旅館へ1
旅館のペアチケット、誰を誘うか迷うべくもない。
髪型を丸刈りにするほど暇である玲ならば、気兼ねなくはっちゃけられる。
冬花を誘うには、少しばかり勇気がいる。だって夏の海だぞ、下心のるつぼだもんな。
そういうわけで宿題の進みが一段落したところで、玲に電話をかける。
すぐに繋がった。
『もしもし、玲か?』
『え、あ、ああ』
やけに動揺している。そこまで唐突な電話になってしまったのだろうか?
『二十二日から二十三日、暇か?』
『…………だだ、だめだ。ああ、あいてない』
震える声で返答してくる。極寒のシベリアじゃあるまいし。
『あいてないか、先約があるのか?』
『…………そそ、そういうこと』
なんだろうな、玲が答えようとする度に生じる二拍ほどの沈黙は? 通信環境が良くないところにいるのか?
『その先約って、なんだ?』
『…………ええと、あっ』
途切れた。第三者が強引に切断させたような途切れ方だなぁ。ホラー映画とかで襲われる瞬間みたいなやつ。
まあ気にしないでおこう。それより玲が来られないとなると、俺がプライベートで誘える友人は冬花だけだ。聞いてみるだけ聞いてみよう。
冬花に電話をかける。
二回ほどコール音が響き、繋がる。
『何、剣志?』
抑揚のない声で電話相手の冬花が言った。
俺は前置きもなく切り出す。
『二十二日から二十三日あいてる?』
『なんで?』
『いや、そのな……』
いざ電話越しに冬花がいると思うと、誘いの言葉も口にしにくい。
『何よ、用がないなら切るよ?』
かけてきておいて黙る俺に、業を煮やして冬花が不機嫌な声になる。
切られると誘える相手がいなくなるので、慌てて要件を言う。
『あのな、旅館に泊まりがけで海に遊び行くんだけど来るか?』
電話口は異様な形で静まった。
この間は気まずい。
『ふっ……』
息を吐いたような声で冬花が沈黙を破る。
『ふっ?』
『ふっ、二人だけ?』
『いいや、俺の知り合いが二名来る』
『信用できる?』
『できる、いろんな意味で』
『い、いろんな意味?』
俺の妙な返答で、冬花の困惑が電話口から窺えた。
安心させるため付け足す。
『すごい頼りになるよ』
『わかった、それなら行く』
『おお、来てくれるのか』
『行きたいわけじゃないわよ、誘いに乗ってあげるだけ』
『それでもいいよ。じゃあ集合場所とか時間とか調べて知り合いとも相談して、後で伝えるわ』
『わかった』
『希望する時間とかあるか?』
『ううん』
『おけっ、じゃあ後でな』
『うん』
俺は電話を切った。
二日が経った。
昨日に紺之崎さんと藤田さん二人と連絡を取り合い、集合場所と時間を決めた。
集合場所である駅前に来てみると、ミニバンに凭れかかるTシャツにチノパンの藤田さんと、後部座席でしゃんと座っている白のカッターシャツとズボンスーツの紺之崎さんがいた。
藤田さんが気さくに話しかけてくる。
「剣志君、久しぶりだな」
「藤田さん、お久しぶりです」
俺と軽い挨拶を交わすと、藤田さんはバンを親指で示す。
「助手席に乗ってくれ」
「わかりました」
俺がバンを回って助手席のドアを開けようとすると、藤田さんが不意に、
「それで剣志君、誰を誘ったんだい?」
少し気恥ずかしく、俺は曖昧に答える。
「友達です、学校の」
「友達、女の子だろ?」
「……なんで、わかったんですか?」
驚きの目で藤田さんを見遣る。
藤田さんは平然と、
「男か女か、二択だろ?」
「確かにそうですけど、なんで女の子を選んだんですか?」
「君がそういう顔をしたからだ」
そういう顔、どんな顔だろうか? もしかしてにやけてた?
俺が首をひねっていると、藤田さんが駅の出入り口に顔を向けた。
俺もそちらを見る。
「いた、剣志。すぐに見つけられてよかった」
バンに向って歩いてきたオフショルダーのプルオーバーとデニムのショートパンツといういでたちの冬花は、ほっとした表情で頬を綻ばせた。
藤田さんが冬花に挨拶する。
「おはよう、君が剣志が誘ってきた子だね?」
冬花は初対面で戸惑いを見せて、ぎこちなく頭を下げる。
「こ、今回は、お誘いいただき、ありがとう、ございます。影雪冬花です」
「俺は藤田、名前は職業上伏せておくよ。影雪君もっと楽にしていいよ、社交界じゃないんだからさ」
「は、はい」
下げた顔を上げて、冬花は辺りを見回した。
「もう一人は?」
「車内にいるよ。影雪君もほら、後部座席に」
藤田さんは紳士的にドアを開けてあげた。
予想外の歓待ぶりに冬花が躊躇を少し見せたが、会釈しながら後部座席に乗り込んだ。
運転席に藤田さん、その後ろに冬花。助手席の俺の後ろは紺之崎さんの座席位置で、目的地の遊里旅館へと出発した。




