表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫より役立て‼ユニオンブレイブ  作者: がおたん兄丸
1/35

プロローグ:借りてきた猫よりも役に立つ子猫ちゃんたち



 初めまして。…ん?それとも久しぶりだねの方が正しいのだろうか?まぁどちらにせよここは「こんにちは」と挨拶しておくことにしよう。挨拶はいつだって大事だ。私にだってそれくらいの常識はある。


 とつぜんだが、皆様はこの世界に存在する「冒険者(ぼうけんしゃ)」という職業をご存じだろうか?

 …ああ、この世界とは皆様のいる「そちらの方」ではなく、つまり…「剣と魔法のファンタジーワールド」というヤツのことである。

 魔法があってモンスターがいて、そちらの世界と比べ科学技術の発展が少しばかり遅れた「ファンタジー小説によくある中世ヨーロッパ風異世界」の一つと考えてくれて構わない。そう、そんな感じの世界だ。あくまで(ふう)であって、中世ヨーロッパではないのは見過ごせないポイントだ。


 このお話はそんな世界に暮らす人間の中の一部が身を置く職業、「冒険者」のお話だ。

 冒険者のお仕事の内容は単純明快文字通りに「冒険をすること」である。どこを?と聞かれたらそれは人間が住む土地の外というほかあるまい。


 ある時は木々の生い茂る深い深い森の奥。

 ある時は奈落の底まで通じていそうな暗い暗い洞窟の中。

 ある時はごつごつした岩しかない高い高い山の頂上(てっぺん)

 ある時はすべての生命の息吹を焼き尽くす暑い暑い灼熱の砂漠。

 ある時は何もかも凍らす尽くす寒い寒い氷の大地。

 ある時は誇り高くちょっぴり悪戯好きな妖精たちの棲む聖域。

 ある時は恐ろしい竜が宝を守るそいつの巣の中。

 ある時はかつての先史文明が築き彼らが滅んだあともそこに存在し続ける高度な技術でできた遺跡群。

 そしてある時は神が人間を成長させるために作ったとされる大陸各地に存在する不思議な異空間「ダンジョン」。

 

 そんな場所へ冒険者達は自らの身も顧みず飛び込んでいく。そこにあるまだ誰も目にしたことのない光景や、珍しい動植物。隠された莫大な価値を秘めた財宝の数々を求め、莫大な富と名誉を得るために。


 しかし過酷な自然環境は人間でも一切の容赦なく自らの法則(ルール)の中へ組み込みそれを強制してくる。そして弱肉強食の理に倣った狂暴な獣やモンスターが非力な人間を襲ってくるのだ。だがそれらと戦い生き残ることもまた冒険の一部だ。

 時に強力な自然の力に屈して命を失うことだってあるだろう。それでも冒険者は挑むのだ。なぜかって?そんなのは簡単なこと。彼らは求めているのだ…未知に挑み未知を目にし未知を手にする浪漫(ロマン)とスリルと名誉を。そしてそれぞれが胸に秘めた夢をかなえるために。


 探求心をはじめとした欲望の大変に深い冒険者は大自然の中からあらゆるものを持ち帰ってくる。貴重な植物。見たことも無い珍しい動物。変わった性質を持つ鉱石。ダンジョンで手に入る神の加護「スキル」をその身に宿した装備品。そういったものはとにかく金になるのだ。

 そういったものを手に入れた成功者の中には、食べきれない贅沢な飯と高価な装飾品や芸術品に囲まれ、女をたくさん侍らせて貴族よりも豪華な豪邸で遊んで暮らし、その生活は曾孫玄孫(ひまごやしゃご)の代まで続けられた…そんな伝説だってある。それに憧れを抱きまた新たな冒険者が挑むわけだ。



 ―――とまぁこんな感じ。冒険者についてかっこよく話したが、普段はと言えば街の中で酒飲んでギャハハやってる定職にも着かないおバカ程度の認識でいいよ。私個人は冒険者のことを気に入っているので彼らに関する話はまだまだしてやってもいいのだが、今日の所はこの辺にしておくとしよう。なに、お話の中で必要に応じて教えていくことになるだろうさ。さぁ、次に物語の舞台となる土地を紹介するとしよう。

