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ほんとうの願い

 夕闇が、倉庫を暗闇に包み込もうとしています。

 ゆうたは、ルーベンカイザーを手に取りました。

「やっと取り戻せたのに・・・」

「ゆうたくんはすごくがんばったよ。だから、きっと誰かがきっと助けに来てくれる」

 それまでの口調とちがったやさしいことばでみかは言いました。

 そのとき、ゆうたは思い出しました。

 アンジェリエッタがルーベンカイザーに授けた王国の住人を守る力。それを使えば、ルーベンカイザーだけでも助けられるんじゃないか。ルーベンカイザーなら、あの屋根の窓を突き破って、外へ出られるんじゃないか。

「ゆうた、たとえその力を使っても、外へ出られるのはおれだけだ。王国の住人は、世界のどこにいても、ゆうたのところに戻ることはできる。でもゆうたから離れようとするときは、誰かの手を借りなければ俺たちは何もできないのだ。この力はそのために使う訳にはいかない」

 ゆうたの気持ちを読み取ったかのようにルーベンカイザーが言います。

 ゆうたは、ルーベンカイザーを握りしめました。

 そのとき、突然おもちゃの山が崩れて、いくつかのおもちゃが2人の前に落ちてきました。2人はなにごとかと、驚きましたが、その中にみなれたおもちゃが混じっていました。

 みかがゴミとして持ってきた、おもちゃの磁気ボードです。

「これ・・・」

 ゆうたがみかを見ます。

 みかは、唇をかみしめながら、おもちゃの磁気ボードを手に取りました。

「あたしが、おもちゃを大事にしないで、ゴミにしようとした罰なのかな」

 みかはぽつりとつぶやきました。

「ゆうた」

 ルーベンカイザーがゆうたに呼びかけます。

「俺をあの磁気ボードに近づけてくれ」

 どうして?

「みかは、ゆうたをこんな目にあわせたのは自分だと思っている。このままではみかは自分に自信が持てなくなって、何もできない女の子になってしまう。それを救えるのはあの磁気ボードだけだ。だから、おれはあの磁気ボードにこの力を預ける」

 そんなことをしたら、ルーベンカイザーはアンジェリエッタが授けた力を使えなくなっちゃうじゃないか!

「アンジェリエッタは、この力をいつ使うか、それは俺が決めるのだと言った。俺は今がその時だと決めたのだ」

 ゆうたはルーベンカイザーの堅い意志を信じました。

「みか、もしこの世の中におもちゃの王国があると言ったら信じる?」

「えっ?」

「その王国におもちゃを救うための不思議な力があると言ったら信じることができる?」

「何の話?」

「今から起こることは夢なんかじゃないよ」

 そう言うと、ゆうたは前に突き出されたルーベンカイザーの右手を、みかの手の中の磁気ボードに近づけました。

 ルーベンカイザーの全身に描かれた模様が輝き始め、その輝きは突き出されたルーベンカイザーの右手に集まり、磁気ボードにそそがれました。

 みかは、じっとゆうたのしていることを見ていました。そして、ゆうたのことを冷めた目つきで見ました。

「ゆうた君、大丈夫?赤ん坊の時から使っていたおもちゃで遊ぶだけじゃなくて、頭の中まで赤ん坊になっちゃったんじゃないでしょうね?」

 ゆうたは、みかのひどい悪口に耳を貸しませんでした。

 みかには見えていないんだ。ルーベンカイザーから磁気ボードに注がれているこの力の輝きを。この輝きが見えていないなら、ゆうたはおもちゃとおもちゃをくっつけているだけ。

 みかは、自分がこんなに悩んでいるのに、ゆうたはふざけていると思ったに違いありません。この輝きが見えていないなら、それもしかたのないことだとゆうたは思いました。

 しかし、ゆうたはアンジェリエッタの力を信じていました。

 王国の大いなる力が起こす奇跡を。

「・・・ごめん。あたしを元気付けようと思ってそんなこと言ってるんだよね。それなのにあたし・・・」

 何も言わないゆうたが怒ったんだと思って、みかが小さな声で言いました。

 そうじゃないんだ。必ずこれから何か起こるはずなんだ。

 でも、そんなことをまた言ったら、みかは本気で怒ってしまうかもしれません。ゆうたは言いたくなるのをぐっとこらえました。

 しかし、磁気ボードには何も起こりません。

 王国の存在を信じないものには、何も起きないのか?

