プロローグ
-ドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
まるで激しい嵐にでも襲われてるかのような、けたたましい音が家中に響き渡る。
先ほどから何者かが私の家の戸を乱暴に叩いているのである。
布団にくるまりながら、私は私に言い聞かせる。
「やまない雨はなく、明けない夜もまたない」と。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
私は過去に借金をしたことはない。
それなのに、これではまるで借金取りから追われているようではないか。
なぜこんな目に遭わなければならないのか。
私は、盗みも殺しも詐欺もしていない。ただ、遊んで食べて寝てるだけなのに。
戸を叩く音は、ガチャガチャという金属音に変わっていた。
今回はもう耐えきれないかもしれない。
バーン!!と激しい音を立てて、扉が開け放たれる。
もはやここまでか………
「おい!!天城乃依!!!いるんだろ!!!出てこい!!!!」
名前を呼ばれた私は、布団から出て、パジャマ姿のままで玄関まで出て行く。
そこには、人相の悪い、如何にもというオジさんが立っていた。
「天城乃依で間違いないな?」
「そうだよ。のいのいって呼んでね」
オジさんは、私の鼻先に一枚の紙を突き付ける。
「天城乃依、裁判所からの命令だ。今から強制執行を開始する。この家から出て行け」
「ちょっと待って!!そんなの聞いてない!!!」
ヒステリックに叫ぶ私を無視して、オジさんは靴を脱ぎ、家に上がろうとする。
「待ってよ!!!! 突然来てなんなの!!!??」
「突然じゃない。数ヶ月前、家に裁判所から訴状が届いただろ?」
「届いた」
「対応しないで無視しただろ?」
「ううん。対応したよ」
「どう対応したんだ?」
「家の鍵を付け替えた」
「ふざけるな!!!!! 確信犯だろ!!!!!」
そんなこと言われても困る。学のない私には、それ以外の対応は思いつかなかった。
「っていうか、訴状が来たのは4ヶ月くらい前だよ!!何の前触れもなく、今日になって突然来られても、出て行く準備ができてないよ」
「今日からちょうど1ヶ月前、弁護士が来て、明け渡しの予告をしなかったか?」
「たしかにそんなことがあったかも」
「お前はそれも対応しないで無視したんだろ?」
「ううん。対応したよ」
「どう対応したんだ?」
「鍵を増やした」
「大悪党だな!!!????」
扉は厳重に防護したはずなのに、このオジさんはほんの数十秒で扉を開けてしまった。一体何者なのか。
そちらこそ大悪党なのではないか。
「とにかく、お前を擁護する余地はない。これから部屋のものを片付けるから、お前はすぐに出てけ」
「嫌です!何でもします!何でもしますから、私を追い出さないでください!!」
私はオジさんの膝のあたりに縋り付いた。
オジさんは不敵な笑みを浮かべた。
「本当に何でもするんだな?」
嫌な予感がした。
とはいえ、この状況下では、甘えたことは言っていられない。
この歯がヤニで黄ばんだオジさんの言いなりになるほかに、私が生きる術はないのである。
「じゃあ、天城……」
私は固唾を呑む。
「今すぐ滞納してる家賃を全て払え」
………………そう来たか。
「無理です」
「じゃあ出てけ!!!」
オジさんは、膝に掴まっていた私を振り払い、外へと投げた。
私はアパートの共用部分の廊下に横たわる。
「暴力だ!!! 警察呼ぶよ!!!!」
「はあ?お前、今の自分の状況分かってるのか?俺は執行官で、裁判所の命令に従ってお前を家から追い出してるんだ。国家権力はこっちの味方なんだよ」
私はついにこの国からも見放されたということなのか。
なぜこの国はこんなにも家賃滞納者に厳しいのか。
「天城、もうこの家は諦めて、新しい家を探しな」
「私、お金がないの。お金がないからどこも行く場所がないの」
「お前は若くて可愛いんだから、その気になればいくらでも稼げるだろ?」
「そんなことない!! 社会ナメないでよね!!」
「家賃滞納してるお前が言うな!!!!」
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの。私は盗みも殺しも詐欺もしてない。ただ、遊んで食べて寝てるだけなのに」
「家賃を払ってないからだ!!!!」
この国では家賃滞納はそんなに重罪なのか。
家賃を払わなかっただけで、まるで鬼の子にでもなったかのような扱いではないか。
「天城乃依、夜の店で良かったら、俺のツテで仕事先は紹介するぞ」
「嫌です。私にはちゃんと仕事があるんです」
オジさんはカバンから紙の束を出すと、それをペラペラとめくった。
「オカシイなあ。資料には『無職』って書いてあるんだが」
「失礼ね。私には立派な仕事があるのよ」
「へえ、その仕事ってのは何なんだ?」
オジさん、聞いて驚くなよ。私の仕事は、時代の最先端、子供たちの憧れの職業ナンバー1なのである。
「YouTuberよ!!!!」
…………………。
一瞬、静寂が訪れた。
驚くかと思いきや、オジさんは無反応だった。
そして、オジさんは、フッと鼻で笑うと、扉を閉め、ガチャリと内鍵を閉めた。
「ちょっと!!!!何すんのよ!!!!」
今度は私が戸をドンドンと叩いた。しかし、オジさんが戸を開けてくれることはなかった。
畜生。悔しい。私はオジさんに、そして国家にコケにされたのである。
いつか超有名YouTuberになってオジさんと国家を見返してやる。
私はそう心に誓った。
この前1000円以上使ってゲーセンでコジコジのぬいぐるみを取りました。