 

 舞台となるのは「大陸」と呼ばれている広大な土地のちょうど真ん中よりやや少し下あたりに位置する国「ポーラスティア王国」。その領内にある海沿いのたいへん活気に満ちた港街「ミツユース」である。


 ミツユースは元は辺鄙(へんぴ)な片田舎の小さな小さな漁村だったらしいが、何十年も前に当時の有能な豪商の手による積極的な土地開発により海路陸路ともに大きく発展を遂げて、人々の間で商業都市、流通都市、物流都市などとも呼ばれるようになり、今では商業の街として大陸各地から商人や旅人がやってきて常に賑わっている。

 大陸各地から人と同様に流れてくる品々は多種多様で、食料品や衣料品、鉄鋼材、錬金術の素材、燃料、木材、絵画や彫像などの芸術品、宝石や金銀といった装飾品、各地に残る古代の超魔導文明の遺跡から発掘された魔道具、同じく各地のダンジョンから冒険者が手に入れた神が与えた様々な加護のついた装備品、その他諸々諸々もろもろもろも…この街では金さえ出せば違法な品を除き手に入らない。いや、金さえ積めば人間の奴隷や違法な薬品などの禁制品ですらも裏の闇市で手に入るのだと豪語する者もいる。それほどに物に満ちた街なのだ。


 人種にしても大陸各地の様々な人種を目にすることができる。最も人口が多く大陸に幅広く存在する普人族(ふじんぞく)をはじめとして、獣の耳と尻尾と丈夫な肉体を持つ獣人族、低い背とがっしりした筋肉質の体付きで男は顔を覆い尽くすかのような立派な髭を蓄えたドワーフ族、普人族の半分もない背丈に大人でも十代前半のような童顔で尖った耳のハーフリング、背中に鳥の翼を生やした有翼人などなど…挙げていったらキリがない。


 物も人も押し寄せるミツユースはその結果街としての規模はかなり大きくなっており、この街が属する国であるポーラスティア王国の王都ポーラスティアよりも広く人口も遥かに多い。その規模は街へ来た人間が三か月経っても街の全容を把握できないのだと言われている。

 冒険者にとってもこの街は重要な存在で、各地からクエストの依頼やダンジョンの情報などがひっきりなしに流れてくる。それの中から自分の冒険者心をくすぐるものをつかみ取り、海路陸地を使いまた別の地へ赴くのだ。



 さぁ予備知識を頭に叩き込んでもらうのはこれで終了だ。さっそく見に行こうじゃないか。



――――



 ミツユースの街に陸地側から入るためには、各地から続く街道ルートを通って街の陸側をぐるりと囲む壁にある巨大な門の前まで辿り着く必要がある。本来ならば外からやってきた者はそこから検問の長い長い行列に並んで簡単な荷物や街での予定の検査を受けて良心的な入門税を支払ってから入るのだが、私と皆様にその必要はないだろう。なんたって私と皆様はお話の「外」にいる「お客様」なのだから――――


 門をくぐった先はにぎやかだ。まっすぐに伸びた整備された石造りの歩道が街の中央広場までただひたすらに続き、通りには外から来た者向けの多くの商店や宿屋が軒を連ね、そこの店主が通行人らへ声をかける。横の小道に入ると市民街や色町や職人街やその他もろもろへ続いていくのだが、今回はわき目もふらずにただまっすぐと進んでいく。


 なに、そこまで時間はかからない。今しがた通り過ぎた石造りのひと際大きな建物があるだろう?あれを背にしてもうちょっとだけ歩けば…ほうら、見えてきたぞ。 



 そこにあったのは木造りの二階建ての建物。通りにある他の店や商会の店舗の建物と比べると少しばかり大きめで、裏には広い池つきの庭もあるようだ。古さはあるがしっかりとした作りでどことなく誠実さを感じる。

