけあって現実世界の森林地帯に棲んでいるようなモンスターが多く出現する。ゴブリンや緑芋虫などが気持ち多め。モンスターも全体的にそこまで強くはないが、ときどき出現する突進猪には注意されたし。猪の突進攻撃を無防備に受ければひとたまりもないうえ、ダンジョンモンスターの性質で人間に対して非常に好戦的になっているので、こちらが察知しないうちに視界の外から突進攻撃をしてきてパーティーに脱落者を出してしまう。もし脱落者が指示役や中心戦力だった場合戦闘を継続できずに即座にダンジョンを立ち去ることになるだろう。おそらくこのダンジョン攻略において不意の撤退の理由の八割が突進猪にやられることによるもの。索敵要員は「センス・サーチ」の魔術などを広めに展開して全方位からの強襲に備えるべし。
そしてごくまれに出現するレアモンスターとしてゴブリンライダーが確認されている。このモンスタに限ってはダンジョンの難易度よりもはるかに強めなため、パーティーの調子によっては大変な苦戦を強いられるだろう。先へ進むことを諦め運が悪かったと引き返す勇気もときには重要な戦い方である。
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いつまでも入り口近くでおしゃべりしていてもダンジョン攻略は進まない。帰還の魔法陣の片方の設置を終えた四人は移動を開始した。まずは最も近い二階層目へ続く階段を目指すのだ。
ダンジョン洞窟茂りの一階層目は、森の中の草木の生えていない土をかためてつくったようなまっすぐな一本道を辿るだけ。少し離れた草木の先にモンスターの気配こそそれなりに感じられるが、今のところ遭遇もしていない。加えて道のりが予め地図でわかっているので攻略は順調そのものだ。
「順調すぎてつまんないくらいだけどね。宝箱のたくさんある隠し通路が出てくるボタンとかそのへんの木についてないかな?」
「どうせ探し尽くされているから新たな発見など望めないぞ。仮にそんなものあってもお前より私が先に見つけている…アレン。お前の右足の三十センチ先、落とし穴が作動するから踏むなよ。」
「はーい。それっと…‼」
アレンが道の端から大きめの石を抱えてもってくる。それをリリファが示した場所へ投げ捨てるように置いてみると、その地面が不自然な凹み方をする。そしてがこんと音が鳴ると石を置いた真下がぱかりと開いた。底の見えない奈落へ石が落ちたあと、地面はぎぎぎと音を立て閉まり元通りとなった。
「地面とまったく見分けつかないんだもん危ないなぁ…もしこれに落ちるとどうなるの?」
「地図によると…今のは落ちても入り口に戻されるだけらしいな。」
「…そんだけ?どう見てもただじゃ済まなさそうなんだけど。」
「だけど地図にはそう書いてあった。」
「ってことは誰か落ちた人がいるんだよね?落とし穴の下がどうなってるかなんて直接落ちなきゃわかんないもん。運が良かったんだねその人。」
「そうだな。後に続く者たちのための尊い犠牲だ。お前も私をアテにせずに自分で足元に気を付けろ。私だってすべて見つけられるわけではないのだから。」
罠というのはどんなに警戒していても引っかかるときは引っかかる。新しいダンジョンの攻略において発生する死傷者は、モンスターとの戦いよりも未発見の罠に引っかかったことによるもののほうがずっとずっと多いのだ。罠の発見は探知を得意とする盗賊職の仕事だが、彼らの能力にだって限界はある。見落とした罠が振り子刃で首がすぱーんとか、そんな即死の罠であった場合はどうすることもできないので、他の仲間も罠の警戒を盗賊ばかりに任せていられない。余裕があれば自分達でも探さなくてはならない。何か怪しい発見があればすぐに伝えて仲間内で共有する。それがダンジョンでのチームワークに求められる要素の一つだ。
「今度はそこの足元にワイヤーが張ってあるから引っかけるなよ。これは…作動させた方がいいな。」
