二十話
街の中からいくつも炎が立ち上る中、ローデはなおも狭い路地の中を疾走していた。
手に持つ武器は敵と接触するたびに入れ替わり、今はもう数えて五本目となっている。
既に数組を相手にしたローデだったが、その動きには怪我どころか疲れの一つも垣間見えることはなかった。
「・・・・・・おっと、このさきはそうか。ならこっちに行くか」
ふと、見えない痕跡を追うように走り続けていたローデの足が止まった。
足の向く先をジッと見つめてそうつぶやくと、全く別の方向へ向けて走り出す。
傍から見るとそれは訳のわからない行動であったが、その理由はすぐに明らかとなった。
遠くでまた一つ、新しい炎の柱が立ち上がった
「あれに巻き込まれるのだけは勘弁してほしいな」
自分が走るはずだった先に出現した、木を一本丸々覆っているような炎を横目で見ながら、ローデはそんなことをぼやいていた。
パタリアによれば精霊魔法の一つらしいあれは、空気の壁を作りそれに何かが触れるとたちまちに火柱をあげて、人を通れなくさせてしまうものらしい。
話を聞いたとき、ローデはなるほどと思った。
そんな魔法がもし可能であれば、ある範囲内から人を出さないようにすることは簡単になるだろう。
しかも炎が出るのは誰かがそこに触れた時だけ、かかる魔力もその分少なくなるはずだ。
その分さらに長時間の維持が可能になる。
「あとは俺が中のやつらを気絶させれば全て解決だ!」
そう力強く叫んだローデは、角を曲がったところで五人組とかち合った。
どうやら人さらいたちは五人組で行動しているらしく、ここまで出会った全てがそうである。
だが数だけ揃えただけでは、とてもローデに敵うものではない。
たちまちのうちに五人を気絶させると、ローデはその場で深く息を吸った。
ここまで流れるような動きで人を発見して無力化してきたローデだったが、人を傷つけないようにするというのは神経を使うようだ。
さらにこれまで気絶させてきた全員が人さらいの一味かどうか、確証がないというのも精神的に圧力がかかっていた。
「人さらいの拠点に近いところにいて無事な人がいる訳無いだろ?心配しなくていいって、責任は僕が持つよ」
パタリアはそう言ったが、意外とそこらへんに気を遣うローデはやはりそのことについて気が気ではなかった。
そんな事に悩んでいる場合ではないとわかっていても、その眉間には自然にシワが寄る。
「罪もない人間を殴ったのかもしれないと思うと、やはり心が痛むな。それに、なんだか俺まであの柱に閉じ込められたような気分になる」
だがそんなローデのしばしの独り言も、空に昇る炎によって吹き飛ばされた。
あかあかと燃える炎も、もう数えて何本が打ち上がったのかローデは覚えていない。
だがいくら優れた魔法使いとは言え、道具もなしにあれをそう長く維持できるわけではないということは、魔法に知識のないローデでですらわかっていた。
再び気合いを入れ直し、ローデはまた道を走り始めた。
余計な考えを振り払ったローデは疲れも知らず、森を走る狼のように躍動する。
ただ、振り払った余計な考えの中に忘れかけていた何かがあったことをローデが知る事になるのは、大分に後のことであった。
「それで、ここを出る方法ってなんなんですか?」
一方でレオとルーシャは、いまだに地下の中にいた。
当然ここを出ようという意思はあったが、二人は何故か来た道を戻っている。
それどころか、最初捕らえられていた場所にまで戻ってきていた。
もといた部屋まで戻って何やら部屋を調べ始めるレオにじれったくなったルーシャは囁くと、レオは作業をする手を止めないまでも、淡々とその口を開く。
「ルーシャ。この地下はずっと昔からある、おそらくこの街ができた時と同じくらいにできたものだ。あの人さらい達はその跡地を発見して使っているだけで、ここを使い始めたのはごく最近の話だ。なんでそうなるのかわかるか?」
「それは・・・・・・これだけ広いわけですし、ここが一朝夜でできるものではないからですかね?まだ確認してませんがどうやら街の下にあるみたいですし、よっぽど古くないと街側がここを認知できなくて、犯罪者の住処になるなんてことにはならないでしょうし。最近発見されたというのは、この蜘蛛の巣を見てのことですか?」
部屋には相変わらず、そこだけ霧がかかったように蜘蛛の巣が張ってあるところがあった。
部屋の殆どの巣はすでにレオが取り払っていたが、それでもまだ隅の方には残っている。
それを見ながらルーシャは言うと、レオは頷いた。