 見た者はここを宿屋、もしくは酒場か何かだと思うだろう。しかしそれは勘違いである。確かに元はそうだった。つい数か月前までは老夫婦が二人で切り盛りする街で評判の宿屋だったのだ。しかし奥さんに先立たれ一人残された旦那さんは宿を閉め、元気をなくし遂には…なんてことはなく、二人は田舎に土地を買って野菜を育てながら楽しく暮らしている。


 そうしてこの地を去った老夫婦の手から離れたこの建物は違う持ち主の手に渡り、宿屋から新たな別の存在へと生まれ変わった。今この建物は…冒険者が集う「冒険者クラン」の大切な拠点なのだ。

 冒険者クランとは冒険者ギルドとはまた別の存在で、馬の合った冒険者達によって結成されるチームのようなもの。パーティーが正式な形となったものとでもいうべきか。ギルドがライセンスを所持している冒険者全体を管理しサポートしているが、クランは所属する冒険者同士で協力し合って活動をしている。



 扉には憎たらしい顔つきの黒い猫が「OPEN(えいぎょうちゅう)」と指し示している、誰かのお手製イラストの看板がぶらさがっている。

 本来ならば扉を開いて中に入るのだろうが…お話の外にいる私と皆様にその必要はない。まるで幽霊のようにすぅっと扉をすり抜けさせてもらおう。


 建物の中でまず最初に出迎えてくれたのは、この世界のこの地方の建物ではごくごく一般的な組み合わせの床と壁だった。壁は濃いクリーム色と灰色の中間みたいななんとも言えない、しかし不快にも感じない色合い。床は丈夫で加工しやすいと評判の木の板でできたフローリングだ。面白みも何にもないが、それは誉め言葉に換えれば堅実といえる。丈夫な木に艶を出したフローリングの床の上には丸テーブルと椅子がいくつも置かれている。


 ここまではこの世界にあるごく普通のどこにでもあるような大衆酒場のような光景だった。しかしそこから先は普通酒場にない光景が続く。


 入り口に入ってすぐの壁には大きなコルクボードが取り付けられている。そこには紙があちこちに乱雑に張り付けられている。内容はお尋ね者の犯罪者の容姿を書き出したものだったり、「××のアホを探しています。おととい借金取りから逃げていたのを最後に姿が見えません。目撃情報募集中‼」のような行方不明の尋ね人の目撃情報募集だったり、「〇日に満月ウサギ狩りのクエスト。同行者募集。詳細は…」などとクエストメンバー募集のものまである。どうやらこの建物を利用する者達の情報交換用の掲示板のように使われているようで、追加で何枚もの走り書きのメモが所狭しと張り付けられていた。

 壁際の一角には一人客用のカウンター。そこの奥の棚には様々な種類の酒の瓶が置いてある。大衆向けの安酒から一杯で月の収入が吹っ飛ぶような高級酒、それだけでなく特定の地域でのみ生産されその地でしか消費されないような超超超ローカルでマイナーな酒に至るまで。それらは分け隔てなく公平に、無造作に置かれている。もしかしたらこの配置をした人間にとって額面の差なんて関係ないのかもしれない。


 全体的な評価をするといい加減さが目立つひどい空間だ。この空間を作り出したのはいったいどこの誰なのか。その疑問に答えることはたやすいことだ。


 …そら、入ってすぐのところにデスクがあったろう。実はそこに一人の男がいたのだ。そいつだよそいつ。そいつがこの空間を作り出した張本人だよ。


「…」


 男は静かに目を閉じて退屈そうに体を揺らしていた。年齢は20代の半ば。整った顔立ちをしており同年代よりもいくらか若く見える。褒めるなら中性的と言うべきか。こうして力を抜いている状態で初めて目にした者は男か女か判別に困ることだろう。

 デスクの上にはおやつに食していたビスケットの欠片が乗った一枚の皿。そして座っている椅子は足の長さが微妙にあっていない粗悪品のようで、そいつが腰を掛け直し揺れるたびに脚先がガタゴトと床を鳴らして吠える。

