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 「ねぇ、アダン」

 「あ?」

 「流石にその髪型はどうかと思う」

 「お前が切るからじゃねぇか!」


 アダンが切れた。


 朝なんだか昼なんだか分からない食事を取りながら向かいに座るアダンの頭を見ていたら、つい口から滑り出たのだ。だって、余りにもザンバラ過ぎる。


 「そうだった?」

 「ちょこちょこと実験のたびに切りやがって、何ぬかしてんだよ」

 「んー、そういえば」


 確かにそうだ。


 「よし、切ろう」

 「はぁ? 更にボサボサにする気かよ」

 「誰が実験に使うと言った」

 「あ?」

 「綺麗にしてやろうじゃないか。その方が私の好みだ」


 ザンバラでも好きだがな。そうと決まればさっさと食事を終わらせて準備をする。場所は二階がいいだろう。


 「なにしてる、アダン。早く切るぞ」

 「なにって片付けだろ! くそが!!」


 チンタラしているアダンに手を貸す。


 「はい、もう綺麗になった。早く」


 指をちょいと動かし浄化魔法をかけ食器を元に戻した私はるんるん気分で二階へ上がった。後ろから「いつもそれ使えよ」とか怨みがましい声が聞こえたが気にしない。


 「ここに座れ」


 ベッドのすぐ側に小さな丸椅子を出しアダンを座らせる。


 「さて、始めるか」


 そう言うとアダンは口を出す。全く最近はよく喋る。中々良いことだ。


 「おい、こういう時は布で体を覆うだろ」


 アダンが言ってるのは切った髪が体に付かないように顔だけ出る仕様の布の事だろう。一応知ってはいる。


 「んー、いらない」

 「は? 髪だらけになんの嫌だぜ」

 「まぁまぁ、アダン。私を誰だと思って?」

 「……」


 黙ってしまったアダンの頭に実験台に置いてあった油を薄く塗りこむ。アダンはあからさまに嫌な顔をしている。


 「んー、仕方ない、説明してあげるよ」


 そう言いながらハサミを持ちザクザクと切り出した。


 「こうやってだな、油を付けておくと後から楽なんだよ」

 「あ? くそ、服ん中に入ってこっちは最悪の気分だ」

 「まぁまぁ、待ちなさい」


 ザックザックと後ろから横から前からどんどん切る。元々長くはなかったアダンの髪はあっという間に切り終わった。


 「完成! んー中々短いのも似合うじゃないか」

 爽やかショートなアダンの出来上がり。おぉ、目つきが更に悪く見えるな。素晴らしい。


 「で、お前これどーすんだよ」

 「ん? あぁ、はいはい。こういう事だよ」


 指をちょいと動かし手に持つガラス瓶に指先で触れる。すると床に散らばった細かな髪は吸い込まれるように瓶に入っていく。


 「っっ!? おい! なんだこれ!」


 アダンはくすぐったそうに身をよじっている。襟ぐりから服の中に入ってしまった髪が瓶に向かって出てくるのがくすぐったいんだろう。


 「バラバラになると集めるの面倒だからな。この油のついた髪を条件にすれば簡単に集まるわけだよ」


 実際はもうちょっと複雑だけど。じゃないと古い髪やアダン本体が吸い寄せられてしまう事になる。それはそれで面白そうだが。


 「はい、綺麗になった」

 「……」

 「さて、新鮮なうちに……と」


 座ってぐったりしているアダンを放ったらかして実験台に向かった。


 「おい、結局使うのかよ」


 アダンはなにを言っているのか。私が折角の材料をみすみす捨てるはずがないだろう。


 「この間のも失敗してしまったからな。これだけあれば成功間違いなし」


 グツグツ煮たつ赤い液体に瓶の中身を半分入れる。ジュッと音を立てたそれは黒く変化して沸騰を止めた。


 「出来た。んー、いつも自分で試すのもつまらないな」


 薬は出来たてホヤホヤが一番。でも今まで自分に試してきたが何となく結果がわかる状況では楽しくない。

 ふと、 ぐったりから復活したアダンが目に入った。


 「……嫌だぞ」

 「よし、決めた。飲め、アダン」


 迷いなくそう言うとアダンはガタリと派手な音を立て椅子から立ち上がり逃走しようとした。足を止める魔法をかけてアダンの前に移動する。……おぉ、睨みながら怯えている。久しぶりに見たなこの瞳。


