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猫より役立て‼ユニオンブレイブ  作者: がおたん兄丸
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第8話:改めて、知る08



 冒険者達がよろしくやってる明るく騒がしい猫亭の光景から一変。ここは街の外の世界だ。光は夜を照らす月明かりしかなく、物音も虫の鳴き声と草を流す風の音しか聞こえない静けさだ。

 夜は魔の支配する時間だ。街の外では昼間以上に危険なモンスターがたくさんたくさん闊歩する。この時間にひとが出歩くのは自殺行為と何ら変わりない。


 そんな街の外の夜の世界に、冒険者クラン猫の手も借り亭のクランリーダーである冒険者クロノスは、一人立って空の星々を眺めていた。


「――――今ごろ皆は楽しく和気あいあいだろうな。酒飲んでセーヌの美味しい美味しい晩飯を食べてさ。小銭を賭けてカードゲームでも楽しむんだ。ああ、俺もそこに交わりたかった…はは。」


 今ごろの猫亭の光景を想像して口角をつりあげ、笑い、そしてため息をひとつ。それからもう一度クロノスは一人寂しく微笑んだ。


 しかし本来ならばこんな状況下で呑気に笑うなんてことができるのはごく一握りだ。よほどの阿呆かはたまた本当に心が壊れているのか…それはなぜなのか。それは目の前の現実と向き合えば否応にもわかる。


「…さて、」

「ブロロロ…‼」

「ブギイイィィ…‼」


 クロノスが見据えた先、たった十メートルかそこらの距離の場所にいたのは、2メートルは優に超えたであろう身の丈の豚のような醜い顔をした生き物だった。

 …これではまるで豚の顔が醜いようで豚に失礼か。可愛いよね豚。意外と綺麗好きなのもポイントが高い。とにかく、人間基準で言えばブサイクであることは間違いない。もはや醜穢(しゅうわい)という言葉がふさわしい。そのブタ顔の醜穢(しゅうわい)で巨体な生物は直立二足歩行でまっすぐに立ち、緑のペンキを泥と共にかぶったかのような薄汚れたかのような緑色の肌。月明かりで脂ぎった肌はてかってますます気持ち悪い。肉体は全体的に筋肉質だが腹の肉だけがだらしなく出ている、腰には干した植物で作った腰みのを身に着け、申し訳程度に局部を隠していた。

 

「プギイィ…プギッ、プギッ‼」

「(…うっ、くっせぇ‼)」


 その醜い緑色の生物が耳障りな声で賤しく鳴くたびに、腐った肉ような嫌な臭いがクロノスのところまでただよってくる。これは奴らの体臭と口臭が混ざった臭いだ。クロノスとの間には相当な距離があるはずなのに、まるでそれらを目の前で嗅がされているかのように辛そうに顔をしかめた。

 

 醜い見た目に酷い悪臭。この生物は人間の生理的嫌悪感を引き出すために神がつくったのだと言われたらたぶん誰もが本気で信じるだろうそれ。「オーク」。これがこのモンスターの人間世界での呼称だ。

 オークは森の奥深くに群れで暮らし、人とは異なる独自の社会を築く。森に生きる生物でありながら人間のように火を扱うことができ、さらに木を組んで家を作ったり、削って棍棒を作り仲間と連携して獣を狩ることもできるそれなりに高度な知能を持ったモンスターである。


 だが奴らに人の言葉は通じず、仮に通じたところで対話ができる存在ではない。わかりあえる存在ではないのだ。人間に似た生活ができたところでより優れた知能を持ちその力で自分達を発展させてきた人間には遠く及ばない。大柄な図体を見ての通り力に関してだけは人間を遥かに凌駕するがそんなもの人間より巨体な生物全般に言えることだろうから自慢にもならない。


 そしてもう一つ、人とオークが相容れない点が奴らの食性にある。オークは雑食性なのだ。雑食と言ってもなんでも()()()()()ことを指す方ではない。なんでも()()()という意味での雑食だ。

 奴らは悪食と呼べるレベルまでに貪欲な食欲の持ち主で、大きな肉体の成長と維持のために森にある食べられそうなものはなんだって片っ端から食べる。例えば木一本にしたって実、花、芽、葉っぱから幹の皮に泥のついた根っこの先にいたるまで残さずぺろり。それから昆虫に小動物まで、森にある土と石以外のものはすべてオークの主食であるとされている。空腹時にはそれすらも齧ることがあるというから驚きだ。

