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少女は魔王に夢を見る  作者: 狂える
二巻
21/62

二十一話

「ネルコロお姉ちゃん」


「なに?」


同じ問は、既にこの短い時間の間に三回も繰り返されていた。

その度にネルコロは振り向き、背後に連なる自分より小さな子供たちの方に振り返る。

今度の質問は、緑色の目をした少年からだった。


「お姉ちゃんはなんでこんなところにいたの?」


好奇心から来るその目の輝きに、ネルコロは思わず目を細めていた。

出会って助けを求められて、それから助けて彼らを街の衛兵のところへ連れていく途中だったが、その短い間のやりとりだけでもネルコロは子供たちの純粋な心を痛いほどに感じていた。

自分より年下とこうやって話すのは久しぶりのことで、ネルコロも気づかぬうちにこのようなやりとりを楽しんでいたようだ。


だが、そう聞かれ改めて今ここにいる理由を思い出したのか、顔を曇らせた。


「・・・・・・迷子になったのよ。初めて来る街だったから慣れなくてね。適当に歩いていたところよ」


「なんでこの街に来たの?」


「この街に用事のある人がいてね、それの付き添い。まあ来なくても良かったんだけど、移動するのに一番早い手段を取るには私が必要だったのよ。それで仕方なくね」


本当は一緒に来ることはない、自分は馬車で行くと言っていたイルバを、早く行ける手段があるのにそれを使わないのはおかしいと説得してネルコロはここにいたのだが、そのことは伏せた。


「ネルコロお姉ちゃん」


「なに?」


四度目の質問は、ネルコロを見上げる茶色い髪の少女だった。


「その人ってお父さん?それともお母さん?」


その言葉に、ネルコロは一瞬目を見開き言葉を詰まらせた。思うような言葉が出てこなかったネルコロだったが、少女の純粋な瞳を見ているうちに不意にふっと目元が和らぎ、安堵するように微笑を浮かべる。


「そうね、そんなものよ」











ネルコロはイルバが買い物に行くということでそれに付き添い、それでこの街に立ち寄っているところだった。

ところが複雑な日の差さない迷路のような道を行くうちに、いつの間にかネルコロはイルバを見失い、途方にくれていたところで、大勢の子供を囲むようにしながら道を歩いていた男達に出くわした。

何故か出会い頭に襲われたということで男達を気絶させ縛り上げたわけだが、今はその子供をこの町の衛兵のところに送り届けようというところだった。


「わあ、また上がった!」


何処か寂しい印象を受ける小道を通り始めて、三度目の火柱が上がった。

鮮やかな炎は街の中で突然発生し、まるでその存在を誇示するように高々と舞い上がっている。

街で何が起こっているのかはネルコロにも分からなかったが、あの下ではきっとろくな事が起こっていないということだけは理解できていた。


「あれは危険だから、こっちに行きましょ」


「はーい」


子供達は、出会って間もないはずのネルコロの言うことをよく聞いている。年頃なら必ず出るであろう文句なんて、かけらも聞こえなかった。

先程まで陰鬱な表情を浮かべていた子供もいたにも関わらず、今はもう皆晴れ晴れとした表情を浮かべており、この先への不安などそこには微塵も見えない。


むしろ、そんな子供たちを背にして焦っているのは、ネルコロの方だった。


「えっと、こっちであってるかしら。でもたしか私はこっち側から来たような?建物の上から見下ろせば簡単だけど、そんなことすれば正体が――――――」


始めて来た街で知らぬ所に居て、子供達を誘導しなければならない。子供達よりも長く生きているとはいえ、その差はそう開いていないネルコロにとって、それは心労がかかるものであった。

心の底でイルバに恨み節をつぶやきながらも、それを口に出してもどうにもならない事も分かっていた。


誰かどうにかしてくれないかと、そんなことさえ思い始めるようになっていたネルコロ。

どこか半分ヤケになったような祈りではあったが、彼女の信心深さが幸いしたのか、通路を曲がったところで人影が見えた。


「あ、そこのひとー」


掛けようとしたその声は、自然としりすぼみになってしまった。それもその筈、ネルコロの視線の先にいる人影はネルコロが期待したような成人ではなく、背もそう変わらないような、フードを身にまとう少年だったからである。


