第零話 前置き的な話から第一話まで
突然で悪いが、俺の右隣の席のやつの話を聞いてくれ。
なに、愚痴るわけじゃない。ちょっとした物語があったんだよ。
それを語るには、アイツの話をしておかなくちゃならないんだ。
まず、奴の名前は、【阿部 隆志】。通称、阿部ちゃん。
俺の通う高校で、この名前を知らない奴はいないだろう。
それは何故か。
奴はな、奇人変人という言葉では表せないくらい変な奴なんだ。
どれくらい変な奴かというと……例を挙げよう。
この前の授業中に、奴がいきなり「フハハハハハ! ワタシが神だ!!」と高笑いし、続けざまに「今日は授業やめとくぅ↑」と言って教師の静止も聞かずに教室を飛び出した。
そしてそれだけでは飽き足らず、奴は腕に巻いたデジタル時計をチラチラと見ながら、「ワタシは鳥だ! 鳥になるのだぁあああ!」と言いながら、イカロスの翼のような蝋で作った模型を両手にはめて、窓辺から飛び立った。もちろん、奴は無傷。数分はバッサバッサと言わせながら飛行することに成功していた。
こんなことをしておきながら、テストの成績はいつも学年一位だ。
学力はあり、長身で、よく見ればイケメンでもある。
性格が残念過ぎて女子からは避けられていたが、男の俺から見ても奴はイケメンだろう。性格は確実にネジが全部外れているような男だが。
どうだ、とんでもない奴だろう?
だから、俺は奴となるべくかかわらないように生きていた。
隣の席だが話しかけられることも、話しかけることもしなかった。
完全に他人になることにしていたんだ。
そういう方針をとった俺は正解だったと思う。
完全に奴を避けているスタンスだったから、他の男子数名とも仲良くなれたし、女子にも友達ができた。
それが、かなりかわいい女の子だったのだ。
席は阿部ちゃんの後ろ――つまり、俺の斜め右後ろだ――なのだが、『あいつは仕方のないやつだな』という世間話がきっかけでよく話すようになった。
名前は、一ノ瀬 美香。クラス内、いや、学年の中でも一、二位を争う美人さんではなかろうか。
彼女と話せるようになったのは、阿部ちゃんの存在によるところが大きかったのは確かだ。
心の中で少しは感謝の気持ちは持っていた。
そんな風に、俺は普通の生活を送っていたわけだ。
一ノ瀬さんに告白するため、「明日の放課後、大事なお話があるので屋上にきてください」という旨のラブレターを、精いっぱいの勇気を出して下駄箱に入れた――――あの日までは。
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第一話 朝起きたら阿部ちゃんだった件
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感覚でわかる、いつもとは違う体、違う匂い、違う部屋。
なにもかもが俺の『いつも』と【違う】。
皆さんに問いたい。
違う人間の中に自分の意識があったのなら、第一声はどのようなものがいいんだろうか?
ひゃああ、とか、きゃああとか、頭の悪い叫び声をあげればいいんだろうが、あいにく俺はそんな人間じゃない。
今置かれている状況を把握しようと躍起になっているのは認めるが、決してそんなみっともない叫び声は上げない。
落ち着いて、息を吸い込む。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああ!!」
大絶叫した。当たり前だろ。こんなもんあり得るわけあるか!
頭がおかしくなりそうだったので、月並みではあるが夢である可能性を疑った。
おもむろに頬のあたりをぎゅっとつねる。思いっきりだ。
瞬時に、自らの肉体を傷つけたのならば当然といっていい程の痛みが返ってきた。
「いってぇぇ!! なんだこれ、夢じゃないのか!?」
だれとも知らない部屋のベッドの上で呻きつつ、この異質な状況を理解しようと俺は周りを見渡した。
八畳はあろうかという一人部屋にしては大きな部屋の中。ベッドは窓際にあり、扉のすぐ脇に勉強机らしきものがある。
どこも整理整頓されていて、清潔だ。
勉強机の上にはスクールバックが置いてあり、壁に掛けられている制服は見覚えのあるものだった。
この部屋の主はどうやら俺と同じ高校の学生らしい。
「一体、なにがどうなってるんだ……?」
小さくつぶやいて、気づく。
昨日までの自分とは明らかに違う声。
だが、聴いたことのある声だ。
――嫌な予感しかしなかった。
だが、万が一ということもある。
今の異質な状況――俺がアイツらしき体の中に入っている状況――を確固たるものにすべく、俺は机の上のスクールバックを漁った。
目的のものはすぐに出てきた。俺の通っている高校の生徒手帳だ。
中身を開くと、俺のモノとは違う内容が記載されている。
やはりそうか、という考えと同時に、暗く重苦しい絶望が襲い掛かってくる。
そこには、事実だけが書かれていた。
ご丁寧に殴りたくなるようなニヒルな笑顔の『アイツ』と一緒にだ。
皆さんももうお気づきだろう。
書かれていたのは、『2年F組 阿部 隆志』。
それが表していたのは、【俺】が【阿部】の中に入っているという事実だった。