 もちろんそんななんでも食べられるオークにとっては人も自らの腹を満たすための食べ物のひとつにすぎない。というか肉である以上大好物の部類である。力だけは馬鹿にあるので、ひとたび捕まってしまえば暴力であっという間にミンチにされ、生にせよ火を通すにせよ奴らの胃袋の中で髪や骨まで溶かされ後には何も残らない。


 そんなオークの群れとクロノスが対峙しているのかって?クロノスの目的は、このオークの群れを討伐すること。それが彼の本日のクエストだからだ。

 現在クロノスがいたのはミツユースの街ではないし、もちろんその付近の近郊でもない。ここはミツユースが属する国であるポーラスティア王国と接する某隣国との国境あたりの山の中にあるとある村だ。ミツユースからかなり離れた場所であり、早馬の馬車を使っても二、三日かかる程度には距離がある。


 森を切り拓いたところにあるこの村は、少し離れたところにある別の村から出たあぶれ者の三男四男坊たちによってつくられたいわゆる開拓村というやつで、興されて十数年が経過しているがそれでも村としてはまだ新しい。これまで苦労も多かったがそれでも村人たちは力を合わせ村を発展させてきたのだろう。

 慎まやかに暮らしていたその村に、ある日このオーク達は突然やって来て村人たちを襲いだしたのだ。大切な村を守るために男たちは武器をもって抵抗したが、大柄なオークの集団に素人が勝てるはずもなくあっさりとやられてしまう。敗北を認めオークに恐れをなした生き残りの村人たちはオークに殆ど乗っ取られてしまった状態の村を捨て、そこから着の身着のままで逃げ出した。

 死に物狂いで山を越えなんとか越えて(ふもと)にある小さな街までたどり着くことができた村人は、その街の代表に経緯を伝えた。そして代表も街にあるギルドの支店へと連絡して直ちにオーク討伐の緊急クエストを発注させ、オークを討伐してくれる勇気ある冒険者を募ったのだ。


 冒険者なんかよりも先に属する国に助けを求めて兵を出してくれって?もちろん村人から話を聞いた街の代表は冒険者ギルドへ依頼を出すと同時に街の兵の詰め所にも連絡を入れている。しかし小さな村ひとつの話ではそこに住む人間にとっては生死に関わる重要な事態でも、国にとってはほんの些細で不幸な出来事にすぎない。兵を出すのだって時間も金もかかるし、すぐには動いてくれないだろう。もしかしたら偉い人は出兵させるだけ金の無駄だと見て見ぬふりをして村が壊滅するまで何もしてくれないかもしれない。だいいちこの街も人口の数でぎりぎり街と呼ばれるレベルの小規模なもの。国の駐在兵や自警団の若者をかき集めたって数十匹に及ぶオークの群れを撃退するほどの戦力はない。

 こういうときはすぐに動ける冒険者の方が頼りになるわけだ。金さえ出せばモンスターと戦ってくれるし、負けて死んでも後腐れがない。今回のように村を占拠され払える財産がなくても、分割払いや後払いでの契約が認められる。冒険者への支払いはギルドが一時肩代わりという形だ。人々の役に立ち冒険者のサポートをするのが冒険者ギルドの存在意義である以上彼らもそこまで鬼ではない。…むろん、踏み倒しなどには容赦しないが。


 そんな理由もあってすぐには動けない兵士の代わりにオークと戦う冒険者を集めるためギルドが出したのは緊急クエスト「オークを討伐して村を解放せよ‼」。緊急クエストとはその名の通り緊急の事態が発生した際に発注されるクエストで、今回のように突如現れた危険なモンスターの討伐などが主な例だ。討伐対象が危険なモンスターであることで普通よりも難易度が跳ね上がるが、その分報酬が通常の相場より割高に設定されており、更にクエストの達成により与えられる冒険者ランク昇格の条件となる経験点の付与量が異様なまでに多い。手っ取り早く金稼ぎとランクの昇格が狙えるので、冒険者にとっても無視できない存在なのだ。

