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少女は魔王に夢を見る  作者: 狂える
二巻
15/62

十五話

そこまで大きな街というわけでもないにも関わらず、サルマンドの街の通りには常に大勢の人間が流れを作っていた。

多くの人の声は活気となり、賑やかな街の音はそのまま街がいかに栄えているかの証のようでもある。


しかし通る人間の大勢が、実はこの街の人間ではなかった。

通りではそれを証明するように、島国の民族衣装に身を包んだもの、肌の色が明らかに違うもの、さらには明らかに人間ではないものまでが、決して少なくない数行き来をしている。


そしてその中を、他と同じように異国の民であるレオ達もまた悠々と歩いていた。


「人が多いな」


「今日は市がある日ですからね。いつもはこうじゃないとは思いますよ」


面子はレオ、ルーシャ、そしてパタリアの三人。あの後ライクがローデと部屋に戻ったため、この三人で外へ出ることとなったのだ。

背の低い二人の後に続くレオはどこか付き添いになったような気分を味わっていたが、そんなことは露とも知らないルーシャとパタリアの二人は、話に花を咲かせていた。


「パタリアは何か買うものがあってきたんですか?」


「魔法の触媒を買いに来たんだ。普段住んでいる場所が西の島だからね、国内だけどここにはめったに来ないから、買いだめしておこうと思って。ルーシャ君とレオさんは魔法使うの?いいお店紹介するよ」


