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異世界から「こんにちは」  作者: 青キング
民族とサラリーマンの夏
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十七年前に起きたこと

 俺はリアンの話に息が詰まるかと思った。

 シャムさんが死んじゃいました、と短く言った後涙を落とし始めて場の空気は重たいものに一変した。

 全員が顔を垂れてピンク髪の青年を想い悼んだ。

 俺はシャマをちらと見遣った。

 いつもの陽気さの影もない悲しみの底に突き落とされて涙さえも出していなかった。

 見ていられないとすぐに視線を外した。


「ねえ、なんでみんな元気なくしちゃったの?」


 兄が死んだことを理解できていないのだろう普段と変わらないシャミを、無表情だが目端に涙を溜めた紺之崎さんが抱きしめた。


「え、なにがどうなってんの?」


 ワコーが説明を求めて俺達を見回す。

 マークスが説明をして、次第にワコーの顔に驚きが走り俯いた。


「そんなの聞いてねーよ」


 紺之崎さんの腕から抜け出たシャミちゃんは満面の笑顔で言った。


「みんな顔が暗いよ。私みたいに笑顔笑顔だよ」

「シャミ…………」


 死を理解できていない妹を辛そうにシャマが見つめる。

 シャミちゃんは笑顔で続ける。


「人が死ぬって悲しいけど笑顔でいないとダメだよ。昔読んだ本に書いてあった」


 紺之崎さんがシャミちゃんを振り向く。


「シャミちゃん、それは詭弁。人の命なんて一瞬ほどの儚いもの」

「そんな悲しいこと言わないで!」

「……ごめんね、シャミちゃん。悪気はなかった」


 首を振り振りして叫んだシャミに、紺之崎さんは気圧されて詫びる。

 シャミちゃんはなおも叫ぶ。


「私は人の死なんてわかんない、どんな顔をすればいいの!」

「シャミちゃん、皆が悲しんでるのはシャミちゃんのお兄さんが亡くなったから」

「私にお兄ちゃんなんていないもん!」


 衝撃的な発言だった。シャミちゃんは死を理解していないのではなく、死んだ人が誰かを理解していなかった。だからシャミちゃんは他の人が悲しむのを不思議がったのか。

 思い立ったように突然シャマがシャミちゃんの手を掴んで、俺や藤田さんにマークス、そしてシャムさんで使っていた男部屋に連れ込む。

 その部屋のドアは勢いよく閉められた。

 ドアの向こうで姉妹は何を話しているのか、兄妹達の思い出に踏み入るのは無論躊躇われた。



 黒服隊本部の拷問室、ブルファはそこで連行してきたバスローブの男が受ける尋問に立ち会っていた。

 黒服隊の若い隊員が高圧的にならぬよう気をつけて尋問した。


「お前はその街で何をしていたんだ?」


 明らかになっている事実はバルキュスが隊員に伝えてあるので、動機や目的を白状させるだけだ。

 男は陰鬱に沈んだ瞳を隊員に向け口を開く。


「姉さんと暮らしたかっただけだ」

「姉さん、その人は今どこにいるんだ?」

「お前なんかが姉さんと呼ぶなぁ!」


 男が突発的な激憤に瞳の色を変えて隊員に飛び掛かる。

 しかし隊員は如才ない身のこなしで男の腕を取りうつ伏せに組み伏せた。


「余計に癇癪を起しても、痛い思いをするだけだぞ」


 取った腕の肘関節を反対にへし折る素振りを見せて脅す。

 男は静々身体の力を緩めた。


「質問に答えてくれ、お前はその街で何をしていた?」

「計画の進行と履行」

「何の計画だ?」

「姉さんを蘇生させる計画だ。失敗したがな」

「人を蘇生できるのか、どうやって?」

「骸の剣士、世間一般で言えば歴代一位の剣士だな。その魂で死体を呪わ蘇生能力、いわば生命の回復でもって生き返らせる」

「なんて危険なものに手を出したんだ。今、その魂はどうした?」

「もう俺の知る範疇ではない、見合う母体を探して彷徨してるんだろう」


 心火に耐えかねた隊員が男の顔を捻じ向けさせありったけの膂力で殴りつける。


「お前は最悪な重罪を犯した。呪怨の解放、こないだの魔女の事件と同様だ。死刑も免れないぞ」


 死刑の言葉に震え上がることなく微笑んで鼻を鳴らした。


「ふん、姉さんのいない世界など生きる価値も甲斐もない」

「なぜそこまで、その人にこだわる?」


 男は微笑を苦渋の表情に変える。


「俺と姉さんの時間は止まっている、あの惨劇以降はな」

「あの惨劇とは?」

「十七年前に政府が秘密裏に実行した大量殺人だ」

「十七年前……ブルファさん」


 隊員が事情を知るブルファを振り向く。