 さっそく募集を受けて、街にいた名誉と金を求める冒険者達が我先にとオークが占領した村へ赴いた。そして彼らは手を組んで意気揚々とオークの群れに挑んだのだが…


「…結果はどうだか。見てみろ、オークたちはまだたくさんいるじゃないか。それなのに勇ましく立ち向かっていった冒険者達の姿はいったいどこだっつうの。」

「プゲッ…‼」


 一匹のオークがクロノスを睨みつけながら口をもごもご。そしてそこから何かを吐き捨てた。それはオークのねっとりした唾液に塗れた一枚のカードだった。それは冒険者であるクロノスにとっても見慣れたもの。冒険者が己の身分を明かすための大切な冒険者許可証(ライセンス)だ。


「あーあー、冒険者の命とも言えるライセンスカードをこんなにしてくれちゃって。持ち主に謝っておけよ。」

「ゲブブ…‼」


 ライセンスカードは冒険者が冒険者であることを証明するための大切なもの。それを無くした持ち主はいったいどこにいるのだろうか。そんなことは決まり切っている。負けたのだ。このオーク達に。敗走はすでにクロノスも聞き及んでいる。聞いたから自分がこの場にいるのだ。だからいまさら驚くことはない。

 先に来た冒険者達もオークの活動が鈍る明け方に襲撃をしかけ何匹かは倒したのだろう。その証拠に村のそこらにオークの死体が転がっていた。だが思ったよりも数が多く力も強いオークの群れすべてを葬るには至らず、数の暴力の前に屈して奴らの腹に収まったわけだ。


 生き残りはなんとか街まで逃げ帰ってギルドへ討伐失敗の報告をしたそうな。そして支店はこの街の冒険者だけでは対処できぬ事案であると他の街にもクエストを流して新たな冒険者を募ったが、先の冒険者が敗北したことで誰も手を伸ばせず、巡りに巡ってその話がこの手のクエストの残飯処ぶ…解決を得意とするミツユースのクロノスの下まで流れて来たと言うわけだ。

 そこまでがクロノスはギルドで聞かされたクエストの流れてきた経緯。それを振り返ってクロノスは改めてオークの群れと向き合う。

 

「しばらく街で暮らしてみて気づいたが…ミツユースは交通の便が良いからあちこちから未解決のクエストが流れてくるな。それも手遅れ同然になるまで劣化した状態で。まるで浜に打ち上げられた海藻かなにかのようだな。浜辺の海藻ってしょっぱいし砂絡みついてるしスープにもできやしない。」

「…ブベッ‼」


 ライセンスカードを吐いたオークの隣にいた別のオークがまた何か吐いた。まるでクロノスに「こっちを向け‼」と言わんばかりに。

 今度のそれは白い骨だった。わずかにピンク色の肉が張り付いたそれは大きさから見ておそらく人の腕の部位だったものだろうか。


「…スープか。そういえば昼から何も食べていないからさすがに腹が空いたな…せめて想像の中だけでもセーヌの飯を食べたい…がんばれ俺の妄想力‼溢れ出る想像の力で五感を騙してみろ‼…ああ、なんか食べれそうな気がしてきた…ふかふかのパンと熱々のスープが味わえ…熱っ‼想像で舌、火傷したかも‼自分でも何言ってんのかわからねぇ‼」

「ブロロオオオ‼」


 唾液でべとべとの人骨をちらりと見てもなお自らの食事のことを考え、そして妄想の世界にふけって舌を冷ますそぶりをするクロノスへ、一匹のオークが木の棍棒を思いきり振り付けてきた‼それは骨を吐き出した個体だ。おそらく口の中を空にしたのは開戦の合図だったのだろう。


 おのれオーク、不意打ちとは卑怯なり…いや、どう考えても敵の前で妄想トリップしていたこいつが悪い。オークの容赦ない暴力を受けたのなら、普通の人間ミンチと化す。オーク自身も今までこれで人間をいともたやすく料理してきた。だから圧倒的なまでの自信があった。目の前のこいつも例外でないと。

 

「ゲプププ…‼」

 

 オークが新たにできるミンチ肉を味わう自らの想像をして舌なめずりをした。にちゃりと気持ち悪く笑いながら、一秒が何百倍にも感じる瞬の世界に突入する。そのままクロノスがミンチになる瞬間を見届けようとした。


