王国の力
そのころ、まことは、ゆうたのお兄さんたちと一緒に、ゆうたを誘拐したワゴン車を探して、すっかり暗くなった街中を自転車に乗って走っていました。
自宅では、おかあさんとお姉さんが、警察からの連絡を待っていました。心配そうな顔で、電話を見つめるお母さんの顔。お姉さんは、そんなお母さんの顔を見つめているのがつらくなって、窓の外の夜空に視線を移しました。
「アンジェリエッタの星だ」
「えっ?」
お母さんは、お姉さんの言葉に我に帰りました。
「お母さん、あそこに見える金色に輝く星が見える?ゆうたと2人で決めたんだ。あの星が、王国の女王アンジェリエッタの黄金の星だって」
お姉さんは、立ち上がって、窓を大きく開きました。お母さんも立ち上がり窓辺に近づきました。
その時、夜空に不思議なことが起こり始めました。紺色の夜空の中にかすかに浮かび上がっていたちぎれた雲が、風もないのにすさまじい勢いで一か所に集まり始めたのです。
「・・・・こんなことって・・・・」
不思議な美しさに満ちた夜空のショーに2人は言葉を失いました。
◆
街中を走っていたお兄さんの野球部の仲間が、堤防の上に集まってきました。
「どうだった?」
みんな、首を横に振ります。
「そうか・・・。みんな、疲れているのにゆうたを探してくれてありがとな」
「もっと、遠くまで探してみるか?」
「こんなに暗くなっちゃったんだ。もうみんなに探してもらう訳にはいかないよ」
そう言って、夜空を仰いだお兄さんは、お姉さんたちもみていた不思議な雲の動きに気付きました。
「なんか雲の動きが変だぞ?」
お兄さんの声に、まことや野球部の仲間も夜空を振り仰ぎました。雲はみるみる一か所に集まり、お椀をひっくり返したような形になりました。次の瞬間、突然サーチライトのような光が雲に反射し、その光の中に模様が浮かび上がりました。
「・・・・ルーベンカイザーのマークだ」
星に突き刺さった雷のマーク。そう、その模様は、まぎれもなくルーベンカイザーの胸にかがやくマークでした。
「あの光の下のあたりに、今は使われていない倉庫があるぞ」
野球部の一人が言いました。
まことは、それを聞いて自転車で走りだしました。
「あっ、待て!」
まことの後を追おうとして、お兄さんは親友のひろしを振り返りました。
「ひろし、すぐに警察に行って、あの光の下の倉庫に来てもらってくれ」
「分かった!」
ひろしは、警察に向かって自転車を走らせました。
「みんなは危ないからくるな」
そう言うとお兄さんは、まことの後を追いました。
「あいつの弟が危ないのにじっとしていられるもんか!」
そう言うと、残っていた野球部の仲間はお兄さんの後を追いました。
◆
「ゆうた、もう目を開けてもいいぞ」
ルーベンカイザーの声に、ゆうたはゆっくり目を開けました。倉庫の中はふたたび暗闇に包まれていました。
「みか、もう目を開けても大丈夫だよ」
みかはゆっくり目を開けました。
「何が起こったの?」
「僕にもわからない。でも、磁気ボードが起こした何かがきっとぼくたちを助けてくれる」
そのとき、扉の鍵をあける音がしました。
誰かが助けにきてくれた。
扉が開いて倉庫を懐中電灯が照らしだします。その懐中電灯の光の向こうのシルエットを見てゆうたは直感しました。
違う!助けに来たんじゃない!
