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今日もいつも通り、遅くに起きて朝か昼か分からないご飯を食べて実験をする。ちょっと違うのは裏にある畑の世話をした事。大きく違うのはこの森に私以外の人間が居ること。
「んー、まだ痛むの?」
「左腕はな」
「嘘つき」
「あ?」
私はアダンの左脚を蹴った。
「っっ!」
「ほら、痛いでしょ」
わぁ、素晴らしい目付き!
眼光だけで私を殺しそうなくらい睨んでくる。その目に手を伸ばしたらバッと顔を逸らされた。つまらん。
「そこ、物凄い深い切り傷あったよ。大雑把に治したけど。んー、自然治癒じゃ無理かな」
あの時出血が酷かったから全身を大雑把に治した。それから特には手を付けてないからか左腕はもちろん左脚も痛みが酷いようだった。もう何日も経ってるのにアダンは少ししか歩けない。
「ほっとけ」
「んー、そのつもりだったんだけど」
「……なんだよ」
「実験もひと段落したし、治してあげてもいいよ」
「……逃げるかもしれねぇぞ」
「出来ると思う?」
ニコッと笑っただけなのにアダンはあの目を逸らす。最近こんな感じ多いな。
「そもそも、結界出れないよ?」
「……は?」
「勝手に入ってきて勝手に出て行くのは出来ない。もし生きた人間が入ってきたら殺すつもりだったし」
そもそもアダンが例外すぎる。こんな深い森に入ってくる人間なんて今まで居なかったし、しかも一度死んで生き返る超人。いや、超運がいいってだけか。
「ほっといて死ぬの見とこうかと思ったんだけどね。やっぱり勿体無いと思って」
「……目か」
「うん、その目。ほんと良いよねぇ。あと、その髪も」
「俺は材料か……」
「生きたまま使った方が効果高いんだ。でもそれはまた今度で良いや」
髪は何本か貰えたら薬の威力が高まる。黒髪なら尚更。若干アダンが引いている気がしたが無視した。
「アダンって片付け得意?」
「……人並み」
「うん、じゃあ、治そう」
ソファーに座るアダンの前にしゃがむ。左脚をガシリと掴みズボンの裾を上げた。
「……なにする」
「聞いてなかったの、治療。……んー、邪魔だな、脱いで」
「は?」
「アダンばかなの? 聞こえてないの? 脱いでって言ったの。傷が全部見えない」
早くしろと左脚を軽く叩く。
「……破ればいい」
アダンは睨んでそんな事を言ってくる。
「その服誰のだと思ってるの?」
「……」
黒服はあまりにもズタボロだったため自分の黒いゆったりパジャマに着替えさせたのは私だ。そのパジャマ着やすくて好きだったのに。
「なに、恥ずかしいの? 別に全部見てるし、今更。早く」
「!!」
鋭い切れ長の瞳は一度驚きで大きく開き少しして閉じられた。そしてそろりとズボンを脱いで下穿きだけになる。因みにパンツは無事だったし浄化魔法かけただけなんだけど。
「あー、やっぱりこれじゃ無理だね」
手に持ったアダンの脚は膝から足首まで斜めに深く切られている。傷口は塞がっているけど中の腱や筋は切れたままになっているだろう。
「アダンの利き腕利き脚って右?」
「あぁ」
「ふふっ、見れば見るほど左側可哀想だね」
あまりの左右差に笑いが出る。どれだけ必死に逃げてきたんだろう。あの時殺せと言ってきたアダンは本当に死にたかったのかな? そう考えると更に笑みがこぼれる。
「……早くしろよ」
「はいはい」
傷に人差し指を当て、なぞりながら魔力を流し込む。何度も何度も繰り返し膝から足首へと指を這わせる。
「ぐっ……!」
「どうしたの?」
くすぐったいのか? と考えてふと思い出した。
「あ! 麻酔するの忘れてた!!」
「…ぅ…ぐっ!! ……くそ! そんなもんあるなら忘れんな!」
「ごめんごめん」
いくら魔法でも一瞬で治るわけじゃない。痛んだ場所に魔力を流し込み治癒の促進をするだけだ。じっくり治る過程をすっ飛ばす訳だから体は付いていけずに酷く痛む。うっかりしてた。
ちょっと流石に悪かったなと思って両手で脚を包み込む。ブツブツと呪文を唱えて麻酔をかけた。楽になったのか汗でびっしょりのアダンは力を抜いてぐったりとソファーに沈み込んだ。
治療を再開させて数分、怪我は治った。
「どう?」
「あ? ……あぁ」
目を開けたアダンは立ちあがり歩き出す。
「うん、引きずってないし大丈夫そう」
「……治ってる」
「よし、片付けよろしく!」
「ま、待て! この傷跡は残るのか」
膝から足首まではしる大きな傷跡はボコっと浮き出たままになっている。それ以外にも小さな傷跡はうっすらと線が残ったままだ。
「わざと」
「は?」
「アダンが逃げ延びた記念にわざと残した」
もっと早くに、あの日に治療すれば綺麗に治っただろう。でも私はわざと遅くに治療した。
「生きててよかったね、アダン」
にっこりと微笑んで私は二階へ上がった。
「あ! 片付けしてね!」
もう一度顔だけひょこっとだして言っといた。返事がないのが気になるけどアダンの顔が面白かったから良しとした。