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異世界から「こんにちは」  作者: 青キング
待ち続けた恋心
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謎の坊主男


「よっ、剣志」


 玄関を開けると、若い俺と同い年くらいの半袖の白地シャツを着て、野球帽をかぶり、エナメルバッグを肩に提げた坊主頭の男が言った。

 俺は首を傾げる。


「えっと、どなたですか?」

「……」


 坊主頭の男は据わった目で俺を見る。


「なんですか?」


 ほんとに誰、この人。

 数秒沈黙が続くと、坊主頭の男は急に声を出さず、すすり泣きを始めた。


「え、ええっ」


 家の前で突然泣かれては、困惑するしかない。

 男は四つん這いにその場に屈んでバッグを降ろすと、地面のアスファルトの微細なカスを両手で掻き寄せる。


「こんな少ない量じゃ、両手一杯にならないじゃないか!」


 滂沱の涙を流し、男はそう叫んだ。

 バッグから小さい巾着袋を取り出し、掻き寄せたカスを入れる。

 袋を手に持つと、


「俺達の努力は、こんなにも軽かったのか」


 などと涙ながらにのたまう。


「なあ、そうだろう剣志!」

「えっ、あの」

「そうなんだろ!」

「いや、どなたですか?」


 恐る恐るもう一度尋ねる。

 男は大きく口を開け、


「玲だよ! あの雪辱をもう忘れたのか?」

「ええええええええええええええええええ!」


 玲だと。あの心に痛い黒服を着て幻法がなんちゃらと言っていたあの玲か!

 見違えるような立派な球児に__いや、球児スタイルの青年に変貌していた


「剣志、お前の頼んだ答案表。持ってきてやったぞ。暑くてかなわん、中に通せ」


 似合わない坊主頭が気にかかるが、俺は玲を家に上げた。

 リビングのローテーブルの傍に腰を落ち着けると、玲はバッグからクリアファイルを取り出し三教科分の答案表を俺にくれる。


「はいよ」

「サンキュ」

「剣志、何する?」

「何って?」

「いや、だって暇じゃん」


 そうか、要件では答案表を貸してくれだけだったからな。他にすることなど考えもしていなかった。


「それなら、一つ聞いていいか?」

「なんだよ、剣志」

「なんで坊主なんだ?」


 にたりと玲は笑って、よくぞ聞いてくれたとでもいうような顔をする。


「モテると思ってな」

「モテる、その頭がか?」

「この時期、一番熱狂的なものはなんだ?」

「さあ?」


 俺は首を横に振る。

 呆れた顔で俺を見て、玲は答える。


「甲子園だよ、甲子園。夏の選抜高校野球」

「ああー」


 そういえば、八月中旬頃にあるんだったな。


「だからそんな、球児みたいなヘアスタイルなのか?」

「そういうこと。街に行ったら絶対モテるぜ」


 その目論見は短絡的すぎやしないだろうか。

 俺の考えをよそに玲は自身の拳を握りしめる。


「今年の夏こそ、エンジョイサマーしようというわけだ。夏休みもあと少し、残された時間は僅か。そうまるで、アディショナルタイムのような」


 そう力説するが、アディショナルタイムはサッカー用語である。もはや、球児感は底を尽きた。


「まあ、剣志にいたってはリアンちゃんとシャマちゃんがいるわけで、俺みたいに躍起にならなくてもいいわけだけど」


 そう皮肉っぽく言って、玲は辺りを見回す。


「で、リアンちゃんとシャマちゃんは?


 まあ、異世界の存在を知っている玲になら話しても差し支えないだろう。


「リアンとシャマはまだ異世界に残ってるよ」

「へぇー、帰省ってやつか?」

「いや、語るのも辛いことがあってな」


 そうだ。シャマの兄を含めるその一族がシャマと妹のシャミちゃんを残し、命を無思慮に絶たれたのだ。


「そう辛気臭い顔をするな」

「辛気臭い?」

「ああ、すげー辛気臭い。異世界で何があったか知らないが、あんな危険な世界だ。生き延びるだけでも精一杯なんだよ」


 玲のくせに感に堪えること言いやがって


「それより、剣志」


 俺がしんみりしていると、玲は手のひらを俺に向けて、


「アイスねぇか。暑いんだ」

「……俺もだよ」


 全く、胸を打たれた俺が馬鹿だった。


「あるのか、ないのか」

「ないよ」

「ちぇ、少しは待遇らしいことしろよ」

「食べたいなら自分で買ってこい」


 俺は玄関を指し示す。


「わかってるよ」


 大儀そうに腰を上げ、玲はリビングを出ていく。


「剣志、なんか買ってきて欲しいものあるか?」

「特にないな」

「そうか、じゃあちょっくらコンビニ行ってくるわ」


 宿題を進めるとしよう。



 剣志の家の前で、一人のノースリーブのワンピースを着た少女が思い迷っていた。


「何よ、突然呼び出して」 

 

 夏野菜を主に食材の入った買い物袋とハンドバックを提げて彼女、影雪冬花は一人ごちた。


「来たはいいけど、どうやって入ろう」


 返信に迷った末『バカ』と送ってしまった立場上、剣志は彼女が来ないと思っているに違いない。それを彼女は察していた。


「当たり前みたいに振る舞うのも強引だし、丁寧な態度だと私が恥ずかしさで圧し潰されそうだし……」


 彼女は十数分前からずっとこんな優柔不断で、剣志の家の前に立っているのである。


「どうしよう、ほんと」


 勇気を振り絞って遊びに誘ったこともあった。しかし三週間音沙汰なしで、自分を無視し続けたのだ。彼女はどれだけ心配していたことか、昨日になって突然メールを送られても困るのだ。

 冬花は悶々と佇んでいると、棒アイスをしゃぶりながら坊主頭の男が彼女に近づいてきた。


「よう、影雪」


 冬香はビクンと声のした方を振り向く。

 誰であろう奇妙な変貌を遂げた玲である。


「どうしたんだ、影雪。剣志の家を眺めて」

「えっ、剣志の家を眺めてる? 私が?」


 しどろもどろにしらばくれる。

 玲は彼女の動揺を気にすることもなく、尋ねる。


「剣志に用があるなら、遠慮せずに入ればいいじゃねーか」

「用があるっていうか、その宿題の……」

「なんだ影雪持ってきたのか、代わりに渡しといてやろうか?」


 玲は親切に言ったのだが、冬花は何故か躊躇う。


「でも剣志、私が来るなんて思ってないもないでしょ?」

「別に電撃訪問でも気にしないだろ、あいつは。それよりも持ってきてくれて喜ぶだろうな」


 玲は冬花の持つ買い物袋をちらと見る。


「そういや俺、用事思い出したわ」

「えっ、用事?」


 平然と玲は頷く。


「そうバイト」

「あ、そうなの」

「それじゃあな」


 明らかに剣志を訪ねに来たと見える玲が帰っていく姿を、呆然と冬花は見つめる。

 玲が曲がり角を曲がると、冬花は不思議そうに呟いた。


「変なやつ、私の名前と剣志のこと知ってて……誰なの?」


 彼女は坊主頭の男が玲だということに気付かなかった。


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