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少女は魔王に夢を見る  作者: 狂える
第一巻
2/62

二話

「意外だったわ。イルバは私を止めるものと思ってたのに」


ネルコロの告白の後、二人は揃って小屋の外へ出ていた。


ネルコロが朝食を取る前に外へ出ることは稀だったが、イルバが話を聞く条件として提案してきた事のためこうしてやむなく外に出ることになった。


しかしその内容も聞かされていないにも関わらず、ネルコロの表情は晴れやかだった。

これから何が起こるのかを心配する様子もなく、小鳥のさえずりを聞きながら登ったばかりの朝日に向かって伸びをしている。


しかしそれも仕方のないこと、ネルコロは正直イルバの反応に肩透かしを食らっていた。


国がなくなり、住むあてもなくなったネルコロをこの五年間見返りも求めずにイルバは育ててくれていた。

そしてそれだけの間イルバと共にしたネルコロは、イルバの性格をよく知っているつもりだった。

だから怒鳴りこそしないが、優しい口調でこちらが折れるまで説得してくるだろうと予想していたネルコロにとって、わざわざ外に出て何かをしようというのは意外なことだった。


「私はあなたを止めねばならない立場にいますが、お嬢様のご意志を尊重したいとも思っております。それに一度決めたら聞かない頑固さも知っているつもりですゆえ、こうしたほうが夜中に一人で出て行かれるよりかはましかと思いまして」


「流石にわかってるわね」


ネルコロの感心に、イルバはひとつため息をついた。だがそれでも足を止めず、それについていくネルコロと一緒にどんどんと森の中を進んでいく。


獣道に垂れ下がっていた木の枝を払いながら、まだ先へと進むイルバの背を見てネルコロは懐かしい気持ちを思い出していた。

もしかしたら、長袖にズボンと女性らしくはなかったが、動きやすい服に着替えて森の中を歩いていたせいもあったのかもしれない。


「昔はこういう森の中で追いかけっこをしていたわね。まさかやりたくなったの?」


「はは、そういう時もありましたな。ただ目的地はもう少しですので、もうしばらく辛抱してください」


イルバの声は乾いていたが、ネルコロは特に気にすることはなかった。


しばらくすると変に開かれた場所が二人の前に現れた。気の生い茂る森の中でそこだけポッカリと穴があいたように木がなくなっており、その穴を埋めるように僅かな高さの雑草が生い茂っている。


そこが目的だったのか、ちょうど中心ほどでイルバは足を止めた。やっと歩かなくてすんだネルコロは、これから何をするのかとんと見当がつかないのか、そこで首をかしげる。


「それで、どうすればいいの?」


「お嬢様の前に置いてあるその木剣、もしくは手なり足なりで構いません。私に当てることができたなら、私はもうお嬢様に言うことはありません」


そこまで言われて改めてネルコロが足元を見れば、確かにいつの間にか木刀が横になって置いてあった。

ネルコロはイルバを見たが、まるでいつもと変わらないその表情からは冗談を言っている様子は感じられない。


仕方なく持ち上げた木刀は、ネルコロの予想よりもはるかに軽かった。予想に反したことに体をよろめかせ、変な表情をしながらもイルバを見る。


「お嬢様がやろうとしていることは、要はこういうことでございます。どうです、お嬢様にできますか?」


イルバが何をしたいのか、ネルコロはここに来てやっとわかった。


要は体感させようというのだ、これからやろうとしていることがいかに困難なことなのかを。

それならば確かに口で言うだけよりもよく分かるものだろう、イルバらしい効率的なやり方だった。


そしてイルバは確かに歳を取ってはいるが、昔は争いごとを生業としていたというだけはあってか今だにその体は筋肉で膨れ上がっている。

とてもネルコロの叶う相手ではないことは明らかだった。


だがそれを知っていてもなお、ネルコロは木刀を強く握り締める。せっかく力を手に入れて、それを使わない可能性などネルコロにとって皆無だった。


「当てるって、どこでもいいの?」


「構いませんよ。腕でも、足でも、私からは何もしませんのでご自由にどうぞ。ああ、必要なら先ほどの不思議な力もお使いください。しかしお嬢様とこうして向き合う日が来るとは、少し緊張してしまいますね」


そうは言いながらも、イルバの動きからは気負いが一切見えなかった。

年老いてはいても長い間自分の体をいじめ抜いただけはあり、その全身からは目の前の少女には手加減しても負けはないという自負がにじみ出ている。

油断こそあったかもしれないが、その構えの中には実力差を一切考えない容赦のなさが表れていた。


一方でネルコロはというと、イルバの言葉に迷うこともなく、木刀をまっすぐに構えていた。

自分を長らく守り続けてきた相手の力量はよく理解しているつもりであり、それゆえに自分が逆立ちしても勝てない相手だということもよくわかっている。

奇襲も考えはしたが、今開けた場所に出ている以上森に逃げ込む前に捕まってしまうことは容易に考え付くことができていた。


今朝方降って沸いたように現れた不思議な力も、少し試してみただけだがとても人に使っていいようなものではないということは分かっている。だからこそ、ネルコロは思い切って突っ込むことにした。

