第0回「美少女YouTuberが癒しちゃうぞ」⑶
決してのいのいが努力していないわけではない。むしろ、視聴者を楽しませようと、のいのいはあらゆる創意工夫をしている。ただ、その創意工夫が大体空回りをする。
そもそも、先ほどのコールアンドレスポンスだって、壮介はノリノリで行ったものの、客観的に見れば、痛い。もっというと、単なるのいのいの自己満だ。
それに、のいのいがぬいぐるみたちを「ゲット」したUFOキャッチャー企画配信だが、実は完全なる炎上企画だった。
というのも、「1円も使わないでぬいぐるみをゲットできるか」というのが企画趣旨だったからである。
のいのいの大ファンである壮介も、この企画内容を聞いたときにはゾッとした。これから先の映像を見たくない、と強く思った。
それでも我慢して動画の再生を続けると、のいのいは、入店早々、ゲーセンの店員に声を掛けた。
「店員さん、すみません」
「どうしましたか?」
「あのクレーンゲームのスティッチのぬいぐるみが欲しいです」
「なるほど。それじゃあ、少し取りやすい位置に移動させましょうか」
「いや、そうじゃないです」
「ん?」
「そうじゃなくて,ください」
「え?」
「私に無料でスティッチを譲ってください」
画面を見ながら開いた口が塞がらなかった。これでは単なる物乞いじゃないか。
いくらのいのいが世界一可愛いからと言って、ゲーセンの商品をプレイせずにお金も払わずにもらうことが許されるはずがない。
何人かの店員に同様にアタックし、拒絶された後、のいのいはお客さんに物乞いを始めた。
「あの、すみません。クレーンゲームは得意ですか?」
「まあ、それなりにやってますけど」
「あそこにあるピカチュウのぬいぐるみ取ってくれますか?」
「いいですよ。予算はいくらですか」
「え?のいのいがお金払うんですか?」
凍てついた空気が画面越しにも伝わってきた。その場に行って、のいのいの代わりに土下座して謝りたい気分だった。
結果的には、鼻の下を伸ばしたエロ親父が、のいのいのために身銭を切り、のいのいは目当てのぬいぐるみを手に入れることができた。
のいのいは「やったー。企画大成功!」と飛び跳ねていたが、もはやキャバクラのアフターにしか見えない光景だった。
ということで、壮介はのいのいの配信を欠かさず見ていたが、配信内容はなるべく頭に入れないようにしていた。のいのいの綺麗な顔,細い腕と脚,豊満な胸にだけ意識を配り,「はあ、今日ものいのいが世界一可愛かった。幸せ。世界平和」という感想だけ抱き、パソコンの電源を落とし、布団に潜り込むようにしていた。
当たり前だが、壮介のような配信の楽しみ方をできる視聴者は稀である。
段違いのルックスレベルにもかかわらず、のいのいの配信の登録者数は低迷していた。動画の再生数が100回に満たないことも珍しくなかった。
まとめると、やはり、のいのいは一言で言うと「世界一可愛い」女の子なのだ。
それ以下ではないのだが、それ以上であることも決してない。
「それでは、のいのいの今日の企画は〜」
ディスプレイ上でのいのいがコールを始める。効果音のドラムロールの音が鳴る。
壮介は死んだ目でディスプレイを見つめている。
「のいのいの大嫌いなピーマンを〜」
再度ドラムロールの音が響く。
「メッタメタに切り刻んで、捨ててしまえ企画です!!イエーイ!!」
いやいやいやいやいや!!捨てるなよ!!食えよ!!!えづいて涙を流しながらでも食えよ!!!!最悪吐けよ!!!もしくは、ピーマン嫌いでもピーマンが食べれる魔法のレシピで調理しろよ!!!!とにかく捨てるなよ!!!!今度はピーマン農家から叩かれるぞ!!!!!
今日の企画内容もやはり最悪だった。
壮介は、のいのいが何やら放送禁止用語をピーマンに吐きながら包丁を小刻みに動かすだけのドンズベり動画を,のいのいの震える二の腕に全神経を注ぎながら,眺めていた。
ようやく次回から本編に入ります。導入が少し長くなってしまったのは不覚でした。