「ブブッ…?」


 しかし、棍棒の先がクロノスにぶつかった瞬間に、棍棒はまるでガラス細工のように粉々に、細かな破片となって周囲に砕け散ってしまう。予想外の結果にオークも困惑気味だ。

 その一方でそれを喰らったクロノスは何食わぬ顔でたたずんでいる。確かに棍棒はクロノスの頭部へ直撃していた。しかしクロノスも何もしていなかったわけではない。とっさに技を出して防いでいたのだ。冒険者の防御技、その名を「我金剛(ガコンゴウ)」。肉体の硬さを瞬間的にあげ、防御の力を飛躍的に上昇させる技だ。

 普通の冒険者の我金剛はダメージをいくらか抑える程度にすぎない。しかしクロノスは逆に攻撃してきた相手の武器や相手自身を傷つけるまでに至る。同じ技でも使用者によってこれだけの差がある。


「ああそうか。君は…()()()()()()()()()()()?」


 棍棒の木片を頭にかぶったクロノスはここでオークと初めて目線を合わせた。するとオークの頭が、まるで水の詰まった樽のように、とつぜんぱちんと破裂した。それは突然に、何の前触れもなく。


「ブ…ブパッ…!?」


 それはまさしくオーク自身が何よりも想像していた光景だった。少し違ったのは破裂したのが相手の人間ではなく自分自身であったことくらいか。

 とにかく血と脳漿と肉片と骨片を四散させたオークは飛び散り、あらゆるものが降りそそぎクロノスを襲ってくる。


 …が、なぜかそれらはなぜかクロノスだけを逸れる。まるで見えない傘が彼の目の前にあるかのよう。


「ブバァッ‼」


 仲間の残骸を被った血まみれのオークが飛び出してきて、頭部を失い突っ立つ元仲間…現在新鮮な肉片になり果てたそれの横を駆け、まっすぐにクロノスの元へ向かう。そして冒険者から奪った剣を力任せに振ってクロノスを斬りつけた。


「プギッ…!?」


 しかし剣が彼に当たる直前で、剣はそのオークの手首から先ごと消えた。痛みと混乱にオークの知能はついていけない。その間にクロノスがそいつへ一歩歩みを進めると、そいつは頭部を含む腰から上の半身がどこかへ消えてなくなった。残された下半身がべちゃりと音を立てて地面に寝転ぶ。そして土に血の水たまりをつくった。


「プ」


 それからすぐに消えたオークの上半身は姿を現した。…別のオークの口の中に。いくらオークの口が大きいとはいえさすがに仲間の体がまるまる入るほど大きくはない。オークは口が破裂して下顎と食っていた仲間の上半身を地面に落とした。…ついでにそいつは下顎を無くした首を胴体から落っことして絶命した。


「プギロロ…!?」

「プギ…!?」


 一瞬のうちに三匹の仲間が死んでしまった事実に戸惑う他の仲間。そして同時に人間よりもはるかに劣る知能で必死に考える。「目の前のこいつは何者だ…?」と。


「…生存者の救出ね。オークが襲来して何日経ったと思ってやがる。ミツユースにまでクエストが回って来た時点でそんなもの望み薄だよな。しかし生きているかもしれないから、形だけでも救出活動はおこなったという行動(スタンス)を取らなければギルドの印象が悪くなるか。」


 クロノスは見張りのオークの目をかいくぐって村へ侵入して、隠密行動で家々を回り、生存者がいないかを調べ終えていた。…すませて、そんなものはもういないことを知ったからこそ、こうして堂々と姿を見せた。


「プガガガ…‼」

「そりゃ「どうせとっくにオークの餌になったてるだろうから、人質の心配なんてせず暴れまくってオークを皆殺しにしてください」なんて言えないよな…なぁ?」

「プギィ‼」

「プギギ‼」


 オークたちはやっと気づいた。目の前のコレは、これまでの相手とは明らかに違うと。人よりも知能は格段に劣るがそれでも少しは考えられる頭で、それを使ってオークたちは気づく。これが今までのように弱いばかりか向こうからやってきてくれる柔らかい肉でないことを。


