表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から「こんにちは」  作者: 青キング
民族とサラリーマンの夏
69/100

元殺し屋ときな臭い生活

 深夜の森を一人の少年が裾のほつれた黒服にその細い身を包み、片手に出現させている光を頼りに草木を掻き分けてどこかへ向かっていた。


「初仕事は死体処理か、氷己津さんにはこんなんじゃ追い付けないな」


 頭に浮かんだ故人である、端整な顔立ちの青年に対する憧憬の念が少年を歯噛みさせる。


「氷己津さんの計画を台無しにさせた黒服隊の連中に早く仇を討ちたいや、それなのに新米だからってなんでこんな雑務をしなくちゃならないんだ」


 憎しみが次第に組織への愚痴に変わる。出口に近づいてきたのだろう、まつわりつく枝葉の数が目に見えて減ってきていた。


「ああー、やっと着いたよ」


 最後になった枝葉のカーテンに手をかけようとして、敏感に何者かの気配を奥の家屋に感じ取りその手を引っ込め、音を立てず手近な幹の陰に隠れた。

 少年は奥の家屋に目を凝らす。

 あの建物は……指定場所じゃないか?

 自ら位置を晒さぬよう淡い光源を消した。ついでに対象の特徴を整理する。

 妙齢の赤い長髪の女性、どこかに運ばれてなければいいけど。



「ちょっと、外の空気吸ってくる」


 険しく眉を強張らせてバルキュスはワコーとブルファに伝える。

 ブルファが気遣わしげに尋ねた。


「どうしたんですか? 顔が険しいですよ」

「大丈夫だ、なんでもない」


 顔を向けずバルキュスは答え、外に出ていった。

 外に出て庭の真ん中に立つと、瞑目して耳をそばだてる。


 ワコーとブルファとは違う吐息が聞こえる。


 なおも耳をそばだてて音源を探る。


 森の中か。それもすごく近い。


 茂みの身を潜ませいる怪しい音源の方へバルキュスは歩み寄る。エプロンの外ポケットに入っているナイフを忍ばせて掴んだ。刃物の身に親指を押し付け傷をつける。


「いるのはわかっている、誰だ?」


 バルキュスの耳には吐息だけが聞こえている。答える気はないらしい。

 乾いた激しい葉擦れの音とともに音源が遠ざかっていく。

 彼女はポケットから手を出して、親指の縦の切り傷から赤々とした生き血が小さく滴る。

 追うか? いやしかし近道してきたご近所さんが私に驚いて逃げただけかも知れんな。全く警戒しすぎだな、私は。

 そう判断を下して、バルキュスは人差し指で親指を止血しながら踵を返した。


「ワコーは子供たちと一緒に寝るそうですよ。いいんですか?」


 奥の寝室に目を配ってブルファが、今しがた外から戻ってきたバルキュスに尋ねる。

 好きなようにさせてやれ、と彼女はすげなく答えた。


「ブルファも寝るのか?」

「そう思いましたけど、どこで寝ればいいんでしょう?」

「そこだな」


 バルキュスはテーブルを平然と指し示す。

 彼女の意図にブルファは解しかねる。


「テーブル? 上で寝るんですか?」

「いや椅子に座って寝るんだ。私はいつもそうしている」

「何故なんですか?」

「完全に体を眠らせないようにだ。常時用心をしないといけないからな」

「大変ですね、体が休まりませんよね?」

「だから疲れてると言っただろう」


 言ってバルキュスは大きくあくびを漏らす。その後にはっとなって口を押さえた。

 ブルファはそれが何故か面白く、くすくす肩を上下に震わす。


「女性の口の中を覗くとは、ブルファもデリカシーに欠けるな」


 照れ隠しにむすっと言い放った。

 ブルファが提案する。


「今日は俺が見張ってるんでバルキュスさんは気兼ねなく寝ててください。具合悪くて倒れたら元も子もないですよ」

「……いいのか?」


 わずかに間を置いて再確認する。

 ブルファは任せてください、と言わんばかりに頷いた。

 バルキュスの頬が綻ぶ。


「すまないな、それじゃ私は着替えて寝かせてもらうよ」


 そう言ってバルキュスはテーブルの席につく。そして囲いみたいにした腕の中に突っ伏した。

 淀みない彼女の寝息を聞き、ブルファは目を点にして小さな声で言った。


「結局、テーブルで寝るんだ」



 妙齢の赤い髪の女性を少年は葉の隙間から目の当たりにした。

 瞬間背筋がゾクッと粟立ち、来た路を駆け出していた。

 音を立ててしまったが追ってはこない、と気配で悟りほっと息をついて、湿って苔むした地面に腰を落ち着かせた。

 亡霊でも見たのか?