あえて作動させた方が楽だとリリファがしゃがみ、太腿のナイフホルダーから一本のナイフを取り出す。そしてナイフの持ち手の方を突き出してワイヤーを引っかけ力を入れると、真横から勢いよく宙づりにされた横向きの太い丸太ん坊が飛んできて、リリファのすぐ頭上の空を切った。
「あっぶな。こんなの頭に受けたら頭が吹っ飛んじゃうよ…‼」
「高さ的にぶつかるのは脚の位置だ。だから当たっても即死にはなるまい。」
「だとしてもあたったら痛いよ‼骨が折れちゃうって‼」
右に左に行ったり来たりを繰り返している丸太を抑えようとアレンが手を伸ばすが、勢いがまだ死んでおらず手がはじかれてしまった。ここを知らずに通ってワイヤーを引っかけてしまえば少年故に背の低いアレンはちょうど頭に当たっていただろう…それを想像してアレンは背筋が凍った。
「ホントに頼むよリリファ姉ちゃん。自分でも見ろと言われたって普通の足場と罠の仕掛けの見分けなんておいらにはつかないし姉ちゃんの探索能力が頼りなんだからさぁ。」
「そうか…ふふん、任せろ。私だけでなくクロノスとセーヌもいる。単純な探知だけなら本職の私よりも二人の方がよっぽど上だ。それに即死しそうな罠はこの辺りにはこれだけだから、あとは引っかかっても多少の怪我で済むようなものばかりしかない。」
「即死の罠でないとしても普段から罠には気を付けておくべきでございますよ。」
「わかってるよセーヌ姉ちゃん。幸いなことにこの辺の罠の位置は全部わかっているしね。…でも目的地までなんの発見もなしかぁ。なんかつまんないね。」
「そういうダンジョンへ来たんだからな。だが冒険者が変われば視点も変わり、結果新たな発見だってありえるかもしれない。どうせ守護者はいないんだ。目的地までちょっと変わった長めの散歩と思って気楽にいこうぜ。」
「クロノス兄ちゃんは冒険中は油断するなって普段言ってるくせに…」
「気持ちの問題さ。緊張しっぱなしってのも神経が摩耗していけない。適度に気を抜けるときに抜くのも一流の冒険者さ。目的の場所までに設置されている罠はぜんぶ地図に載っているが…」
「言わなくていい。教えられたら私の罠探知の練習にならん。」
「そうか。向上心があっていいねぇ。どうせひっかかっても大けがするような罠もさっきで終わりだし、そうすればいい。いちおう俺達は把握しておくか。」
底に竹やりが仕掛けられた落とし穴や足にワイヤーが引っかかると鉄矢が飛んでくる罠などごく一般的なものだ。過去にひっかかった奴の正確な証言があるので間違いはない。ダンジョンによっては罠の再設置は場所や種類が変更されることもあるようだが、このダンジョンは変化しないらしい。毒が塗られている報告もなかったので道中避けられないような罠はリリファに解除を任せることにした。
「必要なものはございませんか?あればすぐに出しますので。怪我をされたら私がヒールを使えますしダンジョンポーションも持ってきているのでございますよ。」
「ありがとうセーヌ。しかし攻略はまだ始まったばかりだし今は何もないな。必要になったらその時に頼む。」
「お任せくださいませ。」
道を行く中でクロノスとアレンは退屈していたが、彼ら以上に手持ち無沙汰だったのはセーヌだろう。彼女は後衛職の治癒士なので戦闘にならねば仕事がない。一応なんでもくんを預かっていて必要なものがあれば取り出して渡す役目もあるのだが今もその必要はなさそうだ。背後からの奇襲への警戒はしていたが、特に襲ってくるモンスターもいない。