「プゥウウウゥ‼」

「ギギイイイィ‼」


 しかしそれでもオーク達は武器を手に取り勇敢にも次々とクロノスへ向っていく。挑み続ける、挑むしかない。

 元々こいつらは森にいられぬ理由があって人間の領域へ来て人里を襲ったのだ。すでに住む場所と食料という捨てるには惜しい財産を手に入れたオークたちには、これを手放して逃げるという選択肢はないのだ。奴らには人間のような優れた建築技術も農耕する能力もないからだ。居心地の良い木造建築を味わえば、もう土臭くてじめっとした洞窟や木を崩れないように組んだだけの巣穴の生活には戻れない。


「…勇敢だな。でも無謀だ。無茶はしても無謀は駄目だと思う。無謀と無茶の違いをオークの君たちには理解できるかな?」

「ブ」「ブギ」「ギ」


 勇ましく先陣を切った先頭の三匹のオークがクロノスへたどり着く直前。クロノスが持ってきた鈍らの剣を横に軽く振った。そして三匹のオークの首が宙を舞う。

 首を失ってもなお地面を走り続ける三つの胴体は、数歩の距離を走ってからバランスを崩して転んだ。クロノスが剣をもう一度振るうと、刃についていたオークの血が地面に飛んだ。


 ――――ぺきん。


「あ、」


 クロノスの剣は刃の真ん中から折れてしまった。やはり(なまく)ら剣では負荷に耐えられなかったのだろう。


「…‼」「ブモオォォ‼」「プギイィィィ‼」


 正体不明の敵は武器を失った…‼今しかないと、豚の女神様が気まぐれで寄越してくれたチャンスにオークが一斉に殺到する。


「やれやれ、まーた現地調達ですかっての。俺もイゾルデのように得物をしまっておく魔道具が欲しいもんだぜ。でもそういうのはギルドと魔導ギルドが厳しく管理してるからなー。裏のルートで手に入れたのなんて没収されちゃうし…」

「ブギギギ‼」


 オークの中には鉄の斧や剣といった武器を持っている個体がいた。それらは村人や冒険者を殺して奪ったものだろう。そして元の持ち主はとうぜん奴らの腹の中。だから誰のものでもないもらってオッケー‼

 そう結論付けながらクロノスは、斧を持っているオークの足元へ素早く移動し、オークの足を蹴って体勢を崩させ前のめりに倒す。そして倒れてくるオークの腹を天へ向けて蹴った。


「ブペッ…!?」


 とんと当てられた軽い一撃なのに、そのオークの腹には大穴が空いて後ろの空間が丸見えになった。削られた血肉や臓物が上空に飛び散りシャワーとなって周囲のオークへ降り注ぐ。


「ブビビ…‼」


 悪食なオークでもさすがに仲間の血肉では食指が動かなかったようだ。恐怖で数歩後ろへ下がる。


「さぁて、全部で五十匹くらいだろうか。森で外敵や病にやられず運よく繁栄できたものの増えすぎて森の恵みだけでは群れを維持できなくなったってところか。出産計画って言葉を知らないのかい?…知るわけないか。知らないからこそこんなことになったわけだし。」


 クロノスは狼狽えるオークを見渡してから、真下の腹に大穴を空けて絶命したオークから斧を奪い取り新しい相棒にした。


「短い間だろうが、たぶん次の瞬間には別の相棒に変わっているだろうが、どうぞよろしく相棒(パートナー)。一瞬の付き合いになるがその代わり、武器として生まれた意味を見出せるような最高の煌めきを君に今夜与えることを約束しよう。」

「ゲププ…‼」

「ゲペペ…‼」

「…ああ君たち、君たちは間違いを犯した。大人しく森の中で森の恵みを享受して暮らして居ればよかったのに。」


 オークに人の言葉は理解できない。理解できたとしても会話になるはずがない。それでもクロノスは、まるで子供に諭すときかのように奴らへ優しい声色で語り掛ける。もっとも、それが相手にどう伝わっているのかまでは面倒見る気はならなかった。


「恵みが足りないから山を下りたって?そんで食べ物と寝床があるから村を襲って占拠しましたと…ダメじゃないか?数が増えすぎたのなら君たちが勝手に喰らいあい自滅して数を減らしたまえ。オークは共食いの拒絶反応がないモンスターだと聞いたことがあるぞ。人間にはあるんだ。共食いの拒絶反応…俺も君たちのようにだいたいのものは食えるんだが…人肉だけはどうしてもダメなんだ。不味いとか美味いとかの問題じゃなくてこれは本能の忌避感に近い…」