そう思った瞬間、ゆうたはみかの手を取り、おもちゃの山の陰に隠れました。
「このガキ!ルーベンカイザーはどこだ!いつのまにカバンから盗みやがったんだ!」
男が怒鳴ります。しかし、男が懐中電灯で照らし出したおもちゃの山の前には2人の姿はありませんでした。
「いない・・・・。どこだ?どうやって逃げやがったんだ?」
後ろから金髪と長髪の若者も入ってきました。ゆうたは、近くにあったおもちゃを握ると、心の中で「ごめんね」と謝って、扉と反対側の倉庫の壁に向かって放り投げました。
静寂に包まれた倉庫の中に、おもちゃが壁にぶつかった音が響き渡ります。懐中電灯が倉庫の奥の壁を照らし、3人の男たちが音の方向に走って行きます。
ゆうたは、この瞬間を見逃しませんでした。みかの手を握ったまま、全速力で開いたままの扉に走りました。みかはもう片方の手で磁気ボードを抱えて、必死にゆうたに続きました。
3人が2人の走る姿に気づいて振り返ります。しかし、そのときには2人はすでに扉の外に飛び出していました。
このまま走って誰かに助けを求めれば助かる。
そう思った瞬間、みかの足がもつれて転んでしまいました。みかの手から磁気ボードが離れます。みかが手を離したので、ゆうたは転倒をまぬがれましたが、みかは地面に倒れたままです。
「ゆうた君、行って!」
ゆうたは、倒れたみかの所に戻りました。そこへ、3人が駆けてきます。
「逃げられると思ったのか?ここは使われなくなった工場の倉庫だ。誰もこんな所には来やしないさ」
ゆうたは、みかの肩を抱きしめました。
もう、ここまでなのか?
いや、そんなことない。まだこれからだ。
ゆうたがそう言おうとみかの顔を見たとき、みかの顔が光に照らされました。ゆうたは、背後から光の束がいくつも交差しながら近づいてくるのに気付きました。
「ゆうた!」
それは、まことの声でした。
「ゆうた、大丈夫か!」
2番目に聞こえたのはお兄さんの声です。
光の束は、お兄さんたちの自転車灯の光だったのです。
「まこと、お兄ちゃん、どうしてここが分かったの?」
「ルーベンカイザーのマークだよ」
お兄さんは言いました。
「ルーベンカイザーのマーク?」
ゆうたが聞き返すと、お兄さんは大きくうなづきました。
「あの倉庫の真上に雲が集まって、そこにルーベンカイザーのマークが映ったんだ」
ゆうたは、磁気ボードが起こした奇跡が何だったのか、この時初めて知りました。磁気ボードは、王国の力を使って、夜空にルーベンカイザーのマークをうつし出したのです。ゆうたは、地面に落ちたままの磁気ボードを振り返りました。そんなゆうたの表情を見て、お兄さんは聞き返しました。
「あれは、ゆうたがやったんじゃないのか?」
「なんだ?お前たちは?」
金髪の男が、息巻きます。
お兄さんたちの自転車は再び走り出し、みかとゆうたを囲うようにして止まりました。
「そのガキが持ってるおもちゃをこっちによこせ!」
長髪の男が叫びます。
お兄さんたちに囲まれて、勇気百倍のゆうたは立ちあがって言いました。
「これは盗まれたぼくのルーベンカイザーだ!」
それを聞いて、ひげを生やした小太りの男がせせら笑います。
「どこにその証拠がある?」
ゆうたには盗んだことを自慢げに言っておきながら、ゆうた以外の子供たちを前にしたとたん、ゆうたを悪者扱いし始めました。
「店にあったルーベンカイザーを、自分のルーベンカイザーだと言ってるだけじゃないか?まったく困ったものだ。それは俺のものだ!だからこっちによこせ!」
「証拠ならありますよ」
男たちの背後から、誰かが近づいてきました。
ゆうたの家に来たあの年配の警官でした。その後ろには若い警官もいます、
「先日はお世話になりましたね」
年配の警官が小太りの男に声をかけます。小太りの男は、突然警官が現れたので少し動揺しましたが、すぐに切り出しました。
「証拠があると言いましたが、この間、倉庫を見てもらいましたよね。店の在庫データもご覧になったはずだ。わたしが取り変えたというおもちゃの製造番号はなかったでしょう」
「ええ、そのかわりに18066の製造番号のものはちゃんとあった。子供のいたずらに振り回された。それで一件落着と言うわけです」
そのときまことが叫びました。
「そんなの嘘だ!ゆうたが嘘つくわけない!」
年配の警官は、片手でまことが興奮するのをなだめて