セーヌの想いに反応してなのかなんでもくんも死んだ魚のような目がゆらゆら揺れる。なんか腹立つデザインだが魔術的意味合いでこうでないといけないらしい。…そもそも「なんでもくん」とは何かという話がまだだったな。このなんでもくんはダンジョンへ挑戦する冒険者へギルドが貸し出してくれる魔道具で、生き物と人間の死体以外はどんなものでも入れることができる収納のバッグだ。皆様がファンタジー小説で想像するところの「収納」の魔術が道具になったようなものと考えてくれたらよい。ネーミングセンスについては製作者の人間のセンスなので私の責任ではない。
なんでもくんには今セーヌが持っているかばん型のほかに籠型、リュック型、バスケット型、手提げ袋型、ウェストポーチ型など様々なデザインがある。冒険者はこのなんでもくんに道具や食料を入れておいてダンジョン攻略中必要に応じて取り出して使う他、ダンジョン攻略中に手に入れたドロップアイテムやお宝をしまっておくのにも使うのだ。
なんでもくんは個別に設定されている限界量までならどんなサイズや重さでも入り、持ち主は重量を感じないという輸送技術に革新を与えてくれそうな代物だが、古の魔科学をそっくりそのまま使っており機構の一部がブラックボックス化していて遺跡などで部品を手に入れないと作れない貴重品。故に大量に用意はできず冒険者ギルドも貸し出しを厳しく管理している。万が一にも技術漏洩目的で盗まれないように一定期間ごとにギルドが回収して点検しないとで自爆するとのことで気合いの入りようが違う。ギルドは繊細な魔道具だから細かい整備が必要で自爆はその影響と言い訳しているが、ぜってーあいつらわざと自爆機構を備えてやがるよ。
ついでの話、目がついているがこれは飾りで、なんでもんくんは魔導生物ではない。だがこの死んだ魚のような目の動きが時に本当に生きているのではないかという感情をもたらす。どこかのギルドの支店には本当にしゃべるなんでもくんがいるとかいないとか。
なんでも詰め込めて便利だし貸し出しは無料なのでダンジョンを攻略する冒険者はほぼ必ずなんでもくんを使う。しかし便利だからと物資をなんでもかんでも詰め込むのはよくない。なんでもくんが文字通り命綱となってしまうかもしれないからだ。過去にとあるパーティーがダンジョンの最深部で道具を残らず入れていたなんでもくんを紛失。食料も武器もなくなってしまい進むことも戻ることもできずにそのまま全滅…といった事件があったこともある。なので最低限の装備は自ら携帯しておくのが一般的な冒険者のダンジョン攻略スタイルである。それを知らずになんでもくんにほいほいなんでも入れる奴は業界でも素人扱いされる。
「間違っても保存食とメインの武器は入れるなよ。薬もすぐ使う分は懐にしまっとけ。なんでもくんはあくまで拡張的な装備だ。」
「でもクロノス兄ちゃんは武器をなんでもくんの中にしまってるじゃんか。何も持っていないし。」
アレン、リリファ、セーヌはそれぞれ武器を持っていたが、クロノスは完全な手ぶらだ。空いた両手は頭の後ろで組み退屈そうにしている。緊張感がないなんてレベルじゃない。ダンジョンを舐めているなんて次元ですらない。
「何言ってんだ。ちゃんと持っているよ。」
ほら、とクロノスが手を見せたのはちっちゃなちっちゃなナイフだった。どう見ても戦闘に使うような品ではない。あれは…郵便物の開封に使われるペーパーナイフだ。
「野良猫どもが捨て置いていく武器も今回はなかったんでな。机にちょうどいいのがあったから持ってきた。」
「ただのペーパーナイフって…」
「もちろんそれだけじゃないぜ。きちんと投合用の武器だって忘れずに用意しているさ。サブの手段を用意しておくのもプロだからな…ほらほら。」
得意げなクロノスが次に見せてきたのは先の尖った小さくて細い木の針…ようは爪楊枝。出かける前に商店街の道具屋で買ってきた300本入りの徳用品だ。
「…ペーパーナイフと爪楊枝のどこが武器なのさ‼」
「この程度のダンジョン俺にはこれで十分ということさ。ダンジョンの難易度に見合わない装備を持っていっても修理代や維持費で赤字になってしまう。俺の出動で黒字にするためにはこれくらいやらねばな。」