「プギイィィィ…‼」

「ん?知るかボケって?それとも次から気をつけますと言っているつもりかな?…けれど駄目だ。君たちはもう…遅すぎる。手遅れだよ。」


 オークは普段は山奥で暮らしているが、群れが大きくなりすぎて分裂したり森の実りが少なくなると食べ物を求め人里へ降りてくる。そして見つけた食べ物である人を襲うのだ。そして人を喰らいその血肉のうまさと柔らかさを知ってしまったオークは積極的に人の集落を襲うようになってしまう。

 だからこの村から食べるものがなくなれば、このオークたちはきっと…いや、必ず次の村を襲う。そこの食べ物もなくなれば次は別の村、そしてまた別の村、さらに別の村、数がもっと増えたら街レベルを襲いだすかもしれない。

 オークはモンスターだから加減を知らない。そこまでいくと森に戻るという選択肢はもはやない。奴らは村を奪ったうえに冒険者を返り討ちにしたことで、人間は自分達よりも弱い生き物だと認識して、人という苦労無く楽に手に入る獲物しか選べなくなってしまった。いまさら森に戻って厳しい弱肉強食の環境をまた味わえと言っても聞き入れないだろう。人間だって今から文化も技術も何もかもを捨て去った原始的な生活に戻りなさいと言われても、それがたとえ神からの命令であってもお断りだろう。


 クロノスの紅い瞳が月明かりに照らされて光る、輝く。そして近くにいた二匹のオークが後ろ向きで弾き飛ばされ、民家の壁にべちゃりと飛び散って赤い花を咲かせた。


「いいかい?君たちのような足りない頭でも理解できるように優しく教えるてあげるとだな…」


 またも大人が子供を諭すかのように優しく教えているつもりのクロノス。しかしオークにはとても優しくなんて聞こえていなかった。これは大人から子供への一方的な暴力だ。


「この大陸の覇者は人だ。よってそこにあるすべてのものは人の物だ。…今はまだ人の踏み入れぬ未開の地はいくらでもあるが、そのうち全部手に入れるだろうさ。何百年、何千年かかっても必ず…いつかな。そして君たちはそこに()()()()()()()()()()()だけの存在ということをゆめゆめ忘れてはいけない。人に差し出しはしても受け取ることは決してない。ギヴ&テイクではなくギヴオンリー。恵みを差し出せ、俺達は何もやらん。もらえたとしてもそれは捨てたものか君たちが勝手に奪ったものだから勘違いするな。それがこの大陸の掟だ。今俺が決めた。」


 クロノスが「それ」と手首を軽く振って奪った斧を投げ飛ばした。それはくるくると回転しながら飛んでいき、延長上にいたオークの眉間に深く突き刺さり、そのオークはそのまま絶命して倒れた。

 それに驚いた横の二匹のオークも次の瞬間には縦と横に肉体が真っ二つになった。斧はぜんぜん違う方向を飛んでいたのに…絶命の間際、三匹には何が起きたかさっぱりだっただろう。


「それを忘れこのような行為をしでかした時点で君たちは終わるしかない。…ってあれ?あちゃ~相棒(パートナー)投げ捨てちゃったよ。俺ってば本当にダメな男だよなー。」

「プギギギ…‼」


 オークの足りない知能でもこれくらいはわかる。こいつは危険な存在であると。この男が自分達の前に現れてからまだ三分程度しか経っていない。しかし時間の概念などわかるはずもないオークたちにとっては、このわずかな時間がとても長く感じられた。とても、とても、とても長く。もしかしたら生まれて今まで生きてきた時間よりもはるかに長いかもしれないと思えたほどだ。瞬く間に群れの仲間を何匹も残酷に殺されてしまったのだ。これは正常な感覚を保てというやつの方がおかしいだろう。


