敏感な紺之崎青春
晴れ渡った青空、太陽の光を照り返す海、白い砂浜。
夏らしい光景だ。
疎ましく思っていた夏の陽光を浴びて、俺は気分よく海水浴場に出た。
盆を過ぎたからか人の数はぼちぼちだが、それでもよく賑わっている。
「おい、剣志」
ビーチパラソルとバッグを持った藤田さんが、砂浜を眺め渡して言った。
「場所取りを青春と影雪が来る前に、しておかないといけないんだ。暢気に陽に当たっている場合じゃないぞ」
「そうですね」
昂る気持ちを抑えて頷いた。
あそこにするぞ、と歩き出した藤田さんについていく。
藤田さんと二人で空いていたところにレジャーシートとビーチパラソルを日陰になるようセットしていると、砂を踏む足音が背後から近づいてきた。
「剣志、私も手伝うよ」
耳慣れた声に俺は振り向く。
ドキドキと胸を高鳴らせて、待望の冬花の水着姿を拝見。
しようとしたが、すぐに俺の望みは持ち越された。
水着は着けているのだろうが、上にパーカーを羽織っているなんて____もどかしい。まあ、パーカーの下から覗く素足も充分にそそられるけど、やっぱり水着が拝みたい。
「まだ日焼け止めクリームを塗ってないから……パーカー着てるのよ」
俺が向けた視線に、冬花はパーカーの裾を下に引っ張りながら言った。
藤田さんが冬花に声をかける。
「影雪、青春は?」
「青春さんなら、なんか随分手間取ってましたよ」
「手間取ってる、何に?」
「水着が入らないとか言って」
苦笑いで冬花が答える。
呆れたように藤田さんは額に手をつき、
「影雪、これを青春に持っていってやってくれ」
そう言ってバックから何かを取り出した。
取り出されたのはハンガーにかかったままの紺のパレオの水着一式であった。
「藤田さん、どうしたんですかこれ?」
「青春の事だから、どうせ海水浴場と海を勘違いしてるはずだからな。事前に用意しておいた」
用意したのかよ。そしてずっとバックの中にパレオの水着が入っていたのか。他人にばれたら、気味悪そうに見られたことだろう。
わかりました、と冬花はパレオの水着を戸惑いがちに受け取って、女性更衣室へとサクサクと駆けていった。
ほどなくして冬花が紺之崎さんを連れて、更衣室から出てくる。
俺達のところまで来た紺之崎さんの姿といったら、なんと滑稽な。
上下の水着を覆うように本格的なウエットスーツのチャックを胸の下まで降ろして着用し、パレオだけはウェットスーツの上から腰に巻いている。
「なんなんですか、そのカオスな姿は」
「カオス、これのどこが?」
「だってウェットスーツの上からパレオは巻きませんよ普通」
「やむを得ず。チャックがここより上に上がらないから」
「それとパレオをウェットスーツの上に巻くのとは関係ないです」
紺之崎さんは首を傾げているが、俺の見解が間違っているはずはない。
俺との会話の間に、こっそりと藤田さんがカオスな姿の紺之崎さんの背後に回っていた。ゆっくり紺之崎さんのくびれたわき腹に手を近づけて、
「おい、青春」
「何?」
紺之崎さんが振り返った直後、
「ひゃうう」
誰とも知らない絹を裂くような悲鳴があがった。
何が起こったのか認識できぬまま、紺之崎さんが及び腰でちょこちょこと藤田さんから距離をとる。
「ダメだぞ、青春」
指を奇妙に動かし関節をぽきぽきと鳴らして、藤田さんが口の端を吊り上げて言った。
「ち、ち、近づくな」
及び腰のままわき腹を守るように腕を組み、紺之崎さんが涙目で迫力なく脅す。
藤田さんが女性更衣室をぴしりと指さし、
「今すぐにその地味なウェットスーツを脱いでこい。さもなくば、もう一度」
「面倒……」
いつもの無表情に戻って不平を垂れるが、藤田さんが一歩踏み出すと怯えたように後ずさる。
「青春、どうなるかわかってるだろう?」
「ひっ……いやー」
すぐに及び腰になって、ついには更衣室の方に物凄い勢いで走り去っていった。
どんな方法でもって、藤田さんは紺之崎さんを聞き入れ良くしたのだろう。
俺が疑問に思っていると、期せずして藤田さんが俺と冬花を交互に見てニヤリと笑って言った。
「青春の弱点はわき腹だ。あそこをくすぐれば一瞬で無力化だ。二人もいざというときのために覚えておけ」
いざという時が、どんな時なのか。それがわかんない。それにしても紺之崎さんの弱点がわき腹とは、意外過ぎる。