 

「…ん、」


 女のような細く長いまつげを伸ばしたまぶたがゆっくりと開いた。そこには、紅色の瞳があった。

 瞳の輝きを宝石に例える話は枚挙にいとまがないが、そいつの瞳の輝きはルビーともレッドサファイアとも違う。それは深紅に燃える炎よりも深く、熱く、濃く、激しい…そんなひとたび飲み込まれてしまえばあっという間にすべてを焼き尽くされてしまいそうな、しかし飛んで火にいる夏の虫のように自然と引き込まれてしまうような…そんな紅い色をした瞳だった。 


 ああ、さきにこいつの正体を教えておくとしよう。こいつの名は「クロノス・リューゼン」。この冒険者クラン「猫の手も借り亭」、通称猫亭の代表である「クランリーダー」だ。クランリーダーとはその字の如くクランのリーダーを務める者と言う意味である。

 性別はさっきも言った通りで男だ。端正で中性的な顔立ちのせいで女に見えなくもないが男といったら男だ。寝起きの顔はとても女々しいが…


「…む、誰だいま俺のこと女々しいと言ったのは!?ちょっと気にしてるんだぞ‼」


 私がクロノスの紹介をしている最中に、こいつは頭の後ろに組んでいた腕を解いて勢いよく立ち上がると、デスクの横に立てかけていた剣をすぐさま手にした。

 その剣はこの世界で流通しているごくごく普通の剣だ。金さえ出せばどこの武器屋でも手軽に買うことのできる何の面白みもない斬るための道具。ただあえて違うところがあったとするならば、これがかなりの安物であり、それこそ武器屋の端っこで不良在庫処分で樽の中に無造作にまとめて投げ込んであるような粗悪品であったことだろうか。本当にそれくらいで剣はなんの変哲もないのだ。


「人が昼下がりのすやすやタイム決め込んでいる時に侵入者たぁいい度胸だな?いつの間に入ってきたんだか…どこだ出てこい‼」


 しかし持ち主(クロノス)の動きの方は並大抵ではなかった。剣を手にして構えるまでのその動きは一切の無駄がなく、音もなく、洗練されていた。とにかく早い。

 標的の姿が見つからず剣は鞘に納めたままだが、もしもこいつが探している標的が並の人間で目の前にいたのなら、一瞬で鞘から抜かれたその剣身はそいつの首と胴をまっ二つに裂いていたことだろう。こいつが剣を抜かなかったのはそこに何もいなかったからだ。


「…あれ。消えた?気のせいだったか?だがたしかに…ううん?」


 クロノスはそこにいない何者かの気配を探っていたが、とうとう見つけることができなかった。その正体は紛れもなく私なわけだが、どうやったってこちらの感知をすることはもうできない。存在する次元からして違うのだから。

 けっきょく彼は違和感の正体を見つけ出すことはとうとう敵わずに舌打ちをひとつしてから、手に持った剣を用なしだと乱雑に。それこそ放り投げて捨てるのと変わらないくらいの乱暴さで床に置いてから、また椅子にどっかりと座りなおした。座ったことで粗悪な出来の椅子がまたきぃと鳴く。


「おっかしいな…いま確かに気配があった気がしたんだが…あれー?」

「なにしてんのよクロノスさん?外にまで大声が聞こえてきたけど。」


 クロノスが納得いかぬ顔で不機嫌そうにしていると、裏庭へ続く扉が開き、外から白いワンピース服の少女が一人入ってきた。

 少女の年頃は十代半ばかそこら。顔立ちはまだ少女のあどけなさが残っているが、背のほうは同年代の少女と比べてやや高めで160センチを超えている。

 そしてもうひとつ特徴的だったのが髪と瞳の色。どちらも覗きこんだ深淵の中から覗き返してきたかのようなまっ黒さで、それは大陸の人間としては大変珍しい色だった。髪の方は先端だけが金色に染められていたが、そんなこと気にならないくらいに一度姿を見たら誰もが忘れられないであろうそんな少女だ。


