冬花の来訪2
冬花に休み明けテストのためのレクチャーを受け始めて、数時間が経った。
いまだに玲が帰ってこない。
どこをほっつき歩いているのか、俺を女子と二人きりにさせやがって。相手が冬花だから少しはましだが、それでも緊張はするのだ。
こうして冬花を改めて見ていると、悩ましい気持ちになってくる。
ちょっと汗の噴き出した首筋とか、髪をかき上げる仕草とか妙にドキドキする。
右手で頬杖して目線を極力を隠すようにしているので気付かれてはいないだろうが、いろんな意味で休憩したい。
ふと冬花が顔を上げて、壁掛け時計の方を見る。
「もう十二時ね、お昼時だわ。剣志、お腹空いてない?」
「空いてはないけど、何か食べたいな」
気もなく俺は返した。
ふふふ、と冬花は含み笑い、つと思い切ったように立ち上がる。
「キッチン借りるね」
「おう……うん?」
俺も宿題から顔を上げる。
いそいそと冬花がレジ袋を持って、キッチンに向っていた。
「ちょっと待て」
「何?」
冬花はダイニングテーブルに置いたレジ袋から、いろいろと取り出しながら反応する。
俺はすぐに訊き返す。
「キッチンで何をする気なんだ?」
「私の善意に感謝しなさいよ」
「善意?」
「剣志は宿題進めてればいいよ。昼食、準備しとくから」
事も無げに言って食材を運び、キッチンに立つ。
何を考えてるんだ?
「大丈夫よ、変な物作らないから」
「それは心配してないけど、急にどうした? 俺に優しすぎやしないか?」
食材をまな板にのせたところで、俺を振り向く。
「優しすぎるかな? 今の私、変?」
真剣な瞳で訊いてくる。
俺は答えに窮した。
しばし俺の答えを待ったが、冬花はまな板の食材に顔を戻した。
コトコトとリアンやシャマが料理をしている時とは、少し違う音がキッチンから聞こえてくる。不思議な感じだ。
宿題を遅々と進めること、ニ十分ほど。
「剣志、できたけど食べる?」
「ああ、ありがと」
俺はぎこちなく返事をして、ペンを持つ手を置きダイニングテーブルに向う。
「昼に揚げ物、嫌かな?」
冷やしうどんと麺つゆ。それに夏野菜の天ぷら。すごく美味しそうである。
「嫌などころか、好んで食べたいよ」
「それなら良かった」
冬花はちょっとはにかんで、前までリアン座っていた席につく。俺も真向かいの自分の席につく。
箸を持ち、うどんを麺つゆにつけて戴く。
「美味しい」
「うどんを評価されても、心から喜べないよ。茹でただけだもん」
「それもそうか」
「天ぷらを食べてみて」
急かすので天ぷらを麺つゆに浸して戴く。
「美味しい」
「ほんとに?」
「嘘をつくと思うか?」
「そりゃつかないでしょうけど、やっぱり何回も言ってもらいたいもんよ」
「そういうもんか、美味しいね」
「あっ今、おざなりに言った!」
冬花は俺の気のない返事が癪に障ったようで、たちまち身を乗り出して不機嫌に眉を寄せる。
「こうしてやる!」
冬花の手が突然に伸ばされ、俺の麺つゆの入った茶碗をかっさらった。
何をしやがる。
「剣志は麺つゆなしで食べなさい!」
「それは酷いぜ」
俺はすぐさま取り返しに、腕を伸ばす。
冬花は茶碗を持った腕を引き、届かない距離まで遠ざける。
「返してほしくば、行状を改めーい」
「変わった台詞だな」
「確かに変な台詞ね」
「なんだよ、自分で言ったくせに」
俺は冬花は笑い合った。
「じゃあもう一回、次はちゃんと私を喜ばせる受け答えしてくれる?」
「お前を喜ばせる受け答えか」
「できたら麺つゆ返してあげる」
悪戯っぽく微笑んで、俺を試す。
冬花を喜ばせる受け答えねぇ、普通なら美味しいなのだろうが、そんな安直でいいのかな?
「ブラーボー」
「これはうどんよ、パスタじゃないわ」
素晴らしい、じゃないのか。
「じゃあ、トレビアン?」
「赤と青に白が挟まれたストライプ模様の国旗を持つ国よ、それ」
これも違うのか。そりゃそうだ。
「やっぱり美味しい、でいいのか?」
「当たり前じゃない。次はどこの欧州の国の言語が出てくるのか、少し期待しちゃったじゃないの」
「英語すら片言の俺が、他の言語を勉強する気にはならないよ」
「私だって英語得意じゃないわよ」
天ぷらにぱくついて冬花が言う。
「うん、我ながら美味しいわ」
満足げに頷いて、麺つゆを返してくれた。




