第10話:冒険者はとりあえずビールのノリでとりあえずダンジョンを探検する01
今回のお話の始まりはある日の晴れた森の中でのこと。天井は木々の枝葉が日光を奪い合い空に乱立して伸びているが、それでも日が地面に届くくらいの隙間はいくらでもあったので足元はそれなりに明るかった。
そんな森の中を四人の男女が歩いていた。男女の構成は男が一人と少年が一人。それと少女が一人に女が一人。年齢も性別もバラバラな彼らだがじつは共通点が三つほどある。ひとつは種族がこの地方で人口の多い普人族で統一されていること。二つめは彼らが大陸各地を冒険することを生業としている勇ましき冒険者であること。そして三つめは彼らが同じ冒険者クランに属していることだ。
猫の手も借り亭、略して猫亭。それが彼らの所属するクランチームの名前だ。港のある大きな街ミツユースを拠点にして「借りてきた猫の手よりも役に立つこと」というふざけているのかいないのかよくわからない信条をもって活動しており、やりたいことを見つけ毎日楽しく好き勝手にやっている。
彼らは今日もまた、ある目的のためにこんな辺鄙な森の中までわざわざやって来た。ただし森の探検が今日の彼らの冒険者活動と言うわけではなく…
「…あ、あったよ洞窟‼」
四人の男女の中の最も幼い少年が森の中にある岩場とそこに開いている横穴を見つけて、大声で指をさし示した。少年の名はアレン。猫亭に所属する冒険者で年齢は十一歳と団員の中では最も若い。彼は猫亭近くの商店街にあるパン屋の一人息子で、ミツユースの学校で学びながらパン屋の手伝いもしている。そこに冒険者の活動も加わって超多忙な生活になっているのだが本人は生き生きしている。これが若さか。
「…ついたか。」
「そのようでございますね。」
「あれが目的の場所か。」
アレンの呼びかけで三人も立ち止まってそちらを見た。
「他に似たような洞窟の話も聞いていないしあれで間違いないな。あれがダンジョンの入り口だ。」
「やっぱり…‼はー、やっと着いた~‼おいらもうへとへと…森って足場が悪くてやんなっちゃうよ。」
「じゃあ行くか…」
「ちょ、ちょっと待ってよ‼」
そのまま洞窟へ向かおうとする男…クロノスの袖をつかみアレンが待ったをかけた。
「おいら来るだけでもうへとへとなんだけど。ちょっと休ませて…‼」
「なんだもうへばってしまったのか。街からここまでの道のりはこのダンジョンまでの前座にすぎないんだぜ。あそこにある洞窟の中にあるものこそ俺達にとっての本命だというのに。」
「でも森の中を二時間歩きっぱなしはきついよ…」
「これでも街から近いくらいだ。ダンジョンは何度も夜を明かす必要があるくらいに距離があるところにあるのも珍しくない。その点ここは道中の半分は整備された歩きやすい街道だったし、森の中も見晴らしがいい。このくらいの優しさなら次は一時間は切ってもらわないと困るぜ。クエスト報酬と家の手伝いのお駄賃を集めて冒険用の新しい靴を買ったんだろう?それは君に何の恩恵ももたらさなかったのか?」
クロノスに少し厳しめに言われ、「うへぇ、もっと体力をつけないとなぁ…」と少年アレンは呟いていた。
「…ま、次に活かそうとする向上心があるだけよしとしよう。打ち合わせと荷物の確認もしたいしダンジョンに挑戦する前にちょっとだけ休憩だな。」
「やった~‼」
「二人もそれでいいな?」
「私はかまいません。リーダーの命に従うのでございますよ。」
「私も体力は減っていないが仕方ないな。コンディションは万全でないと困るからな。入る前に街から出る以上のコンディションに直しておけよ。」
クロノスはここまでの道のりでくたくたに疲れ果ててしまったアレンとは違い、疲れた様子など欠片も見せないあとの二人…セーヌとリリファへ尋ねる。二人ともクロノスの休憩の提案に納得してくれた。二人は休憩の必要はなさそうだったがアレンの体調を考慮してくれているのだろう。