 彼女は「ナナミ・トクミヤ」。クロノスと同じく猫亭に所属する団員冒険者の少女だ。炎と氷の魔術を得意としている魔術師(ソーサラー)である。


「どうしたじゃないでしょ。なんか中からクロノスさんがギャースカ騒ぐ声がしたから気になって来たのよ。」

「…侵入者がいたんだよ。もっとも、そいつは見つけられなかったがな。」

「侵入者ぁ?今日はまだ誰も来てないし、逆に出ていってもないと思うけどな~?だいたい入って来たのなら扉が開いたときに来客のベルが鳴るでしょ。ベルの音は裏庭にいる私でも気づくわよ。扉をよっぽどゆっくり開けたならベルを鳴らさないように入ることはできるかもしれないけど…幽霊でも入ってきたんじゃないの?」

幽霊(ゴースト)か…もしそうだとしたら泥棒なんぞよりタチが悪いな。街にモンスターが、それも真昼間から活動できる幽霊(ゴースト)なんて相当危険だぞ。だが仮にそうだったとしても除霊師とか雇うと高いし胡散臭いからなぁ。とりあえず清めにこの塩でも撒いておくか…とりゃとりゃ。」

 

 不審な気配は質の悪い幽霊(ゴースト)であったととりあえずの結論を出したそいつはデスクの上の皿を手に取り…うわっ、ぺぺっ‼コイツ私に向かって塩まいてきやがった‼しかもおやつに齧っていた保存食用の味のほとんど無いビスケットにかけてた余りの奴‼ちょっとビスケット屑が混じってるじゃないか‼まったく、見えていないとはいえこの私を幽霊(ゴースト)と勘違いして塩をまいてくるとは信心の足らん不届き者め…私の信者がこれを知ったら卒倒ものだぞ。


彷徨(さまよ)える幽霊(ゴースト)よ。どうか未練を捨て去り天の神の身元へ帰るといい。」

「お清めは済みましたかねぇ?なら撒いたお塩は外に掃き出しておいてよね。床に落とした以上もう料理には使えないし、ビスケットの屑も混じってるからほっとくとネズミとかまっ黒いアレとかがやってきちゃうじゃない。そういうのいると建物がすぐ老朽化してダメになっちゃうんだからね。ここは大事にしないとなんだよ?なんたって私たちの「クラン」の大切な拠点なんだから‼」

「ミツユースは港街だから建物は石材がメインだ。木の部分も塩害に強い種類の木材を使っていたはずだから大丈夫だっての。暴れん坊の冒険者の拠点を想定して買い取ったんだからこのくらいでくたばるわけがない。」

屁理屈(へりくつ)言わないの‼ほらやったやった。」

「ちぇー、やりゃいいんだろ。今やりますよっと…」


 クロノスが塩を巻いて適当なお祈りをしてた間に掃除用具入れのロッカーの前まで行って戻ってきた白ワンピースの少女。彼女が椅子に腰かけるクロノスに上から投げつけてきたのは箒と塵取り一式だ。

 クロノスはそれらを片方の手で器用に捕まえて、渋々と床を掃いてビスケット屑の後片付けを始めたのだった。


「ほらほら、ダラダラやらない‼ビシバシやる‼」

「へいへい…びしばし、びしばし。」

「声だけでなく腕もしっかり動かしなさーい‼」


 一回りも年下の少女に叱られながら掃除をする姿。そこには年上の威厳もへったくれもあったもんじゃなかった。


「大変だ‼大変だぞ‼」


 また扉が開いて誰かが入ってきた。そしてクロノスの言葉に被せるように叫んで彼の言葉を潰す。またクロノスはひとつ不機嫌になった。


 今度やってきたのもまた少女。しかし今度はナナミよりも更に幼い。年齢は十二歳か十三歳かそこら。ナナミはこの世界でぎりぎり成人と言えなくもないが、彼女は紛れもなくまだ未成人の子供だ。猫亭の盗賊(セーフ)リリファ・フーリャンセである。