「もちろんそれもあるが、奴ら多分組織されてまだ間もないんだ。そうじゃなきゃ俺達にここまですきにさせてないだろ。頭は多分腕っぷしが強いが、他は以下その他みたいなもんだ」
「なるほど。でもそれとここを出る方法にどんな関係が?」
「ここで大切なのは、ここが本来人さらいの拠点として作られたわけではなかったってことだ。そこで俺は考えた、ここが本来なんのために作られたのかってことをな」
レオがそう言うとルーシャを向くが、ルーシャは少し考えたあとに首を振った。
「すみません、わかりませんね。ここの通路も部屋も、どこも似たようなところばかりで」
「そう、ここの通路は似たようなところばっかりなんだよ。部屋も、どれがどれだか見分けが付かないくらいにどこも似ている」
淡々と言葉を紡ぐレオに、ルーシャは困惑した表情を向ける。
レオは振り向くと、通路の方をみやった。
「加えてここの通路は入り組んでいた。おそらくだが、ここの見張りが少ないのはそのせいでもあったかもしれないな。俺たちは結局大した範囲を移動していないから道を覚えていられたが、きっともう少し進んだら道を見失っていただろう。つまりここは、その内部を知らなければ迷いやすいようにできているんだ」
「一体なぜですかね?」
ルーシャの言葉に、レオは溜めていた息を吐き出した。
「予想の範囲を出ないが、おそらく昔この上に建っていた何かから非常時に逃げ出すためにここは作られたんだろうな。ここに逃げ込めば、追ってが来ても道に迷うだろうし逃げ切るには難しくない。ただ倉庫として使われたことも考えられるが、これだけ湿気が強い場所だ。不向きであることは確かだろうな」
「はあ、なるほどそうですか。ああ、なるほど」
何か合点がいったのか、ルーシャは目を丸くすると膝を叩いた。
だが自分でも思ったより大きな声が出たのかすぐに口を押さえ、レオに囁くように確認する。
「つまり、秘密の抜け道があるということですか」
「その通りだ。どこに出るかはわからんが、すくなくとも外に出て助けを求めるくらいはできるだろ。そしてこれ・・・・・・か?」
押した板石の一つが凹むのを見て、自然とレオは微笑んだ。
直後、どこかで重いレンガをずらすような音がし、続いてレオ達の背後で何かが崩れる音がする。
振り返ってみてみれば、上からパラパラと崩れ落ちる土くずの向こうに新たな道が出来上がっていた。
「見つかりましたね、秘密の抜け道」
「ああ、これでここから出られるな」
当然のように頷くレオだったが、その顔には明らかな安堵が浮かんでいた。
それを見てか見てないからか、ルーシャは何事かを言おうか言わまいかと迷うように眉を寄せている。
だが、決心したように口を真一文字に結んだのは、すぐ後のことだった。
「あの、今の話を聞く限り人さらいたちはここをよく把握していないんですよね?ということは、ひとつしかない出入り口付近にいろいろなものが集まっているということですか?」
「そういうことになるな。俺らのような招かれざるものは離すだろうがそれ以外は基本そこを中心になっているはずだ」
「もちろんそこの近くにいたローデさん達は、そこらへんのことはよく知っているはずですよね?あそこにいたんですし、離れているらしいこっちの方まで場所が分かっていて、あの周囲を認知していないわけがないですよね?」
「何だ、何が言いたいんだ?」
不思議がるレオは、まるでルーシャが言いたいことがわからなかった。
若干苛立たしげに短く問う彼に、ルーシャはまるでつぶやくように、忘れていた事を思い出させる。
「人さらいにさらわれた人達はどこに行ったんですかね?」
そこはローデよりも離れた、日の差さない道だった。
「お姉さん強いね。すごくかっこよかったよ」
「ありがと。あなたも、お友達を守ろうとしていたわね。えらいわ」
そこには大勢の子供がいた。
目の色が赤いもの、髪の色が青いもの、肌の色が黄色いもの。
着ているものは皆一様に同じだったが、明らかにそれぞれの血は繋がっていないようだ。
だが、それぞれが出身すら違うようなその子供達には、不思議な団結力がある。
さらにその中で、一番体の大きな男の子は黒い髪の少女に褒められていた。
――――――少女は、地面に倒れる男達の中心に立っていた。
「お姉さん、お名前は?」
男の子の脇からひょこっと顔を出した女の子の目は、好奇心に溢れていた。
黒い髪の少女は、少しはにかみながら答える。
「私の名前はネルコロよ。でも私の名前は内緒にね?あんまり広まると、私は困ったことになるから」