「この程度でへばるとはアレンが子供で困るなぁ。ふふん。」
「リリファ姉ちゃんだっておいらとひとつしか違わないし、まだまだ子供じゃないか。なんだい得意げになっちゃってさ。」
「私は心が既に大人なのさ。スラムで育ち生き残った精鋭を舐めるなよ。」
「まぁいいさ。休憩休憩っと…あー、水がおいしいや。ひと運動した後だと普通の水でも別格の味わいだね。」
どさりと倒れ込むように地面に座って休憩を始めた少年。水筒をひっくり返して中身をがぶがぶと飲みだしていた。勢いで水筒を空にしてしまいそうなアレンへ「飲みすぎるともっと疲れるぞ」と忠告して、クロノスもまた木に背中を預けて休みだした。
クロノス達はミツユースの街から東北の方へ歩いて二時間くらいの場所にある浅い森の中へ来ていた。理由は会話の中にあったとおりでこの森にあるダンジョンに挑戦するためである。
ミツユース周辺にはここ以外にもいくつかダンジョンはあるが、本日ここを選んだのにはある特別な理由があった。…決して街の出口で棒切れを倒して倒れた方向がここだったとか、そんな適当でいい加減な理由で決めたとかはない。リーダーであるクロノスはそれくらいやりそう…つーかやるくらいのいい加減な男だが今日ははっきりと目的があってこのダンジョンにしたのだ。
「よし、休憩しているうちにいい機会だからダンジョンについての復習をしておくとしよう。セーヌは「なんでもくん」の中の物資の点検をしておいてくれ。」
「かしこまりましたでございますよ。」
「とくに、例のヤツがあることをしっかり確認してくれ。目的地に着いてから持ってくるのを忘れていましたでは話にならないからな。まぁもしも今の確認の時点でなかったらけっきょく街へ引き返さなきゃならんのだが…ダンジョンに入ってから戻るよりは遥かにマシというものだろう。」
淡々と命令を聞くセーヌに比べいくらから口数の多いクロノスは、手に持っていた丸い目玉が二つついたヘンテコなかばんを彼女へ手渡して自分の水筒の水をちびりとだけ飲んでから、一息ついているアレンとリリファへ講義を始めた。
「アレンにリリファよ…俺たちがこれから向かうダンジョンとは何か。これを二人には説明できるか?」
「はい‼神がつくった人間を鍛えるための不思議な空間の総称でしょ‼」
クロノスの出した問いにアレンが元気よく答えた。先ほどまでへばっていたが少し休んだことで本来の活気が戻ったのだろう。まるで教科書の通りのようなシンプルかつベストな解答にそれ以上言うこともない。クロノスもただそうだと頷くだけだ。
アレンが言った通りダンジョンとはこの世界を創り出した神々が創り出しと言われている場所で、貧弱な生き物でありながら自分たち神々と同じく考え創り出す力を持った人間を慈しみ、彼らが強大な力を持つモンスターや獣から身を守る力を育て鍛えることができるようにするために生み出したとされている。もちろん人間が存在を知覚できるはずもない神様がダンジョンを創ったという説に根拠などどこにもない。だが人類の歴史がはじまった時点で既にあったことがわかる古の記録があること、そして他に納得できる理由もないことからとりあえずそういうことになっている。「それに神がつくったというほうがロマンがあって憧れるから」とは冒険者ギルドのダンジョン担当職員とダンジョン攻略専門の冒険者のごもっともなお言葉。
ダンジョンは大陸各地にの至る場所に存在し、長い歴史の中で人類が勢力を拡大して新天地や未開地の開拓を進めるとともにダンジョンもまた新たなものが次々と発見され、今日に至るまでに冒険者ギルドが把握・管理しているものだけでもその数は数百にも及ぶ。それ以外にも世界中にはまだ多くの未知のダンジョンが誰に見つかることもなくただそこで挑戦者を何百年何千年にもわたりずっと待ち続けているそうだ。