 

「どうしたリリファ。我がクランで緊急の二文字を使っていいのは急ぎのクエストが入ったときだけだぜ。いま俺が決めた。」

「まさしくそれだ‼緊急のクエストが入ったぞ‼」

「…なに?」


 クエストとは依頼者から冒険者ギルドを通じて冒険者に出される仕事である。それを受けて解決することで、冒険者は金銭を得て、更に冒険者のランクを上げることができるのだ。


「近郊の村でザコウサギの群れが畑を荒らしているそうだ。このままだと収穫前のニンジンが食い尽くされて大変なことになってしまうらしい。」

「ザコウサギ…」


 ザコウサギとはウサギ型モンスターの一種だ。別にザコウサギが正式な種族名というわけではないのだが、正式なものはけっこう長ったらしいし、子供でも倒せるくらいものすごくザコなのでみんなにはザコウサギと呼ばれている。畑の野菜を荒らすのは迷惑だがわざわざ緊急のクエストを出すようなものではない。

 

「ザコウサギは討伐のレートも低いからね。緊急のクエスト扱いで追加の報酬を払うことになってもそこまで痛手にならないんでしょ。」

「そこまで急いでるんなら自分達でやれよ。ザコウサギの駆除ごときを緊急のクエストにするとは…ギルドは俺たち冒険者をなんだと思っているのやら。」

「定職につかないで夢ばっかり見てるプーの助の集まり。」

「ただでさえも貴重な収入源であるはずの冒険をよくサボる呑んだくれ。」

「…そのとおりだ。そのとおりだが…それに君たちも分類(カテゴライズ)されていること、ゆめゆめ忘れることのなきようにな。」


 何度も言ったが冒険者とは常識知らずのバカヤロウだ。しかし私はそんなバカ共が好きなのだ。暇さえあればずうっと見ていられる。観察対象の命尽きるその時までなんてのも珍しくない。


 これまでも様々な時代でいろいろな冒険者を見てきたが…今のお気に入りはこいつなのだ。もしかしたら歴代でも最高峰かもしれない。そのくらいに入れ込んでいる。最近面白い動きがるのでとくに注目している。


「緊急クエストはランク昇格の査定点が高い。E級の私としてはこれを見逃す手はない。」

「やる気満々だねリリファちゃん。」

「私は早く冒険者のランクを上げたいんだ。とにかく私は受けるぞ。人数を確保しろと言われているからお前たちにも来てもらうからな。」

「仕方ない。団員のやりたいことに他の団員が手を貸すのがこのクランの流儀だ。断ることはクランの流儀に反することになる。ならさっさと…む、」


 さっそく出かけようとクロノスが立ち上がろうとしたその時、入り口のドアが再び開いた。


「いらっしゃいませ‼ようこそ猫て…おほん。猫の手も借り亭へ‼」


 その瞬間、クロノスの態度が普段のぶっきらぼうなものから、まるで誠実な商人のようなよそよそしいものへと変わった。ついでにヘッタクソな笑みも追加だ。それはにやにやとにまにまの中間らへん。笑った方が彼の端正な顔立ちが歪んだように見えてしまうくらいの、それはもうひっどいクオリティのやつを。これには居合わせたナナミとリリファもびっくりである。


「本日はどのような目的で?モンスターの討伐?素材の収集?浮気調査?ペットの犬探し?ええ、ええ。なんであれ、なんであっても、借りてきた猫の手よりも役に立つ私の子猫ちゃんがお客様のご期待に添えて見せましょうとも‼」


 決まった。クロノスは目を閉じ心の中で確信した。お客様のハートを鷲掴みにして万全の信頼を獲得したことだろうと。決まりきった結果を改めてかみしめるため、クロノスは目を開いて現実を見る。