「・・・ゆうた君は、なんで赤ん坊のときに遊んでいたおもちゃにそんなに一所懸命になれるの?あたしはそんなに一所懸命になれない。だって、いつまでも昔のことを忘れずにいたら、新しいことなんか覚えられないもの。だから、この磁気ボードだって・・・・」

 みかは、何も映っていない磁気ボードの画面を見ました。

 その時、何もしていないのに、磁気ボードに文字が浮かび上がりました。みかは、言葉を失いました。文字はこう浮かび上がりました。

(そんなことはないよ)

「・・・どうして・・・」

(ぼくにはわかるよ。みかは、おもちゃたちのことをわすれてなんかいない。でも、いつまでもこどものままではいられないから、こどものころのたのしかったことをがまんしているんだ)

(いまだってぼくのことをじきぼーどなんていってるけど、こころのなかではぼくのなまえをよんでくれている。トミー。そう、みかがつけてくれたぼくのすてきななまえ)

「トミー?磁気ボードに名前を付けていたの?」

 ゆうたは、思わず笑ってしまいました。みかは、恥ずかしくなって、ちらりとゆうたをみましたが、すぐに視線を磁気ボードに戻してしまいました。

(みかは、おとうさんがぼくをえらんだのを、ぐうぜんだとおもってる?それはちがうよ。ぼくは、ほかのだれでもない、みかにあうためだけにうまれてきたんだ)

(はじめてぼくにせんをかいたときによろんだみかはすごくかわいらしかった。なんどもなんどもいろいろなえやもじをかいたよね。えももじもどんどんじょうずになっていった。おとうさんやおかあさんからじょうずになったことをほめられると、またあのかわいらしいえがおをぼくにみせてくれた。みかのうれしそうなかおをみることがぼくのさいこうのよろこびだった)

(おもちゃにはふたつのしゅるいがある。ひとつはいつまでもあそんでもらえるいっしょうのおもちゃ。もうひとつはせいちょうすることでいらなくなるおもちゃ。ぼくはせいちょうすることでいらなくなるおもちゃなんだ。だから、ぼくをだいじにしなくなるのはあたりまえのことなんだ。みか、これはばつでもなんでもないんだよ)

(ぼくはみかからいっぱいよろこびをもらった。でも、ぼくはみかになにもかえしてあげられない。だってぼくはじきぼーどで、しゃべることもうごくこともできないから)

 磁気ボードにうかびあがる文字をみつめるみかの目にいつの間にか涙があふれていました。今までゆうたが見たことがない、やさしい、でもさびしげな表情でした。

「・・・そんなこと、ない。いろいろな物をもう、あたしに返してくれたよ。あたしもいっぱい、楽しさを、もらったもの。ほんとは、すてたくなんて、ない」

(それをきいて、ぼくはあんしんした。でも、もうぼくはみかからはなれなくてはいけないじきがきたんだ。みかはせいちょうするためにぼくをすてなくてはいけない。みかがきらいだからじゃない。みかがだいすきだからだよ)

「あたしも、だいすきだよ、トミー」

 そのとき、みかの目から涙がこぼれおちました。涙の粒は磁気ボードの画面に落ちて、王冠のような綺麗な形に涙のしずくが跳ね返りました。

 その瞬間、画面から文字が一気に消えました。

 そして、文字の代わりに不思議な形が画面に現れてきました。

「ゆうた、目をつぶるんだ。磁気ボードが、みかのために王国の力を解放するぞ!」

 ゆうたは何が起こるのか分かりませんでしたが、ルーベンカイザーの言葉を信じて叫びました。

「みか!目をつぶって!ぜったい目を開けないで!」

 ゆうたの切迫した声に、みかは磁気ボードを抱えたまま、目を堅くつぶりました。

 ゆうたとみかが目を閉じたのを確認したように、磁気ボードの画面が輝き始めました。その光は強さを増し、暗くなった倉庫の中を昼間のように照らし出します。その輝きが磁気ボードの方に集まって行き、やがて一本の光となって、屋根の窓を突き破り夜空に向かって放たれました。


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