「神がつくった…かどうかまでは知らんが、とりあえず人知を超えた何かによって生み出されたというのは確かだな。人間にダンジョンを創り出すことはできない。かつてあらゆるものを生み出して大陸のすべてを支配したとされる超古代魔科学文明ですらダンジョンをつくることは最後までできなかったと文献にあるらしいしな。当たり前だが現代の俺達にも無理な話だ。そもそも異空間へ繋がる亀裂ってどうやってつくるんだっての。」
大陸各地にダンジョンは存在するとは言ったが、何もダンジョンそのものがそこにあるわけではない。ダンジョンはこの世界とは異なる異空間上に存在するだからだ。だから正確にはこの世界にあるのはそこへ繋がる空間の裂け目であり、その裂け目に入りこむことで異空間上に存在するダンジョンへと飛ぶことができる。
クロノスも言ったがダンジョンの入り口となる空間の裂け目はどうやってできたのかは誰も知らない。それは大陸各地の様々な場所で発見されている。森の中、原っぱの真ん中、洞窟の最深部、切り立った山の頂上、吹雪の収まらぬ雪原。変わったところでは海の底や崩れた崖の中から見つかったなんて例もある。その法則性は皆無でこれまで見つかったダンジョンの入り口もすべてたまたまその場を訪れた旅人や冒険者が偶然発見したものだ。ダンジョンの入り口がどのようにしてできるのかは誰にもわからない。できる瞬間を見た者は誰一人としておらず、これまでに発見された入り口も最初からあったものをそこにたどり着いた最初の人間が見つけたのか、知らぬ間にある日とつぜんできたのかも謎。何千年もそこにあったのかもしれないしつい昨日できたのかもしれない。そんな神秘性もまた神からの贈り物であるという説に拍車をかけている。
「…では次に、なぜ我々冒険者はダンジョンへ挑む?今度はリリファに答えてもらおうか。」
「簡単だ。ダンジョンの中で遭遇するモンスターと戦い己の身を鍛えるためや、未知へ挑むスリルとロマンということもあるが、やはり一番は金のためだろう。金以外に思いつかん。」
クロノスに指名されたリリファが静かに答えた。それも正しいとクロノスがまたも頷いていた。
ダンジョンの奥底には宝石や武具に魔法の道具などの財宝の数々が隠されている。これはダンジョンをつくった神様がダンジョンという試練に挑みそれを乗り越えた勇気ある者達へ用意してくれたご褒美らしい。それらを持ち帰り換金することで冒険者は収入源の一部としているのだ。中にはダンジョン攻略をして財宝を手に入れることを専門に活動しているパーティーやクランがあり、小国の国家予算に匹敵する儲けを出している者もいるとかいないとか。
「ダンジョン攻略専門で活動している有名どころのクランを挙げるならば「土竜探検隊」と「ネズミの華」だろうか。彼らの活躍は冒険者界隈でも有名でそれぞれ「もぐたん」と「ねずっぱな」と呼ばれ親しまれている。」
「それ親しまれているのか?小馬鹿にされているような気がする。」
「どう呼ばれていてもダンジョン攻略の実力に関しては確かな実績のあるクランだ。俺達のような小規模で得意とする分野も持たない弱小とは違う。そのうちどこかのクランで団員と会うかもしれないな…その時はダンジョンについていろいろ教えてもらうといい。彼らならダンジョンのもたらすスリルとロマン、そして金の良さを三日三晩語ってくれるさ。」
「スリルとロマンと言ってもけっきょくは金だな。金が欲しいから冒険者は危険を顧みずダンジョンへ挑む。私も冒険には好奇心を求めているが金だって欲しいぞ。」
「それでいい。目的がしっかりしていればそれは道しるべとなる。でも命の駆け引きと未知へ挑む好奇心でダンジョンへ挑むことが目的になっちゃう奴もいるんだよな。ダンジョン狂略者…君たちはそうなってくれるなよ。…うん、とりあえず二人ともダンジョンについての知識はきちんとしていて素晴らしいな。それをまともに答えられず、ただ「収入源」とだけしか言えないヤツも多い中で立派なものだ。だけど俺達が今日来たのはただダンジョンの攻略をしてお宝を手にするためではない。そもそもこのダンジョンは既にあらかた攻略され尽くしているから新たな発見も期待できん。俺たちが来たのは…冒険者ギルドから受けたクエストを果たすためだ。」