「…あれ?」


 そこにいたのは三人の男女だった。少年が一人と二十歳くらいの女性が二人。その顔を上げてはっきりその姿を見たクロノスはがっかりした。


「おい、どこかお客様だよ‼どっからどう見ても我が猫亭の可愛い団員たちじゃないか‼なんだよなんで君たちはそうやって俺を期待させそして同時に失望させるんだ…なぁ、「アレン」に「セーヌ」に「イゾルデ」よぉ‼」


 現実は非情であったのだ。そこにいたのはお客様などでは決してなく、猫亭の他の団員たちだったのだ。

 三人は残念そうにしているクロノスへアレンが「そんなことおいらに言われても…」と言い、セーヌが「リリファさんに頼まれたのでございますよ。人数が多い方が良いからと。」と述べ、イゾルデは「畑を荒らしてポーラスティアの民を苦しめる害獣などあたくしが始末してやりますわ‼」と、それぞれ言葉を返した。


「遅い。遅いですわ‼あまりにも遅いものですから、あたくし自ら迎えに来ましてよ‼」

「早くしてよ。もう他の冒険者は待っているんだから‼」

「準備はよろしいのでございますか?」

「…俺の期待を粉々に破壊しておいてその態度か。前から思っていたが君たちは俺の扱いが少しよろしくないと思うね?いったい何が気に食わないというんだ。」

「その前口上のせいでしょ。それいい加減どうにかなんない?」

「…お前が一人称を私と言うのはあまりにも気持ちが悪くて鳥肌が立ってきた。本当に気持ち悪い。」


 冷たい態度の原因はクロノスの接客の述べ口上にあった。誠心誠意真心こめたそのひと台詞。しかしそれは団員にはえらく不評で、ダサいし小っ恥ずかしいからやめてくれと懇願(こんがん)までされる始末。


「何が不満なんだ。これでも毎度ごとに口上を少しずつ工夫して変えてるんだぞ。」

「そもそもいらないからその口上。無理しなくてもただ「いらっしゃいませ。」でいいんだよ?いつものクロノスさんで大丈夫。大切なのは誠意だよ。」

「もっと抜本的に見直そうよ。とりあえず子猫ちゃんはやめて欲しいや。」

「うわボロックソ。助けてシスター‼哀れな子羊めを優しい言葉で慰めてん‼」


 貶されたクロノスは新たにやってきた三人の中のシスター服のお嬢さんへ助けを求めた。


「えーっと…団員が立場が上のクランリーダーへ意見を積極的に発言できるクランは環境としてはとても良いと思うのでございますよ。」

「さっすがセーヌ。そんなに褒められると俺は嬉し…それ俺個人じゃなくてクランの評価じゃねーか‼うわーん‼ぜんぜんフォローになってねー‼…もういい‼この怒りは害獣のシカ共にぶつけてきてやらぁ‼草一本残さないからな‼ブタみたいにぶーぶー鳴かせてやるから覚悟しろ‼」


 気持ちを切り替えて怒りを害獣にぶつけるため、クロノスは建物を飛び出していく。手には刃をむき出しにして持ち歩いても注意されないくらいに丸まったなまくら刃のそれを手に持って。


「…まったく。あれが私たちのクランリーダーか。この調子では先が思いやられるな。」

「まぁまぁリリファちゃん。それでもあの人が私たちのクランリーダーなんだから。」

「その通りですわ。さぁ、困っている民が待っておりますの。参りましょう‼」


 なんやかんやあったが、団員たちは彼をクランリーダーであると認めている。だからこそこのクランになんやかんや属しているのだ。

 

