危ない決断
「ああ、すっきりした」
3人で歩きながら、まことが言いました。
「ゆうたから朝の話聞いたよ。俺、みかのこと見なおしたぜ」
まことのほめ言葉に、なんとなくみかが照れているようにゆうたには見えました。
「本当は、ゆうた君がどろぼうでもなんでも関係ないと思ってたんだ。だけど、なんでだろ・・・。あの時・・・ゆうた君が、ぼくが何かしたのかって叫んだ時思ったの。ゆうた君はぜったいどろぼうなんかしていないって。そしたら、急に言葉が飛び出してきて・・・」
ぼくと同じだ。
ゆうたは、それまで何も言えなかった自分が、おもちゃの戦争を止めた時、突然言葉が飛び出してきたのを思い出しました。
「でも、どうして、おまわりさんがゆうた君ちに行ったの?そのわけを言えば、みんな、ゆうた君のことどろぼう呼ばわりなんかしなかったのに・・・」
みかの問いかけに、ゆうたはまこととみかにはすべてを話しました。この2人なら、騒ぎたてないようにという警官との約束を守ってくれると信じたからです。
「どうりで。この2、3日、なんか変だなと思ってたんだ。あまりしゃべらないし。うっかりルーベンカイザーのことをしゃべらないようにしてたんで口数が少なかったんだな」
ゆうたからすべてを聞いたまことが言います。
「・・・ゆうた君はどうするつもり?」
みかはゆうたに聞きました。
「どうするって?」
「もう、何日もたっているんでしょ?早くその店員からおもちゃを取り戻さないと、きっとどこかに売られてしまうわ」
「分かってるよ。そんなこと、分かってる」
ゆうたが、一番気にしているところを、みかの言葉はちくりと突き刺しました。
「そんなこと言ったって、何もできないだろ。おまわりさんから待ってろって言われたんだから」
よけいなこと言うなよ、という風にまことがみかに言います。
「おもちゃが盗まれたくらいで、警察が本気で捜査をしてくれると思えないわ。だって、もっと大きな事件をいくつも抱えているんだもの」
みかの言葉はゆうたの不安な心をさらにかき乱しました。
しばらく行くと、みかは立ち止りました。
「あたしの家、こっちなんだ。それじゃここで」
それをきいて、まことが言います。
「いいよ、送るよ。また、あの女の子たちがどっかで待ち伏せしてるかもしれないからな」
ゆうたとまことは、いつもの帰り道とは違う方にみかといっしょに歩き始めました。すると、いくつか角を曲がったその先に、ルミナスの濃い青色の建物が見えてきました。
「ルミナスだ」
「あたしの家、この近くなんだ」
いつも自転車でいっぱいの店の前に何も置いていないので、ゆうたたちは、ルミナスの店の前で立ち止まりました。よくみると、入り口に張り紙がしてあります。
『本日の営業は、午後3時まで』
「ここって、夜までやってるよね」
ゆうたが言います。
「このあいだ、お父さんとおもちゃを売りに来た時は夜もやってたわ」
「おもちゃを売っちゃったの?」
「うん。だって、この間先生が言ってたじゃない。いらないものは捨てなくても売ればいいんだって」
ゆうたは、一瞬カチンときましたが、今まで話していたみかの口調と変わったのに気付きました。なんだか急に自分のことじゃなくて人のことをしゃべっているような、冷たいしゃべり方になったような気がしたのです。ゆうたはみかに言い返すのをやめました。
「店の前に立っていても、ルーベンカイザーは出てこないぜ」
まことに言われて、ゆうたたちはみかの家に向かって歩き始めました。
ルミナスは、店の裏側が駐車場になっていました。店の前を通り過ぎると駐車場の入口があって、道路から見えるところに、濃い青色に流星が描かれた大きなワゴン車が止まっていました。
「ちょっと待って」
ゆうたが2人に言いました。
そのワゴン車の運転席から、ひげを生やした小太りの店員が出てきたのです。店員は、ワゴン車の後ろの扉を開けて荷台の中に入りました。しばらくすると、またワゴン車の荷台から出てきて、後ろの扉を開けたまま、店の裏口に入って行きました。
あのワゴン車の中にもしかするとルーベンカイザーがあるんじゃないか。今なら誰もいないからワゴン車の中を探せる。
「どうする?こんなチャンスもう二度とないわよ」
みかが言います。
「何バカなこと言ってるんだよ。店員がすぐに出てくるにきまっているだろ」
まことが言います。
でも、ゆうたの心は決まっていました。
「あたしの足ならあの店員が出てきても走って逃げられるわ。ゆうた君は?」
ゆうたは、みかの方を見てうなづくと走り出していました。
「おい!待てよ!」
まことは、2人を止めようと一緒に走りだしそうになりましたが、思いなおしてその場にとどまりました。2人を連れ戻すことなんてできない。それなら、店員が出てきたとき、2人に知らせる人が必要だと思ったからです。まことは、近くに落ちていた小石を握りしめ、店の裏口が見えるぎりぎりのところまで駐車場に入り込むと身をかがめました。2人がワゴン車の後ろの扉から荷台に入ります。
「こんなとこにあるわけないのに、みかのやつよけいなこと言いやがって」
2人はなかなか出てきません。思わずまことの口から独り言が漏れます。
「急げよ。あの店員が出てくるぞ」
まことが待ち切れずに2人を連れ戻そうと立ち上がったとき、裏口の扉があきました。まことはあわててしゃがみこんで、小石をワゴン車の方に投げました。小石は地面に一回跳ね返り、後ろのタイヤのホイールに当たりました。
「ゆうた!」
まことが叫ぶのと店員が出てくるのは同時でした。まことは、店員に背を向けると、全速力で駐車場から走って逃げました。店員は逃げていくまことの姿に気づいて後を追いかけましたが、道路に出た時にはすでにまことに姿はどこにもありませんでした。店員は後を追うのをあきらめ、ワゴン車にもどると、中を確認もせず後ろの扉を閉めました。
角をまがったところにかくれていたまことは、ワゴン車が通り過ぎるのを待って、駐車場に戻りました。駐車場はがらんとして、誰の姿も見当たりません。どこかに隠れているのか?
「ゆうた、みか!」
まことは2人の名を呼びましたが、2人の姿はどこからも現れませんでした。
時間をちょっとさかのぼって、2人がワゴン車の荷台に入ったところに戻ります。
ワゴン車の中にはおもちゃが山積みになっていました。ゆうたとみかは、積み上がったおもちゃをどかしながらルーベンカイザーを探しました。荷台の奥へ、奥へと進んでいきます。そのとき、小石がタイヤに当たる音がしました。2人ともハッと扉の方を振り向きます。ちょうど店員が建物から出てきたところでした。ゆうたは、積み上がったおもちゃのかげに隠れようと荷台の横の扉に身体をピタッと付けました。
「ゆうた!」
まことの叫び声に、店員は声のした方に走っていきます。そのすきに逃げようと、ゆうたが立ちあがろうとした時、身体が後ろに引っ張られました。ランドセルの金具が、ワゴン車の扉の金具に引っ掛かっていたのです。
「ゆうた君、どうしたの?」
「ランドセルが引っ掛かった!」
みかはそれをきいて、ゆうたの方に来ました。金具を外そうとしています。
「何してんだ!早く逃げろ」
みかは、ゆうたの声を無視しました。
もう少しで金具が外れるとみかが思った瞬間、後ろの扉がバタンと閉まりました。