「あーあ、なんで俺がこんなことをやらないとならないんだ。俺もイゾルデの活躍の方を見たかったよ。冒険談、その輝かしい第一歩を彼女の口から、彼女の声で、新鮮なうちに聞きたかった。聞きたかったんだよなぁ…もっと望むならそれをすぐ近くで見守って、先輩風を吹かせてアドバイスなんてしちゃったり?…それを、君たちのせいで台無しにされてしまった。この責任、どうやってとってくれんの?なぁ?」

「プ」「ギ」「プ」

 

 クロノスが三匹のオークを交互に見つめた。それだけで、そいつらの両眼が破裂した。


「「「ブギイイィィィィ!?」」」


 痛みで顔を抑える三匹は痛みと恐怖から逃げたくて…持っていた棍棒で自分を叩く、叩き続ける。手に力が入らなくなってもなおも叩き続け、力尽きて倒れるまでその奇行はやまなかった。たぶん奇行をしていたオーク自身、死ぬまで自分が何をやっていたのかわかっていない。


「五十匹倒しても金貨がやっと数十枚か…明らかにわりに合わない。代わりに冒険者ランク昇格のための経験点は破格だったが、既に敗北者だ出て難易度も跳ね上がっているし、だれが受けるっていうんだ。」


 オークの危険度はB。これは戦う場合に最低でもB級の実力を持った冒険者のパーティーが欲しいということ。ましてやこの群れのように何十匹もいるのなら冒険者側も何十人も戦力が必要になる。とても一人で挑むクエストではない。オークからしたらクロノスは人間側が負けを認めて「これで勘弁してください」と寄越してきた生贄(いけにえ)にしか思えないだろう。


 だがクロノスは一人で挑んで問題ない。それはクロノスが冒険者の中でも数少ない、S級の称号を持つ冒険者であるからだ。Fから始まる冒険者ランク、その最頂点であるS級は冒険者の中でも特に目覚ましい活躍をしたほんの一握りの者に与えられる称号だ。この広い大陸に数多にいる冒険者の中でも、クロノスの他にほんの十数人しかいない。いずれも並みの冒険者とは比べ物にならない実力者でドラゴンを素手で殴り殺せるくらいの破格の戦闘力や、他の追随を許さない圧倒的なまでの専門分野の知識と技術を持っていて、高難易度のダンジョンにも一人で行って帰ってくるような化け物揃い。

 クロノスもまたS級の称号に相応しい実力の持ち主で、「終止符打ち」という二つ名で業界中に(おそ)れられている。こんな誰からも見捨てられたクエストをまるで残飯の処分のように最後に片付けていく仕事人という意味らしい。これはギルドにつけられたものではなく、冒険者の活動の中で自然と囁かれるようになった。実力のある冒険者にはこういった二つ名がつくのは冒険者業界の(なら)わしだ。

 

「感謝して欲しいね。ギルドも、村も、そして君たちも。こんなせいぜいが向上心と正義感のあるB級冒険者のパーティーがやるようなクエストを、それも早馬で二、三日駆けるような距離のヤツを、頑張って半日で走って来てやったんだぞ。まだまだ駆け出しのクランリーダーのお仕事をほ()っぽってな。だから楽しませろ。そして君たちも楽しめ。まだまだ夜はこれからなんだから…とくに君たちにとっては最後の夜。しっかり味わいその身に噛みしめるといいさ。」


 観客などいない真夜中の殺戮劇場。それは役者が赤い目の一人を除いてはすべてが死に絶えるまで続く。

 もはや逃げることも叶わない…オークたち悟ってしまう。できることといえば、わずかな可能性に賭けてこの男に挑み、勝って森の奥まで逃げおおせることくらい。 

 オークたちは既に結果の出ている勝負の中にわずかな勝利の可能性を賭けて全力に挑み、クロノスへ向っていく。



―――



 空の真上に上っていた月が少しだけ傾いた場所にある。時間が経って動いたのだろう。しかしそれはほんのわずかしかずれていない。大した時間が経っていない証でもある。


「群れでの暴力による集団戦闘…なかなかいい戦い方だ。各々が好き勝手動いて効率が死んでしまうのも油断を誘う作戦だったと言って聞かせても俺は信じてやるよ。」


 既にそれを聞いている者はいない。だがクロノスは真下で山を築いて絶命しているオークの群れのなれの果てにそれを言い聞かせていた。 


「…でも、残念ながら君たちよりも俺の方が、ほんの、ほんの少し強かった。これが結果だ。それとありがとうな。こうやって数多に築いた敵の屍の山に乗ってカッコつけてみたかったんだ。正直に感想を述べると…感動よりも君たちの臭いのひどさがすごい。来世ではもっと体を洗ってから会いに来てくれ。」