「ただ、どうも引っかかるところがあって、おもちゃのメーカーに今ゆうた君が持っているおもちゃの製造番号を調べてもらいました。そしたら、おもしろいことにその製造番号の物は去年作られたものだったんですよ。ゆうた君が、そのおもちゃをプレゼントされたのは3歳の誕生日。つまり、去年作られたおもちゃを、今から3年前にプレゼントされていたってことになるんです。おかしいでしょ?」
「3年前に買ったという証拠はどこにある?その子供が言っているだけじゃないか?領収書でも確認したのか?」
そんなものあるわけありません。お兄さんやお姉さんが言ったって、口裏を合わせているだけだと言われれば、何の証拠にもなりません。
年輩の警官は、しらを切る小太りの男にひるむことなく続けます。
「あなたは言いましたね。その製造番号は見たことがない。ゆうた君のおもちゃは、ルミナスじゃない他の店で買われたものだと。ところで、ルミナスという店は、店舗で売る他にインターネットでもおもちゃを売っているんですね。全国にいくつも店舗があって、店でもインターネットでもどちらでも買える。インターネットで売れると、そのおもちゃのある店からおもちゃが配送される仕組みになっている。で、ルミナスのインターネットを調べてみたら、あったんですよ。まだ売れていない在庫の中に、ゆうた君の持っている製造番号のおもちゃが。在庫店舗を確認したら、あなたの店でした。つまり、あなたが見たことがないと言っていた製造番号のおもちゃが、インターネットでは、あなたの店にあったということです。しかも、売られずに残っているはずのおもちゃをゆうた君が持っていた。これは一体どういうことなんでしょうかね」
小太りの男の顔色が変わりました。
「不思議なことに、ルミナスのインターネットには、まだ売れていないはずの製造番号18066がありませんでした。しかし、あなたの店の在庫データには確かにあった。ルミナスの本店に聞いたところ、インターネットのデータは本店で管理しているので、各店では在庫状況を勝手に変えられないそうです。しかし、各店の在庫データは、本店ではなく各店で書き換えることができる。本店で、各店のデータ修正の記録が確認できるというので調べてもらったら、おもちゃが盗まれた日、あの店の在庫データを修正した記録が残っていました。データを修正した店員のIDナンバーを確認したらあなたのナンバーでした。つまりあなたは、おもちゃが盗まれた日、あの店のデータにアクセスし、在庫データを修正していたというわけです」
小太りの男は何も言えず、じっと警官の説明に聞き入っています。
「なぜそんなことをしたのか。それは、署でゆっくりと話を伺います」
あの警官は、ただ何もしないで連絡してくれなかったのではありませんでした。ゆうたを信じて、捜査を継続してくれていたのです。
小太りの男は、若い警官に手を掴まれ、とぼとぼと歩き始めました。
年配の警官がゆうたの所に来ます。
「連絡が遅くなって申し訳ない。証拠固めに時間がかかったんだ。我々は感じだけでは、犯人を逮捕できない。でも・・・」
年配の警官は、しゃがみこんでゆうたの頭に片手を置きました。
「君は嘘をついていない。そう信じれる何かが君にはあったんだよ」
パトカーが、工場の敷地に入ってきました。
そのパトカーが止まると、中からゆうたのお母さんとお姉さんが出てきました。もう一台のパトカーからは、みかの両親が出てきます。
お母さんが、ゆうたを見つけて駆け寄ります。
「お母さん」
ゆうたがお母さんの名を呼んだ瞬間、ゆうたは、ほおに痛みを感じました。お母さんが、ゆうたの頬をひっぱたいたのです。
「お兄さんやお姉さんがどれだけ心配したと思ってるの?どうしてお兄さんの言うことを聞いて、おまわりさんに任せておけなかったの?」
お母さんは、震えているようでした。
ゆうたは、自分がしてしまったことの大きさを突然感じて、何も言えなくなりました。
何も言えないで、下を向いたままのゆうたをお母さんはしゃがみこんで抱きしめました。お母さんの頬が、ひっぱたかれたゆうたの頬にくっつきます。お母さんの頬は濡れていました。
「ごめんなさい・・・」
ひと言めは消え入りそうな小さい声でした。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、まことやお兄ちゃんの友達も、みんな、みんなホントにごめんなさい!」
言ったとたんに、ゆうたの目から涙があふれ出しました。