 少年はつい先程赤い髪の女性に感じた怖気に、そんな絵空事を考えてしまう。


「まさかな……」


 呟いてみて少年は自分の膝が震えていることに気づく。

 僕は怖いのか、あれが?

 自問して首を横に振る。あり得ない。


「氷己津さんならきっと、迷わず沈着に拳も汚さず亡霊だろうと事を済ましただろうな。僕にだって氷己津さんほどじゃないけど幻法は使えるんだ。誰だろうと殲滅してやる」


 宣言してみると呼応するように内から魔力が湧いてくる。

 循環していく魔力を自信に、歪んだ笑みを口吻に浮かべた。

 身軽に立ち上がり肩をそびやかすように森を抜ける道を歩きだした。



 木製のコップに注いだ冷たい水を煽り気を研ぎ澄まして、武器に割れやひびがないか手で触って確かめていたブルファは外に魔力を感じとる。

 お馴染みの可愛らしい武器を片手に、窓から外を覗いた。

 あいつか、魔力の持ち主は。

 こちらに近づいてくる魔力の持ち主が何者か、ブルファは外に出て眇める。

 体が大きいわけでもないし、随分若いな。

 簡単な分析をしたブルファの視界が突然、あらゆる色が混じるように歪曲する。

 くそっ、頭が重い。

 視界の全てが斑になる。


「苦しいかい」


 前方から嘲る調子の高い声が聞こえ、ブルファは目をやった。

 年端もいかない少年が額に指先を当てて手のひらで顔を覆っている。指の間から片目が覗く。


「お前は?」

「名乗る必要があるとでも? 僕はさっさと片付けたいんだ」


 ブルファの問いをいなして、少年は顔を覆っている手とは違う手を開いて突き出す。


「今からもっと苦しんでもらうよ」


 身動きも取れずブルファは十字に、はりつけにされる。その目前に宙に三角をとって長剣が出現した。

 鋭利な尖りがブルファに向いている。


「まず一本目」


 右の長剣がブルファに迫り、彼の右肩を貫く。


「ぐっう」


 ブルファの腹から出た重い喘ぎが夜の間に響く。

 虐げることを享楽に感じた少年は右の口の端を吊り上ける。


「氷己津さんに軌を一にしたわけじゃないけど、拳を汚さず人をなぶるのって意外な快楽だったんだね。仇が苦しむところを見られて楽しいよ」


 言い募って不意に込み上げてきたのか、低くくっくっと刻んで笑った。


「次二本目」


 少年の声を合図に、剣は動き出した。ブルファの左肩に突き立つ。

 しかしブルファから喘ぎは漏れなかった。

 無論、少年は訝る。


「もう気を失ったのか? トドメを入れてないのに」

「はっは、惜しかった実に惜しかった」


 強い意思の力で毅然と顔を上げて、ブルファは生真面目な口調で述べる。


「体感的に苦しめようとしてるみたいだけど、如何せんそれじゃ俺は折れないよ。もっと俺が苦しめられることはたくさんあるのに」

「……戯れ言を。無理するな、肩から腕がちぎれそうなくらい痛いんだろう」

「ああ、痛いよ。でもそれだけ」


 少年の目が威圧的に細められる。

 全く動じず、ブルファは続ける。


「幻法をかける相手の心理を深くまで把握する能力が、まだ備わってないな。そろそろ体の方が堪えてきただろ」

「いやまだだ。くたばれ三本目だ!」


 剣の尖りがブルファの喉を目掛けて動いた。が、到達する前に固まってしまったように停止し、ブルファの視界が幻の空間から元の農地の色を戻す。

 何かによって少年の幻法が絶たれたのだ。

 完全に正常になったブルファの視界が茂みの前の原っぱに佇む少年の姿が捉える。

 思わずあっ、と声を出した。


「バルキュスさん」


 少年のすぐ背後でバルキュスは少年の喉にナイフを弱く当てていた。少年の顔色が蒼白に脱色されている。


「何をしていた?」


 バルキュスは剣呑な瞳で凄んで詰問する。

 少年は斜め下の下草を生気なく見つめて何も答えなかった。


























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