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視点がころころ変わります。

 男は全身の痛みと息苦しさに目を覚ました。薄っすらと目に映る見知らぬ天井に考えをくぐらせる。灯りは足の方の暖炉から来ているようだ。右を向けばテーブルらしきものがあるが、本やよく分からない道具で埋もれている。更に周りを見ようと身体を起こそうとして全身に激痛が走った。


 「…くっ、、!」

 「ねぇ、あんたやっぱりばかなの?」


 背後から聞こえた中性的な……いや、それより少し高めの声に体がびくりと震えた。


 「まだ動けないって昼に言ったよ?」


 そこまで聞いて一気に思い出す。


 「…魔女」


 振り向きたいのに痛みと怠さで動けない。


 「魔女ねぇ、それ、あんまし好きじゃないんだよね」


 知らねぇよ、と口から出そうになって飲み込んだ。相手は魔女で下手に食ってかかると喰われるかもしれない。死んだ方が楽だと思ったあの瞬間よりも今は生に傾いている。折角だ、無駄にしたくはない。


 「…名を知らない」

 「あれ、言ってなかったっけ」


 どうやらこの魔女は忘れっぽいようだ。一度目が覚めた時にもこんな事を言っていた。


 「んー、エリンでいいよ」

 「エリン、で、いい?」

 「魔女だし、一応確かな事は言わないでおこうかなーと思って」

 「……知った所で使い道は無いだろ」

 「そうなんだけどね、魔女っぽい方があんた的にも面白いかと思って!」


 返事をするにもこれ以上考えるのも疲れて無視した。後ろから「つまらない」と聞こえたがこっちは本気でキツイ。この怠さはかなりの高熱の所為に違いない。こいつ魔女ならサクッと治せるんじゃないのか、そんな考えは何故か伝わったようで。


 「あ、そういや、あんたのその身体、あとは自然治癒だから。感じ的にマトモな人間じゃなさそうだし、元気になった途端攻撃されるの面倒だし、それに今実験の途中だから寝ててくれた方が楽なんだよね」


 悪魔のようなことを言われた。一瞬で治せる薬が目の前にあるのに手が届かない。拷問のようだ。

 それに魔女エリンは攻撃されるのが面倒だと言った。俺は思わず自傷的に笑う。

 あの時、人の気配を感じ、息を殺してナイフを投げる時を待った。確実に殺ったと思ったあの瞬間、俺は目の前の人間に勝てない事を知った。


 「まぁ、とりあえず寝なよ。死なないようにはしといてやるからさ」


 後ろから伸びてきた手が目の前を覆う。


 「おやすみークロちゃん」


 おい、待て、クロちゃんって何だ。という声は出すことも出来ずに意識は途切れた。



****


「おっはよー! おーい、そろそろ大丈夫だろー? 起きろ!」


 クロちゃんを拾って6日目、ちょいちょい起きては無駄に体力を削ろうとするクロちゃんを無理やり眠らせては体力を分けて、魔法でパパッと綺麗にして、そんな事をして6日目恐らくそろそろ起きあがれる程度には回復しただろうと思い遠慮なく大声で起こした。