話しぶりから自身も魔法を使うらしいパタリアの提案に、レオはしばし逡巡するそぶりを見せていた。

レオも魔法について習ったことはあったが、それは今から数えること八年も前のこと。

優秀な師のおかげで覚えこそ早かったが、この数年まともに使わなかった魔法がいまさら満足に使えるかといわれれば少し難しい気がしていた。


「俺は使うには使うが、触媒を使うような魔法はまず使わんから買うことはないな」


レオはそういって、促すようにルーシャを見た。

ルーシャのほうは、どこかその提案に生き生きとしている。

目の輝きは、一人の魔法使いというより生業を楽しむ一介の学者のそれだった。


「僕が使う魔法は触媒魔法がほとんどなんです。だから魔法を使うのにもモノの消費は避けられないんですけど、必要な分はもう持ってきてしまっているんですよね。

でも異国の店にはどんなものがあるのか、考えただけでワクワクしますね」


「じゃあぜひ見て言ってみるといいよ。さあこっちへ」


パタリアがそういって示したのは、大きな通りのすぐ横、細い道の一本だった。

建物の隙間といわれても差し支えないその道は、ずっと向こうまで薄暗い影に覆われている。

すぐ隣に大通りがあるにもかかわらず人の影が見えないそこは、まるで別世界のようであった。


思わずレオも裏があるのではないかとルーシャのほうを見たのだが、ルーシャは疑うそぶりを少しも見せることなくパタリアの後に続いていく。

結果、レオは小さなため息のあとそれに続くことになるのだった。






魔法には大きく分けて三つの種類があった。


まず魔法を学ぶものの大勢が一番最初に学ぶ最も簡単な魔法、形象魔法。


呪文と呼ばれる言葉と自身の魔力を介して世界に影響を及ぼす魔法、詠唱魔法。


そして触媒となるものを介してさまざまな効果を表す魔法、触媒魔法があった。


この中でも触媒魔法というのは知識が最も大切とされる魔法であり、そして同時に最も金のかかる魔法でもある。

何せこの魔法、及ぼす影響が触媒によって固定されるため、触媒しだいではまったく何の役にも立たなくなってしまうことがあったからだ。


ゆえにこの魔法を得意とする魔法使いは、触媒の確保に躍起となるのだった。






「ずいぶんと奥まったところに行きますね」


薄暗い路地にレオ達が入り込んでしばらくして、それでもまだレオ達は目的地にたどり着いていなかった。

空の青さと周りの薄暗さに空が急に遠くなったような錯覚を覚えながらも、なかなかつかないことにもレオは黙っている。

だがルーシャがやがて一言こぼすと、レオもそれに頷いて付け加えた。


「人気もないしな。表通りからいったほうが道も大きかっただろうし、そっちのほうがよかったんじゃないか?」


「本当に穴場なんだよねー、道は狭いけど我慢してよ。でも人が多くないとこう、息が吸いやすくなるでしょ?とくにホワイトさんはそんな気がするけどな」


パタリアの言葉は特に間違ってもいなかったので、レオはその言葉を否定しなかった。

というのも、確かにレオはこの街に来ていま一番気分がよかったからだ。

どこかこの路地のひんやりとした湿気が、ウォタロンの水路の水を孕んだ空気に似ていたからかもしれない。

それとももしかしたら気づかないうちに人嫌いになっていたのか、どちらにせよそれは当の本人が知るところではなかった。


と、そうこうしているうちにパタリアが足を止める。

それに続いて同様にレオとルーシャが足を止めると、パタリアは二人に振り返った。

彼は目の前にあったこじんまりした戸を指差す、戸には『鷲の爪煎じ』という看板がぶら下がっている。


「ついたね、ここだよレオさんルーシャ君。いかにも穴場って外見でしょ?」


ルーシャはそういうと得意げに笑う。

確かに彼の言うとおり、こんな人気のないところに構えられた店なんて、知っている人間にでも聞かない限りたどり着くことなんてまずありえなかった。


さらに、店の外見も人を寄せ付けないものだ。

通りに並んだ店は訪れる客に気を使ってどれも小奇麗にしてあった。

だが三人の目の前に広がるそれは苔と蔦に覆われており、何年も人が住んでいないかのような印象を与えてくる。

もしかしたらここを訪れた人間の大半が、ここが閉じていると思うかもしれないほどだった。


時代を感じる店の外見をレオとルーシャが眺めていると、パタリオはさっさとドアを開けて中に入っていってしまう。

戸の見た目にたがわぬ木製の軋む音に、レオとルーシャは慌ててパタリオのあとに続く。

戸を潜った先には、店の主らしき老婆が一人で椅子に座り込んでいた。


「おばちゃん、ひさしぶり」


「パタリア坊か。ひさしぶりだね、今日は珍しく客を連れてきたか」


パタリアがにこやかに挨拶をしたにも関わらず、その老婆の返事は店の売り子とは思えないほどに表情をしかめさせていた。

だがそんな対応に慣れているのか、パタリアはそんな老婆の返しに笑って答えると、さっさと店の売り物を見てまわり始める。


レオは若いにも関わらず堂々としたパタリアのその様子に始め感心していたが、すぐにそうした理由は明らかとなった。

それはレオとルーシャがすぐ後に挨拶したときのことだ。


「いらっしゃい、見ていっておくれ。あと私は無愛想だが、別に機嫌が悪いとか言うわけじゃないからあまり気にしないでおくれよ」


そう言いながらもしかめっ面を一切崩さない老婆に、レオとパタリアは思わず顔を見合わせたのだった。











数ある陳列品の中からルーシャが手にとったのは、見事な曲線を描いた何かの爪だった。

向こうまで透けて見えてしまいそうなほどに白いそれは、ルーシャが思わず落としそうになるほどに軽い。

恐る恐るそっと魔力を流すと跳ねる緑色の炎を、ルーシャは息を飲んで見ていた。


「グリーンドラゴンのつめ・・・・・・しかも個体がまだ生きているもの。すごいですね、こんなのまずめったに売ってあるものじゃないですよ」


「坊主くらいの歳じゃそれらは買うことはできないだろ。まあ、相談によってはある程度安く譲ってやってもかまわないがね」


老婆はそう言うが、提示されていた金額は百分の一・・・・・・いや、千分の一でさえルーシャには払えそうにない、とんでもない金額であった。

ある程度どころかほぼタダ同然にならないと払えもしないことにルーシャは肩を落とし、渋々それを元あった場所に戻している。


レオは買う気がなく、パタリアはさっさと目当てのものを買ってしまって、あと残すのはルーシャだけだった。


「おばちゃんなんだか機嫌がいいね?いつもならむすっとして、『さっさと帰れ!』ってオーラぷんぷん出してるのに。値段を安くまでしてくれるって、いったい何があったのさ」


「この後上客が来るんだ、久しく会っていなかったね」


老婆はそう言うと、そこで初めて少し愛想を崩してみせた。


「じゃあ、また来るよー」


用事も終わり、三人は帰ろうとしていた。と、門を開けたときそこに初老の男性が一人、静かに佇んでいる。

暗い道の中に一人佇む姿はまるで亡霊のようであったが、レオが店を出たときにお互いの視線があった。


「おっと失礼」


男性はパタリア達に気づくと、すぐさま道を開けた。レオ達が扉を出て、そしてその姿を見送ったあと、男性はやっと店の扉を叩く。


「いらっしゃい・・・・・・あら、きたね」


「お久しぶりですな」


老婆は、レオ達と入れ替わる形で入ってきた男性に対して驚いたような表情をした。

一方で、男性の方は特に表情に変化はなく、用意をお願いしていたものを買いに来たと老婆に告げる。


「金は大丈夫なんだろうね?結構高いよ?」


「大丈夫ですよ。こう言う時のために、お金なら貯めてきましたからね」


「まだ足を洗ってなかったのかい?あんたはあの仕事、好き好んでやっているようには見えなかったけど」


老婆はそう言うと、顔をしかめてみせる。

それは無愛想故の表情ではなく、気に食わないことを目の当たりにしたためだった。

男性は癖なのか、にこりと笑うと老婆の脇を通り過ぎ店の奥へと足を運ぶ。


「雑談もこのくらいにして、早速見せてもらいましょうか。なにぶん、時間がないものでね」


男性の言葉に老婆はため息をつくと、そのあとに続き店の奥に消えていった。

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