大切なのは、勝つことではなく相手を納得させること、そう割り切ったのだ。


やけに軽い木刀を以前どこかで見た通りに構えて、ネルコロはしっかりとイルバを睨みつける。


「いっくよー、―――――――それ!」


イルバとネルコロの距離は、一息では詰められないぐらいには空いていた。勢いよく一歩を踏み出したのは、ネルコロがその覚悟の程をイルバに見せつける意図があったためだ。

つまりネルコロは最初から、自分が敵わないものとしてイルバに向かっていっていた。


だがそれは結果的に、ネルコロにとってよい結果をもたらすことになる。ネルコロに起きた変化は、不思議な力だけではなかったのだった。











ネルコロが木刀を構えるのを見ても、イルバは特段構えるようすを見せなかった。


表情には出さずとも、自身が練習用に使っているそれを軽々と持ち上げていることに驚きはしたが、それでも所詮は少女。

イルバが知る限り今日初めて剣に準ずるものを握った少女は、構えも形ばかり似せただけのものであった。


そうでなくとも大人五人が手を広げてあまりあるほどの距離。そしてイルバはネルコロに諦めさせるため、圧勝しなくてはならない。

だからこそイルバはなにもせず、じっとネルコロが近づくのを待っていた。

このような老人に負けるぐらいなら、少々妙な力を身につけたくらいで戦争を無くせるはずがないと、ネルコロにそう思わせるために。


――――――だが、それを後悔したのはすぐ後のことだった。


始め、イルバには重心を前に傾けるネルコロが見えていた。

ズボンを履いているのでいつも以上に動きやすいはずだが、それでもこの距離を詰めるためには駆けてくるだろうと予想していたため、さして慌てることもなかった。




だが、黒い髪の残像を残してネルコロが突然消えることまでは予想できていなかった。


次の瞬間、イルバは強烈な悪寒を感じ取り、半ば反射的に体を半身に傾ける。体のすぐ横を黒い風が通り抜けたのはすぐ後のことだった。


イルバが急いで振り向けば、そこには着地に失敗したのか地面に倒れ込んでいるネルコロの姿があった。イルバは慌てて駆け寄ろうとしたが、その前にネルコロが飛び起きる。


「見たイルバ!私とんだわ!」


「え、ええ。素晴らしかったですよ」


ネルコロは服こそ少しよれてはいたものの、その表情は輝かしいものだった。

内心で無事を安心する一方、予想外のことにイルバは少し焦り始める。

今の動きはどう見たって歳相応、もっと言えば並の人間のものには見えなかった。


「続けるわよ、覚悟はいいわね!」


考えるまもなく、ネルコロがまたイルバに突っ込んだ。先程は不意こそ突かれたものの、今度は二度目。見切ることはそう難しいことではないはずだった。


だがそれでもネルコロの動きはそれを上回っていた。再び風と一体となったネルコロに、イルバはまたも反応に遅れる。

すれ違いざまのひと振りを避けこそしたが、その動きは完全に後手に回っていた。何とかその動きに追いつこうと、体を無理に動かして反転させる。




――――――振り向いた先でイルバは、すぐそこでこちらを向いているネルコロと目があった。




「ぐっ」


イルバが思わず体を反らすと、その残像を切り裂くようにネルコロの木刀が伸びた。足の速さだけではなく、木刀を振るう速度まで速いことにイルバは驚く。


間一髪のところでそれを避けたイルバだったが、すぐ距離を取ろうと足に力を入れたところ、それよりも前に腹部になにか当たる感触があった。


思わず体を固めそこに目をやると、ネルコロの振り切った腕、そのもう片方の手がそこに当てられていた。


「触ったわよ。これで文句はないわよね?」


「・・・・・・お嬢様、一つ質問です。その動き、どう考えてもお嬢様ほどの年の子供ができる動きではありません。一体何時からこのようなことができるようになっていたのですか?」


春も真っ盛りの暖かな気候のはずなのに、イルバの背筋には冷たいものが走っていた。イルバが恐る恐るネルコロを見れば、ネルコロはまるで息が上がっていないようだ。

動揺を隠せないイルバに流石に異変を感じたのか、ネルコロは眉を曇らせた。


「・・・・・・もしかしてイルバ、真面目にやってたの?」


「それはもう、お嬢様をみすみす危険な目に合わせる事になる約束事でしたから」


ようやく落ち着きを取り戻したのか、イルバは長い息を吐くとそう言ってその場に腰を下ろしていた。イルバから見て少し見上げる形になったネルコロの表情は、困惑の色が強くなってきている。