「だからって極端なんだよ‼おいら達の緊張感が台無しだよう‼」
「(ああやはり…こういうことになってしまったのでございますね…)」
冒険者の先輩として、クロノスはまったく役に立たない。このように装備ひとつとってもいい加減だからだ。新人冒険者は先輩の冒険者を見て育つものだが、これではまったく参考にならない。思ったとおりのことになってしまったとセーヌは苦笑した。
「まぁいいや。モンスターが来ても自分でなんとかするよ。後ろでおいらの活躍を見ていればいいさ。」
「そうさせてもらおう。俺はあくまでお守りなんだからな。君も大きな目標のため…なにか来るな。敵か。」
クロノスが敵の接近に気付く。前を歩いているリリファもすぐにそれに気づいていた。
「数は…一匹。横から来るぞ‼」
「さっそくの歓迎だな。構えておけ。」
「うん‼」
全員が武器を手に取り敵を待ち構える。やがて脇の茂みががさごそと揺れ、中から大きな塊が飛び出してきた‼
それは尖った牙を生やしたまんまるで灰色の猪だった。こちらをきっと睨みつけてくる。
「ブモー‼」
「イノシシ?でもモンスターだよね‼」
「こいつは…たしか突進猪だな。突進攻撃をしてくるから気を付けろ。」
このダンジョンに出現するモンスターの一種の突進猪を見て、リリファが注意した。アレンも盾を構え仲間内で最も前に出て、いつでも迎えうてるようにする。
敵は立ち止まりこちらを鼻先でふがふがと探っていた。この敵は鼻がいいのでクロノス達の戦力を探っているのだろう。
「ブモッ‼ブモッ‼」
「相手は一匹だけだよ。勝ち目がないなら逃げ出すんじゃない?」
「現実の突進猪ならさっさと逃げる。最初から姿を現さないだろうさ。だがこいつはダンジョンモンスター…侵入者と戦うために生み出された存在だから逃げ出すことは決してない。力尽きるまで襲い掛かってくるぞ。」
ダンジョンモンスターは侵入者を排除するためにダンジョンによって生み出された存在で、現実の同種とは比べ物にならないくらい凶暴で好戦的だ。
突進猪は逃げることなく敵意を放ちこちらをじっと見つめていた。目をきょろきょろさせ鼻をふがふがと天に立て、こちらの戦力を探る動作を繰り返していたが、やがてまっすぐに突っ込んできた‼
「来たぞっ‼」
「おいらに任せてっ‼」
アレンが盾を持って前へ飛び出す。敵モンスターの攻撃を受けるのは前衛のタンク職戦士の仕事だ。アレンを捉えた突進猪が狙いを定め、走りを加速させた‼
「お前の体格では吹き飛ばされるぞ‼真正面から受け止めるんじゃなくて斜めに流せ‼」
「オーケーリリファ姉ちゃん…よしきたっ‼せいっ‼」
「ブモッ‼」
リリファのアドバイス通りにアレンは突撃してきた猪が自分にぶつかる直前でタイミングを合わせて半歩横へ動き、体のあった場所に盾を斜めに置く。その盾へまっすぐ吸い込まれるように迫る突進猪は盾で滑り、後ろにあった木へぶつかった。
「ブモモ…‼」
「ラッキー‼後ろの木にぶつかってやんの‼」
「チャンスだ‼突進猪にはズバッとしてドーンですぐ蹴りをつけられる‼」
「…クロノス兄ちゃんはもう少し具体的にっ‼」
「…ムリッ‼これが一番わかりやすいと思います‼」
アレンが怒りながらクロノスへ怒鳴る。クロノスは戦闘のセンスがある。仮に冒険者業界の頂点たるS級だ。なのだが、教える才能は一切ない。そのため無理に言葉に訳せばこのようにスパっとしてドーンみたいなクソなアドバイスしかできない。
「アレンさん、突進猪の肉体は硬く斬撃も突撃も効き辛いのでございます‼ですが、内側まで弱いと言うことはありません‼衝撃を内側へと伝える一撃を与えれば…‼」
「…っ‼なら打撃攻撃だねっ‼」
クロノスの代わりにいくらか常識的なセーヌが的確なアドバイスをしてくれた。それのおかげでアレンは突進猪への有効打を閃く。突進猪は木にぶつかった反動で動けない。アレンは素早く突進猪の真横へ回りこんだ。