クロノス達がダンジョンを訪れたのは、零細クラン猫の手も借り亭が資金不足に陥りその資金調達のためダンジョンへ…なんてわけではないのだ。猫亭はクロノスの個人的な資産でじゅうぶん経営は間に合っている。そもそも六人しかいないので収入がなくとも支出も大してない。あとこのダンジョンはそこまで難易度が高いわけではないので、籠ったところで大した金が入るわけでもない。
別に金に困っているわけではない。ではどうしてこんな大したことのないダンジョンへクロノス達は挑むのだろうか。それは冒険者ギルドからの依頼によるものだった。
「ヴェラに「ヒマだったらこのダンジョン関連のクエストがずっと残っていたはずなので行って片付けるのを手伝ってください」と言われてしまってな。命令されるのが癪だから「ヒマじゃないやい‼ヒマな冒険者と暇つぶしにカードゲームやるから忙しいんだい‼」…と反論して断ろうかと思ったんだが、「ならヒマでない理由をお聞かせください。もしつまらなかったらはったおします」とにこやかに返され、それでどうしようもなく受けることになった。ヴェラのはったおすははったおすなんて優しいレベルじゃない。もし逆らおうものなら…ぶるる。」
このクエストを寄越してきた冒険者ギルドの女性職員ヴェラザードはクロノスについている年齢不詳の麗しの専属担当職員で、S級冒険者である彼の活動を日々見守っている。さすがのクロノスであっても自身のサポートを親身にしてくれる長年のつきあいである彼女には頭があがらず、おっそろしいのでおいそれとは逆らわない。否、逆らえない唯一の存在だ。クロノスは先日にあった自らの担当職員とのやり取りを思い出して身震いした。
「これから向かうダンジョンは…地図を見せた方が早いな。地図はなんでもくんの中に入れてたっけか…セーヌ。」
「こちらでございますね。どうぞ。」
会話の輪から離れ地面に敷き布を敷いて一人で道具の点検をしていたセーヌがクロノスに声をかけられ、そこに並べられている中の地図を手に取って彼へ手渡す。受け取ったクロノスはそれを開きアレンとリリファに見せた。
「冒険者達がダンジョンから持ち帰った情報はこのようにギルドがひとつの地図にまとめて後から挑む者達へ貸し出しや販売をおこなう。そしてこの地図をもとに冒険者達が先へ進み、また新しい情報を手に入れそれをギルドに報告。そうしてまた地図が更新され…以下繰り返し。そうして地図はより精度が高く信頼できるものになっていくわけだ。これは第何版だ?…第六十九版か。」
「けっこう更新されているんだね。」
「これから向かうダンジョンは発見されて七年経っているそうだ。そうなると更新回数なんてそんなものだよ。前の挑戦者が進んだところから数歩進んだだけで更新なんてことも珍しくないし…ギルドにはダンジョンの攻略情報をつくる部署もあるから変更も早い。」
「それにしたって更新しすぎじゃない?」
「これでも可愛い方だぞ。もっと有名で難しいダンジョンだと半日も経たずに更新されて数百回数千回の書き換えがあったりするんだからな。なにせ少しのミスが命取りになりかねないダンジョンの中では地図の情報は命を預ける大切なものだ。もちろん地図の情報を鵜呑みにして過信しすぎる冒険者も問題だが…」
そう話しつつクロノスは、洞窟の周辺の見晴らしをよくするためか切り倒された木の切り株の上に地図を広げてもっと見やすくした。アレンとリリファは広げられた地図をその上からのぞく。