「私はてっきりイルバが手加減してくれたものだと・・・・・・だって動きが遅いんだもの。実はそうでもなかったりするの?」


「私も年を取っているため全盛期とまではいきませんが、並のものに劣る腕なら既に生きてはおりません。それにお嬢様の最初の踏み込み、あそこからあそこまで助走もなしにいきなり跳べるのは普通ではないでしょう」


そう言いながら、イルバの頭の中では様々な考えが巡っていた。

ネルコロは自分の動きが普通ではないという自覚がない。

それはつまり、今の常識外れの力が既にネルコロの体に浸透しきっているということを意味していた。


現に先ほど勢い余って転んだ次には、あの速度から停止までやってみせた。おそらくこれからの日常生活にも、支障をきたすことはまずありえないだろう。


どうやって、どうして、様々な疑問が浮かびこそしたが、イルバがまずすべきことは目の前の少女に懇願することだった。


「このイルバ、一生のお願いです。どうかお嬢様、馬鹿なことはおやめください」


「バカなことって、それはもしかして魔王になること?戦争をやめさせること?絵本の再現をすること?」


「その全てでございます」


迷いなく答えるイルバに、ネルコロも一瞬言葉に詰まった。


「・・・・・・私は本気なのだけど」


「私も本気でございます。どうかおやめください」


「心配してくれるのは嬉しいわ」


「お嬢様、お嬢様は世界を知らないからそんなことが言えるのです。人はまだまだ多く、一人が死んでも百を越える代わりが常に控えております。それに奴らは敵には容赦を知りません。

おそらく捕まれば想像もつかない苦痛が待ち構えているでしょう。いいではないですか、ここはまだまだ安全です。

私もまだ生きておりますし、わざわざお嬢様が苦しむ可能性を選ばなくても―――――――」


そこまで言って、イルバはネルコロと視線があった。黒い瞳の向こうにある情けない自分にイルバが顔を歪ませると、ネルコロの表情がふっと和らぐ。

続いてネルコロはその場に腰を下ろした。


元とはいえ王族の一員であったネルコロの姿勢はなかなかに堂が入ったものであり、そしてそうすることで二人の視線も同じ高さになった。


「イルバ、私は間違ってる?」


唐突な問にイルバは咄嗟に思考を巡らせたが、ジッと見つめてくるネルコロを見てそれを改めて正直に答えることにした。


「とんでもございません。ただ、人が二人でやるには余りにも無謀すぎます」


「無謀かどうかなんて関係ないわ。私は、あなたが間違っているかどうか、どう思っているかを聞いたの」


再度投げられた明確な問に、イルバは天を仰いだ。

口からだそうとする言葉が出ないもどかしさを味わいながら、それでも相手の、ネルコロのために言葉をひねり出す。


「お嬢様は・・・・・・もちろん正しいです。でも正しいことがからなず通るとは限りません」


それはもちろん肯定の言葉だったが、決して全てを肯定しているというわけではなかった。

だがその言葉を聞き入れたネルコロは、ぱっと花が咲くように笑う。


「よかった。間違ってるなんて言われたらどうしようかと思ったもの」


胸をなで下ろすネルコロに、イルバはかける言葉が見つからなかった。

そうこうしている間に、ネルコロはすくっと立ち上がる。その表情は実に晴れやかだった。


「イルバ、私はずっと正しいことがしたかったの。毎日神様にお祈りをしてたけど、それじゃ何も変わらないって本当はわかってた」


ネルコロの声は内容に反してはずんでいた。

そのことにイルバは複雑そうな表情をするが、その声を遮ることはない。

ただ黙ってネルコロの話を聞いているだけだった。


「でも私には何もできない。剣なんか今日握るのが初めてだし、お金の使い方も知らない、森で取れる薬草のことも知らない。掃除は出来るけど、家も家具も自分で作ることもできない。昔みたいに地位もなければ、本当に何もないの。

だから毎日祈ってた、だってそれくらいしか、私ができることってなかったから」


「私はお嬢様が危ない目に遭うのが恐ろしいです」


「大丈夫よ、私は正しいことをするんですもの。きっとそんなことは起こらないわ。だってこの力をくれたのはきっと神様よ?神様が見守っててくれるんなら、きっと全部うまくいくわ」


ネルコロの言葉に確証はなかったが、ネルコロ本人はそれを信じていた。迷いなど、微塵も持ってはいなかった。

話しぶりからそれを理解したイルバは、もう目を輝かせるネルコロを黙って見上げることしかできなくなっていた。

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