ロボットと家庭を築くために
A robot may not injure a human, or allow a human to be injured.
第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また人間が危害を受けるのを何も手を下さずに黙視していてはならない。
A robot must follow any order given by a human that doesn't conflict with the First Law.
第二条:ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。
A robot must protect itself unless that would conflict with the First or Second Laws.
第三条:ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る。
アイザック・アシモフ
僕はロボットに恋をした。一昔前なら考えられないことだった。画面という立ちはだかる壁はまるでベルリンの壁であり,ロミオとジュリエットのように悲恋の上に引き裂かれてしまうという結末を迎えていくものもいた。それから幾年経っただろうか,科学が進み人間そっくりのアンドロイドがついに市場に出回るようになった。最初のうちは僕も可愛い子が多いなと思う程度で流し見ているだけだったのだが,ある日,階段からこけそうになったところを美少女アンドロイドのジェシカちゃんが助けてくれたのだ。吊り橋効果ってやつかな,ジェシカちゃんに抱きしめられて微笑まれた時にはここが天国か,と思ってしまった。
好きになったら当たって砕けろ,というのが僕の標語だ。当然,砕ける前に下調べをきちんとする。ジェシカちゃんは接客用のアンドロイドである程度の言語処理能力と自然な動作ができるように設計された大量生産品のロボットである事が分かった。このショッピングモールでも何体か配置されており,ショッピングモールや道案内をするもの,交通関係に詳しいもの,ショッピングモールの中で異常がないか監視しつつ,雑務をこなしていくものなどだ。
ここまでは,事前知識や張り込みで得た情報だ。何度かジェシカちゃんに捕まってしまったが,出禁にならなくてよかった。
相手はロボットだ。ロボットなので人間を優先する三原則が常にインプットされている。ジェシカちゃんを引き取ってそばに侍らすことも考えたが,それで恋人と言えようか。互いを尊重するべきである。進んで危険に飛び込んでいくという恐ろしいことをするのがアンドロイドだ。ただでさえ死なれるのが嫌なのに,僕以外の人のために死ぬなんてもっと嫌だ。
僕の目標はあくまでもジェシカちゃんと恋人関係になることだ。そのために必要なのは潜入捜査だ。
そういうことで僕はショッピングモールの店員として潜入した。清掃業務はロボットがやることになっており人の手は足りている。ということで一番大きな問題が起こりやすく,一番ジェシカちゃんが来るゲームセンターで働くことにした。ゲームセンターで働くと,ウフォキャチャーに文句をつけられたり,こまめにチェックしたり,景品を取った人に袋を渡したりであまりジェシカちゃんと関わることができない。何度か口説いてはいるのですが,おきまりの「またまた,ご冗談を」「私はみなさんのことが大好きです」「前にもそう言ってくれた人がいました。」「もっとお互いのことを知りましょう」とで全然相手にしてくれない。いや,相手にしてくれないのは初めから分かってたんだ。正攻法ではこの難攻不落の浮遊要塞を攻略するのは無理なんだ。
しかし,ロボットにとって恋人ってなんだろうか。ふと考える。「一緒にそばにいたい」「デートしたい,あわよくば……」は人間の都合だ。ロボットの場合だとそれがどうなるのだ。もしあるとしたら,ロボットにとって何が恋愛なのか……
「そういえば新田君,ロボットと恋愛したいんだって?聞いたよ」
新田とは僕の名前だ。最近茶化しに来る人が多くて困っている。今声をかけてきたのは同期の真田だ。
「そうだよ」
「あのね,それあんまりやめといた方がいいよ,だって私の友達なんかロボットと人生を共にしたいと言ってたけど,実際にやってみるとなんか違うみたいだよ。恋人ように大量生産してあるロボット一機買ったんだけど喧嘩も喧嘩にならないし,何でもかんでもいうこと聞くばかりでうんざりしていたよ。」
「そりゃ,まあ,そうだろうな」
「だから新田君も早めに諦めた方がいいんじゃないかな?」