 「魔女の作った薬なんてロクでもねぇもんに決まってる! 俺は嫌だ!」

 「そうか? これは素晴らしい薬なんだがな」

 「信用しねぇぞ!」


 酷いなアダン。


 「まぁ、アダンに拒否権はないからな。さぁ、飲め」


 どんどん青褪めるアダンの顔の前にずいと小瓶に移した薬を差し出す。


 「……」

 「どうした、危険じゃないぞ?」


 目の前で軽く揺すった小瓶の中身がチャプンと音を立てた。


 「……くそが!」


 怯えた目をしたアダンは思い切って私の手から瓶を奪うように取ると一気に煽った。


 「……ぐっ!! うぁぁぁ!!」


 喉を抑え、えずきながらうずくまるアダン。あ、言うの忘れてた。


 「それ、飲んだ後から少しの間痛いんだ」

 「お前っなぁ!! い、っつも、おせぇんだ、よ!!!」


 ごめん、アダン。一応そう思ってるのに笑うことは止められなかった。いつも飄々とするアダンを乱すのはとても楽しい。


 「うっぅ……はぁっはぁっ、なんだ、これ、何もなってねぇじゃねぇか」


 蹲っていたアダンはのそりと立ち上がり右手を見たり腹を抑えたりと忙しく視線を彷徨わせながら体の変化を確認している。


 「アダン、背中痛くなかったか」

 「……あ?」

 「んー、喉の痛みで気が回らなかったか? やっぱりこれは自分では分からない事だな、ふむ。」


 まさかと言った表情で背後を見たアダンは驚きに叫ぶ事もなく、絶句した。


 「ふふっ、本物の悪魔みたいだ」


 黒髪に黒い瞳。片腕を失った黒い人間は背中に大きな黒翼を生やしそこに立っていた。


****


 嘘だろ。


 酷い味の薬を飲んだ後、喉の焼けるような激痛に襲われた。

 てっきり毒薬の実験台にでもされるんだと、そう思い覚悟して飲んだ薬は激痛が治れば何の変化も俺に与えない。普通に立つ事ができ、右手も左腕も残念な事に変化はない。

 一体何だったんだと疑問に思い魔女エリンを見るとニタリと笑っている。俺が激痛に襲われている時もケラケラと笑う声は聞こえていた。

 こいつは狂っている。それは分かっている事だしもう慣れた。だが、この笑みは正直怖い。


 「アダン、背中痛くなかったか」


 その一言に全身が粟立つのが分かった。魔女が何か言っているが聞こえない。そうだ、まだ確認していない場所があった。ゆっくりと背後に視線をやる。何があるかは知らないが何かがある事は分かりきっている。

 目に映ったのは黒く、びっしりと羽の生えた大きな翼だった。


 「……どういうことだよ」

 「飛べるようになったぞ」

 「どういうことだ!! エリン!」

 「……なかなか良いな、名前で呼ばれるのは」

 「っっ質問に答えろ!」


  俺は魔女エリンの胸倉を掴んだ。くそ、左手が無いのがもどかしい。俺にはこいつを揺さぶる事しか出来ないのか。


 「飛べる翼が生えた。それだけのことだろ、アダン」


 胸倉を掴まれても尚、ニヤリと笑いそう言う魔女はやっぱり普通ではなくて。俺はこれ以上どうする事も出来ない事を嫌でも知っている。だから、突き飛ばす様に魔女を離した。


 「折角だ、飛んでみればいい」


 想像もしなかった出来事に情けなく力の抜けた俺の右手を掴んだ魔女はベッドの横にある大きな窓へと向かった。


 「ほら、行ってらっしゃい」


 こいつやっぱり狂ってやがる。

 俺は開けられた窓から軽い調子で突き落とされた。


 フワリとした浮遊感。地面に打ち付けられると思っていた身体は何の痛みも伴う事なく自然と浮き上がった。

 衝撃に備えキツく瞑られていた目はその驚きに開かれる。すると一番に見えたのは窓から呑気に笑顔で手を振る魔女エリンだった。


 「流石アダン! 器用だねー! あまり高く飛ぶと結果に触れて痛いから気をつけろー」


 あいつ何なんだよマジで。

 薬を飲まされる時の怯えや翼を見た時の驚きを誤魔化す様に俺は空高く舞い上がった。

 飛んだ事なんて当たり前だが無いのに不思議なくらい自由に翼を操れる。結界内は優しい風が吹き、気流を掴むのも何故か自然と出来た。行きたい方向さえしっかりと見れば自然と翼が連れて行ってくれる。

 シャボンの膜の様に見える結界は木々の更に倍の高さにあって虹色に光って見えるそれを避けながらぐるりと飛んで回った。歩いて確認することは出来なかった結界は距離にして半径2キロといったところだろうか。もう少し広いかもしれない。

 動物達は普通に暮らし出入りしているのに深森であるこの場所が薄暗く無い事が異質である事をありありと感じさせる。


 「やっぱり一応疲れるのか」


 魔法薬で生えた翼は気が付けば剣を振りすぎて腕が上がらない時に似た重みを訴えていた。驚いた、翼にも感覚が通っているのか。

 この高さから落ちたら流石に死ぬだろうと思った俺は家の方向に高度を下げながら降りて行った。家の入り口にはいつもの格好で扉に凭れかかる魔女エリンがいた。


 「ふむ、楽しかったみたいだな」


 なんとも答え辛い。


 「痛みもなさそうだな」


 それを聞いてふと思う。前回も実験は失敗したと言っていなかったか? 今までどうやって効果を試していたのか。


 「……今までのも痛かったのか」


 答えを誘い出す様に聞いた。


 「うむ、飲む時も翼が生える時も飛ぶ時も実に痛かったな」

 「……お前やっぱり狂ってるな」


 ずっと同居してきて一度も悲鳴を聞いたことは無い。

 声もなく激痛に耐えていたのか、魔法で抑える術があるのか知らないが。


 「何の為に作ってんだ」


 甚だ疑問だった。


 「そんなの鳥みたいに飛び回りたいって以外にあるのか?」


 キョトンとした顔に思わず脱力する。


 「そんなの、想像つかねぇよ」

 「そうか?」


 ため息を吐いて疲れた身体を休めに家に戻ろうとした時だった。

 「ぐっ!!?? うっっ!!」


 また酷い痛みが俺を襲った。次は何なんだ!


 「あ〜もう消えちゃった。あと1時間は持つ予定だったんだけどなぁ」


 その言葉に何が起きたのかすぐに分かった。一応背後を確認するとついさっきまであったそれは跡形もなく消えていた。


 「一体何がしたかったんだお前は」

 「アダンは中々素直に名前を呼んでくれないな」

 「……いいから答えろ」

 入り口から動かない魔女エリンはクスクスと笑い明るく言う。


 「誰だって魔法を使ってみたいだとか、グータラしている猫になりたいだとか鳥みたいに空を飛んでみたいって思うだろう」


 狂っている魔女の魔法の使い道は俺が想像していたよりもずっと人間らしく、平和なものだった。

 

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