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少女は魔王に夢を見る  作者: 狂える
第一巻
4/62

四話

各国の実力が拮抗し引かれる線が書き変わることがあっても、地図の上から一国がなくなるようなことはもう何十年もなかった。

全ての国は戦争こそしてもその実力は拮抗し、完全な勝利と呼べるものを上げた国はごくわずかしかない。戦争に勝ち続けることなど、よほど条件がそろわない限りありえないことであった。


だがセントリー・ランページ帝国はここ数年、立て続けに戦争に勝ち続けていた。

この国はこの十五年で三つ、そして直近では国王が勇ましいことで有名であったカンタービレ王国を滅ぼして、最も強大な国となったことをすべての国に知らしめたばかりの国である。

当然国内の士気も最高のものに保たれているところだった。


その国の領内を行進する、同国の兵士達の表情には気合が入っていた。

自分達がいま世界で最も強い国の兵士であることを十二分に自覚した顔だ。

これから先もうすぐ死ぬかもしれないというのに、その表情には明るさすら伺える。

彼らは、自分たちが着くことで戦争の膠着状況を打破できると確信していた。


だがゆく道の先、そこに少女が立ちはだかっているのを見て、先頭に並んでいた兵士たちは顔を見合わせていた。

森の道を曲がったところでその姿を見せた人影は、髪の長さとその背丈からやっと少女だとわかるくらいで、普通なら兵士達は何ら意識を向けることなくそばを通り過ぎていくだろう。


しかし、ここを通さないという強い意志を前面に出した少女に、兵士達は反応した。

そして、先頭にいた騎乗している一人が手を挙げる。

続いてそのそばにいた兵士が後ろに声をかけ、全体はその歩みを止めた。


「まさかとは思うが、周囲に敵の姿が見えないか確認しろ。」


そこはまだセントリー国の中、だからこそ待ち伏せなど本来ありえない。

だがそれでも念には念を、一人の兵士がその言葉を伝えに後方へと走る。

最後列にその言葉が伝わるまでには時間がかかる、それまでにあの少女の目的を判明させねば、そこまで男が考えたとき少女と目があう。

稀に見る、吸い込まれるように黒い瞳であった。


「私は魔王!今日ここに来たのは散歩のためだったけど、あなた達を見て気分が変わったわ!叩きのめしてあげるからかかってきなさい!」


不思議とよく通る声は、木に反射して兵士達のもとへと届いた。

だが兵士達はそれを聞いて少数が薄く笑うだけで、あとのものは笑いもしない。

冷えた空気の中、少女は多くの兵士の視線を一身に受けていた。


少女の姿は流麗だった。立ち姿にも、髪をかきあげる仕草さえも気品がある。服装こそ少年のようであったが、生まれはどう見てもどこぞの村娘のようには見えなかった。

それを分かっていたためか、感情任せに口を開く兵士は誰もいない。


――――――長い沈黙を破ったのは、列の先頭へと戻ってきた兵士の、勇ましい報告の言葉だった。


「隊長、確認しました。どうやら待ち伏せの心配はないようです。魔法も張りましたので、新手が近づいてきてもすぐにわかるようにしてあります」


「わかった。おい、そこの娘よ!見たところ我国の民のようだが、何か兵を居る事情でもあるのか?我らはこれから、前線でにらみ合いしている同軍の援護に向かうため、ここから兵を貸すことはできない。

必要があるなら首都まで馬を走らせることだ!」


騎乗した兵士の言葉を合図に、また兵士達は進み始めた。

五百名の兵士のその姿、その足音、そして面と向かっていれば嫌でもわかるその視線の数。

目前まで近づけば自然と道を開けるだろう、それが兵士達の予想だった。


だがいくら足音をかき鳴らしても、視線の数が増えようとも、道を遮る少女は動かない。

双方の距離があと数秒で縮まりきるというところ、そこまでいって、結局折れたのは兵士達の方だった。

再び足を止めた兵士の声は、どこかため息が混じっている。


「しょうがない、首都まで馬を一つ走らせよう。おい、娘。名はなんという?お前の目的はなんだ?」


「私の名前は魔王。」


吹き抜けた風が少女の髪を乱し、その瞬間に少女の姿は忽然と消えた。

続いて風が巻き起こり、たまらず兵士達は目を庇う。風の中、なにか重いものが地面に落ちる音が立て続く。

何が倒れたのか、それは兵士達が目を開けることによってやっと理解することになった。


「私の目的はあなた達をたたきつぶすこと。三度目は言わないわ、わかったらさっさとかかってきて頂戴。」


兵士達の只中で倒れた数名の上に立つ少女に、ことを理解した兵士が殺到した。











援軍として派遣された兵士達の数は五百名ほどだった。これだけ聞けば少し物足りない数と感じるかもしれないが、しかしその誰もが一度は戦場を経験したベテランぞろいだ。個々の実力は申し分ないものがあった。


