旅館へ2
車が走り出して数十分、皆で話題を探り合う雰囲気が満たされた頃。俺は高速道路の変わり栄えのしない景色を何の気もなく眺めていた。
「け、剣志?」
斜め後ろから冬花が声をかけてきた。
「私の隣の女性は、誰?」
俺は真後ろの席に座る紺之崎さんを振り返る。
膝に手を置いて無表情で小さくシートに腰かけている。
「さっきから微動だにしないんだけど」
「紺之崎青春さん……変わり者だよ」
何と答えるのが適切か困ったが、変人と紹介するのははばかった。
「大人しくさせてるんだよ」
「大人しくさせてる?」
藤田さんの意味深な言葉に、思わず尋ね返した。
藤田さんはしっかりと頷き、
「海に行くって決まってから、そいつ子どもみたいに喜んで車の中のうるさいのうるさいの。そういうわけで脅して大人しくさせたんだよ」
「なんでそんなに、喜んだんですか?」
「俺にもわからん」
藤田さんでわからないんじゃ、俺にはもっとわかりませんよ。
「おっと危ない」
車に急ブレーキがかかり、突然引っ張られるように身体が揺れた。
俺を含め冬花、藤田さんでさえ慣性の法則にはなす術がなかったのに、紺之崎さんだけはピクリとも動かなかった。
ほんと何者なんだろう?
数時間かけて高速道路を抜け、涼しい上り傾斜の林道に入って少し進むと、木造の日本家屋の様相をした建物の駐車場に停車する。
「着いたぞ」
車の窓から建物を見て、藤田さんが言った。
「ここが遊里旅館だ」
「けっこう年季ありますね」
クーポン券を発行するような今時の旅館とはかけ離れた、時代の流れに取り残されたような古風な趣のある旅館だ。
「予想外だったわ」
車から降りた冬花も俺と同意見のようだ。
次に降りた紺之崎さんはノーコメント。
「先に受付してくるから、お前たちは荷物を運んできてくれ」
そう俺達に言うと、藤田さん我先に入館した。
三人でトランクから四人分の荷物を分けて館内まで運んでいくと、和服を着こなした女将と藤田さんがぱたりと会話をやめる。
心配になるほど肌の白い女将が、俺達三人にもお辞儀をしてから言う。
「ご予約されていた藤田様、ご一行でよろしいですか?」
「はい」
藤田さんが応じる。
「お部屋はどうされます? 男女別のほうがよろしいですか?」
「はい、そうしてください」
「かしこまりました。では、こん……お二人はこちらへ」
女将は紺之崎さんと冬花を連れて、右手の廊下へと歩いて行った。
しばらくして女将だけが、急いだ様子の雅やかなすり足で戻ってくる。
「お二人はこちらへ」
俺達は左手の廊下を案内され、廊下の半ばくらいの襖で女将が立ち止まった。
部屋に入ると予想通りの和室で、隅に布団が二つ畳まれてある。
「どうぞ、ごゆっくり」
敷居の前でまたお辞儀をして、女将は去っていった。
「さてと」
荷物を座椅子の横に置くと、藤田さんが唐突に言った。
「まだ十二時近くだし、さっそく海に行こう」
「気が早いですよ。まだ旅館についたばかりじゃないですか」
「一泊二日だからな、そう多くは時間が取れない。優先すべきイベントゆえに、未遂では後に後悔するからな」
「明日でいいじゃないですか?」
「明日は明日で、あるイベントを用意しているんだ」
「どんなイベントですか?」
「それはその時になるまでのお楽しみ、というやつだ」
「異世界関係とかじゃないですよね?」
いやに楽しそうな藤田さんの語調に、俺は疑ってみる。
藤田さんは肩をすくめ、
「いくら空気の読めない俺でも、そんな無粋なことはしないぞ。とにかくワイワイ楽しめるイベントだ」
「なら、いいですけど」
拳銃を持ち歩くような人間離れした藤田さんでも、一般常識はわきまえてるだろう。そう思うことにした。
そうして何故か女将に見送られて、車で来た時とは反対方向の下り傾斜の林道を下っていくと両の道端の木々に挟まれて、夏の海が視界の正面に輝いていた。




