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第1回「美少女YouTuberといきなり同棲生活」オフショット⑴

「よし、撮れ高、撮れ高」


 のいのいは正座をくと、スマホをいじり、配信を停止した。


 壮介はあまりの急展開に、唖然とし、口を開けたまま立ち尽くすのみである。



 のいのいは、「寒っ!」と言って、フローリングに落ちていたダウンコートを羽織ると、石像のように固まった壮介に笑顔を向け、肩をポンと叩いた。



「壮介君、良い動画ありがとう」


 

 そのままのいのいは壮介を横切り、短い廊下を通って玄関の方に向かった。



 -あ、そういうことか。



 壮介はようやく気付く。


 本当にのいのいが壮介と同棲するわけではないということを。


 「同棲」はあくまでもYouTube配信上の演出に過ぎず、カメラが回ってる間だけの話なのだ。その証拠に、撮れ高を確保したのいのいは、壮介の家から帰ろうとしてるではないか。


 なんだ。そういうことか。



 壮介はホッとするとともに、ガッカリした。

 「女神様」と崇める美少女YouTuberと同棲生活だなんて、そんな夢のような話が現実にあるわけないのである。壮介はフィクションの世界で踊らされただけなのだ。



 ドアノブをひねる音がして、ドアが軋む音がした。のいのいが帰ってしまう。



「のいのい、ありがとう。じゃあね」


 壮介の声が届くか届かないかのうちに、バタンとドアの閉じる音がした。



 壮介の夢はここで終わった-



 

 -と思ったら、すぐにまたドアの軋む音がした。


 

 壮介が振り返ると、そこには巨大なスーツケースを持ったのいのいがいた。



「はあ,重い重い」


「何それ?」


「スーツケースだよ。見たことない?」


「いやいや、そうじゃなくて中身は?」


「服とか洗面用具とか」


「なんで?」


「いや、なんでって言われても。引越しするんだからそれくらいの荷物があるのは当然でしょ?」


「えええええええええええええええっ!!!!????」


「壮介君はいちいちオーバーリアクションだね。私が外に置いておいたスーツケースを取りに行ったくらいでそんな騒ぐことなくない?」


「いや、そうじゃなくて、引越しって……」


「同棲するんだから当たり前じゃん」


 のいのいが真顔で答える。



「いやいやいや、同棲っていうのは、あくまでもYouTube配信上の演出で、カメラが回ってる間だけの話で、実際には別々に暮らして、カメラが回ってるときだけ会って、あたかも同棲してるように見せかけて」