地図にはダンジョンの情報が所せましと記されていた。用紙の隅から隅までびっちりと無駄なく使われている。ダンジョン内を区切る階層の数、階層ごとの通路や大部屋にエリアごとに出現するモンスター、彼らを倒すと落とすドロップアイテム、あちこちに張り巡らされた罠…ほとんどが記されていて八割がた完成していた地図だ。
「ふーん…あ、出現する敵の情報もある。しかも階層やエリアごとにこんなに細かく…宝箱の場所まで!?これなんて隠し通路と隠し罠まで‼すごい…もうほとんど完成してるじゃんか。最深層まで行って帰ってくるだけならこれで十分だよ。」
このダンジョンの最新版の地図は不完全とは言ったが攻略用としてはほぼ完璧な地図だった。アレンは九割九分方完成しているそれを食い入るように見入っていた。
だが、それでもわずかにところどころ空白の部分が見られる。見落とされないようにヴェラザードがわざわざ赤いペンでチェックを入れておいてくれたので、それが今回猫亭が埋めなくてはならない情報なのだろう。
このようにダンジョンにもクエストが設けられることがままある。多くは冒険者ギルドが依頼するダンジョン内のまだ詳細がわかっていない情報の収集だ。ぜんぶで何階層なのか。罠はどこにしかけられているのか。隠し通路や隠し部屋はあるのか。どんなモンスターが出現するのか。宝箱の中にどんなアイテムが入っているのか。そういった情報は冒険者同士で共有すれば探索の効率があがるので、ギルドは買い上げてそれらの真偽をまとめ攻略書としてまた冒険者に売るわけだ。
「この空白の部分は攻略の過程で非効率だからと切り捨てられてきた誰も行かなかった場所なのさ。それなりに人の手が入ったダンジョンでもこういうことはよくある。」
「こんなに完璧に近いのにこれ以上手を加える必要があるのかな?だって最深層の七層目までの道はバッチリじゃないか。残りを埋めなくてもゴールにはたどり着けるんだからじゅうぶん地図として役に立ちそうなもんだけど…」
「冒険者ギルドとしてはこんなチンケなダンジョンの地図にいつまでも穴が空いているのが面白くないんだろう。直接ダンジョンに行かない冒険者ギルドの人間にとっては、ダンジョンの情報は冒険者が持ち帰るものがすべてだ。ギルドは完璧主義が多いからこういう不完全な地図とかを露骨に嫌う。」
「本当に誰も行ったことがないの?情報がないのなら逆に怖いもの見たさで行ってみようってなる冒険者はいると思うどな。」
「いや…アレンの思う通りで、おそらくゼロではないだろう。一組か二組か、もしくはもっと…興味を示してそれなりに誰か見に行ったことはあるはずだ。だけどその行ってきた話をギルドへ報告しなければ行ってこなかったと同じ扱いだからな。行った奴も報告の手間が面倒でしなかっただけかもしれない。もしくは…行ったきり帰ってこれなかったとか。」
「ひぃっ!?ってことは危ない場所ってことなのリリファ姉ちゃん!?」
「さぁ?ミツユース周辺は簡単なダンジョンが多いしそんな場所があるとも思えんがな。あったとしたらとっくに話題になっているだろう。もしかしたら他の冒険者に知られたくないうまみがあるから、それを隠すためにあえて報告していないのかもしれないぞ。例えばすごい財宝が手に入る隠し部屋があるとか。」
リリファの予想は的を射ている。珍しいモンスターや価値のあるお宝が手に入るダンジョンの一角やあるいはそのダンジョンの存在自体を、見つけた冒険者が秘密にしておくというのはけっこうあることらしい。そうしておけば仲間内で利益を独占できるからだ。もちろんギルドも隠されっぱなしは面白くないので、新発見のダンジョンやダンジョン内の未探索のエリアの上場には懸賞金をかけている。仲間の結託だって金が絡めばあっさり秘密をばらす者は出る。金の力を前に秘密を貫き通せることはめったにない。