 「…うるさい」

 「お、起きた」


 睨みつけるようにこっちを見る姿にニヤリとする。


 「いいねぇ、その瞳」


 初めはそう言えば逸らされていた目も今では更に目付きが鋭くなる。それが嬉しくて私は上機嫌。


 「そんなに睨んだら更に欲しくなる」


 そこまで言うと流石に目を逸らした。……ちっ。


 「もう起きあがれるだろ? 栄養は食事から摂った方がいい。粥だけど食べな」


 テーブルの上の本をザーッと落として粥を置く。あ、ガラス管が割れた……後でいっか。


 「お前それでも女か?」

 「おー、偉そうな口きけるようになったな」

 「…」


 一応治療してもらった側というのがあるのかクロちゃんは黙った。


 「こんなんだけど、私女だぞ、見るか?」


 フード付きの外套の前を開いてブラウスのボタンに手をかける。


 「…いい」


 クロちゃんはそれだけ言うと匙に手を伸ばし少しずつ粥を口に運ぶ。ふむ、つまらんな。


 食事が終わって初めてまともに話をする。先ずはこの森についてどの程度の知識があるのかを知りたい。


 「クロちゃんはこの森のことどのくらい知ってる?広さとか気温とか」

 「おい、前から言おうと思っていたが、何だそのクロちゃんって。馬鹿にしてんのか?」


 何やら名前が気に食わなかったらしい。


 「だって私はエリンって教えたのに寝ちゃうからさー全身黒いし、クロちゃんでいいかと思って」

 「いい訳あるか!!」


 お、初めての怒声。真っ黒な目はまた鋭くなってて思わず笑みが浮かぶ。


 「教えればいいだけじゃない? クロちゃん」


 寝癖でボサボサになっている黒い髪の毛を右手で更にぐちゃぐちゃに掻きながらクロちゃんは唸る。耳にかかる程度の髪が広がってワイルド風味……うーん、黒狼みたい。


 「魔女に本名教えれると思うか?」

 「え、本気出せば記憶覗いて調べれるけど」

 「……」


 せっかく睨んでいた目は生気を失ったみたいな残念な目になった。


 「……アダン」

 「へぇ、アダンって言うんだ」

 「疑わないのか」

 「別に、実際本名知ったとこで何かするつもりないし」

 「……くそ」

 「ん?何か言った?」


 クロちゃん改めアダンは凄くイライラしている。


 「いや、ていうか質問には答えてね。森のこと知ってる?」


 イライラの理由もぼんやり分かるけどガン無視して本題である。


 「一般的なことだけなら知ってる」

 「一般的ってどんな?」

 「森は深く果てがない、木々に遮られて日差しも限られた時しか入らず日が暮れると人が住むには辛い程冷え込む」


 思っていた通りだった。私も住むまではその程度の知識だった。


 「住んでみたら分かるんだけど、それは確かだよ」


 確かに昼の間の数時間しか日差しは入らない。その為夜は長く昼は短い、そして極寒。


 「でも果てはあるよ」

 「なに?」

 「生身の人間では辿り着けないだろうけどね。あ、でも今は私が結界張ってたりするから何度もループしちゃって果てには確かに行けない」

 「……」

 「果てに行ったって何もないから意味ないよ。それよりクロちゃん……アダンはさ、何であんな怪我してた訳?」


 凄い睨みだった。一応正した。


 「別に仕事してたらしくじっただけだ」

 「左腕、毒にやられたでしょ」

 「……分かるのか」

 「絶対アダンはマトモな仕事してないね」

 「なぜ?」

 「目付きが違う、それは人殺しの目だよ」

 「……兵士かもしれないぞ」

 「兵士があんな格好でこんな森で死にかける?」

 「……」


 流石に無理があるよクロちゃん。

 アダンは大きくため息を吐いてつらつらと語り出した。どうやら魔女の前では嘘をついても無駄だと諦めたらしい。


 「この森から一番近い国から来た」


****


 俺はいつもの様に金持ちの家に盗みに入っていた。仕事は盗人、いや、何でもやる。金を出されれば人だって殺す。実際そうした事も何度もある。貧しい生まれの所為かプライドなんてものは大して持っていない。

 この日狙ったのは下っ端貴族の屋敷。昔侍女をしていたという女から内部の情報を聞き構造から警備までしっかりと把握していた。顔が良いとちょっと優しくするだけで何でも教えてくれるから楽なことこの上ない。いつも以上に簡単に仕事が出来るだろうと思っていたが、連続で貴族が標的になっていた事が屋敷の主人に警戒心を持たせたらしい。

 新しく兵を雇いそれが放つ矢に毒が塗られている、なんて想像もしていなかった。


 「クロち……アダンってばか」

 「うるせぇ、元々そんなに賢くねぇよ」


 ただ幼い頃に身に付いた盗みの知識や身のこなし方がそこら辺のヤツよりも優れているってだけだ。


 「いや、優れていた。だな」


 俺は熱を持って酷く痛む左腕を見た。肘から5センチほどの場所でブツリと消えてなくなるその腕は、矢の毒にやられた証だった。

 何処からか矢が飛んで来た時にかわしきれないと判断した。反射的に左腕を犠牲にして逃げた。暗闇を走りながら痺れてくる左腕にこれまで傷を負った時にはなかった違和感を感じたが止まってはいられない。

 指先の感覚が完全に消えた時に毒に気付いた。幸い矢を抜いた時に癖で血を吸い出していたから即死する事は免れたみたいだが、勘で左腕はもうダメだと分かった。

 「ん? 何で毒に気付いていないのに血を吸い出したんだ?」

 「……ガキの頃は錆びた刃で切りつけられることもあったからな、癖だ」

 「ふーん」


 誰もいない路地裏に逃げ込んで左腕を割いた布でキツく縛りもう一度走った。森に入り火を起こし、持っていたナイフで腕を切り骨を折り、止めどなく流れる血を焼いて止めた。その頃には全身に毒の影響が出て身体は小刻みに震えていた。処置を終えると火を消し身を隠して一晩過ごした。

 人間の気配を感じて目を覚ました時には震えは高熱によるものに変わっていて、それでも剣を持つ5人の兵を見た瞬間俺は駆け出していた。足の速いものから追い付いてきて、その順に殺した。

 最後の1人を片付ける頃には魔女の知る通りの姿になっていた。


 「疲れ果てて木に寄りかかって座った所までは覚えている」

 「んー、やっぱりよく分からない」

 「何がだ」

 「生きてる人間は結界内に入れないんだけど」

 「……」

 「アダン、多分一回死んでるよ」


 「は?」

 「木に寄りかかって、そのまま心臓が止まって、こう、横にずるっと倒れた時に結界内に入ったんでしょ、多分」

 「……」

 「じゃないと入れないし」

 「でも生きてんじゃねぇか」

 「んー、結界は死んでても人間が触れた時点でビリビリッと雷が走るようになってるから衝撃で心臓がまた動き出したんじゃない? 多分」

 「……そんなことあんのか」

 「知らないよー、でもアダンの体についてた血が全部自分のじゃなければ失血死しないだろうし、あり得るんじゃない?それでも私にナイフ投げてきた時はビックリしたけど!」


 「そうか、俺一度死んでんのか……」

 「凄いね!」


 目の前に立つ魔女はケラケラと笑っている。

 拾われた日からフードに隠れていた顔はさっき外套の前をはだけた時に初めて見えた。丸くでかい目は紫色で昔盗んだ宝石に似ていた。髪は黒く高い場所で括っているのに背中まで長く背は高い。魔女だと気づくまで低めの声とフードで女だと気が付かなかったくらいだ。175センチはあるだろうか。その長身の割にガキみたいな幼い印象を与える顔はちぐはぐで、掴み所のない性格も相まってか畏怖を覚えた。


 「ねぇねぇ、クロちゃん」

 「……」

 「……ねぇねぇ、アダン」

 「なんだよ」

 「拾ったの私だよね」

 「あ?」

 「アダン拾ったの私、ね?」


 ニコニコと笑顔の魔女は目だけが笑っていないように見えて俺は震えそうになる。


 「そうでしょ?」

 「……あぁ」

 「じゃ、アダンは私のね」


 俺に拒否権があるとも思えなかった。

 

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