「殴るんなら頭のすぐ横がいいよね…そこに一撃叩きこむっ‼くらえっ、「シールドバッシュ」‼」
アレンは頭の横を盾を使った打撃技で力任せにぶん殴った。打撃の強い一撃は彼の予想通り有効だった。固い肉体を衝撃が貫通して頭の中へ直接ダメージを与える。手ごたえを感じたアレンは間髪いれずに突進猪の横っ腹にもう一撃シールドバッシュを叩きこむ。思わぬダメージを受けた突進猪はよろよろと数歩歩いたあとに地面に転がって、そのまま動かなくなった。
「(やったか…でも、まだ消えていない…‼)」
突進猪は倒れて起き上がってこなかったが、アレンはまだ倒したかどうかわからなかった。ダンジョンモンスターは死ぬと肉体を消滅させるのが特徴だ。だから姿が完全に消えるまで油断はできない。近づいたところに手痛い反撃を食らう恐れがあるからだ。すぐには近づかずいつでも動けるようにアレンは突進猪を凝視する。
しかしアレンの心配は杞憂に終わった。突進猪を見つめていると、突進猪は徐々に透明になっていくではないか。アレンはそれを見て勝利を確信した。
「よしっ、倒したぞ‼」
「まだだ。完全に消えてない。少しでも姿が残っているうちは絶対に近づくな。」
「わかってるよ。さーて何を落とすのかな…」
突進猪が完全に消滅すると、そこに光の粒子が集まっていた。そして光の粒子は二つの塊をつくった。そうして光の粒子が完全に集まりつくすと物体は形を完成させて地面に落ちた。アレンはようやく警戒を解いて近づきそれを拾い上げる。
それは獣の牙だった。ちょうどさっき戦っていた突進猪の口元から生えていたのと同じくらいのやつだ。
「突進猪の牙だな。」
「ちぇ…フツー。なんかつまんないや。」
「ま、こんなもんだな。」
アレンが拾った牙、これこそがダンジョンモンスターの一番の特徴だ。ダンジョンモンスターは自身が消滅したのちに、その場にドロップアイテムを落とすのだ。今回の場合は突進猪の牙になる。
ドロップアイテムの内訳はモンスターの種類やダンジョンによって異なるが、大体の場合にはこのような倒したモンスターの牙や爪、皮などの体の一部となる。内臓や胃液など体内の部位が落ちることもあるがこれらはご丁寧に下処理が済んでおりそのまま素材として使える。血や唾液などの体液なども乾燥させてあったり袋に包まれたりしている。
また、ときに剣や防具や指輪などどう見てもモンスターの肉体の一部でない、人の手でつくったような人工物だったりとかがある場合もあるが、それはお宝として見るべきだろう。
「ダンジョンのドロップアイテムは角とか皮でも処理済みなのは楽で助かるね。血も肉もついてない。これが現実世界だったらモンスターから部位をはぎ取って下処理しないとギルドで買い叩かれちゃうもん。あとは…コレだよね。」
アレンが牙と一緒に拾ったもうひとつを見せてきた。それは一枚のコインだった。少し小ぶりでくすんだ灰色をしている。大きさもアレンの掌にのるくらいに小さく、一般的なコインと大差ない。しかし大陸で使われている大陸通貨でも地域通貨でもこんな色のコインは使われていない。表面には誰にも読めない謎の文字言語が刻まれている。
これはモンスターコイン。冒険者やギルドは「魔貨」と呼んでいる。これもダンジョンモンスターを倒すと落とすドロップアイテムの一つなのだが、落とすかどうかはランダムな他のドロップアイテムと異なり、こちらはダンジョンのモンスターが消滅すると一匹につき一枚を必ず落とす。モンスターの種類ごとに色や大きさ、刻まれた謎の文字も微妙に違うが、同じ種類のモンスターであればまったく同じ品質のものを落とす。
「これ自体はただの金属でできたコインさ。持ち主になんらかの効果をもたらす加護の類いも一切ない。だけどもダンジョンで手に入れた魔貨はギルドが種類に応じた値段で買い取ってくれる。特に強いモンスターや珍しいモンスターの魔貨は高い。」
