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 なんで俺こんなとこでこんな事してんだ。

 真昼間の森の中でふと思う。


 最近魔女エリンは俺をベッドに連れ込む。でも何もしない。ただ俺が抱き枕になっているだけ。男を連れ込むとか正気か? と思ったが相手は魔女であって組み敷かれるような女じゃない。むしろ筋肉なんちゃらの魔法で俺を引きずり込んだ女だ。

 たまったもんじゃない。

 

 結界内を適当に歩いていると兎の巣穴を見つけた。これ以上歩き回るのは面倒だから離れた場所に座って獲物が来るのを待っていた。

 狩りなんてここに来て久しぶりにした。昔は腹が減って自給自足の方が手っ取り早く安全だったからよくやっていた。でも、金があれば店で食える。ここ何年もこんな事していなかった。のに……。

 『フレッシュな肉が食べたい』

 この魔女の一言で俺は従う以外の選択肢がないのだ。


 「……くそが」


 だらだらと待っていると茶色の野兎がひょこりと巣穴から顔を出した。そして巣穴から離れた時、俺は小型ナイフを投げた。見事首に命中。ナイフを抜けば血が流れて血抜きも一緒にできる。

 目的は達成したが直ぐに帰る気にはなれなかった。そもそも魔女の所為でここ最近寝不足だ。きっと今夜も引きずり込まれるのだろう……俺は仮眠をとる事にした。


 日暮れ前に帰ると魔女は兎を見て大喜びした。なんだ、こいつ。自分ならもっとデケェのも簡単に獲れるくせに。

 外の台でキラキラと紫色の目を輝かせながら兎を解体していく姿は魔女の狂気を垣間見た気がして俺は目を逸らした。

 そして肉塊になったものにオイル漬けにしてあるなんかのハーブと塩と……あとは分かんねぇが、なんかを振りかけた魔女はウキウキと豪快にそれを焼き始めた。家中に広がるいい匂いに俺は酒飲みてぇなと思いながら、朝片付けたのにもかかわらず既に散らかっている部屋を片付けてまわった。

 すっかり飼い慣らされてる気がする。


 「絶品だな!アダン!」

 「あぁ」

 「やっぱりウェルダンよりもちょっと赤みが残る程度が一番美味いと思う」

 「……そうか」

 「ミディアムでは駄目なんだよ!あぁ、美味い!」

 「……」


 肉にそんなにこだわりがあったのか、こいつ。

 若干引きつつも骨つきの肉を豪快に食べる。確かにかなり美味い。この魔女ムカつくことも多いが料理だけは、本当にこれだけは認めざるを得ない。


 「……酒に合いそうだ」


 思わずポロリと口から滑り落ちた言葉。あ、ヤベェ。と思った時には手を止めた魔女が真っ直ぐに俺を見ていた。何を言われるのか想像がつかず、身体が緊張で硬直する。


 「アダン、珍しいな」

 「……」

 「ふむ、たまには悪くない。ちょっと待っとけ」


 そう言うと魔女は白いチョークで床に何やら模様を書いた。そしてその上に乗ると一瞬で消えた。


 「……おい、まじかよ」


 初めて目の当たりにした大きな魔法に肌が粟立つのが分かった。

 そして数分後料理が冷めないうちに戻ってきた魔女の腕には5本の赤ワインが抱えられていた。


 「さて、アダンの希望を叶えよう」

 「……対価とかねぇよな」

 「んー、予定は無かったんだけど、アダンの身体貰おうかな」

 「!?!?」


 ガタンと音を立てて立ち上がる。なんて事言うんだこの魔女!


 「あ、言っとくけど材料とかじゃないからね?」

 「………酒はいらねぇ」

 「あははは!! 冗談だよ! アダン。さ、飲もう飲もう! 私も飲むのは久しぶりなんだ」


 魔女は用意したグラスにコポコポといい音を立てながらワインを注いだ。久しぶりの酒に喉がなる。


 「さぁ、宴会だ」


 そう言ってグラスに口をつけた魔女は妖艶に笑った。





 「アダンは酒強いんだな」


 一言喋るたびにケラケラ笑う魔女は間違いなく酔っている。まだ1本も空けてないのに。こいつ、見た目に合わず弱ぇ。


 「はぁー楽しい、こんなに楽しいのは久しぶりだ」


  酔っ払いはワインボトルとグラスを持ってふらふらソファーに近付き深く座る。


 「アダン、チーズ無かったっけ? 持って来てー」

 「……」


 ツマミの肉はもう無くなっていてちょうど何か欲しかった俺は文句も言わずにチーズを棚から持ち出した。この棚も魔法らしくどうやってんのか知らねぇがヒンヤリとしている。


 「アダン、チーズ切ってー」

 「……」


 言われずとも一口大にサクサク切っていく。俺が食う為に。


 「アダン、ここに座れ」

 「……」


 逆らっても無駄だ。もう知っている。が、何故か身の危険を感じ中々動けなかった。


 「す、わ、る」

 「……」


 無言により抵抗の意思だけ伝え隣に座った。


 「もっと飲みなよ、ほら」


 まだ少し残っていた俺のグラスに8分目まで注いでくる。あぁ、色々考えんのが面倒になってきた。俺も酔ってんのか? 