「だから発見されてから長い期間が経ったダンジョンの未探索エリアは本当に大切な物を隠していたのか、まったく利がないからずっと放っておいたのか…とにかく当たり外れが両極端なことが多いんだ。今回の場所だってもしかしたらとんでもないお宝があって見つけたヤツが秘密にしていたのを、そいつが死んだか…そうでなければ酒を飲んで寝て起きたらすっかり忘れてしまっていたとかそういう可能性はおおいにある。」
「宝の可能性…冒険者としては期待せずにはいられないな…フフ‼」
普段冷静なリリファが珍しく子供らしくはしゃいで興奮していた。可能性の話とはいえ財宝は冒険者にとっては掻き立てられる部分なのだろう。冒険者だからこそ興奮せずにはいられない。その気持ちはアレンやクロノスも同じだ。わからないこと知らないことにロマンを感じるのは冒険者という人種の性なのだ。
「まぁなんにせよだ。クランでダンジョン探索をやれば、クラン全体の評価を上げる査定点がもらえるし、参加したメンバー全員のランク昇格点ももらえる。たとえ何もなくても俺達は報酬と点数をもらいギルドは地図の空白を埋められる…だからやるだけまったく無駄というわけではないのさ。だからこそヴェラもこのクエストを持ってきてくれたんだろう。なんだかんだで世話を焼いてくれる良い女なんだ彼女は。」
そんなわけでせっかくクランとして活動しているのに実績部族であんまりいい評価をもらえていない猫亭のクランへの評価点数を稼ごうとしたクロノスに、ダンジョンへ行って個人のランク昇格点が欲しいというアレンとリリファ。そして時間をつくって参加してくれたセーヌ。彼らで今回のダンジョン攻略のパーティーが結成されたわけだ。
なお残りの団員である魔術師少女ナナミと大剣士のお姉さんイゾルデは今回はお休みである。ナナミは市場で珍しい食材が売っていたそうでそれの料理をするために猫亭の拠点で留守番。イゾルデは猫亭の出費をまとめる帳簿の整理に追われていた。いまごろ「六人しかいないのになんでこんなに出費が出るんですの‼領収書の整理が雑ですの‼あたくしもダンジョンへ行きたかったですわー‼」とぷんぷんしながら算盤を叩いてるだろうが、冒険者に出費はつきものだし、会計も彼女の猫亭での大切なお仕事なので仕方ないだろう。大切だと本人もわかっているからそちらを優先している。
「クロノスさん、持ち物の確認は終わりましたのでございますよ。食料、道具、薬品、予備の武器…いずれも問題ありませんでした。」
「おおそうかご苦労。」
そんなことやっているうちにセーヌが持ち物の点検を終えてくれていた。敷き布の上に並べられていた道具の数々は既に片付けられていて、ちょうどその敷き布も畳まれていたところだった。
「そういやセーヌまで来てもらってすまないな。忙しいんだろう。」
「いえ、私も猫亭の団員ですから。今日は手が空いていたのでぜんぜん大丈夫ですのでこれくらいはやらせてほしいのでございますよ。」
「そうはいうがな…それにこれはクエストも兼ねているぞ。クエストをやるのに難儀する体質の君では…」
「これくらいなら大丈夫でございますよ。」
セーヌは冒険者だがクエストの類が苦手だ。なんでも団員になるよりも昔にとあるクエストを失敗してしまいそれがトラウマになって以来、クエストをやることに忌避感を持っていて拒絶反応が出てしまうのだ。それだけの悪影響を彼女へ及ぼす失敗が何なのかは誰も聞かないことにしているが、それが原因で五年間も冒険者を休業していたというのだからよっぽどのことだったのだろう。
それでも今日はこうしてクエストが絡む冒険についてきたくれたのだ。そのことにクロノスはとても感謝していた。
「(うう、なんていい子なんだ。我が身を削って奉仕してくれる…こんな素晴らしい淑女は冒険者業界どころか一般人の中にもそうそういないぜ。こんな子を正式な神職者として認めていないなんて神聖教会は宝の持ち腐れだ。いや、神聖教会は彼女の胸を見て「破廉恥だ。けしからん。これが神に仕える身などとうらやま…げふん。けしからん」とか思っているのかもしれないぜー‼)」