「何それ?めんどくさ。それより、この家寒いから暖房つけてくれない?あと、トイレってどこ?」


 えええええええええっっっ!!!???? トイレ!!??? まさかのいのいが、壮介の家のトイレを使うというのか!!?? 待って!!! 心の準備がまだ……


「何またショック受けたような顔してるのよ。排尿はいにょうくらいするわよ。のいのいだって人間なんだから」


「いや、そうじゃなくて……」


「あ、分かった。このドアでしょ」


 のいのいは廊下沿いのドアを開けた。



「あったあった。ああ、良かった。ユニットバスじゃなくて」


そう言ってのいのいは、トイレに入り、ドアを閉めた。



 壮介は、しばらく茫然ぼうぜんと立ち尽くした後、のいのいの指示どおり暖房のスイッチを入れた。



 トイレの中で着替えたのだろう、しばらく経ってトイレから出てきたのいのいは、ラムちゃんからゆるふわ系女子大生に変貌を遂げていた。

 白いニットにチェック柄のロングスカート。ヒョウ柄ビキニよりも女子感が生々しく、それはそれで壮介の欲情を掻き立てた。


 のいのいはスーツケースを部屋の隅に置くと、部屋に一つしかない座椅子に腰掛け、ノートパソコンを開き、スマホをケーブルで繋ぎ、イヤホンも繋いだ。



 そして、おもむろに動画編集作業を開始した。


 ここまでの一連の動作があまりにもよどみなかったので、壮介は、ここはのいのいの家なのではないかと錯覚さっかくした。

 いや、違う。ここは壮介の家である。


 座椅子を取られた壮介は、仕方なくフローリングの床に直に座った。

 わずか7畳の狭い部屋が功を奏し、自然とのいのいとの距離が近い。1mと少し。のいのいの呼吸音まで聞こえる。


 実際の席はのいのいに取られていたが、壮介は「特等席」でのいのいの横顔を眺めていた。

 白く細長い首に、少しだけ先端が尖った耳とあご。なんて美しいのだろうか。ホクロのひとつひとつまで余すことなくとうとい。



 のいのいは壮介のねっとりとした視線を意に介せず、動画編集にいそしんでいた。

 ノートパソコンに映ってるのは、どうやらカラオケボックスのようだ。今日よりも前に撮影し、撮り貯めていたものだろう。



 動画がアップされる時間まであと約2時間ほど。

 企画内容が「カラオケで90点以上取るまで帰れない」とか、よくある「普通」の内容であることを祈りたいが、経験上、のいのいがそんな無難ぶなんな企画を打ってくるとは考えにくい。

 案の定、ディスプレイの映像からは、のいのいがドリンクバーコーナーと女子トイレを往復してる様子が見て取れる。

 間違いなくお店に迷惑を掛ける系の企画だろう。



 1人のファンとして、配信準備を邪魔したくはなかったが、壮介には、のいのいに訊かなければならないことがたくさんあった。



「ねえ、のいのい」


「何?」


 のいのいがイヤホンを付けたまま、パソコンを見たまま返事をする。



「今話しかけても大丈夫かな?」


「いいよ。私、動画編集のプロだから。メダカと喋りながらでも動画編集できるよ」


 言ってる意味が少し分からないが、話しかけること自体は問題なさそうだ。



「のいのい、どうして僕の家の住所が分かったの?」


 これは最大の疑問である。まさか無作為に他人の家に突撃したところ、たまたま壮介という熱狂的ファンの家に当たったなどということはあるまい。のいのいのファン数を考えれば、その確率はある特定のノミに隕石が当たる確率並みに低い。


 のいのいが壮介のことを「視聴者代表」と呼んでたことからしても、のいのいは、最初から壮介の家を狙っていたはずである。


 しかし、当然だが、YouTuberは視聴者の個人情報にアクセスできない。視聴者の住所を知る方法などないはずである。



 のいのいは答える代わりに、スーツケースのをガサゴソ漁り、中から手帳ほどの大きさのジッパーを取り出した。ジッパーは透明であり、何やら白いものが透けて見える。


 のいのいは、そのジッパーを壮介に投げつけた。


 そして、こう言った。



「当選おめでとう」



 のいのいの一言で、壮介の記憶が一気に舞い戻ってきた。


 


 あれは今から1ヶ月ほど前の配信だった。


 インフルエンザに罹り、40度近い高熱にうなされながら、毎日連続配信を絶やさないために、のいのいは配信をしていた。


 激しく咳込んだり、ふと意識が飛びそうになったりしてるのいのいを、壮介は「インフルで弱ってるのいのいも可愛い!」と目を輝かせて見ていた。涙目マスク女子は最強属性の一つだ。



 普段から血迷ってるのいのいは、高熱の影響で、やはり血迷っていた。


 のいのいはいきなり付けていたマスクを外すと、


「このマスク欲しい人〜?ゴホゴホッ」


と、謎の視聴者プレゼント企画を始めたのである。



「私の使用済みマスクが欲しい人は、このアドレスに住所氏名と配信の感想を書いて送ってね。ゴホゴホッ」



 いや、要らねえよ!!!! ゴミじゃないか!!!!! いや、インフルエンザウイルスが付着してるから、ゴミよりタチが悪いだろ!!!!!!! 単なる感染源じゃないか!!!!!!


と心の中で毒づきながら、壮介はメールソフトを開いていた。

 冷静に考えるとウイルスはウイルスでも、のいのいの体内で培養ばいようされたウイルスなのである。ただのウイルスではない。尊いウイルスだ。欲しい。冷静に考えて欲しい。


 あのときの壮介は、完全に血迷っていた。




ビリー・アイリッシュの横浜公演のチケットが永遠に当たらない(号泣)

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