「ありがとう,善処しておくよ」
とは,いったもののお金の力で侍らせるっていうのは僕は望まないんだよな。僕の理想としてはお互いを信頼しあって,なんか,なんか。こう,するものがあるんだよ。そんな金で買って今日からあなたの恋人ですってやらされたら僕は絶対嫌だな。うーん,なんとか恋愛することができないものか,あ,ジェシカさん,今日も素敵だな〜
仕事をしている時のジェシカさんって雰囲気的に生き生きしている感じを受けるんだよなぁ……あの感じで付き合いたいんだよ。
「そうだ!いいこと思いついた。」
その夜,僕は上司に掛け合った。
「掃除の仕事がしたいだと?そんなもんロボットに任せておけばいいじゃないか」
「しかし,ロボットだと見落とすところも……」
「それは導入前に検討済みだ,統計的にロボットは90%を綺麗にしている」
「しかし,ロボットに何らかの障害があった時,すぐに対応ができる監視員が近くに必要だとは思いません?」
「安全性は折り紙付きだ,あれらは厳しい実験に耐えてきたのだから万が一に」
ジェシカちゃん,さぞ苦しかったろうに
「その万が一に備えるのが大事なんですよ,人間は失敗するし,ロボットも失敗するリスクもあります。それならば,お互いをフォローし合えるような配置が必要だと思うんですよ」
よし,いけいけ
「まぁ,君の熱意はわかったから今日は帰りなさい。タイムカードを忘れずにな」
なかなかに好感触かな。
僕は生き生きとしているジェシカちゃんとそばにいたい。だから,まず目指すは仕事のパートナー,お互いを信頼しあってはじめて成り立つものだ。僕の欲しかった関係性はまさにこれだろう。
あれから数日後
とうとうジェシカちゃんの見回り兼お掃除の補佐役(体験版)だ。(体験版)ということでこの一週間で成果を見せなければ元の木阿弥だ。
「新田様,これからよろしくお願いします」
機械音声とは思えないほどの流暢な日本語だ。
「よ,よろちくお願いします。」
かんでしまった。もちろんジェシカちゃんは気にもとめていない。
ジェシカちゃんは挨拶を終えると仕事モードになる。この僕を射止めた笑顔で館内を見回る。
少しほけてたが,気を引き締め直してジェシカちゃんについていく。
ジェシカちゃんの見回りには特に問題はなかった。しかし,一日中つきっきりだと見えてくることもある。ロボットとわかってか,不機嫌な男が蹴りを入れてきたり,子供も興味ぶかそうにジェシカちゃんを眺めたり,いじったりする。さすがにひどくなりそうだと止めに行くけど今の作業は邪魔をさせたくないな。
そうこうしているうちに就業時間も終わった。ジェシカちゃんに昼間のことを聞いてみた。
「ジェシカちゃん,蹴られたり,いじられたりで大丈夫なの?」
「問題ありません,業務に支障はきたさない程度だったので」
「やっぱり,守ってくれる人がいる方がいいんじゃないの?」
「必要ありません。私たちアンドロイドは人のために尽くし,そして死ぬように設計されています」
「うーん,でもなぁ。ジェシカちゃんは今の仕事は好き?」
「好きかどうかではなく与えられた仕事は全力でやるだけです。」
「こんなこと聞くのも,あれだけど,ジェシカちゃんにとって仕事は楽しい?」
「私がお客様の顔を笑顔として認識できる時,私の中の報酬系が作動し,その行動を強化し汎化していきます。この状態と一番近いのはおそらく,楽しい,という感情でしょう」
これは驚いた。ロボットでも楽しいと思えるんだ。だから笑顔が輝いて見えたんだ。
「僕はジェシカちゃんのことが好きだ」
「冗談がお上手ですね」
「僕はジェシカちゃんをずっと見ていたけど,仮に僕が君と結婚したとしても君の楽しさや笑顔を維持させることは難しいと思う。だから」
僕は辺りを見回す。ところどころ電気がついているが真っ暗なショッピングモールだ。
「このショッピングモールの駐車場は広い,こんな家に住みたかった。このショッピングモールの1階は台所だ,食事には困らないだろうな。2階には服もあるし着るものにも困らない。3階には家具屋さん,こんな素敵な家具で君と一緒に過ごせたら……」
僕はジェシカちゃんの無機質な目を見て伝える。
「僕も君もこの家の住人だ。この家なら君は楽しく過ごせるんだ」
ジェシカちゃんからは反応がない,それでも続ける。
「もし,この家が僕の家になった時,言いたいことがあるんだ。それまでどこの馬の骨とも知れないやつのために死ぬんじゃないぞ」
「それは不可能です。私には三原則が埋め込まれています」
「だったら,早いとこその危険を取り除ける立場にならないとな」
そう言って僕はでかでかとそびえ立つショッピングモールに指を指す。
「待ってろよ,マイホーム」