セーヌへの感謝の念はどこへやら。クロノスはまた勝手に妄想の渦に飲み込まれてしまう。こいつはいっつもそうなのだ。一人で考えてやがて妄想が暴走してトリップしてしまう。
「(清楚だし大人しいし美人だしスタイルいいし…中でもうん、アレは神から送られた祝福に他ならん‼)」
気づかれないように、セーヌの胸元に目をやる。彼女の黒一色のシスター服の胸元は大きく膨らんでいる。それは男という男を引き込む魔の力そのものだ。それを人はおっぱいと呼ぶ。
「(それは豊満で豊満で豊満だった…何言ってんのかわかんねーかもしれないがあいにく俺の頭の中はそれでいっぱいで、他に表現に使うリソースなぞ微塵も残ってやしないのだ。とにかく巨大でたわわでふくよかで豊穣で豊かででかーい‼やっふーい‼俺のものにしたーい‼でも団員に手を出すのはクランリーダーとしてアウトだぜー‼でも口説きたーい‼いやーしかしこんな美女に巡り合えあまつさえお近づきになれるとは…やはり持つべきは、崇めるべきは神だな‼ありがとう神サマ‼こんな巡り合いに感謝するぜー‼)」
クロノスがついにはおかしくなって大して信じてもいない神様へ感謝する。こいつめ普段は信仰心の欠片もない癖にこういうときだけ…
「(よーし、今日はアレンとリリファのお守りでいいところ見せてセーヌの好感度を稼いじゃるぜー‼ワッハッハー‼)」
「…」
クロノスがひとり張り切るそんな中で、彼に見えぬ角度でセーヌは表情に影を落としていた。
「(ああ神よ、本音を心の中でだけ吐かせていただきますと…クロノスさん一人でアレンさんとリリファさんの面倒を見るというのは…ちょっと、ほんのちょっとだけ心配なのでございますよ。いえ、まったく信用していないわけではないのでございますが…)」
猫亭の団員セーヌは知っている。自分の属するクランのリーダーであるクロノスが、新人冒険者の面倒見などできるはずがないことを。
クロノスは元々誰とも組まないソロの冒険者で有名だ。単純に実力が高すぎて誰と組んでも歩幅を合わせられないらしい。よって新人冒険者の二人の面倒を見るほどの技術はないのだ。クランリーダーのくせにクラン運営と新人冒険者の育成に関してはマジでいい加減でテキトーなんだコイツ。その辺は団員にすらあんまり信用されてない。もちろん腕は立つし冒険者としては誰よりも信頼できるのだが…だが、それがクランリーダーとして優秀かどうかはまた別の話なのだ。
さすがにアレンとリリファの命に係わるようなことにはならないだろうが、クロノスの周りをみないいい加減さで二人に変なトラウマができてしまうかもしれない。だからある程度の実力があってある程度の常識がある、と思っている自分がしっかり見守ってやらねば…それがセーヌの同行した理由だ。
「(…はっ、しかし俺が全力を出してセーヌの好感度を稼ぐあまりに彼女が俺への思いを募らせ愛の告白をしてきたらどうしよう…‼団員に手を出すのはアウトだが…向こうから言い寄ってくるのなら、セーフ、か…!?セーフだよね…?セーフってことか…!?セーフだ‼きっと‼)」
「クロノス…クロノス‼」
「…はっ、すまない、ちょっと考え事をしていて…よーし、借りてきた猫の手よりも役に立つ子猫ちゃんたち‼張り切ってダンジョン攻略やるぞー‼」
「「おー‼」」
「…おー、でございます。」
三人のお守りをしっかり貫くのだと、ひとり誰にも悟られることなく神へ誓っていたセーヌなのだった。頑張り給え。神は常に君たちを見守っているぞ。
…というわけで今回はクロノス、アレン、リリファ、セーヌの四人が何の変哲もないごくごく普通のすっかり攻略され尽くしたダンジョンに挑戦するお話。皆様にもこのお話でこの世界のダンジョンについて簡単なおさらいをすることができれば幸いだ。




