第1回「美少女YouTuberといきなり同棲生活」⑵
「ええええええええええええ!!!!????」
壮介は、ひな壇芸人よりもオーバーに尻餅をついた。
手足が震えて言うことを聞かず、立ち上がることはできない。開いた口も塞がらない。
「君は谷地壮介で間違いないっちゃね?」
のいのいが倒れている壮介を見下ろす。
はあ、ヤバイ。本物ののいのいだ。生のいのいだ。美しさの次元が違う。造形が尊い。ヤバイ。
「君は谷地壮介だっちゃね?」
はあ、なんて可愛いんだろう。どんな美少女もブスに見えるローアングルから見てるというのに、めちゃくちゃ可愛い。ヤバイ。マジで可愛い。はあはあ。
「ちょっと、聞いてるっちゃか?もしかして人違いだっちゃ?」
ヤバイ。のいのいは匂いもめちゃくちゃによい。ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家の匂いがする。はあはあ。
「谷地壮介じゃないっちゃね?だったらもう帰るっちゃ!」
それは困る。はあはあしてる場合ではない。壮介は、うまく言うことを聞かない口を頑張って動かし、なんとか言葉を絞り出す。
「……だ、ダメ。帰らないで。谷地壮介です。僕」
「本当?」
「はい」
「のいのいのこと待ってた?」
「……え?いや、まさか、のいのいが俺の家に来るなんて夢にも思ってなくて……」
のいのいが大きく首を横に振る。
「…違う。やり直し」
「えっ!!??」
頬っぺたを膨らまして不機嫌な態度を示すのいのいを見て、壮介はようやく「正解」を察した。
「のいのいのこと待ってた?」
「待ってた!」
壮介は、声が出しにくい体勢ながらも、可能な限り声を張り上げる。
「ありがとう。のいのい、今日も可愛いかな?」
「可愛い!!」
「ありがとう。あなたのことが大好き」
コールアンドレスポンスを成功させたご褒美として、のいのいは壮介に向かって投げキッスをした。
その投げキッスの破壊力たるや弾道ミサイルを軽く超えている。壮介の五臓六腑は破裂する寸前である。
「じゃあ、お邪魔しまーす!」
のいのいは雑にパンプスを脱ぎ去ると、そのまま壮介を飛び越えて、ワンルームへと向かった。
その行動があまりにも突然だったので、壮介は、あろうことか、のいのいのスカートの中身をちゃんと確認することができなかった。
-いや、それも大事だが、それどころじゃないことが目の前で起きている。
「ええええええ!!!!????のいのい何してるの!!!???」
壮介は大声で叫んだ。
のいのいが訪問してきたことだけでも驚くべきことなのに、なんと、そののいのいが壮介の家に上がり込んだのである。大声で叫ばずにはいられない。近所迷惑とかそんなことは考えている場合ではない。
「へえ、壮介君、偉いじゃん。優等生」
のいのいの視線の先には、壮介のデスクトップがあった。
デスクトップの画面上でフリップを持ちながら熱っぽく語ってるのは、もちろん、デスクトップの前に立っている人物と同一人物である。
「やめて!のいのい、見ないで!」
壮介はとっさに悲鳴を上げる。
「なんで?」
「いや、だって……恥ずかしいから」
顔を赤らめる壮介を見て、のいのいが満面の笑みを浮かべる。
「可愛いね。私、素直に嬉しいよ。こんな私にもファンがいるんだなって」
壮介の顔がさらに赤らむ。のいのい、なんていじらしいことを言うのか。
のいのいは、しばらくデスクトップの前に立って、自分のYouTube配信を見ていた。
信じられないことに腹を抱えてケラケラと笑っている。クソつまらない配信なのに!!
少しずつだが、脳の処理が追いついてきて、状況が飲み込めてきた。
のいのいの手には棒状の道具が握られており、その先端にはスマホが横向きでくっついている。野外でのネット配信に必須のジンバルという装置だ。
つまり、のいのいは、YouTube配信の企画として、今、壮介の自宅に乗り込んでいるのだ。
ヨネスケの「突撃!隣の晩ごはん」的な企画に違いない。事前のアポもなしに他人の家に突入するなんて、いかにも破茶滅茶なのいのいが考えそうな企画である。
幸いだったのは、壮介がブラック企業に勤務をしているがために、自宅は単なる寝床に過ぎない、ということだ。パソコンが一台あることを除けば、家に物はほとんどなく、配信に映ってしまって困るものはない。
今のご時世なので、アダルトコンテンツも全てストリーミングであり、エロ本やAVも持っていない。
壮介はようやく玄関から立ち上がると、のいのいと同じワンルームに向かった。冷静になればなるほど、今自分の置かれた状況が神がかってることへの実感がわいてくる。
あののいのいと同じ空間で同じ空気を吸っているのである。それどころか、狭いワンルームに2人きりなのである。ヤバイ。ヤバすぎる。
実は作者はYouTubeはほとんど見ません。地下アイドルのライブか磁石の漫才しか見ません。