 彼女達は互いの顔を見合わせて、やれやれといった様子でクロノスの後を追うのだった。






 …うん、とりあえずお話の紹介は終了だ。プロローグ兼あらまし。そんなところだろうか。


 ここまでざっくりと説明したつもりだが、このお話はミツユースの街で活動するクランである彼ら「猫の手も借り亭」の冒険者達を主軸としているのである。



 猫の手も借り亭、略して猫亭の団員はぜんぶで六人いる。一人一人ざっくりと紹介しておこう。


 大陸人には珍しい黒色の髪と瞳の色。自称異世界からやってきた美少女(ここ重要)の魔術師(ソーサラー)「ナナミ・トクミヤ」。


 元ミツユースマフィア幹部の一人娘にして元浮浪児。趣味は近所の住人に犯罪対策の知識のアドバイス。盗賊(シーフ)「リリファ・フーリャンセ」。


 神聖教会のシスター見習いで、そのおっとりにこにこな性格と美しさは数多の男を虜にしてきた治癒士(ヒーラー)「セーヌ・ファウンボルト」。


 夢に夢見る商店街のパン屋の跡取り息子な発展途上の戦士(ウォリアー)「アレン・ヴォーヴィッヒ」。


 なぜかこの国のお姫様にあり得ないほどそっくりな顔立ちで、これまたあり得ないほどの体格に見合わない大剣を振う猫亭の会計役の女、大剣士(ビックソーディアン)「イゾルデ・ベアパージャスト」。


 そしてそして…いろいろ訳アリな子猫ちゃん達を手懐けてまとめあげる、これまたいろいろ訳アリな男。人よりそこそこ強いと称する冒険者でこのお話の一応の主人公、「クロノス・リューゼン」。…ああ、こいつの職業(クラス)剣士(ソーディアン)だ。



 以上で猫亭の全団員の紹介は終了だ。今日も彼らはミツユースを拠点に冒険者稼業に勤しむのだ。まだ見ぬものを求め、持ち込まれるトラブルの解決に勤しみ、そして同業者たちとの交流を深めることも忘れない。そして冒険者として成長していく。

 毎日は面白おかしく繰り返されていく。冒険者として街の住人とはちょっと違う生活をしたり平和な休暇を楽しんだり、ときに厄介な依頼や客人がやってきたり…そんな日常を送っていく様をお届けしたい。もしかしたらもっともっと子猫ちゃんが増えるのかもしれない。それが面白いと感じるか、はたまたつまらないと感じるかは、このお話を見守ることになる皆様ひとりひとりの心の中次第である。


 なおこの物語の語り手は「前回」に引き続きこの私が務めさせていただこう。…なに?けっきょくのところ私がどこの誰なのかって?

 ふっ、私が何者なのかなんてどうでもいいことだ。どれくらいかと例えるのなら、貴方が昨日のお昼に食べたコンビニ弁当の付け合わせのスパゲティの飾りのパセリくらいにどうでもいい。ほぅら、どうだってよか…え?自分はアレ食べるの好きだからどうでもいい扱いは許せない?…アナタも?お前さんも?おいおい、それじゃあ私が貴方たちにとって大切な存在と言うことになるじゃないか。照れるぜ。


 …というのは冗談。私のことがどうだってよいのは本当なのだ。皆様がなんとでも好きに呼んでくれたまえ。そうだな…さしずめこのお話の「語り部」とでも名乗っておこうか。他に候補を挙げるなら、「天の声」、「ナレーター」、「解説者」、「地の文」、「台詞じゃない部分」、「メタフィクション的ポジション」…いろいろ呼び方はあるだろうが、とにかくなんだっていいさ。私が皆様にこの話をお伝えするための存在であると理解していただければそれでよし。私のことなんてどうだっていい。


 とにかく、私が誰なのかなんてどうでもいいのだ。私はこの「お話」の登場人物ではないのだから…私ができることはこうして皆さまに彼らの日々を語ること。それが私の役目なのである。




 それでは…「猫より役立て‼ユニオンブレイブ」。どうか気の済むまでしばしのお付き合いを――――





※作者コメント

 始めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。作者のがおたん兄丸です。本作は作者が以前執筆しました「猫より役立つ‼ユニオンバース」の続編となります。前作を読んだことの無い方でも楽しめるように書いていくことを目標にしておりますが、前作を読んでいただけると私が努力が報われた気分になるので助かります。ただ当たり前の話ですが作者は素人なので遡れば遡るほどヘッタクソな文章になりますので、そこだけご了承ください。その他細かい話は作者フォーラムに書き、欄外コメントは基本的に作内の解説に努めようと思います。それでは―――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