 既に命を失っていたオークたちにクロノスの声が届くことはない。もちろん返事だって返ってくるはずもなかった。


 


――――――――――――――

種族名:オーク

基本属性:地

生息地:大陸全土の森林地帯に広く生息 

体長:2~2.5メートル(個体差あり)

危険度:B


 緑の体に豚のような顔が特徴的。腹はでっぷりとしているが体付きは筋肉質である。緑色なのは皮膚だけで肉は綺麗なピンク色。悪臭は不衛生だからではなく、進化の過程で手にした虫よけ効果なのだとか。ノミ、ダニ、ハエなど各種害虫を寄せ付けない効果があるらしいがどちらにせよ臭いものは臭い。

 森の奥で群れをつくり、家を建て、狩りを行い暮らしている。雑食性で食べられるものならなんでも食べ、空腹時には土や木の皮も食べるらしい。消化器官が異様に発達しており、その力はヘビやワニなどの爬虫類並とされている。

 肉は筋肉と油だらけで臭みが強くてまずい。まともに食べられない。ただしその臭みには防腐効果もあるとのこと。干し肉にすると丸一年放置しても腐らないらしい。

 手ごわいオークを倒してまでまずい肉を食べたいかはわからないが。どうしても食べるなら血抜きに失敗しないこと。血は肉以上に臭いので血抜きを怠ると三倍臭くなる。常人はこの味を好むことは決してないが、普通の味に飽きた美食家など一部のマニアにカルト的人気があるらしく、数年間に渡って熟成させたオークの肉は特殊なルートで高値で取引されているのだとか。ただしあまりにも臭いため取り扱いには注意されたし。

 有名な話として、オークは人間の婦女子を攫って犯し孕ませようとするというものがある。だがそれは間違った情報だ。オークは性欲よりも食欲を優先するモンスターで、女子供を攫うのは持って帰って食べるためだからだ。大半は連れ帰った時点で殺され食料にされる。まれに生かしておくのは、生かしておけば腐らないのでしばらく持つ保存食になると知っているからだし、女子供を狙うのはただ単に肉が柔らかくて食い心地がいいからにすぎない。男よりも弱いので攫いやすいし抵抗されにくいというのもある。

 そもそもオークは人間とは完全に別の種類の生き物で交尾を行っても子ができることは絶対にない。度合いで言えば犬と猫を交配させて()()()()()つくるくらいに不可能な話である。オークが人間の女を孕ませるという俗説は、人でなしの冒険者や傭兵がオークを退治するどさくさにまぎれ、奴らが保存食用に生かしておいた婦女子を戦闘の昂りでつい犯し、口封じのため殺めてしまい、それを「オークがやったことだ。自分達が来たときにはすでにこうなっていた。手遅れで残念だ」と言い訳したことが由来だとか。しかし俗説を信じている者は未だ多く、それを利用して攫われた女を救出する際に彼女達へ乱暴狼藉を働きそれをオークの仕業にする不届き者が出たり、救出された女がオークに犯された者だと誹謗中傷の的になるなどの話は後を絶たない。モンスターと人間、外道は果たしてどっちなのやら…あるいはどちらも同じ穴の(ムジナ)なのかもしれない。我々冒険者ギルドは冒険者が間違った方向へ行かないようにするためにもよりいっそう正しい情報の提供を行い、彼らを律していくべきである。


 文献「モンスターを食べよう‼~悪魔の味~」より抜粋

 文献「くっ殺せ‼…オークはマジで殺してきます」より抜粋

 文献「オーク社会の発展から人間社会への略奪行為へのプロセス」より抜粋

 文献「救出者の証言。穢れていたのは助けに来た奴だった」より抜粋

 文献「オークの免罪」より抜粋

 文献「冒険者向けモンスター討伐法~亜人種系モンスター編~」より抜粋

 文献「くちゃいくちゃいくちゃい‼世界の臭い生き物BEST100‼」より抜粋

 ギルドのモンスター資料より抜粋


――――――――――――――



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