第1回「美少女YouTuberといきなり同棲生活」⑴
その日は奇跡的に定時上がりがキマった日だった。
クライアントとの打ち合わせがなんと2件連続で飛んだのである。しかも、(これはよくあることなのだが、)社長はパチンコ屋に行ってて夕方不在だった。
定時5分前に荷物をまとめる壮介には、殺意を含んだ眼差しが同僚から飛ばされたが、ここで怯んで千載一遇のチャンスを棒に振るうわけにはいかなかった。
壮介は17時ちょうどに退社した。眼差しだけでなく、「死ね」という言葉や針のついた文房具のようなものも同僚から飛んできた気もするが、壮介は構わずにオフィスを後にした。
もしも壮介がこの日もいつもどおり終電の後まで働いていたとすれば、この後に壮介を待つ「夢の出会い」はなかったかもしれない。
普段乗ることのない帰宅ラッシュの満員電車に揺られながら、壮介は自らの勝利に酔いしれていた。
いつも壮介を虐げてやまない黒岩システムサービスに、今日だけは唾を吐きかけることに成功したのである。
おそらく、この会社は「定時」の意味を理解していないのだろう。その証拠に、先程から壮介のスマホは社長からの着信で振動し続けている。壮介はスマホの電源を切る。飼い犬に手を噛まれることはさぞかし屈辱だろう。
もっとも、アパートに着き、玄関に足を踏み入れた壮介は、愕然とした。そして、そのまま玄関で立ち尽くしてしまった。
別に空き巣に入られていたことに気付いた、というわけではない。家の様子はいつも通りで、何も変わった様子はない。しかし、壮介はもっと重大なことに気付いてしまったのである。
別に定時で帰宅できたところで、自分には何もすることがないことを。
壮介は、帰宅から就寝までの間に横たわる莫大な時間を、一体どのようこなしたらよいのか分からなかった。
とんだ社畜野郎だ、と我ながら笑えてくる。
壮介は、とりあえず、いつもどおりデスクトップの前に胡座をかいた。そして、パソコンの電源を入れた。
もっとも、そこから先、壮介には何もすることがない。
なぜなら壮介の心の拠り所である「美少女YouTuberのいのいのワクワクコブラパーク」の配信が更新されるのは、毎日23時だからである。まだ4時間ほどの空白の時間が目の前に広がっている。これを絶望と呼ばずに何を絶望と呼ぼうか。
「YouTuber JK」ないしは「YouTuber ポロリ」で検索しようかという魔が一瞬差したが、壮介は首を振る。いや、ダメだ。壮介にはのいのいしかいない。
壮介は、のいのいの本日の配信が始まるまで、のいのいの過去の配信を見て時間を潰すことにした。
企画内容がなるべく痛くないやつを厳選し、再生リストに入れていった。
運命の瞬間は、壮介が「のいのいが即興で考えた想像上の生き物に即興で名前をつける」という、若干痛いが、比較的害の少ない動画を観ているときに訪れた。
ピンポーン、と壮介の家のチャイムが鳴った。
普段チャイムがいるような時間に家にいないので、聴き慣れた音ではなく、壮介は、本当にこれが我が家のチャイム音だろうかと訝しみ、すぐに立ち上がることはしなかった。
すると、ピンポーン、ピンポーンと、チャイムが2回押されたされた。
チャイムの音がハッキリと聴こえたので、壮介はこのチャイムが我が家のものだと確信した。しかし、新聞の勧誘や浄水器の販売だと面倒臭いな、と思い、すぐに立ち上がることはしなかった。
すると、
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
と、チャイムが連打された。チャイムの音はいつまで経っても鳴り止まず、この騒音の中ではのいのいの動画も落ち着いて見ていられない、と、壮介はようやく立ち上がった。
壮介が玄関にたどり着くまでの間、チャイムの音は鳴り止まず、それどころか、
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピンポーン
という、高橋名人並みの高速連打へと変わっていた。
壮介がドアの内側から鍵を開けるガチャリという音とともに、耳障りなチャイムの音は止まった。
ドアを引く直前、壮介はピンポンダッシュを警戒した。他人の家のチャイムをこんなにバカみたいに連打するのは、近所のクソガキくらいに違いない。なので、ドアの先にはすでにもう誰もいないだろう、とそう思っていた。
しかし、引いたドアの先には、ちゃんと人がいた。
否、「人」ではない。
そこにいたのは「女神様」だった。
「地球侵略だっちゃ!」
壮介の心を掴んで離さない舌足らずな声。
この上なく均整の取れた顔。
太陽のように煌めくサラサラの髪。
そこにいるのは紛れもなく-
「……ののののののののののいのい!!????」
「そうだっちゃ!」
のいのいはダイヤモンドのように輝く目で、壮介にウインクを投げた。
PCを充電しないまま外出してしまったため、昨日は更新できませんでした。
書き溜めている文章は結構あるので、本日もう一回更新します。