 それを一気に煽り飲み干すと魔女はケラケラ笑ってまたグラスを満たした。


 「アダン」

 「なんだよ」

 「私の事殺したくならないか?」

 「……は?」


 ワインをクルクル回してグラスをとろりとした目で見ている……認めたくないが、正直色気たっぷりな女、それから発せられたとは思えない内容に一瞬頭が追いつかなかった。


 「殺したら、ここから出られるよ」

 「……殺せる相手かよ」

 「あははは! 私の方が強いもんな!」

 「何が言いてぇんだ、おま……エリンは」


 名前を呼ぶと、ほぅと甘い息を吐く。


 「籠の中の鳥はどちらだろうな」

 「……そんなもん、両方だろ」


 片方は出入り出来るみたいだがな。

 ははっと笑って魔女は俺に枝垂れかかってきた。


 「おい、離れろ」

 「アダンが、次本気で殺そうと思った時にはこの森ごと消すのも良いかもしれないな」

 「おい、」

 「ねぇ、アダン、ワイン美味しかった?」


 ここで返事をしたらヤバイ。絶対にヤバイ。


 「ねぇ、美味しかった?」


 分かっているのに返事をしてしまうのは躾のせいなのか、酔いのせいなのか。


 「……うまい」

 「ふふふ。対価貰っちゃおうかな」


 枝垂れていた体は少し起き上がって代わりに魔女の細い指が俺の頬を撫でる。……ほら、言わんこっちゃない。マズイことになった。

 「やめろ」

 「なんで?」

 「……食われる気がする」

 「アダンは私のだ、食べると都合が悪いのか」

 「俺にとって良くないだろ」

 「……アダンは本当の意味を分かってる?」


 本当の意味、喰うではないことくらい昨夜の経験から分かっている。対価に身体をと魔女が冗談で言った時も、俺は一切材料という言葉が過ぎらなかった。あぁ、いけねぇ。これは良くない、慣れてきている、躾されて懐いて……俺はどうしたいんだ。


 「あぁ、美味しそう」


 しっかりしろ俺。


 「……物好きだな」

 「なんで?」

 「俺は善人じゃねぇ、散々盗んで殺して、そういう人間だ。しかも片腕ねぇし」


 いつの間にか体に馴染んだ途中で切れた左腕。それが長い時間ここで過ごしているのを象徴し無理やり教えてくる。

 魔女に振り回されて過ごした事で今までやってきた事が許されているような、別に許してくれなんてこれっぽっちも思ってねぇけど……それがあやふやになって分からなくなるのを左脚の傷が今みたいに疼いて教えてくる。……あぁ、うぜぇ。


 「盗んで殺したらアダンは存在してはいけないのか」

 「まぁ、一般的にはな」

 「それなら私も同じだな。あはは! 笑えるな」

 「あ?」


 口を開け笑っていた目は急にわり狂気を孕む。


 「そんな常識、全部壊してしまえばいいよ、アダン」


 この魔女、なに言ってんだ?


 「外を殺せば済む話だ」


 とろりとした目に戻り左の口角だけを上げる笑い方。俺の左頬に添えた指先は熱い。……こいつやべぇな。

 一般的な常識どころか俺の常識さえも凌駕してくるこの魔女は狂っている。


 「俺を基準に籠の外にいる自由な鳥達を殺すってか」

 「目障りだからな」


 平然と言ってのける姿を見て俺は思わずため息を吐いた。



 「お前さ、俺のこと好きすぎるだろ」



 普通なら自惚れにしかならない恥ずかし過ぎる台詞も流石にここまで分かりやすければ言えてしまう。

 

「……」


 添えていた指先は震え魔女の顔は一気に赤くなった。…こいつ、こんな顔すんのか。どうせアッサリと認めて(なじ)ってくると思っていた俺は酷く驚いた。


 「……長かった」

 「あ?」


 何かぼそりと呟いた魔女はやっぱり魔女で……震えていた指先は両手に増え俺の顔をガシリと掴むと噛み付くようなキスをしてきた。


 

 「食っていいとは言ってねぇ!」

 「なんだと!?」


怒った魔女は筋力強化魔法をかけた腕でアダンを引きずり二階へ上がった。いつも通りベッドに引き込んで暴れるアダンを魔法で無理やり寝かしつけ、そして隣でやけ酒をあおった。

 「生殺し!!」

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