魔貨もギルドの支店へ持って帰ると買い取りをしてもらえる。魔道具の材料や仕様のための燃料に使えるらしい。大きさや質に違いはあれど普通のコインとそこまで変わらず数を持ち運びしやすいことと、間違いなく一定の金銭価値があることからドロップアイテムよりもこちらに換金性を見出す冒険者も多い。なんでもくんに荷物が入りきらなかったり道を急いでいたりで悠長に拾っていられないような状況によっては魔貨を優先してドロップアイテムは捨てていくことさえあるそうだ。
「もっとも、すぐに売らずにとっておく奴もいるけどな。強いダンジョンモンスターの魔貨はそれを倒した証として冒険者の実力を示すことができるし、特定のダンジョンでこのモンスターが出たという証明にも使える。基本的にどこの支店でも買い取ってくれるから後から手放すのは簡単だしな。ただしレートが毎度変わるから高い魔貨を後で換金しようととっておいたらいつの間にか価値が下がっていたということもあるからそこだけ注意だな。」
「珍しいダンジョンモンスターの魔貨はマニアの間で高く取引されると聞くぞ。」
「マニアがいるんだ。じゃあおいらも初めて手に入れた魔貨は売らずにとっておこうかな。ねぇこの魔貨おいらがもらっていいでしょ。突進猪を倒すのは初めてだったから記念に欲しいんだよね。」
「通常ダンジョンでの取得物はダンジョンから戻ってからパーティーで禍根の残らぬよう分けるものだ。誰かが物品を換金せずに直接物にするならそいつはその価値分の金銭を仲間に支払わなくてはならない。だが俺は突進猪の魔貨なんぞ要らないからな。君一人で倒したわけでもあるし好きにしろ。」
「私もいらん。大して金にならないだろうしな。」
「私も構わないのでございますよ。」
「やったね‼へへっ、もーらい‼」
アレンは指で魔貨をはじいて空中でくるくる回してからキャッチしていた。始めて倒したモンスターが嬉しかったのだろう。しばらく見ていたがやがて飽きたのか魔貨も突進猪の牙もなんでもくんの中にしまっていた。
このようにダンジョンの攻略ではモンスターの落としたアイテムや宝箱の中身を次々となんでもくんの中へ入れながら進む。ダンジョンでの換金物集めをメインとした攻略の場合は、もしもなんでもくんがいっぱいになったのなら、中身を整理して不要なものをダンジョンへ捨てていくか、ダンジョンから引き返す。効率を重視するならダンジョンの入り口に仲間と街へ宝を運ぶ用の荷車でも置いておけば、ダンジョンに入る→ドロップアイテムや魔貨や宝を一杯になるまで集める→戻って荷車に積む→まだダンジョンに入る…それの繰り返してそれなりには稼げるだろう。ただし、簡単に集められるダンジョンの宝はそこまで価値がないので注意。
「一人でモンスターを倒せたんだ。おいらこの調子でガンガン行くよ‼」
「突進猪一匹で喜んでいられないぞ。なにせ今の戦いで大きな音を立ててしまったのだから…」
クロノスにそう言われ誰かがごくりと唾を飲む。ダンジョンのモンスターは好戦的だ。侵入者の排除のために自分から姿を現す。そんな連中が戦いの音を聞きつけたら…
ゲギャギャギャ‼
ケキョキョキョー‼
ぶぶうううぅう‼
森のどこかでいくつものモンスターの鳴き声が響く。草木の葉っぱが擦れざざざと騒がしく鳴る。
「そうら来た。ダンジョンでの戦いは次の戦いを呼ぶ。そしてダンジョンモンスターはダンジョンによって無尽蔵に生み出されるぞ。もう悠長にはしていられないぜ。進むか、逃げるか…二つに一つだ。」
「ごくり…」
まだダンジョン攻略ははじまったばかりだ。洞窟茂りが簡単なダンジョンだといっても過去の挑戦者には死者だって出ている。突進猪の攻撃だって油断すれば重傷は免れない。せいぜいダンジョンに散った情けない先輩の後を追うことのないように気を引き締めていきたまえ。