やっと見つけた人影が、自分とそう歳の変わらない子供だったことにネルコロはがっかりした。

一方で少年もネルコロの存在に気づき顔を曇らせたが、それはネルコロの顔色を見てのものではなかったらしい。


「どうもこんにちは。君ら、ここらへんは人気も少ないし子供だけで出歩かない方がいいよ。こっちを真っ直ぐに行ったら人の多い通りに出るから、すぐに行くべきだ」


親切にも、少年はネルコロの求めていたものをすぐに教えてくれた。乞う前にこちらのことを案じてくれた少年に、ネルコロは先ほど抱いた感情も忘れて感謝の言葉を送る。


「ありがとうございます」


「いいよ、気にしなくて。ところで少し聞きたいことがあるんだけど、ここの近くに人さらいの拠点があったんだよね」


少年の言葉に、ネルコロは素直に驚いた。と同時に先程から感じていた道の寂しさの理由に合点がいく。


「へえ、そうなんですか。じゃあここは危ないってことですか?」


「いや、いま駆除中なんだけどさ。少し網から抜けてたみたいで、子供を連れて頭と幹部は逃げ出しちゃってたんだよね。さっきまではそれを追いかけていたんだ」


「さっきまでってことは、今はもう違うと?」


「丁寧に縛られて転がされているのを見つけたから、もう違うんだよね。で、今やっていたのはなぜかそこにいなかった、攫われたはずの子供の捜索だったんだけど」


そこまで言われて、ネルコロもなんとなく察しがついていた。

というのもネルコロがこの子供達を親切に衛兵のところに送り届けようといているのも、子供達から聞いて男達が親でも親戚でもないというのを聞いていたからである。


そして縛られた男達と子供というのにも、見当があった。


ネルコロがそこまで聞いて少し身構えるのを感じたのか、少年も先程までとは打って変わって聞くものをぞっとさせるような声を上げた。


「ねえ、その後ろの子供は人さらいにさらわれた子供であってるよね?」


ネルコロと少年の視線が重なった。

少年の目には、どこか相手を品定めするような用心深さと、その奥に好奇心が見え隠れしていた。

どう答えようかと、平静を装ってネルコロが思案していると、ネルコロの後ろに居た子供の方が目を輝かせていた。


「そうだよ」


「暗いところに閉じ込められてたんだ」


「お父さんたちもいないし、男の人達もとっても怖かったよ」


わっと、複数の子供の声が上がった。

ネルコロが目の前の少年と背後のいきなり元気な声を出す子供に目を行き来させていると、少年は子供達に自然な笑みを向ける。


「そうかそうか、頑張ったんだね」


「でもね、怖い男の人達に歩かされてる途中でお姉ちゃんが助けてくれたの」


その言葉は、いわば関のようなものだったのかもしれない。

子供達がネルコロに褒められたいがためか、それとも心の中にとどめていたものを吐き出したかったからなのか、いずれにせよ、それがきっかけとなって子供達の言葉は溢れ出した。


「すごかったんだよ」


「大きな男の人がね、あっという間に倒れていくの」


「くるっとして、ひゅっとなって強かった」


「大きな音を立てて倒れて、怒ってまた起き上がって」


「また倒れるの」


「みんな、あっという間だったよ」


先程にもまして、我さきにと子供達は声を上げた。

まるで我がことのように誇らしげな子供達に少年も一瞬たじろいだが、そのあとはじっと耳を傾けるだけにとどめていた。

一通り聴き終わって、少年はネルコロをちらりと見て唸る。


「と、この子達はこんなふうに言っているけど」


「運が良かっただけ、私の実力じゃないわ。そう考えることでもないわよ」


「うんまあ、そうなんだけどね」


難しそうな表情をする少年。なにか悩ましいことがあるかのように唸り続ける少年は、宙の一点を見つめていると、ぱっとその表情を輝かせた。

そのまま背を向け、それを見たネルコロがホッと安堵の息を吐いた時。少年は意外な言葉を口にする。











「とりあえず、手合わせ願おうか」


直後、矢のような動きで少年はネルコロに迫った。

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