 ブルファは頷き、うつ伏せの男に問う。


「地図から一年で消え去ったその街で起きた大量殺人、詳しく聞かせてくれないか?」


 男は視線を合わさず話し始めた。


「魔法開発施設で大事故があったんだ、惨劇の二日前だ。その街自体、新魔法の開発のために政府が創った街で、俺は父の転勤で姉さんと一緒にそこに移り住んだんだ。父は有能魔術師だった。如何せん移住して一週間もせずに父の働く施設で爆破事故が起きた。それが種で政府はその事故を隠蔽するため全住民を無情に死体すら残さず殺し、街そのものの存在を葬り去ったわけだ」

「お前はどんな星の巡り合わせか生き残った、と」

「そうだ。身寄りもなく路頭に迷った」

「では蘇生の知識はどうやって覚えた?」


 ブルファは浮かんだ新たな疑問を口にする。

 男は記憶を起こしてある一人の名前を述べる。


「ルモア……ルモア・ローク。俺に科学を教えてくれた命の恩人だ。俺はあのひとに救われたんだ。本当の子どもように俺の世話をしてくれた」

「そのルモア・ロークとは今も関係があるのか?」

「いや、十年ほど前に忽然と姿を消して、それ以来会っていない」

「その者の身元も調べておこう、今回の事件と関連があるかも知れん」

「先生は何も関係ない、今回の事は全部俺の責任だ」

「そうムキになるな。個人的な関心だ、身元を割り出してどうこうしようってわけじゃない」

「そうか」


 男が露骨に安堵する。そのままブルファに頼み事をする。


「もし先生に会う機会があるならば、こう伝えておいて欲しい__出来損ないの弟子ですまなかった、と」

「わかった、会う機会があればな」


 姉の姿を求め続け道を外した不幸な男の頼み事を了解して、ブルファは拷問室を出ようとする。


「ブルファさん、もうよろしいのですか?」


 若い隊員が尋ねる。


「ああ、聞きたいことは聞いた」

「ならばいいです」

「それじゃ、俺はこれで失礼」


 ブルファは一礼して拷問室を後にした。



 歴代No2剣士に付き従っていた色白の青年は、黒服隊本部の受付前のロビーで長椅子に横たわって泥のように眠っていた。

 ゆっくり覚醒してくる意識下で青年は薄目に開ける。


「起きたか」


 むんずと頬に傷の入った顔を鼻が触れそうなほどに近づけてきた面識のない男である藤田が、目を覚ました青年の容貌をじっと見つめる。


「女みたいな顔付きだな」

「……初めて会って失礼な、あなた誰ですか?」


 藤田の無思慮な台詞に、青年は目覚めから不快を感じて上体を起こして身の上を問う。


「誰かって藤田だ。今いるのはナバスの黒服隊本部の中だ、安心していいぞ」

「どうして安心できますか!」


 青年は唐突にいきり立って息巻く。


「攫われて縛られて皮肉られて、心も体も休まらないよ!」

「それはご苦労だった。しかしもう心配はない」

「皮肉ったのはあなたでしょう!」

「え、俺が? 何のために?」

「僕が知るわけないでしょう!」


 ややヒステリックに突っ込みを繰り出していた青年は、ぜえぜえ肩で息をするとぐったりと椅子に凭れた。


「何をやってるんだ、僕は」

「君には色々話すべきことも訊くべきこともある。だがその前に、お腹空いただろう?」


 藤田はスーツの懐からガムケースを取り出し、青年に見せる。


「これでも食べるといい」

「嫌です、得体の知れないものを口にしたくはないです」


 きっぱりと拒絶した。

 ははは、と藤田は反応を楽しんで笑う。


「なんですか?」

「いやはや、俺は信用されてないな」

「当たり前じゃないですか」

「では、これはどうだ?」


 ガムケースをしまうと次は栄養たっぷり褐色の果実マレロを手に持つ。


「その果物は__」


 青年が驚嘆の声で唸った。

 藤田はほくそ笑む。


「マレロ、そこの人からだ」


 青年は藤田が顎で示した方を見ると、受付の横の板壁に凭れて腕を組む金髪のいかにも軽薄そうな男隊員が微笑んでこちらを見ていた。


「よっ、マレロは俺からの贈り物だ。体力の回復にはやっぱり食べ物が大事だよな」

「は、はあ」


 友好的に話しかけられ青年は曖昧に返事した。

 藤田は金髪の隊員に目配せして頷き、長椅子から腰を上げた。


「後の事情聴取は頼んだ」

「言われなくてもこなすっすよ、仕事っすから」


 後任を終えた藤田は、受け付け前を通り過ぎ出入り口に向かい本部を出た。































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