もちろん、だからといって一度戦いが始まってしまえば、全員が生きて帰ることができるというわけではない。個々が死ぬ可能性は決して低くはないだろう。

だからこそそれをよくわかっている彼らは、最悪自分が死ぬことを覚悟してここまでやってきていた。


だがまだ目的地にもつかないうちに、ひとりの少女と対峙することになろうとは、ましてやその少女に襲われることになろうとは、流石に誰も予想できていなかった。


「全員散開しろ!敵は一人だが動きが早い、的を絞らせるな!」


列をなしていた兵士達は、はじめなんのことかと思いそれぞれ首を伸ばしたが、そのすぐ後に空を飛ぶ仲間の姿を見て表情を引き締めた。


もちろん疑問こそそれぞれにあるだろう。


敵の姿は、なんの武器を使うか、なぜいま襲撃してきたのか、その内容こそ様々だったが、それを実際に口にする兵士は誰もいない。

きっと危険を前にして余計な事を考えれば、それが死に繋がるということを身近な人間を通して学習していたからだろう。


緊張感の高まった兵士達が息を呑み、そしてその間を遮っていた一人の兵士が、他の例外に漏れず空を飛んだとき――――――そこには黒髪の少女がいた。


そこに疑問を挟む余地は、兵士達には残っていなかった。

瞬きするほどの間に間を詰めた少女に、兵士達はろくな反応すらできない。

次々と腕を折られ足を折られ、構えた剣は折られて地面に伏していく。

だがすべてがそう簡単に行くわけではなかった。


「おっと」


「ほう、私のひと振りをかわすとはやるな。見た目にとても似合わぬ動きをしよる。だがそう何度も続くかな?」


軽装ばかりの兵士達の中で異彩を放つ甲冑姿の兵士、彼の振るう長剣は立て続けに二度、三度、その間合いに少女を捉える。

その度に風切り音がなるわけだが、ことごとくを避けやっと少女はその兵士と距離をとった。

木の枝に軽やかに止まる少女に向かって、兵士は剣を向ける。


「その姿はおそらく偽りなのだろうが、それでも大した腕だ。だがお前の目的がわからない、なぜ誰も殺さないのだ?」


男の問いに、少女は答えることなく体を傾けそのまま落下を始めた。

それを見ていた兵士達の幾人かは驚きの声を上げたが、少女は地面に落ちる寸前体を反転、一足飛びに甲冑姿の兵士めがけて突っ込んだ。


「その意気は買った!だが素手では剣の間合いに勝てないぞ!」


意表を突いたはずの少女の行動は、だがその兵士には予想できていた。


ありえない速度で飛んでくる少女にもすっかり対応し、その一振りは確かに少女を捉える。

剣が少女の体を打ち据え、そして空には赤い血が飛び散る――――――はずが、少女の体を捉えたかに見えた剣は柄から先がいつの間にか無くなっていた。


そして少女の次の一蹴りは男を甲冑ごと、並んでいた兵士達の更に向こうまで運んでいた。

一部始終を見ていた兵士達は、体こそまだ少女に向いていたが、その全員が後ずさりを始めている。


「て、てったい、撤退だ!」


誰かの声がやがて全体に伝わったのか、道いっぱいにまで広がっていた兵士達の集団は少しずつもときた道を戻り始めていた。

お互いをかばいながらも、だが少女相手に完全に背を見せることはない。


引く兵達に対して、少女もそれを追うつもりはないのかその場に留まったままだった。

一仕事終わったかのようにそこで少女は一息つき、そして兵士の間からこちらを覗く矢先を見る。


「隙を見せたな、怪物」


明確な殺意を持った矢は、正確に少女の頭目掛けて射掛けられた。

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