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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひとりごと

作者: にや

すみません、話してもよろしいでしょうか。

……あいや、けしてそういう訳ではありませんよ。

あなた方も忙しいでしょうから、時間になったら、ええ、規範通りにこの部屋から出ていただいて構いませんよ。相槌なども無くて結構です。僕が勝手に喋りたいだけの事ですから。ええ。

途中で質問など致しますが、無視していただいて構いません……話してもよろしいでしょうか。


ありがとう、ございます。

では。


突然なのですが、人を殺したいと思ったことはありますか?

一時イラっ、とする、とかではなく、何週間、何ヵ月もずぅと。怨みって言うんですかね、そういう感情を持ったことがありますか?

……私は無いです。

顔をしかめられましたね、では何故、そんなことを聞くのかと。ええ、お気持ち察するに余りあります。

ご存じでしょうが、私は作家をしておりました。

私の作風ですね、それもご存じでしょう?殺人作家なんて呼ばれていましたね、ええ、ええ。昔のことですが。

まるで見てきたように書く、と。人を穿ち、その色を描いてばかりいる、ええ、的を射ています。

ですがそんな私ですら、人を殺したいと思ったことは無いのですよ。

……あの、もう少し、やさしく巻いていただけませんか。血が止まってしまいます。ふふ。

なぜなら、殺したいと思うことは、執着するということですよ。そんなこと、ちゃらんぽらんな私にできるはずがありません。冗談抜きに。

だから私はええ、微塵もそんな心で居ないと申し上げたわけです。流石に批判を買いましたがね。

ただ、自然な流れだったんです。

はじまりは、そうですね……覚えている限りでは、中学生の頃ですかね。

隣の席、ええ、黒セーラーのよく似合うお下げの女の子でした……多分。

その子はどこか抜けたところがありましてね、ええそこが彼女の魅力でもあるんですけど……よくペンを落とすんですよ。

彼女は左利きなので、よく右側……僕と反対側の隣ですね、に、文房具を落とすんです。

でもあるとき。偶々、ですよ。僕の側にペンが転がってきたんです。丁度ペンキャップの引っ掛ける部分が折れたやつでしてね、遠路はるばる僕の足元まで。

で、私はそれを拾う、と。

そして顔をあげると目にはいるんです。セーラーの襟と肌の切れ目の辺りが。首と肩の境目辺りが。

ふっ、と気がつくと、私は彼女の喉のこの辺り……ええ、甲状腺の真上辺りです、そこを突き刺さんと体を乗り出していました。

狙いこそ過たなかったのですがね、彼女がビックリして飛び退いたので大事には至らなかった、らしいです。

らしい、というのもですね。本当に、息を吸うようにしたことでしたので、鮮明には覚えていないんです。椅子ごとひっくり返った彼女が立てたけたたましい音で我に返った感じですから。あ、当然彼女には謝りましたよ。勿論。こっぴどく回りの女子たちに絞られましたから、はっきり覚えてます。

いやぁ、ごめんなさい、って便利ですよね。微塵も思ってなくても、許されますから。って私が言うのも変ですけれど。

おっと、話が逸れました。

それから僕は、模範的かつ健康的な青少年時代を過ごした……つもりです。後にあなた方に言われて振り返って、あぁ、それが「悪いこと」なんだなぁって知りましたが。他にも何回もやってたのでしょう、昔の自分は。前言撤回、やはり模範的ではありませんね。悪ガキ、の範疇で収まるといいのですが。

……あと五分ですか。ご親切にどうも。わざわざこんな話を聞かされてさぞご心労の事と思います。なんて、ね。

話は飛んで、そうですね、数年前の話をしましょうか。

目が覚めると、いつも起こしにくる母親がいないんです。反抗期真っ盛りといった年齢の私も、流石に普段口喧しい母親が居ないと不安になるものでしてね。深夜なのにそっと布団から立ち上がって、一階の居間へと降りたんです。

死体。

飛び上がって驚きましたよ。一目で死体とわかる死体なんですから。ええ。今もまざまざと脳裏に浮かびます、母親の姿。なにも言えませんでした。叫ぶことさえできませんでした。僕は取りあえず、手に持っていた包丁を台所に戻し、急いで帰ってきて、母の脈をとりました……まだあたたかいままの体に触れた瞬間、ビクッ、と電気でも流れたかのように一度、跳ねました。おっ、と思ったのですがね、ダメです、それ以後はピクリともしませんでした。

死因は刺殺。犯人は不明。怨恨もなし。家族は寝ていた。近隣の家の人も、言い争うような声など聞いていませんでした。

そのまま事件は迷宮入り……時効は無くなったので一応捜査は続いてましたけどね。まぁ、それも完結して良かったですよ。じゃなきゃ担当の人、いつまでたっても死体とにらめっこですものね。

そしてその次……あれ、手枷は外すんですか。あぁ、もうそろそろですからね。誰も死体のつけてた手錠掛けられたくないですもんね。それ専用の枷なのかもしれませんが。

どちらでもいいです。

ご清聴ありがとうございました。

……あ、最後に一つだけお願いがあるのですが。


「なんだ」


ほら、あるじゃないですか、漫画とかで殺人鬼がこういう場面で言われてるセリフ。あれ言ってくださ

いよ。


「……最後になにか、言い残すことは」


そうですよそれ!それが聞きたかったんです!いやぁ、最高の冥土の土産です。向こうで酒の肴になりそうで。あ、地獄に酒場はないか。残念だなぁ。

あぁ、すいません、言い残すことですね。


『最期に食べた手羽中の煮付け、もうちょっと醤油入れてほしかったな』


……ええ、これで終わりです。それではみなさん、どうぞお元気で。あ、分かってます分かってます、これで大丈夫ですか。う、結構辛い姿勢ですね……。


<ガチャン>


水原は骨ばった細い指で脂汗を拭った。こんなに長くこの部屋にいたからかもしれない。周りを見渡せば、やはり同様にしている。切れかけの蛍光灯の点滅だけがいつも通りだった。

「気味悪い……なんですか、アレは、本当に人なんですか」

初めてこの場に立ち会う部下がポツリと漏らした一言。誰もそれを咎めたりするものは居なかった。心の底では、皆、首をありったけ縦に振っているのだろう。

水を打ったように静まり返った廊下。予定まであと一分を切った緊張感も加わって、舌がやたら口内にくっつく。

「何なんだよ……あいつは……?」

「どうしても辛いなら俺が代わろうか」

声をかけたのは、彼の同僚だ。彼の声もまた、同じくらい震えている。両者に差があるかと言われれば、ほとんど、ない。だがわずかに削られなかった良心と言うか人間味と言ったものが、彼に手を差しのべさせているようだった。

ジジッと蛍光灯が鳴ると同時、時計を持った奴が俺を見て、頷いた。執行時間のようだ。

俺を含めた三人が、赤いボタンの前に立つ。早鐘を打つ心臓に追いたてられるように、俺は、二人と同時に、右のボタンを、指先に力を込めて、


──押した。


「奴」の笑い声を、最期に聞いた気がした。

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