少年のキオク①
「おばあちゃんおばあちゃん!」
自分の背丈より大きな薪を両手に抱えた少年が、手作りの椅子に腰掛けた老婆に駆け寄った。
「あのね、今日またあのヘビを見たんだ! 黒くて、とても大きいやつ!」
長く伸ばした金髪は襟足付近で結われ、彼が動くたび、ゆらりと光を揺らす。
「そうかい、そうかい。よかったねえ」
「僕もおばあちゃんに見せてあげたかったけど、すぐにどこかへ行ってしまうんだ」
しょんぼりする少年の頭を、彼の祖母はシワの多い掌で優しく撫でた。そして、柔らかい声で話しかける。
「ねえザメハ。もしかしたら、それはこの森の神様かもしれないよ」
「かみさま……?」
少年は首を傾げた。
「そう。そのヘビさんは、きっとこの森に住んでいる神様なのよ。きっとその神様は、ザメハのことを守ってくれているのかもしれないねえ」
老婆はふふふと笑う反面、少年は片頬を膨らませた。
「でも、僕は子犬に引っ掻かれたよ」
「その時は神様に会ってなかっただろう?」
「確かに……!」
少年は目から鱗が出るほど目を大きく見開いた。
「じゃあ、おばあちゃんのことも守ってくれるのかな!」
「どうだろうねえ、そうだといいねえ」
老婆は目の周りにたくさんシワを作って微笑んだ。
少年はその笑顔が大好きだった。
シンリンの奥底に建てられた手作りの、小さな小さな小屋。
そこではいつも、幸せが生まれるのである。
*
「そんな……」
その日、少年の瞳の光が消えた。
美しい木漏れ日の先に、それはあった。
暗い森の奥で光るのは、白くくすんだような瞳。ソレの輪郭は熊のようであり、猫のようであり、どの動物かと言われても難しい形。体はこの森に生える大木に負けないほど広く高い。
その生物が手に持つのは——少年の、家の破片である。
ソレは口であろう部分を大きく開くと、そのガラクタを丸呑みしてしまった。
その度にバリバリッと、木材が悲嘆をあげる。
「家っ、が……」
——あそこにおばあちゃんがいるのに。
彼は真っ先に、世界で一番大好きな魔法使いを思い付く。
しかし、駆けよろうとするも体が動かない。恐怖に足を取られているのだ。
その時、少年は持っていた薪を地面に落としてしまった。
——ガランガランガランッ!
軽く大きな音が木々の中で鳴り響いた。
その音を聞きつけた真っ黒な生物は、少年の姿を視界に捉えた。
「あっ————」
彼は反射的に後退った。
だがしかし、彼も気弱な少年ではなかった。足元に落ちた薪を一つ拾い上げ、自分の前で構えた。
「おい! えっと……お前なんて怖くないぞ! 子犬なんかよりずっと怖くないんだぞ!」
少年にとっては一番嫌な言葉を選んだつもりだ。そして、これが家を守る一番いい方法だった。
そんな貧弱な少年に、無慈悲な生物は目にも止まらぬ速さで襲いかかってきた。
けむくじゃらの手に鋭い爪。少年を包んでしまうほど大きい。
少年は、人生で初めてといっていいほどの勇気を振り絞って、武器を振り上げた。
——ゴツンッ!
少年の武器は空を切った。
そのはずなのに、打撃音がしたのは何故だ。
その前に立ちはだかったものを見て、少年は唖然とした。
それは影に溶けたように黒く
魔物に負けないほど大きな
あの、大蛇であったから。
——つづく——
短編小説じゃないんですねわかります
あと彼についてを知らない人は作者にお問い合わせください